表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

557/1121

第550話 カリオペさんを預かる

「カリオペ、おぬしはこれから、ニュムペ様の妖精の森で水の精霊を護るお役目に就くのじゃ。これはわしが竜族の統領として、おぬしに与える大切な仕事じゃぞ。じゃが、妖精の森での仕事には、ドラゴンの姿ではちと大き過ぎる。それにニュムペ様の新しい妖精の森は、人間の里にわりと近いそうなのじゃ。じゃから、普段はそのいまの人化した姿が必要となる。わかったか」


「あ、へ? あの」


「でじゃ、おぬしは自分で自覚しておるように、人化の魔法がまだまだ未熟ではある。それはそこの黒竜のじじいも指摘した通りじゃ。なので、まずはその魔法に熟達せんとならん。従ってカリオペ、おぬしはこれから、そこにいる黒竜の爺に付いて修行をせい。それと同時に、ニュムペ様の妖精の森や周囲の様子も把握するのじゃ。ええか、わかったかの」


「えーと、その」


「もう本当に、相変わらず金竜さんは独断で先走って、ものごとを決めてしまう爺さんよの。だいたいわしに付いて修行せいとか、わしの意向も本人の気持ちも何も聞かずに。それにその嬢ちゃんも、ずいぶんと戸惑っておろうが」


「煩いわ、アルノガータ。だいたい、おぬしが相談して来たことじゃろうが。そのおぬしの考えに沿って人選し、決めたのじゃから何が悪い。いまわしの手元におる若い衆で、人化の魔法がかろうじて出来るのは、このカリオペだけなのじゃ。それに五色ドラゴンの一族じゃから、能力も問題なかろう。どうじゃ、おぬしの求めにわしは、ちゃんと応えておろうが」


