第569話 来訪目的は姉さんの結婚の打合せでしたよね
ヴィクティムさんとヴァニー姉さんとの結婚の段取りについては、結婚式の日取りは今年の7月中旬とすること、場所はここエールデシュタット城、出席者やご招待者については双方から名簿を提出し協議することなど、ざっくりとした内容が合意された。
特に、セルティア王国内の貴族で誰を招待するかについては、外交上でも重要なところだ。
現在の王国は絶対君主制ではなく、どちらかというと封建制もしくは貴族国家の連邦的な側面もある。
つまり王家の権力のあり方や各領主貴族との臣従関係において、各貴族家によって曖昧でそれぞれに温度差があるのだ。
その象徴的なものが、フォルサイス王家が直轄する王家領の規模が小さいことだ。
例えば俺が前世、前々世にいた日本では、封建制度下の江戸幕府の直轄領は全国各地に分布し、石高と呼ばれる米の生産量は全国の総量に対して15パーセント以上にも及んだのだそうだ。つまり、それだけ富を握っていたことになる。
それより歴史を遡る俺のいた幕府の御料所? えーと、思い出したくもないです。
でだ、フォルサイス王家の直轄領はわずかに王都圏の中にしかない。
その中で農業と商工業からの税収に頼っている訳で、必然的に財政規模は大きくない。
それでも王家としての権威を保っているのは、同じく王都圏内に領地を持つ三公爵家及び建国以来の周辺貴族家が支えているからなのだ。
一方で王都圏周辺の貴族家とは異なるのが、南北の遠隔地の領主貴族。とりわけグリフィン子爵家を含む北辺の貴族家だ。
北の寒冷地とはいえ領地も耕作地もそれなりに広く、またアラストル大森林を豊かな資源地とした産業もあり、交易が盛んで独立性も高い。
従ってセルティア王国の色分けは、王都圏及び周辺の建国以来の貴族家。そして北と南それぞれの貴族家と、ごくおおまかには3つに分けられる。
俺の身近で言えば、うちや男爵お爺ちゃんのブライアント男爵家、ルアちゃんとカシュくんがいるエイデン伯爵家、そしてこの辺境伯家が北辺のグループ。
ヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家や、ライくんのモンタネール男爵家が王家に近いグループ。
そしてソフィちゃんのグスマン伯爵家は、南のグループという訳だね。
前置きが長くなってしまったけど、ヴィクティムさんとヴァニー姉さんの結婚式にどの貴族家を招待するのかというときに、この勢力関係と地理的なことが大きく影響してくるのだ。
あと王家関係で言うと、ヴィクティムさんの学院の先輩で仲の良いセオドリック・フォルサイス王太子をどうするのか。
王家からの代表ということで王太子、セオさんが出席してくれるのがいちばんいいのだろうけど、さてどうなるのでしょうか。
辺境伯家の一家、そして俺とエステルちゃんがいる場で、結婚に関する大枠を双方の家令のフリードリヒさんとウォルターさんが確認した。まあこれは、セレモニー的なものですな。
あとの細目は、このふたりに辺境伯家外交担当のベンヤミンさん、そしてエルメルさんとミルカさんも加わってこのあと話し合うということで、俺とエステルちゃんは開放された。
ふたりは本日宿泊する部屋に案内される。
部屋のドアの前には会談が終わったという連絡が行っていて、フォルくんとユディちゃんにカリちゃんが待っていた。
それで彼らと一緒に部屋の中へと入る。
「ひょー、豪華なお部屋ですぅ、ザックさまぁ」
「ですなぁ。落ち着きませんねぇ」
「カァ」
歴史の古い城という話だったが、内部はその都度で手が入れられて来たようで、美しく清潔に保たれている。しかしそれ以上に調度が豪奢だ。
ベッドルームとリビングに分かれた部屋は広く、天井もとても高い。
どうも質実剛健にして質素な中級貴族家の者としては、こういう部屋には慣れませんな。
それでもリビングに腰を落ち着ける。
「わたしたちの部屋も、凄くいい部屋だったよ」
「どうも落ち着かないです」
「そうなんですかぁ?」
あ、カリちゃんは分かんないよね。そもそも人間の部屋の経験が少ないし。
ともかくも暫く休憩して、そのあとは晩餐ですな。
普通の貴族だったら、たった1回の晩餐用でも女性のドレスなどを運ぶ大型のトランクケースが必要なのだが、俺たちにはマジックバッグがある。
それでも今回はダミーに、そこそこの大きさのものは持って来ている。中身はスカスカで軽いけどね。
一夜が明けて、辺境伯家ご家族との朝食もいただいた。
昨日の晩餐のときにモーリッツ辺境伯から、「ザック君とエステルさんは、もう息子と娘みたいなものだから、朝食も家族で一緒にな」と勧められたからだ。
せっかくなので、そうさせていただきました。
今日の午前中にはグリフィニアへの帰路に就くので、直ぐに帰り支度だ。
と言っても、ほとんどはマジックバッグに放り込めばいいよね。
「ちゃんと、整理しないとダメだよ、ザックさま」と、ユディちゃんに叱られた。
はい、すみませんです。
彼女ら兄妹も今年12歳で、だんだんお姉さんになってしっかりして来た。
俺がそのうちエステルちゃんを追い越すとか昔に言われたけど、それよりも先にユディちゃんたちに俺が追い越されますなぁ。カァ。
それで出発前に少々時間があったので、ヴィクティムさんに彼とヴァニー姉さんの新居建設地を案内して貰った。
ウォルターさんとフリードリヒさんは家令同士、ミルカさんはエルメルさんと兄弟でそれぞれ話をするとかで、それ以外のジェルさんたちが従っている。
