第562話 ビーチでのんびり過ごして帰りましょう
陽光に輝き、キラキラ透き通る青い海と白い砂浜。緩やかなカーブを描いて広がる入江のビーチには、もちろん人影はまったく無い。
残念なのは、いまが真冬の季節だということだ。
それでも今日はずいぶんと暖かい。摂氏20度ぐらいな感じかな? クロウちゃん。カァ。
「でも、泳ぐにはちょっと寒そうだよなぁ」
「カァカァ」
「どれどれ、ああ、それほど冷たい海じゃないんだね」
「カァ」
「ザックさまザックさま、泳ぐって、このお水の中に入るってことですか?」
「うん、でもちょっと寒いかな」
「カァ」
波打ち際でクロウちゃんとそんな話をしていると、エステルちゃんもやって来た。
これが真夏のシーンであれば、何て言うんですか? 水着回とか言うんですか? カァ。
しかし大変残念ながらも、いまは真冬の1月末。
いくら地中海性気候のような温暖な地であっても、海水浴には気温が低いですな。
「でも、すっごく冷たいとかじゃないんですね」
エステルちゃんが波打ち際で、海水を手で掬ってぴちゃぴちゃやっている。
よーし、足だけでもちょっと入っちゃおう。カァ。
「あ、わたしもわたしも」
俺が裸足になってズボンの裾を捲り上げたのを見て、エステルちゃんも同じようにする。
「きゃー、やっぱり冷たいですぅ。でも気持ちいいですよぉ。って、お水を飛ばしちゃダメですって、ザックさまぁ。クロウちゃんは逃げたんですかぁ」
ふと砂浜の方を振り返ると、足だけ海に浸して遊んでいる俺たちの方を、人外の方たちがニコニコしながら見ていた。
「カリちゃんもいらっしゃい。気持ちいいですよ」
「はーい、エステルさま、わたしも行きまーす」
人化した姿のカリちゃんが走って来る。
そうして同じように海に入り、エステルちゃんときゃっきゃ笑い合いながら遊び始めた。
見た目年齢がほぼ同じぐらいだから、前々世で言えば女子高生の友だち同士みたいにも見えるよね。
「アルさん、ちょっと日除けとか作りましょうか」
「おお、そうじゃの」
まだ遊んでいるふたりと1羽を残して、俺は砂浜のシルフェ様たちのところに戻った。
それで、無限インベントリから大きな布のシートを取り出す。
なんでこんな物を収納しているかって? まあ、野営とかでいざというときの場合用だったっけかな。
それでアルさんと砂浜に土魔法で柱を何本か立てて、天蓋のようにその布で日除けを施す。
風はそれほど強くなく、とても穏やかだ。
ついでに、ビーチベッドみたいなのも作っちゃいますかね。
えーと、人数分だから7台並べましょうか。
ちゃっちゃと作って、それぞれにやはり布を掛け、寝そべりやすくしましょう。
土魔法で砂浜の砂を硬化させて作ったけど、身体を預ける面は柔らかいままにしてありますよ。
「あら、これいいわね。硬いのかと思ったら、布の下は柔らかいわ」
「ベッドの土台は固めて、その上の砂は柔らかく、さらに上に厚手の布を被せておるのじゃな。相変わらずザックさまのすることは、芸が細かいのう」
「あー、もうこんなの作ってますぅ」
「カァカァ」
「お昼寝用のベッドですかー」
エステルちゃんたちがこちらの様子に気がついてやって来た。
いやいやカリちゃん。まだ午前中で出発したばかりだから、お昼寝ではないですよ。
「海風が気持ちいいわね」
「ですね、おひいさま。ここに棲めますね」
いやいやシルフェ様とシフォニナさん。こんなビーチに棲めるのは風の精霊だけですから。
「わたしも棲めそうですけど、ちょっと塩が濃くて」
ああ、ニュムペ様的にはそうなんですね。塩水は水の精霊的にはどうなんだろ。
「海の塩水でも、中にいる分には大丈夫ですけど、地上に出るとベタベタしますから」
「あ、ほんとですぅ」
「ほら、水を出すから、エステルちゃんとカリちゃんは足と手を洗って」
「はーい」
クロウちゃんは全身水浴びをするんですね。はいはい、水を出しますよ。
