第558話 襲撃の顛末を聞く
「僕が皆さんにお尋ねしたいのはただひとつ、昨年秋に起きたという魔物の襲撃のことだけです。そのことを、お話いただける範囲で教えて貰えますか?」
ようやく本題に入ることが出来た。
俺のこの問いかけに3人のエルフは顔を見合わせ、そして誰も直ぐには口を開いてくれなかった。
壁の向うにいる精霊様たちも、耳を澄ませているかのように静かだ。
「あの、畏れながらザック様は、そのことをどちらからお聞きになられたのでしょうか。既にドリュア様と何らかのやりとりをなされているのであれば、そこでお聞きになられたということでしょうが。しかしそもそも、それを私どもに尋ねるという目的でこの地に来られたということは、あらかじめどこかでお知りになったのでしょうし。いえ、詮索したいということではありませんで。この地以外でこの件は、エルフ族の者も知り得る者はそれほど多くはないと、私どもも考えておりますもので」
長のビャルネさんがようやく口を開いた。
ああ、やっぱりちょっと面倒くさい。だいたい前置きが長い。
こんなやりとりが続くと、またシルフェ様が怒ってしまいますよ。
「精霊様から伺ったと、そう言っておきましょう。精霊様がどのように把握されたのか、それは人間が詮索してはならないことです」
「あ、これは、失礼をいたしました」
「あの、ビャルネさま、オスキャルさま。先ほどのドリュアさまからのお言葉で、余計な質問はせずに、お尋ねのことに答えよと」
「そうか、ディーサ、そうでしたな」
社守長のディーサさんさんが、今しがたあったドリュア様からの託宣の言葉を再び口にした。
ドリュア様から直接に何かを言われてしまうのは、彼女だからね。
「ザック様のお尋ねの通り、昨年の秋に当地は魔物の襲撃を受けました。当地はご承知のように、畏れながら天と地を結ぶ世界樹が聳え、樹木の精霊様がおられる尊き聖地を囲むようにして存在する、エルフ族の母なる地でございます。その当地が、魔物の襲撃に見舞われるなど、少なくとも何百年来あり得なかったことと存じます。それがどうして起こったのか。ここにいるふたりをはじめ、当地の学者や関係する者たちがあれ以来調査を行っておりますが、いまだにその理由はわかりません」
ようやくビャルネさんが話し始めてくれた。丁寧なのだが、どうも回りくどい。
「(エルフたちがいくら調べたって、理由なんか分かる訳ないわよ。人間の与り知らぬことなんか調べられないわ)」
もう我慢出来なくなって、シルフェ様の念話が響いて来た。
「そうですか。少し起きたことを具体的にお伺いしたいのですが、襲撃があったのは、昨年の10月終わりか11月の初めだったとか」
「私からお答えさせていただきます。よろしいでしょうか? ビャルネ殿」
「ああ、いいでしょう。頼みます」
自治領防衛隊の責任者だというオスキャルさんが、先ほどより少し丁寧な口調でそう許可を求めた。
さっきの自分の発言から、精霊様の怒りを買ったという自覚が多少はあるのだろう。
「ことが起きたのは、昨年の11月2日。突如として、魔物の部隊が当自治領の外縁地域に姿を現しました」
やはり、ナイアの森でユニコーンの村が襲撃を受けたのと同じ日だ。
大陸を跨いだ同時多発テロですか、これは。
「当自治領の正確な広さや内部の構成を、ここでお話しする訳にはいきませんが、簡単にご説明すると、中央部に畏れながら樹木の精霊様が護られておられる世界樹があり、それを囲んでいま私どもがいる社を含めた聖域があります。そして、その聖域をぐるりと囲んで自治領都市があり、さらにそれを大きく囲む地域を外縁地域と呼んでおります」
つまり世界樹を中心にして、同心円状に自治領内の各部が構成されているということだ。
昨晩に俺たちが野営したのは、その外縁地域の中ということかな。
「自治領都市だけでもかなりの広さがあり、その外側の外縁地域は更に広大であるとご認識ください。我ら自治領防衛隊は、日頃より自治領都市内の安全と治安の維持に万全を尽くしておりますが、外縁地域に関しましても監視部隊を周回させ、異変が無いか定期的に監視警戒を行っております」
なるほどね。このオスキャルさんが率いる自治領防衛隊というのは、軍事と警察の両方を担う組織ということだね。
「それで、昨年の11月の2日。外縁地域の西側エリアで監視警戒行動を行っていた小隊が、突如、見たこともない魔物に襲われました」
「見たこともない魔物ですか?」
「はい。そもそも、このアルファ自治領内や周辺の地域では、滅多に魔物や魔獣が出ることは無いのです。ごくたまに、ゴブリンやコボルトといったものの小さな群れが、外縁地域に流れ込んで来るぐらいで。あとはかなり以前ですが、ハイウルフが率いるオオカミの群れが流れて来たことがあります。もちろん外縁部には、大型の肉食獣などは棲息しておりますが、それらが自治領都市まで接近することは、まずありません」