 ああ、先ほどはこの金竜のエンルさん、だいぶ落ち着いて話ができるようになったかと思ったのだが、ドラゴン同士だと、と言うかアルさんに対してはどうも声がデカくなる。

 当のカリオペさんはどうしていいか分からず、まだおろおろしているだけだ。


 すると、俺の隣で座ってこの様子を見ていたエステルちゃんが、立ち上がりすたすたっと歩いてカリオペさんの側に近づいて行った。

 そして何か話し掛けている。

 カリオペさんもエステルちゃんの言葉に、コクンコクンと頷いたり小さな声で応えたりしているようだ。



 エンルさんとアルさんの言い合いはまだ続いていたが、それを余所にエステルちゃんはカリオペさんを連れてこちらにやって来た。

 そして椅子をもうひとつ出してそこに座らせ、更には紅茶を淹れてあげている。


「さあ、これをお飲みなさい。落ち着きますよ。人間のお紅茶とか、初めてだったかしら」

「あ、はい、いえ。実家で人化魔法の訓練をつけて貰っているときに、何度か飲ませて貰ったことがあります。ありがとうございます、エステルさま」


 そして、カップに口をつける前にふぅーふぅーと可愛らしい口を尖らせて吹き、それからゆっくりと紅茶を飲んでいた。


 そんな様子を見ながら俺は、見鬼の力で彼女を観察してみる。

 アルさんをこの力で見たことはないのだが、なんとなくドラゴンがどんな力を備えているのか見てみたかったんだよね。


 もちろん探査の力も併せて使って、女の子の身体の中を覗くなんてことはしませんよ。

 人化の魔法でどういう風に人間に変化へんげしているのか、人間と同じ身体なのかの興味は、まったく無いと言えば嘘になりますけど、そこはほら。


 ああ、かなりの強いキ素力が身体の中で動き続けているようだ。

 普通の人間が魔法を発動させる際の動きの比ではない。

 つまりこのキ素力の働きが、人化の魔法を維持し続けているということなのだろうか。


 アルさんがさっき、まだ安定していないとカリオペさんのことを言っていたけど、この体内のキ素力の動きのことかな。

 それにしても、ふぅーふぅーと熱い紅茶を椅子に座って黙って飲んでいる状態で、このキ素力量を動かし続けているのだから、相当な魔法力を持っていることが想像出来る。



「どぉ、あなた、少し落ち着いたかしら」

「あ、これは精霊様。すみません、ご一緒のテーブルでお紅茶をいただいてしまって」

「それはいいのよ。わたしは、シルフェね。風の精霊よ」

「あの、真性の精霊様ですよね」


「そうよ、よろしくね。それでこちらが、同じく真性の水の精霊のニュムペさん」

「よろしくお願いしますね」

「それから、わたしのところのシフォニナさん」

「初めまして、シフォニナです」


「エステルはわたしの妹ね。それからお隣はエステルの婚約者でわたしの義弟おとうとのザックさん。テーブルにいるのはクロウちゃんよ」

「みなさま、カリオペです。よろしくお願いいたします。あの、わたし、ここに座っていていいのでしょうか」


「それはいいのよ。あなたをアルが預かると言っても、結局はザックさんとエステルが一時預かることになるのでしょうから。それで様子を見ながら、ニュムペさんのところね」

「あの、黒竜さまはそれで良いのですか」


「ああ、いいのよ。あの爺さんふたりは、いまは放って置きなさい。きっとザックさんが、自分が預かるっておっしゃっていただけるわ。ね、ザックさん」


 カリオペさんはそこで初めて俺の顔を見た。

 不安そうな、伺うような、それからこれはどんな人間なんだと探るような目だった。



「僕は人化の魔法が良く分からないけど、そこまでちゃんと人の姿に成れているんだから、魔法はかなり完成しているんだと思いますよ。ただ魔法が安定しないのは、身体の中で魔法を維持しているキ素力の動きが安定していないせいだと僕は思います。だから、魔法自体はアルさんに見て貰うとして、あとは人間の間で少し暮らして慣れながら、キ素力を安定させる訓練をすればいいんじゃないかな」


 俺がそう言うと、カリオペさんは輝く目でじーっと俺を見つめて来た。


「あの、えーと、その、ザックさまは、神さまのお使いか何かでらっしゃいますか?」

「へっ?」


「だって、精霊さまをご婚約者にされていて、この世界の生き物でないものをお側に置いて、おまけにそこまで見抜かれるなんて」


 クロウちゃんがただの鳥でないことが分かったらしいのは、さすが上位ドラゴンの一族の子だからなんだろうけど、あとは勘違いですからね。


「わたしは人間ですよ。ファータですから。シルフェお姉ちゃんの妹なのはそうですけど」

「え? エステルさまは人間なんですか? でも」

「それからザックさまは、人族の人間ですよ。普通の人かどうかと言われると、わたしも自信ないけど」


 おいおい、エステルちゃん。


「うふふ。まあとりあえずはエステルの言う通りよ。でも、あなたが感じたことを大切に、あなたの感じるままに、そのふたりとは接すればいいわ。ねえ、ニュムペさん」

「そうですね。このおふたりには、わたしがとてもお世話になっているとだけ、そう申しておきましょうか」


 だから、神の娘たる真性の精霊様がそういう曖昧な言い方をすると、誤解や混乱を起こすだけですから。


「はい、わかりました」


 でもカリオペさんは、精霊様たちの言葉に大きく頷いてそう返事をしていた。



「おーい、アルさん、もういいかな?」

「ほ? おお、ザックさま。どうもこの金竜の爺さんが、自分勝手なことばかり言うもんじゃから」

「何を言うとるか。わしはおぬしの頼みに、ちゃんと応えておろうが」


「はいはい、もう言い合いはいいから。このカリオペさんは、うちで預かるよ。それで、人間の社会にも慣れて貰いながら、アルさんが人化の魔法の訓練をしてあげればいいんじゃないかな。それでいいでしょ? いいですよね、エンルさん」


