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第547話 ニンフル大陸の大草原

 シルフェ様の風の精霊の妖精の森を出発した。

 アルさんに聞いたら、あと3回はどこかに着陸して休憩を取るつもりだそうだ。

 2時間飛んでおよそ千キロメートル進むとすれば、やはり目的地までは5千キロほどということのようだ。


 飛び立ってから水平飛行に移ると、アルさんの背中の上からでは地上をあまり良く見ることが出来ない。

 座っている場所から少し位置をずらして望見すると、森が終わって草原が広がっている。

 どこまでも続く草原地帯だ。


 それから草原地帯の上空を、かなりの距離飛んで行く

 すると遥か南の方角に、高い山々が連なっているのが見えて来た。



 俺たちが暮らしているセルティア王国の東端から北方帝国方向へと北に伸びる、北方山脈という山脈がある。

 シルフェ様に聞くと、あの南に東西に伸びて見えている山脈は、もっと高い山々がとんでもない距離で連なっているのだそうだ。


 その名はこの大陸の名前を冠して、ニンフル大山脈と呼ばれている。

 なるほど、まだかなり遠方だが、まるで高い壁が立ちはだかっているように見えるよね。


「(いま飛んでる下の草原地帯から、あの山脈までは、たぶんほとんど人間が住んでいないのじゃないかしら)」

「(馬に乗って移動して暮らす人たちがいましたよ、おひいさま)」

「(ああ、そうだったわね。牛とか羊とかを飼っていたわ)」


 水平飛行中はかなり高い高度を飛んでいて、風の防護壁で護られているとはいえ肉声が通りにくいので念話で会話をする。


 それにしても、大草原と言えば遊牧民だね。

 俺の前世の世界でもその時代、こういった大草原で暮らしを営む遊牧民は一方で戦闘力のとても高い部族だった筈だが、こちらでもそうなのだろうか。

 世界を旅しているシルフェ様とシフォニナさんは、各地のことを良く知っている。


「(たしか、あの長い長い山脈のずっと東の端だかに、サラさんが棲んでいるのではなかったでしたっけ)」


 ニュムペ様がそうシルフェ様に聞いて来た。


「(ああ、そうだったわね)」

「(あの山脈の東端、その南側にとても高い火の山があって、そこにサラマンドラさまがお暮らしになられています。グノモスさまは、その山から南方向に行った場所におられるようですね)」


 シフォニナさんがそう話してくれたが、土の精霊であるグノモス様の棲む本拠地には彼女も行ったことがないそうだ。

 たしか地中深くに棲んでいるらしいけど。


「(おひいさまは、大昔に行かれている筈ですよ。ねえ、おひいさま)」

「(そうだったかしらね)」


 どうもシルフェ様は、火の精霊と土の精霊のこととなると素っ気ない。

 先日に大森林から帰ったあとで、ニュムペ様にそのことをこっそり聞いてみたのだけど、彼女は「ずいぶんと昔に、あのふたりと大喧嘩したことがあったのです」と、それだけ教えてくれた。




「(そろそろ降りて、お昼にしましょうかの)」とアルさんが言ってきた。

 地上はどこまでも続く草原地帯なのだが、お昼休憩の出来る場所があるのだろうか。

 もちろん、周辺に人間が存在しない場所でないと、アルさんは着陸出来ない。


 暫くして「(あそこが良いじゃろ)」と、アルさんは降下を始めた。

 特に黒雲で姿を消すことをしないので、周囲に人間がいる心配の無い場所なのだろう。

 もっとも青空が広がるこの地で、黒雲が地上に降りて行く方がよっぽど不審な現象だけどね。


 そうして着陸した場所は、広い草原地帯にポツンとある小さなオアシスの側だった。

 そこだけは樹木が茂り、おそらく中に水源があるのだろうね。


 それにしてもこうして地上に降り立つと、周囲は見渡す限りの大草原だ。

 しかし大草原とは言っても、濃い緑の野原が続くようなものではなく、薄緑色のまばらな草地が続いている。


「カァ、カァ」

「ああ、こういうのをステップと言うのか。実際にそのど真ん中に立つのは、初めてだなぁ」


 前世の世界ではユーラシア大陸の内陸をヨーロッパから満州へと東西に広がる、気の遠くなるほど広大なユーラシアステップというものがあるが、ここはどのぐらい広いのだろうか。

