第53話 預かった双子を連れて領都に帰還
「ねえ、密航者は罰として奴隷にして売るのが決まりとか、クラースって人が言ったけど、そんな決まりがあるの?」
その言葉と、小さい子を奴隷なんかにするのはダメ、というエステルちゃんの声で、俺はふたりを預かると決めたからだ。
「うーん、そんな決まりは知らないなぁ。モーリスは知っているかな?」
「いやいや、少なくともセルティア王国にはそんな決まりはありませんな。もしそれが犯罪者と疑われたとしても、まずは警備兵なりに引き渡して、役所の方で犯罪の有無とか密航の動機や目的などを調べて、どうするかを決めるでしょうな。もっとも、北方帝国の船乗りの決まりごとは知りませんが」
「そうだな、ましてやこんな小さな子どもを、いきなり奴隷にして売るだなんてな」
「あの、僕たちも船で見つかってから、そんなことは言われなかったので、あの時はびっくりして、とても怖くなって。そうだよねユディタ」
「うん、そんなのを言われたことなかった。だから急に怖くなったの」
フォルくんとユディちゃんがそう話した。
「それじゃ、僕になんでそんなこと言ったのかなぁ」
その発言といい、子どもの僕に預けると決めたのといい、どうもクラースが何を考えていたのかが良くわからない。
「それは良くわからないな」
「それはともかく子爵様、このふたりはどうしますかな。しばらく私どものところで預かるのでも、良いと思いますが」
「いえ、この子たちはザックが預かったのですから、領都に連れて行きますわ」
アン母さんが、モーリス準男爵の言葉に断固とした口調でそう言った。
母さんがそう言ったら、もう誰も反対するのは無理だよね。
「そ、そうだな。うん、そうしよう。ザックが預かったのだからな」
たぶん父さんも、そうしようと思っていたのだろうけどね。
翌日の朝、俺たちは領都へと帰ります。
一行は18名に子どもがふたり増えて、総勢20名になった。
母さんから双子に起きた出来事を聞いた姉さんたちは、一緒の馬車に乗りたいと主張した。
それでフォルくんとユディちゃんは、侍女さんたちが乗って来た馬車に乗せ、姉さんたちもその馬車に乗り込んだ。
その代わりに、フラヴィさんだけお世話係に残して、母さん付きのリーザさんと俺付きのエステルちゃんはこちらの馬車に移る。
「トビー選手もこっちに来る?」と聞いたら、「え、いやー、このままでいいっす」だそうだ。
さすがに子爵夫妻と同乗は、居心地が悪いのだろうね。
帰りも順調な馬車の旅だ。
行きと同じように、帰りのお昼もエンシオ騎士のラハトマー村でいただく。いやー、ご迷惑をおかけします。
フォルくんとユディちゃんが加わり、エンシオさんご家族を交えた昼食の席では、ふたりについての話をせがまれたが、港で起きた出来事などは曖昧にして、母さんが当たり障りのないようにうまく話した。
それでも元騎士のおじいさんは北方帝国に憤り、おばあさんと奥様は涙を浮かべていた。
領都まで行程はあと半分。俺はまた御者台に乗せて貰うことにした。
するとフォルくんが来て、一緒に乗せて欲しいと言う。
さすがに男の子だから、姉さんたちの過保護なお世話がちょっと面倒くさくなったのかもね。
父さんや護衛隊長のエンシオさんに許可を貰って、フォルくんも御者台に乗る。
御者役のブルーノさんも昨日から一緒だから、フォルくんも安心だったのだろう、とても嬉しそうだった。
それで馬車が走り出すと、俺はフォルくんに竜人や村のことなど、いろいろ聞いてみることにした。
「ねえフォルくん、フォルくんたちの村って、すごく寒いところにあるんだよね」
「はい、冬はとても寒いです。なんでも凍ります。村の近くに湖があって魚が捕れるけど、冬は凍るので、氷が張る前にたくさん捕って倉庫に入れときます」
「へぇー、そうとう寒そうだね」
「はい、だから夏もここみたいに、こんなに暑くなりません」
「北方帝国の更に北ということでやすからねぇ」
「ドラゴニュートの人たちって、そんな北の方にしか住んでないのかな」
「僕はよく知りませんが、そうみたいです。僕たちが帝国の村に着くのに、4日もかかりましたから。たぶんすごく遠いので」
「竜人は、人族より足腰がかなり頑丈だと聞いた覚えがありやすので、子どもの足でも4日は相当な距離でしょう」
「はい、最初はみんなで半日走りっぱなしで、僕とユディタだけになっても、日が昇るとすぐに歩き出して、夏はなかなか日が落ちないので、ずっと歩いてました」
「そいつはー、かなり長い時間でやすぜ」
ただでさえ前世にいた世界より1日が27時間と長いのに、おそらく緯度が相当高いと思われるので、夏は太陽がかなり長い時間出ているだろう。
この辺りで14時間以上あるから、へたすると20時間ぐらいだろうか。
それを6歳の男の子と女の子が歩き続けるのは凄い。
「フォルくんたちの村は大きかったのかな。どのくらいの人が住んでたの?」
「大きい村ですよ。そうですね、500人以上はいたかな」
「そのみんなが魔法を使えるんだ」
「はい、強いとか弱いとかはあると思うけど」
「みんな、どんな魔法が得意なの?」
「やっぱり、火魔法が得意な人が多かったです。僕はまだ魔法は習ってないけど、ザカリー様は魔法が使えますか?」
「え、僕?」
「あー、このおひとは、普通の人の魔法とかと比べちゃいけやせんぜ」
ブルーノさんは誰から何を聞いて知ってるのかな。
ほら、フォルくんが勘違いして、なんだか凄い人を見るみたいに俺を見てるから。
「カァ、カァ」
いつの間にか空を飛んでいたクロウちゃんが下りて来て、俺の頭の上に止まる。
「あの、クロウちゃんてすごく慣れてるんですね」
「うん、僕が3歳のときからずっと一緒だからね」
「へぇー。クロウちゃんて昨日も思ってましたけど、ホントに賢そうです」
「自分にはわかりやせんが、ザカリー様とエステルさんは、クロウちゃんとよくお話してやすからね」
「カァ」
そんなことを話しているうちに、あっという間に最後の小休止の村に到着。
ここを出発すると、やっと領都グリフィニアだ。
案の定、俺とフォルくんは、それぞれ馬車の中に戻るように言われて出発した。
「母さん、フォルくんとユディちゃんをうちで預かるとして、どういう風に暮らして貰うの?」
「そうねぇ、ザックが預かったのだからザックにすべてをお任せする、というのは、まぁそれは無理よね。ウォルターさんとコーデリアさんとも相談しなきゃだけど、侍女と小姓の見習いという感じにしておこうかしら。ねぇエステルさん」
「はい、そんな感じがいいと思います」
いつの間にか馬車は領都の北西門に着いて、領都内に入る順番を待っていた。
フォルくん、ユディちゃん、ようこそグリフィニアへ、着いたよ。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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