「おお、さすがはザック様じゃて。ほれ見い黒竜、おぬしがごちゃごちゃ言うとる間に、ザック様に収めていただいたわい」

「それは……。ザックさまよ、すまなんだ。ザックさまがそう決められたのなら、わしに反対はないですぞ」


 いつの間にか立ち上がって言い合いをしていたドラゴンの爺さんふたりは、俺がそう言うとようやく大人しくなって椅子に座り直した。


「そうしたら、あらためてじゃが、わしが黒竜のアルノガータじゃ。皆からはアルとよばれているので、嬢ちゃんもアルさんとか呼んでくだされ」

「カリオペです、よろしくお願いいたします。黒竜さまのことは、曾婆さまからお聞きしたことがあります」


「曾婆様と言うと、クバウナさんか」

「はい」

「すると嬢ちゃんは、クバウナさんの曾孫さんだったか」


 あとから聞いたことだが、クバウナさんというのは天界から降りた五色ドラゴンのおひとりの白竜で、五色の中で唯一女性のエンシェント・ドラゴンなのだそうだ。

 カリオペさんは、そのクバウナさんの曾孫になるという。


「どうせ、怠け者で自分勝手でドラゴン付き合いの悪い、引き蘢りのくせに色黒のドラゴンという話じゃろうて」

「あ、えと」

「煩いわ。自分勝手なドラゴンとは、そこの金色のじじいのことじゃろうが」


「まあまあ、カリオペさんが困ってるから、もうその辺で」

「あ、すんません、ザックさま」

「申し訳ないことで、ザック様」



「それで、わたしたちはこれから、ドリュアさんのところに向かう旅に戻るのだけれど、カリオペさんのことはどうすればいいのかしら」

「おお、そうでしたな、シルフェ様。いえ、カリオペはこのままお連れくだされ。良いな、カリオペ」


「あ、はい、大丈夫です。ああ、でも、ちょっとお部屋を片付けてから。少しお時間を。直ぐに戻って来ます」

「いいわよ、行ってらっしゃい」


 カリオペさんは「はいっ」と返事をすると人化の魔法を解いて白いドラゴンの姿に戻り、すーっと移動して大広間を出て行った。

 さすがは上位ドラゴンの一族と言うか、ドタドタ走るのではなく重力魔法での移動が出来るようだ。


 それにしても、ドラゴンの女の子の部屋とかお片付けとか、あと、持って行く身の回り品とかもあるのかな。まあその辺は、人間の想像の範疇外だよな。




 それから程なくしてカリオペさんが戻って来た。

 それで彼女には再び人化はさせずに、俺たちはそのまま出発することになった。


「カリオペ。どうせこの黒竜は当分ここには来よらんじゃろうから、おぬしが報告に来るんじゃぞ」

「はい、承知しました、金竜さま」


「それから、精霊樣方やザック樣方には、ご迷惑をお掛けするのではないぞ。しっかり務めを果たすのじゃ。白竜やおぬしの一族には、ことの経緯は報せておくでな、心配せずとも良いぞ」

「わかりました」


「それで……」

「もうええじゃろが、出発しますぞ」


「そうか、そうじゃな。ではシルフェ様、ニュムペ様、シフォニナさん、お気をつけて。ザック様とエステル様とクロウちゃんも、また来てくだされ。歓迎しますぞ。ドリュア様にはよろしくお伝えくだされ。あとは……」


 エンルさんはまだ何か言いたそうだったが、ドラゴン姿のアルさんは俺たちを背中に乗せてするするっと大広間を出口へと進んで行ってしまった。

 その後ろでカリオペさんが後ろを振り返ったり、左右で畏まるドラゴンたちに挨拶をしながら付いて来る。


 そうして大扉を抜け、大通路を進んで洞穴の入口から外に出ると、アルさんは一気に空へと舞い上がった。

 カリオペさんも後方から直ぐにアルさんの横に追いついて、美しい飛行姿勢で並ぶ。



「(あー、相変わらず騒がしかったわね)」

「(そうですね。わたしは久し振りでしたけど、金竜さんは本当に変わりません)」

「(アル殿も、金竜さまが相手だと、いつもああですよね)」


「(アルがエンルに突っかかるからよ)」

「(わしが突っかからんでも、あの爺さんがわしに突っかかってくるからじゃ)」

「(あの、なんだかすみません)」

「(あら、カリちゃんは何も悪くないんだから、あなたが謝ることはないのよ)」


 フェンリルのルーさんといい、金竜のエンルさんといい、どうもアルさんはああいった相手だと直ぐに言い合いになるよな。

 普段はのんびりした爺様ドラゴンで、そんな姿を見せないんだけど。

 まあ、どちらとも決して仲が悪い訳ではないのだろうけど。もしその3人が一緒にいたら、いったいどうなるのだろうか。ちょっと興味が湧く。


「(シルフェ様。アルさんとエンルさんとルーさんが、3人で顔を合わせることってあるんですか?)」


「(ああー)」

「(たまにあるんですけどね。前回に顔を合わせたときも凄かったですよ、ザックさま。もう他のみなさんは、呆れて放っておきましたけどね)」

「(たしかあのとき、クバウナさんが静かにさせたんじゃなかったかしら。あの人、強いから)」


「(なんだかすみません)」

「(カリちゃんが謝らなくていいわ。あなたのひいお婆ちゃんのことを褒めてるのよ)」


 そうなんだね。その前回がいつのことだかはシフォニナさんも言わなかったが、どうやら他にも高位の人外の方々がいたようだ。

 それにしても、カリオペさんのひいお婆さんのクバウナさんて、その3人を黙らせるのだからきっと怖いお婆ちゃんなんだろうな。


 この念話の会話が充分聞こえている筈のアルさんは、何も聞こえてない振りをして黙々と大空を飛んで行くのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