第548話 ドラゴンの統領の宮殿へ行く
クロウちゃんが少し心配していたニンフル大山脈越えの飛行は、大きなトラブルもなく順調に進んで行った。
こういった高い山の上空では乱気流が起こりやすく不安定になりがちだが、そこは風の精霊のシルフェ様とシフォニナさんがいるのと、重力魔法を駆使して飛ぶアルさんにより、きわめて安定した飛行が続けられる。
また話題に出たルフ、ロック鳥といった魔鳥も出現することもない。
だいたい、たいていの魔獣や魔鳥はアルさんを怖がって近づかないし、なにしろここはもう金竜様の勢力圏なのだ。
ただ、東西に長大な連なりを誇るニンフル大山脈は、南北方向にもなかなかの厚みがあった。
つまり最初の高峰を越えても、次々に高い山々が続くのだ。
これを徒歩で越えようとしたら、大変な難関なんだろうな。
「(まあ普通は、人間がちょっとやそっとで越えられる山脈ではないわね)」
「(ふぇー、そうすると山脈の北と南は行き来が出来ないの? お姉ちゃん)」
「(かなり限られますが、往来の出来る峠道があるんですよ、エステルさま。尤もこの辺はそもそも人がいないので、山脈を横断する人間はいませんが)」
シフォニナさんが教えてくれたところによると、ごく限られた場所で山脈を横断出来る山岳街道がいくつかあるそうだ。
しかし、いまアルさんが飛んでいるこの場所は、北はほとんど人間のいない大草原。南は大きな森林地帯が広がっているそうで、往来する人間そのものがいないのだとか。
いくつかの高峰の上空を飛び、山々に囲まれたかなり広い高山帯へと入る。
地上には低木らしき森林や草原などが見えている。
アルさんが高度をゆっくりと下げ、飛行速度も落としているので、そういった地上の様子が眺めることが出来た。
「(そろそろですぞ)」
アルさんの念話が聞こえたとき、遠くの空からこちらに向かって飛んでくるふたつのものが小さな点のように見えた。
ロック鳥じゃないよね。
「(あら、あれって金竜さんの部下じゃないのかしら。ねえアル)」
「(ふん、どうやらそのようですわい。もう気づかれたかの)」
金竜様の部下というと、やはりドラゴンだよね。
出迎えとかなのかな。アルさんはちょっと不機嫌そうだけど。
斜め前方からこちらに向かって飛ぶ2体の飛行体は、みるみる接近して来る。
向うもなかなかの速度で、こちらも速度は落としているとはいえ近づくのはあっという間だ。
ああ、なるほど、ドラゴンですね。大きさはどうだろう。どちらもアルさんよりは小さいのかな。
「(そこの色の黒いドラゴン。ここを金竜様の領域と知っての接近か。どこぞのドラゴンなのか名を名乗れ)」
「(金竜様の領域を許可無く侵そうとするのであれば、無理矢理にでも停止させるぞ)」
まだかなり離れているが、こちらの進行方向に向きを変えて距離を取りながら飛行し、そう念話を送って来た。
えーと、スクランブル的な感じですかね。領空侵犯とか?