 ステップ気候特有の乾燥した空気。陽射しは強いが、気温はやや肌寒いぐらいでそれほど高くはない。



「カァカァ」

「ちょっと飛んで来るの? 身体が縮こまっちゃってるのね。知らないところを飛んで大丈夫かしら。ねえアルさん、危険なものとかいます?」


「ああ、エステルちゃん。地上には、それほど危険なものはおらんと思うが、空には肉食の鳥や魔鳥がおらんとも限らんからの。あまり遠くには行かずに、気をつけるんじゃぞ」

「カァ」


 肉食の鳥というと猛禽類だよね。前世の世界のステップ地帯でも、鷹や隼などが地上の小動物を狙って飛んでいると何かで読んだことがあるが、魔鳥とかもいるのか。


「魔鳥っているんだ、アルさん」

「でっかくて、大きな動物を襲う、タカの魔鳥じゃな。滅多に見ることはないが、ルフもおるぞ」


「ルフって?」

「カァカァ」

「ああ、ロック鳥のことなのか」


 ロック鳥とは、前世の世界では中東地域などで伝わる巨大な鳥のことで、象をも捕らえて持ち去るという。

 アラビアンナイトの物語で、シンドバッドがこの怪鳥の足に掴まって孤島から脱出する話が有名だよね。


「そのルフって、アルさんぐらい大きいのかな」

「ふん、わしと比べるなんぞおこがましい話じゃが、まあ大きさだけで言えば同じぐらいかの」


「あ、ゴメン。どのぐらいの大きさなのか、想像するためにさ。まあクロウちゃん、気をつけて行ってらっしゃい。直ぐにお昼ご飯だから、遠くには行かないんだよ」

「カァ」


 クロウちゃんはひと声返事をすると、空へ飛び立って行った。

 風の精霊の加護のおかげで、アルさんと同等の速度が出せるクロウちゃんなら、どんなに危険なものに出会っても逃げることが出来るだろう。


 それにしてもアルさんの口振りでは、この世界の空の王者たるドラゴンからすると、ロック鳥の存在はあまり好かないみたいだな。



 シルフェ様たちは既にオアシスの中に行っていたので、後を追って足を踏み入れる。

 すると、周囲を樹木に囲われて小さな湧水池があった。陽の光に青く輝く水は清浄そうだね。


「奇麗な水ですね。これって飲めるのかな」

「ええ、大丈夫ですよ。地中深くに水脈があって、ここに湧き出してますから」

「水の精霊さんとかは、この辺にはいないんですよね」

「そうですね。この草原地帯はとても広くて、一年中乾燥していますから、精霊はいませんね」


「奇麗な水のあるところぜんぶに精霊がいたら、そこら中が精霊だらけになっちゃうわよ、ザックさん。それこそ、風が吹いているからと言って、精霊がいる訳じゃないのと同じよ」

