第54話 フォルくんとユディちゃんの処遇
ようやく領主館の屋敷に到着した。
もう夕方近くなのでゆっくり休息したいところだが、預かった竜人、ドラゴニュートのフォルくんとユディちゃんの件もある。
それでまずは、2階にある領主家族専用のラウンジで、家令のウォルターさん、家政婦長のコーデリアさんを交えて相談することになった。
とりあえずフォルくんとユディちゃんは侍女のリーザさんに連れられて、食堂で休んで貰うことにした。
警護の騎士小隊分隊はお役御免ということで、玄関前で別れる。お疲れさまでした。
あとトビーくんもお疲れ。今日は休んでいいのだが、料理長のレジナルドさんに帰着の報告に行くようだ。
さて、まずはアン母さんがふたりを預かって連れて来たあらましを、ウォルターさんとコーデリアさんに説明する。
それから、帰りの馬車で俺の問いに答えたように、ふたりを屋敷内に住まわせ侍女と小姓の見習いにするという案を提案した。
「どうかしらウォルターさん、コーデリアさん」
「あの子たちをお預かりになったのは、ザカリー様ですね。ザカリー様はそれでよろしいですか?」
ウォルターさんが俺にそう聞く。確かに預かった張本人は俺だよね。
「うん、僕もそれがいいと思ってるよ。ただ、まだ本人たちには話してないし、これからどうしたいのかも聞いてないから、それが先かな」
「そうですか、それがよろしいようですね。子爵様、まずは本人たちの意思を確認するということで良いでしょうか」
「そうだね。ザックの言う通り、あの子たちがどう考えるか、どうしたいか、まず聞くべきだ」
「ではエステル、あの子たちを連れて来ていただけますか」
「はい」
「あと、屋敷で受入れると決まった場合、特に問題はないかと思います。コーデリアさん、それで大丈夫ですよね」
「ええ、大丈夫ですわ。ザカリー様がお預かりになった子どもたちですから、しっかり侍女と小姓として仕込みませんとね」
おお、コーデリアさんがしっかり仕込むのか。大丈夫か、フォルくんとユディちゃん。
エステルちゃんがふたりを連れて来たので、まずはウォルターさんとコーデリアさんを紹介する。
フォルくんとユディちゃんは、今まででいちばん緊張しているみたいだ。大丈夫だよ、いきなりは怒ったりしないからね。サボったり悪いことすると叱られるけど。
それから母さんがふたりに聞く。
「あなたたちは、お父さんお母さんの言葉通り、帝国の南の国に無事着きました。ここは誰もあなたたちに危害を加えないから、安全な場所よ」
「はい」
「それで昨日の出来事で、うちのザックがあなたたちを預かることになったのだけれど、それはそれとして、これから自分たちがしたいこと、望んでることなんかがあったら言ってね。何を言っても構わないのよ」
ふたりは母さんの話を聞いて顔を見合わせ、それからふたりで頷き合った。
「はい、僕たちは父と母に南の国を目指せと言われました。そしてそれは、なんとか叶いました」
「そうね」
「南の国に着いたらどうすればいいのか、父と母は言いませんでした。僕たちも逃げている間、何も考えませんでした。昨日、港の桟橋でザカリー様に助けられたのは、きっと神様の思し召しだと思います。だから、子爵様と奥様、それからザカリー様の言うことに従うつもりでいます。これはユディタも同じです」
「はい、わたしもフォルタと同じです」
「まぁ、なんてしっかりした子たちなのかしら」
コーデリアさんが思わずそう声を漏らした。
「わかったわ。わたしたちは、フォルタくんをこのグリフィン子爵家の小姓見習い、ユディタちゃんを侍女見習いとして、この屋敷に住んで貰おうと考えています。これはザックも賛成してるわ。どうかしら」
「はい、ぜひそうさせてくださいっ」
ふたりは何も相談することなく、声を合わせて元気良くそう答えた。
それからふたりは、コーデリアさんに連れられて他の使用さんに挨拶に回ったり、ふたりが住む部屋を決めて貰ったり、屋敷の中を案内されたりした。
夕ご飯を使用人用の食堂でいただき、お風呂に入って今晩はゆっくり休ませる。
屋敷でのお仕事を教えて貰うのは明日からだ。
「たった2泊3日の旅行だったのに、なんだか大変だったな。父さんは結局、どこにもいけなかった。どうしてだ」
ヴィンス父さんは昨日は一日中、代官屋敷でモーリス準男爵とお仕事いていたんだよね。
ご苦労さまです。
「ザックがどこかに行くと、必ず何かが起こるのよ。歩く事件製造機?」
「そうね、わたしたちなんか、お店を見て町を巡って市場にも行ったけど、特別なことなんて何も起きなかったわよね。ザックが一緒だったら何か事件に出会ったかもね」
アビー姉ちゃんとヴァニー姉さんがなんか言ってるが、ここは黙っておこう。
昨日のブルーノさんを見習わなくちゃいけない。
「ザックはザックだからそれはそうとして、あの子たちのお勉強とかはどうしようかしら」
母さん、俺は俺だからってどういう意味でしょう。
でもそうですね。ふたりはまだ6歳だから、お勉強の機会をあげないといけないよね。
「そうだな、領都のスクールは8歳からがいちおう決まりだし、それに遠く北方の村にいた子たちだから、まずはこちらの生活にも慣れさせないとな」
「あの、それについては、午前中はボドワン先生にお願いして、僕たちと一緒にお勉強というのはどうかな。それから騎士団で剣術の稽古もさせてみたい」
「あなたたちと一緒にお勉強ね」
「母さん、それがいいわ。そうしましょ」
アビー姉ちゃんがすぐに賛成した。相変わらずの条件反射思考だけど、賛成してくれるのは嬉しい。
「侍女と小姓見習いに家庭教師というのは聞いたことがないけど、でもうちが預かった子たちなのよね」
「今日、帰りの馬車でフォルくんに聞いたんだけど、ふたりが村から逃げたとき、いち日に20時間も歩いたそうだよ。子どもなのにすごい足腰だよね。それにふたりはまだ使えないけど、村の人たちは火魔法がみんな得意だったんだって。魔法も勉強させたいな」
「竜人の種族特性ということか。竜人と接するのは初めてだが、どうやら人族にはない潜在能力を持っているみたいだな」
「わかったわ。ボドワン先生には明日、事情をお話しして相談してみましょう。剣術についてはヴィンス、あなたがクレイグ騎士団長と相談してみて。魔法はそうね、8歳になるまで様子を見てみましょうか」
ということで、屋敷での見習いの仕事とは別に、あの子たちのお勉強の方針が決まった。
俺としては、ふたりが住んでいたドラゴニュートの村がどうなったのかが気になる。
それに、いきなり多くの兵士を率いて無理な要求をして来たという、北方帝国ノールランドのこと。
ドラゴニュートの村が現在どういう状況かについて知るには、子どもの俺には今のところこれといった伝手がない。
式神のクロウちゃんを飛ばせば、それほど多くの時間や日数がかかるとは思わないが、位置を特定するのに手間がかかりそうだ。
どのぐらいの距離を俺との繋がりが保てるのか、リスクも多いな。北方の空がクロウちゃんにとって安全だという保証もないし。
そういえば、アプサラの港の北方帝国のあの船、クラウスというあの男も気になる。
エステルちゃんのミルカ叔父さんは、何か調査ができただろうか。
そんないろいろのことが、その夜の俺の頭の中を駆け巡った。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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