暫くはこの美しいビーチで過ごして、ランチをいただいてから出発することにした。
精霊の3人は気持ち良さそうにビーチベッドに寝そべり、アルさんはもう眠りに落ちているようだ。羽根を乾かしたクロウちゃんも居眠りだね。
「カリちゃんも海に来るのは珍しいのかな」
「はい。空から見ることはあっても、下に降りたり海に入ったりとかは、したことありませんから」
「そうなのね。わたしも海に足を入れたのは初めてよ」
前世の世界で海水浴が始まったのは、18世紀の中頃のイギリスなのだそうだ。
当時は遊びというより、健康のためという目的だったらしい。
俺も前世では、身体どころか素足さえ海に入れた経験は無いよな。
「またここに来たいです。姉さまやジェルさんたちとかと一緒に。また来られますかね、ザックさま」
「うーん。アルさんの背中にまるまる1日、乗っていられればだけど」
「ですねぇ」
「でも、ミラジェス王国の南の方とかにも、白い砂浜があるって聞いたから、そっちならまだ行けるんじゃないかな」
「あ、そうですね」
お姉さん方とビーチか。フォルくんたち少年少女組も連れて、みんなで行けたら楽しそうだよな。
そういう機会を作ることが出来ますかね。
夏に行けば、この世界で初の海水浴とか? 水着とかはどうするのかな? どう思う? クロウちゃん。カァカァ。
「ザックさまは、なにひとりでニマニマしてるですか?」
「あ、いえ、なんでもないのであります」
そろそろお昼ということでビーチベッドは元の砂に戻し、椅子とテーブルを出してランチにした。
ランチが終わったらグリフィニアに向けて出発だね。
「カリちゃん。あなた人間の姿で、さっきも海で遊んでましたけど、人化は大丈夫そうよね」
「はい、シルフェさま。でも、起きているときは結構、持ちそうなんですけど、眠っちゃうと自信がなくて。野営のときや世界樹でもヒヤヒヤでしたです。あ、世界樹のお部屋では、なんだかこの姿のままでぐっすり眠れましたけど」
人化の魔法は、要するに自分に魔法を掛け続けている状態らしい。
いったん掛けてしまえば強く意識する必要はないようだが、眠ってしまうと魔法が解けちゃう危険性があるみたいだね。
世界樹での1泊は俺も感じたけど、なんだか不思議な力に包まれていたからかな。
「そうすると、うちのお屋敷のお部屋とかでは危険ですかね」
「いやいやエステルちゃん。そこは逆に魔法を維持する訓練としては、必要なのですぞ。まずは眠っていても魔法が維持出来るよう、安定させる訓練じゃな」
魔法の師匠になったアルさんがそう言う。
「寝ながらで大変ですぅ」
「いえ、エステルさま。わたし、頑張ります」
キ素力循環の訓練を改良して、何か出来ないかな。グリフィニアに帰るまでに考えてみよう。
天蓋も片付けて元の砂浜に戻し、出発する。
エステルちゃんは青い海を名残惜しそうに眺めていた。
帰路の5000キロ以上の旅。昼過ぎからの出発なので、途中で1泊は挟まないといけないだろう。
皆で相談の結果、今日はシルフェ様の妖精の森まで辿り着いてそこで1泊し、翌朝にアラストル大森林まで行っていったん降り、ルーさんと会うことにした。
もちろん途中で休憩を挟む。
それで、ニンフル大山脈の高山帯、行きでも休んだ草原のオアシスと2ヶ所で休憩し、夜に入ってなんとか妖精の森に到着した。
シフォニナさんが事前に風の便りで連絡を入れていたので、風の精霊さんたちが出迎えてくれている。
戦闘装備姿の巡回担当の皆さんもいますね。ご苦労さまです。
「やれやれ長かったわね。ザックさんもエステルも疲れたでしょう」
「大丈夫ですよ。みなさんもお疲れさまでした。アルさんとカリちゃん、ご苦労さまでした」
「なんの。このぐらいは朝飯前じゃて」
「ぜんぜん平気ですよ」
ドラゴン的には何のことはなさそうだな。爺様と曾孫娘のようなふたりはとても元気だ。
遅めの夕ご飯には、風の精霊さんたちが急遽用意していただいたものに、俺がストックしている料理も出して加え、大勢の精霊さんたちと一緒にいただく。