「ああ、なるほど」


 どこに何の精霊が存在しているのかとか、そこら辺のこの世界のことわりは、俺にすべてを理解できるものではないよな。


「水脈は言ってみれば、ぜんぶ繋がってますからね。ですから要所要所を護っていれば、あとは自然そのものにお任せすれば良いのです」

「風も同じよ」


 そういうことなんだと理解するしかないのだろうね。


「でも水は汚れやすいのです。ですから、奇麗な水があるところが必ずしも要所なのではなくて、汚れやすいところが要所なんですよ」


 ああ、だからニュムペ様の妖精の森は、人間や他の生き物が多く暮らす場所の近くなのか。

 ナイア湖を、長年に渡ってネオラさんが独りで護って来たのもそれで分かる。



 池の畔にテーブルと椅子を出して、飲み物やサンドイッチ、その他の料理などを出していると、クロウちゃんが帰って来た。


「何かいた?」

「カァ、カァ」

「地上にサイガがたくさんいたって、え、サイ?」


「カァカァ」

「犀じゃなくてサイガなんだ」

「カァ、カァカァ」

「牛と山羊の中間みたいな偶蹄類ね。そんなのがいるんだね」


「クロウちゃんて、本当に物知りなのね。どうやってお勉強とかしたのかしら」

「ご本とか読んでる姿は、見たことありませんけどね」

「カァ」

「秘密、なんですかぁ」


 いや、クロウちゃんの知識は、俺の前世や前々世の記憶と繋がっているからなんだけどさ。

 俺が引き出すことなく置き去りにしてしまった記憶や知識でも、引き出して来られるところはまあ凄いとは言えるんだけど。


「猛禽類とかは?」

「カァカァ」

「隼が飛んでたのか。その、ルフとかは?」

「カァ、カァ」


「ルフが近くに現れたら、わしが直ぐにわかりますぞ。出たら仕留めて、ルフ肉をドリュアさんの土産にするところじゃがの」


 いやいや、こんな旅の途中でそんな巨大なロック鳥狩りとか、している場合じゃないでしょ。




「カァカァ」

「それよりも、これからあのニンフル大山脈を越えるんだよね、アルさん。クロウちゃんがそこのところを気にしてるけど」


 俺たちはグリフィニアからドリュア様の棲む世界樹のある地を目指し、南東と南南東の間の方角へと飛んで来ている。

 いまランチを食べているこの大草原地帯のオアシスで、だいたい2千キロメートルは移動して来たことになるね。


 このまま同じ方角に飛んで行くと、やがてそのニンフル大山脈を越えることになるのだが、クロウちゃんが気にしているのは気流とか天候のことなんだろうな。


「おお、そうなのじゃが、まず山越えはもう少し高度を上げますでな。風は猛烈じゃが、そこはシルフェさんとシフォニナさんがおれば問題ないじゃろ」

「それは任せておいて。いままでより高いところだと、もっと空気が薄くなるけど、心配ないわよ」


「それでな。少々わしから相談なのじゃが」

「なあに? アル」

「なんなの、アルさん」


「ちょっとな」

「なにかしら。はっきり言わないと相談にならないでしょ」


「ううむ、ちょっと考えたのじゃが、金竜さんのとこが近いで……」

「あら、金竜さんのところに立ち寄ろうかどうしようか、考えてたのね。ここからだと南の、あの山脈の向う側だったかしら」


 金竜と言ったら、この世界にいるドラゴンたちの統領だよね。

 そうなんだ。あの山脈の南側にお住まいがあるんですね。



「つまりじゃ。シルフェさんやニュムペさんもおるし、その、ザックさまらも紹介しようかとの」

「そうね。ちょうどいい機会かも知れないわね。それなら行きましょ。ニュムペさんもいいわよね」

「ええ、わたしもずいぶんとお会いしてないですし」


「ええかの、ザックさま」


「うん、だいたい今回の旅はぜんぶお任せなんだから、連れて行ってくれるのなら、是非ともその金竜様にお会いしたいな。ねえ、エステルちゃん」

「はい。アルさんの上の方なんですよね。それはご挨拶をしませんとですぅ」

「カァ」


「それでは、行くとするかの」


 自分で言い出したのに気乗りのしない様子が少し気になるが、前に聞いたところではアルさんは金竜様が苦手らしいんだよな。

 でもドラゴン族の親玉かぁ。どんなドラゴンさんなんだろうね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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