ヴィクティムさんの方には、妹のエルネスティーネさんとベンヤミンさん、そしてブルクくんも今朝も来て一緒だ。
ブルクくんは昨晩の晩餐でも同席させられていた。まあ辺境伯側では、俺担当というカタチなんですかね。申し訳ない。
「ここだよ。まあ、それほど規模は大きくしない予定だけどね」
ヴィクティムさんに案内された新居建設地は、城の直ぐ側の庭園に面した場所だ。
結構広い庭園が広がっていて、その一画に縄張りがされ、既に土台の工事が進んでいる。
「お庭の側なんて、ステキですね」
「いやあ、エステルさん。ほら、子爵家には広い庭園があるし、ザック君の王都屋敷も庭が美しかったしね」
「この庭園に屋敷を造るって、兄さんが譲らなかったんですよ」
エールデシュタット城内で新婚生活を送るのではなくて、庭園の一画に新居を造るなんて、なかなかの配慮だよな。
それから、王都屋敷は俺のじゃないですよ、ヴィクティムさん。
「ちょっと、騎士団の方に行ってみるかな。まだ時間はあるよね」
「ジェルさん、どう?」
「はい、少しだけでしたら」
「では、お願いします」
それから皆で、城に隣接している騎士団施設の方も見学させて貰うことになった。
基本的なつくりはうちと同様で、本部施設に各種施設、そして訓練場があるようだ。
おお、なかなか広い訓練場ですな。
午前の早い時間ということで、多くの騎士団員たちが訓練をしている訓練場を眺めていると、ブルクくんが騎士団本部の方に報せに走っており、直ぐにヴェンデル騎士団長を伴ってやって来た。
「どうですかな、うちの訓練場は」
「いやあ、広いですねぇ。うちよりずっと広いよね、ジェルさん」
「そうですな。倍とまでは行きませんが、ひと回り以上は広いかと」
ジェルさんは以前にも騎士団同士の交流で来たことがあるそうで、ここの広さは知っていた。
「うちは、騎士団員の人数が多いものですからな。まあ、昨日にザカリー様がおっしゃった通り、備えあれば憂い無しですよ。はっはっは」
ジェルさんたちお姉さん方は、またうちのが尤もらしいことを言って、とか思っているんでしょ。はい、すみません。カァ。
「ザカリー様、あまりお時間がないのでしょうが、ひとつ腕前を拝見する訳にはいかんでしょうかな」
「おいおい騎士団長、そんないきなり」
「でも、とても興味がありますわ、お兄さま」
どうも俺がどこに行っても、こういう話になるんだよなぁ。
ついこの前も、エルフのところで防衛隊長に挑まれたしさ。
エルネスティーネさんが目をキラキラさせ、ヴィクティムさんもそうは言っても止める感じではない。
ブルクくんがまた、口のカタチだけで「ゴメン」と言っている。
「(ザックさま、そろそろ行かないと)」
「ザカリーさま、お時間がそれほどありませんので」
エステルちゃんの念話とジェルさんの声が同時に聞こえて来た。
「着替える時間は無さそうですから」
「やはり、そうですな」
「なので、このままで、ひと手だけ」
「ザックさまは、もう」
「うーむ。ひと手だけですぞ、ザカリーさま」
俺のひと手だけという言葉を聞いて、ヴェンデル騎士団長が直ぐに戦場声のどデカい音声で誰かを呼んだ。
その呼び声に、ひとりの騎士団員がこちらに走って来る。
ああ、あの人はヴィクティムさんの護衛で王都に来ていたエルンスト騎士だね。
その後ろから、あのとき一緒にいたアンネリーゼ従騎士も追いかけて来た。
そしてふたりの挨拶もそこそこに、直ぐにエルンストさんへ俺の相手をするようにヴェンデル騎士団長が命じた。
剣術の訓練中だったふたりは木剣を手に持っていて、アンネリーゼさんが自分の木剣を俺に手渡してくれる。
では、お約束どおりひと手だけ。
「いいですかな。それでは、始めっ」
急遽、審判役のジェルさんの鋭い始めの声が掛かる。
エルンストさんは身体が大きく頑丈そうで、剣も重そうだよね。そしてかなり強いと見た。
しかし彼も、昨年に学院で俺の模範試合を見ているので、慎重にまずは受けようという感じだ。
「じゃあ、いきますよ」
少し距離を取った俺は、そうのんびりと声を出す。
そして、木剣を構えるエルンストさんの斜め前の間合いまで一気にトップギアで高速移動し、間合いに入った刹那、胴の横から木剣を叩き込んだ。
その一撃で、エルンストさんは吹き飛ぶようにゴロゴロと転がる。
あ、強過ぎたかな。でも頑丈そうだから大丈夫だよね。
俺が殘心すると同時に、エステルちゃんが「もう」と言いながら高速で走って来て、手早くエルンストさんに回復魔法を掛けた。
「あ、申し訳ない。アバラとか折れてないかな?」
「折れてないみたいです。でも、ザックさまがちゃんと診察してください」
「はい」
うん、探査と見鬼で診たけど折れてません。打撲ももうエステルちゃんの回復魔法で収まって来ていますな。
それでも申し訳ないので、俺も重ね掛けをしておきましょう。
「どう? 大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫であります」
それで3人で立ち上がり、振り返って皆のいる方を見る。
ジェルさんたちやブルクくんはやれやれという表情だけど、ヴィクティムさんはにんまりとし、ヴェンデル騎士団長とエルネスティーネさんは大きく目を見開いていたのだった。
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