「(ばかものがぁー。わしを誰だと思っておる。黒竜のアルノガータじゃあ)」
アルさんの念話の出力がデカいですよ。つまり、大声で怒鳴ったということだ。
「(へっ?)」
「(黒竜様? アルノガータ、様?)」
「(近づいて良く見ればわかるじゃろうが。まったく、近ごろの若いドラゴンはなっておらん。それにじゃあ。わしの背中には、真性の風の精霊と水の精霊が乗っておられるのだ。ええから、さっさと金竜さんのところまで先導せい)」
「(あわわ、本当に黒竜様だ)」
「(なんですって。真性の風の精霊様と水の精霊様が乗られているって……)」
先ほどより更に近づいて来た2体のドラゴンは、アルさんをブラックドラゴンだと認識し、激しく動揺したかのように飛行体勢を崩した。
真性の風の精霊様と水の精霊様が背中に乗っているということにも、著しく驚愕したらしい。
シルフェ様は暢気に、2体のドラゴンに手を振ってるけどね。
それからは1体のドラゴンが前に出て先導し、もう1体が警護するように後方に付いた。
「(若いドラゴンさんなんだね)」
「(四元素ドラゴンの若いのじゃ。前が火竜で後ろが風竜じゃろ。まったく、あんなに近づかんとわしのことがわからんとは。情けない)」
「(それって、アルが滅多にここに来ないからじゃないの? そもそも若者なんだから、あなたを見たことがないのでしょ)」
「(むむ、それはそうなのじゃが)」
金竜様のところには四元素ドラゴンが常時何人も、というか何体もいるそうだ。
だいたいが若いドラゴンで、ああやって領域を警戒するなどの任務に就いているという。
まあ、若者を統領のところに出仕させているみたいなものなのだろうね。
やがて、前方にまた高くそそり立つ峰が近づいて来た。あの山麓の森林の奥に金竜様の棲む洞穴があるそうだ。
前を飛ぶドラゴンが一気に高度を落とし始め、アルさんもそれに続く。
すると前方の森の中に平地が開け、洞穴の入口が大きな口を開けているのが見えた。
前々世の映画で見たことがあるような、まるで地下軍事基地の格納庫入口みたいだな。
アルさんクラスの巨体の持ち主でも、2体が横並びで入れるような大きな入口だ。
大型旅客機や輸送機がそのまま進入出来そうだよね。
前を降下するドラゴンがその入口前の広場になっている場所にストンと着陸すると、直ぐに脇に移動してアルさんが着陸するスペースを空けた。
そのスペースに、アルさんが音も無く着地する。
後方に飛んでいたもう1体のドラゴンは少し離れた場所に降りると、先に降りたドラゴンの横に移動して並び、なにやら平伏している。
「(し、失礼をお赦しください、黒竜様)」
「(ひ、平にご容赦を)」
「(ええわ。わしもここに来るのは久方振りじゃしの。ええから、金竜さんのところに報せに走って、わしらを案内するのじゃ)」
「(は、はい。ありがとうございます。いま、直ぐに。おい、走るぞ)」
「(暫し、暫しお待ちを)」
「(ふむ。はようせい)」
ふたりの若いドラゴンは、音も無くと言うより、慌ててドタドタという感じで洞穴の中へと走って行った。
「ねえザックさま、ザックさま」
「ん?」
「アルさんて、偉いドラゴンさんだったんですね。あのひとたち、あんなにペコペコして、慌てて走って行きましたよ」
エステルちゃんが小声でそう話し掛けて来る。
それはアルさんて、ドラゴンの中でも上位の五色ドラゴンだし、天界から降りて来たエンシェント・ドラゴンのひとりらしいからね。
エステルちゃんもその話、なんとなく一緒に聞いていて知ってるでしょ。
「そうなんですね。わたしには、子供のときから知り合いの、優しいお爺ちゃんドラゴンのイメージですけど」
まあいま現在は、エステルちゃんの執事さんを自認しているけどさ。
そんなことをコソコソ話していたら、洞穴の奥から先ほどの若いドラゴンたちが走ってやって来た。
「(お待たせいたしました。金竜様の御前にご案内申し上げます)」
「(我らが先導いたしますので、どうぞそのままでお進みください)」
どうやら俺たちは、ここでアルさんの背中から降りなくて良いようだ。
それでアルさんも洞穴の中に入り進み始める。
内部はとても天井が高く、ナイアの森の地下拠点トンネルでも使っている永久発光の魔導具が随所に設置されているのか、とても明るい。
アルさんは重力魔法を使って移動するので、前を行く若者ドラゴンのような足音をまったく立てず、背中が揺れることも無い。