精霊さんたちは皆さん遠慮していたけど、「ザックさまは、みんなでいただくのが大好きなのよ。遠慮しないでご一緒させていただきなさい」というシフォニナさんの言葉で、風の精霊が全員集合した。
今回の旅で俺がストックしていた料理はだいぶ放出したので、また補充しておかないとだな。
水の精霊屋敷に行くときもそうだけど、ここの精霊さんの人数は多いから、次に来るときには大量に持って来ないとですな。
夕食も終えて、シルフェ様の屋敷のリビングで今回の旅の感想などを話題に寛ぐ。
ここは椅子とかソファではなく、床に厚手の敷物が敷かれていてクッションなどもたくさんあるので、これはこれでとても居心地が良い。
というか大量にあるクッションは、以前にエステルちゃんと王都で購入して持込んでいたもののようだ。
クロウちゃんはシフォニナさんの膝の上で、もう居眠りタイムのようだね。
「今回の旅は、ザックさんとエステルはどうだったかしら」
「ええ、僕としてはとても楽しかったですよ。いろいろな経験が出来ましたし」
「わたしもですぅ。なんだか世界が広がったみたい」
「ふたりがそう言うなら、とても良かったわ。ほら、小煩い金竜さんのところに行って、それから世界樹では、ドリュアさんは相変わらずのんびり屋さんだったけど、ザックさんにはあの面倒くさいエルフの相手をさせてしまったし。わたし、ちょっと心配だったの」
「申し訳ないの」
「なんだか、すみません」
「ああ、アルとカリちゃんは謝らなくていいから。金竜さんは声が大きくて煩いけど、悪いひとじゃないしね。それに、カリちゃんを同行させてくれたんだから、感謝しないとよね」
「水の精霊のためにですから、わたしもとても感謝しています」
「そういうことで言うと、エルフとの会見で、おひいさまが直ぐに怒り出す方のが、ザックさまにはご迷惑でしたよ」
「ゴメンナサイ」
相手がエルフということもあって、シルフェ様が余計に厳しい態度だったけど、まあわりと怒りっぽいのはいつものことです。
「あのぉ」
「なあに、カリちゃん。遠慮しなくていいのよ」
「わたしはこれから、どうすればいいのでしょうか?」
「ああそのことね。ザックさんとエステルにお任せすればいいのよ」
「じゃの」
丸投げですね、シルフェ様とアルさんの場合。
「えーとね。まずは明日、アラストル大森林に寄ってから、グリフィニアのうちの屋敷に一緒に行きますよ。それで半月ほどそこで過ごして、僕らは2月の半ば過ぎにセルティア王国の王都に戻ります。たぶん、アルさんやシルフェ様たちとは別行動だけど、カリちゃんはどうしようかな」
「訓練の一貫じゃて、カリ嬢ちゃんはザックさまたちと一緒に行動するのが良さそうじゃな。どうかの」
「そうだね。そうして貰おうかな。人間と一緒の行動でちょっと窮屈かもだけど。いいかな、エステルちゃん」
「ええ、ではそうしましょうね。そしたら、カリちゃんのお洋服とか用意しないとですね」
「はい、え? わたしのお衣装ですか?」
「人間としてのお立場を決めておいた方が良いと思いますよ、エステルさま」
「アルが執事なんだから、カリちゃんはユディちゃんたちやシモーネと同じでいいんじゃないのかしら。ねえアル」
「そうじゃの。それでええのではないかの」
と言うことはうちの侍女ですかね。いいのですかね。あの侍女服を着て貰うですかね。
「だったら、制服を作らないとですぅ。あ、でも、わたしの予備がまだありますから、あれを少し加工しましょうかね」
「せいふく? ですか、エステルさま」
「うん、魔法侍女服よ。ここでもみなさんが着てるでしょ」
「まほうじじょふく??」
やはりそういうことですか。風の精霊だけでなく、ついにドラゴンもあれを着ますですか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