「その見たこともない魔物というのは、どんな魔物だったのですか?」
「ゴブリンのような身体に牛のような頭部でした」
ああ、やっぱりゴズというやつですな。
しかしこのエルフの地周辺は、魔物や魔獣がいないんだね。やはり世界樹があるからということだろうか。
「それで、どうなりましたか?」
「監視小隊の半数が殺され、半数が逃げ帰りました」
「そうですか」
うちのグリフィン子爵家騎士団で言うと騎士小隊は18名で構成され、分隊は半数の9名が基本単位だ。
日常の監視を任務とする小隊というと、おそらくこの分隊ぐらいの規模ではないかな。
つまり4、5人が殺されたということなのだろう。
「それから、逃げ帰って来た隊員の報告を受け、我らは直ぐに討伐部隊を出動させました。部隊の人数は、この場では申し上げられませんが」
「ええ、それはそうですね」
「我らエルフは、ご承知かどうかはわかりませんが、弓矢と魔法を得意としていますが、もちろん剣でも闘います。また森は、我がエルフが日頃普通に活動する場ですので、外縁地域でも戦闘行動に何ら問題はありません」
「はい」
「先発した斥候の報告により、敵のその魔物は想像した以上に数が多く、また流れ込んで来たというのではなく、明らかに自治領都市方向へと進んで来ていると判明しました」
「数はどのぐらいだったのですか?」
「その後、戦闘になった際に確認した限りでは、80体ほどはいたかと」
「80体ですか。なるほど、魔物の部隊としては数が多いな」
「はい。ザック様のおっしゃられる通りです。いちどにそんな数の魔物を、私もこれまで見たことがありません」
「それで、戦闘になったのですね」
「はい。都市の森に魔物を入れてしまっては、我ら自治領防衛隊の沽券に関わります。いや、それ以上に都市の住民の安寧を脅かし、更には畏れながら世界樹と聖域を侵す危機にも繋がりかねません。ですので、直ぐに増援部隊も送り、数で圧倒して一気に討伐してしまう戦闘に入りました」
「その魔物は、何か武器を持っていたんですか? あと魔法とかは」
「やつらは、刃物は持っていませんでしたが、棍棒や長い棒のようなものを使っていました。また魔法ですが、火焔の魔法を森の中でも平気で撃って来たのです」
棍棒や長い棒ね、長い棒というと杖みたいなものだろうか。
それと火焔魔法ですか。森の中で平気で火魔法を撃って来たとかは、ナイアの森でのキツネの魔獣とそっくりだ。
彼らはやはり、森を傷めることを厭わないんだな。と言うか、痛めようとしているのか。
「それで、どうなりましたか?」
「攻防がとても長く続いたとだけ、申し上げておきます。我らにも少なからず犠牲者が出ましたが、その魔物もかなりの数を倒しました」
「そうですか」
「長時間の戦いになり、我が部隊としては激しい戦闘と共に森で火を出してしまわないように、火焔魔法による攻撃の消火活動も、同時に行わねばなりませんでした。負傷者も増えて行き、回復魔法や治癒薬による治療も大変で、部隊員もかなり疲弊して行きました」
エルフの部隊がどのぐらいの数だったのかは彼は言わないが、増援部隊も加わったということだからゴズの80体を大きく上回る数で戦った筈だ。
それでも撃退し切れなかったんだな。
「我らは、いったん部隊を下げ、戦闘態勢を立て直そうとしました。魔物も、まだかなりの数が残っており、このままでは日が落ちてしまう危険性もあったからです。それで私は直轄部隊の者と前線に走り、部隊を下げる殿を引き受けるために、前に出ました」
ああ、このオスキャルさん、やはり武人としては優れているのだろうな。戦況を把握しつつ、殿を務める自信もあったのだろう。
おそらく乱戦が続いていただろうから、いくら部隊長だからといって相当に戦闘力がないと、殿を引き受けようとは考えない筈だ。
「私と直轄部隊が前線に出た、そのときです。魔物どもの後方、森の中から雄叫びとも叫び声とも思える大きな音が聞こえました。すると、こちらに向かって攻撃していた魔物どもが一斉に攻撃を止め、地に倒れていた魔物を引きずりながら、後ろへと下がって行ったのです」
いよいよだな。親玉が出て来た訳か。
「やがて、ズンズンと地を踏みしめる音が聞こえて来た気がしまして。そして、それが現れました」
「別の魔物ですか?」
「はい。頭部はやはり牛のようでした。頭から大きな角を二本生やし、大きく裂けた口からは牙が出ていた。しかし身体は、まるで人間のようでした。ですが何しろ大きかった。普通の人間の数倍もあったでしょう。身長も、横幅も」
「武器は持っていたんですか?」
「とても巨大な両刃の戦斧を肩に担いでおりました」
やはり前世で通称ミノタウロス、こちらでアステリオスと呼ばれているという、アルさんに教えて貰った魔物だな。