でもたまには、自分の足で歩いた方が健康のためには良いと思いますよ。
尤も、人化しているときには自分の足でちゃんと歩いているよな。
飛行場の誘導路のような洞穴内のトンネルを暫く進んで行くと、目の前に大きな扉が現れた。
ドラゴンが出入りする扉だから、その巨大なサイズは説明するまでもない。
「ふぇー、おっきな扉ですぅ」
「どうやって作ったんだろうね、これ」
「大昔からあるからのう。どうやって作られたのやら、忘れてしもうた」
「きっと古代魔導具の時代よね、これって」
ふたりの若者ドラゴンによってその巨大扉が左右に開かれると、その向うにはこれまた巨大な大広間が存在していた。
と言うか、これは大広間でいいんだよね、まるでドーム球場ですよ。こんな大空間は、前世でも今世でも見たことがないですよ。
ここって、ドラゴンの宮殿とでも言うべきなんですかね。
「では、入るとするかの」
とアルさんは、あまり気乗りのしない声で呟くように言うと、扉の中へと進んで行った。
中に入ると真っ直ぐ前方に向かって幅広の道に見える通路が伸びている。
その左右には、何体かのドラゴンが畏まって頭を下げ並んでいた。
アルさんを案内して来たふたりのドラゴンも、その並びに加わっている。
そして正面前方には少し高くなったステージのような場所があり、アルさんと同じぐらい大きなドラゴンが座っていた。
あれが金竜様だな。なるほど、眩く光る黄金色という訳ではないが、言われてみれば黄金を思わせるオレンジがかった濃い黄色の身体をしている。
その身体色以外は、遠目で見た感じではアルさんに似ているよね。
「(早く近くに来んかい、アルノガータ。背中の精霊様をそこでお待たせして、どうするんじゃい)」
うわー、デカい念話ですよ、これ。クロウちゃんなんか、ちょっと驚いてビクってしてますよ。
これは金竜様の念話ですよね。
「(う、うるさいぞ。いま行くわい)」
アルさんも負けずに大きな出力の念話を発すると、するすると前に移動して一気にステージ下まで到着し、そこから幅の広い何段かの階段を上がって行って止まった。
そして、金竜様から少し離れた場所で身体を低くして、背中の俺たちが降りやすいような姿勢になる。
「さあ、降りましょうか」とシルフェ様やニュムペ様、シフォニナさんが降り、俺とクロウちゃんを抱いたエステルちゃんもアルさんの背中から降りた。
それを確認したアルさんは、「むん」と何故か鼻を鳴らすと竜人の姿に変化した。
いいのかな、ここで人間の姿になったりして。
「お久し振りね、エンル」
「ご無沙汰してます、エンルさん」
「お邪魔いたします」
「おお、これはこれは、シルフェ様にニュムペ様ではありませんか。そちらはシフォニナさんでしたかな。しかしアルノガータも、ずいぶんと久し振りじゃの。精霊様をご案内して来るとは、おぬしにしては上出来じゃがな」
「まあ、わしとしては、あまり来る気はなかったですがの」
「ふん、相変わらずじゃの、おぬしは。そもそもが、わしが来いと言っても何故来んのじゃ。え? 何年顔を見せなんだ。10年か50年か、100年か200年か。ひとりで勝手をしおってからに。どうせまた、あの穴ぐらで寝ておったのじゃろうて。おぬしはだいたい、協調性というものが備わっておらん。5色の集まりも欠席ばかりしおってから。おぬしんところを、白竜に見に行かせたのはいつじゃった。300年前か500年前か。ほかの者はちゃんと顔を見せに来よるぞ。それに引き替えおぬしはまったく……」
ああ、これはアルさんが苦手なのが分かりますわ。
小言が途切れないし、だいたいドラゴンが肉声で話すと地声が大きいのだけど、念話を上まわってこの爺さんドラゴンの声はどデカい。
ところでシルフェ様たちがエンルさんて呼んでたけど、それがこの金竜爺様の名前なのかな。
「うん? アルノガータよ。おぬし、人間をここに連れて来よったのか。ふーむ、ただの人間ではないようじゃがのお」
「ああ、エンル。この子たちは、わたしの妹と義弟よ」
「な、なんじゃと、シルフェ様よ」
シルフェ様の言葉に金竜爺様の目が大きく開かれ、そしてジロっと強い眼光で俺を睨みつけて来た。
おいおい、その眼光で睨まれたら、普通の人間なら気絶しちゃいますよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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