それにしてもそのアステリオスの雄叫び、つまり号令で戦闘をいったん中断させ、おまけに地に倒れた自軍の配下を引きずりながら下がらせたとか、なかなか統制が取れている。
「我らには一気に緊張が走りました。後ろに下がらせた部隊も足を止め、再び前を向いて戦闘態勢に入ったのです。するとそのとき、空中から雷撃が我らの前に落ちました。かなりの威力で、それも続けて何発も」
たしかシルフェ様が、雷光を操る魔物とか言っていたよね。雷魔法の使い手か。
「それで我らは、その魔物へ向かって行く足が止まりました。するとそのとき」
そこでオスキャルさんは言葉を止めた。
「何があったんですか?」
「それが、良くわからないのです。何か猛烈な圧力が我らの部隊全員を吹き飛ばし、誰もが気を失っていました。そして気がついてみると、魔物どもの姿は影もカタチも無かったのです」
ああ、どうもキ素力を飛ばす魔獣の咆哮のようだな。それも全員の気を失わせるとか、飛びっきり強烈なやつだ。負傷者も出たのではないかな。
「おそらく、その牛の頭と人間の身体をした、巨大な魔物の攻撃だったのだと思われます。幸いに死者は出ませんでしたが、骨折した者が何人も出てしまいました。そして、魔物との戦闘はそれで終わったのです」
オスキャルさんはドリュア様からのお言葉があったからだろうけど、ずいぶんと正直に襲撃の様子を話してくれたのだと思う。
そのお陰で、だいたいのことは理解した。
「それからはもう、襲撃はなかったのですね」
「はい、それからは現在に至るまで、ありません。また彼らがどこに去って行ったのかも判明しておりません」
まあエルフたちからすれば、訳も分からず襲撃を受けて災難だったよね。
襲撃の理由も、魔物がどこから来てどこに去ったのかも掴んでいないのだし。
「エルフの皆さんは、その魔物がなんという魔物だったのかは、わかったのですか?」
「オスキャルたち防衛隊からの戦闘報告を受け、当地の学者などが協議をしたのですが、どうやらその牛の頭と人間の身体の巨大な魔物は、アステリオスという魔物ではなかったかとのことですな。その配下だったらしい80体もの魔物は、まだ判然とはしておりませんが」
オスキャルさんに代ってビャルネさんがそう答えた。
エルフの学者の中には、それがアステリオスという名前の魔物だと解った人がいたということですかね。
どうやらそういう魔物がいるということが、エルフの古い書物に記されていたらしい。
配下のゴズの方は書かれていなかったのかな。
「皆さん、ありがとうございました。良くわかりました。大変な災難に遭われ、死者まで出されてしまわれたこと、心からお悔やみ申し上げます。また、防衛隊の皆さんが果敢に戦われたことに、深く敬意を表します」
俺の言葉に3人のエルフは無言で頭を下げた。
「(事情聴取はこのぐらいでいいですかね)」
「(もういいんじゃないかしら。たぶんそれ以上は、この人たちにもわからないでしょうしね)」
「(ザックさまもお疲れでしょうから、この辺でよろしいかと思いますよ)」
シフォニナさんが労ってくれたけど、たしかに俺も疲れましたよ。
それでは事情聴取は終了としましょうかね。
俺がそのことを告げると、ビャルネさんとディーサさんはホッとした表情だったが、オスキャルさんが「お待ち下され」と言う。
また何ですか? まだ何か、俺に聞きたいこととか言いたいことがあるんですか?
「はい、何か?」
「その、でございます。ザック様は精霊様と関係の深く、かつひとかどの武人であるとお見受けいたしました。本来なら秘匿すべき、エルフの地での戦闘のお話をお聞かせ申した代りに、ということではないのですが、わたしと剣を合わせていただく訳にはいきませんでしょうか」
「(またまたこのエルフは。この期に及んでまだ、ザックさんを試そうとするぅ。なんなのこれ、ドリュアさん)」
「(風を出すのはちょっと待ってよ、シルフェさん。ここはザックさんがどうお答えされるのか、待ちましょ)」
はいはいちょっと静かにね。
初めて顔を合わせたときからそうだったと思うけど、この人は人族の俺がそれなりに戦闘力がありそうなのを見抜いていたんだろうな。
いいですよ、少しぐらいなら。
「なるほど。ただ話を聞きっぱなしで引き上げるのでは、それは申し訳ありませんね。いいでしょう。こちらも、お話を聞かせていただいたお礼ということではありませんが、ひと手合わせだけでしたら」
「(あら、ザックさん、受けちゃったわ)」
「(だろうと思いましたよ、おひいさま)」
「(やっぱりザックさんですね)」
「(そうなのねー。ザックさんてお強いのかしら)」
「(お強いのかしらって、ドリュアさん。わたしの義弟は、人間のそういう枠にはいないのよ)」
だから煩いですよ、精霊様たちは。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




