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第546話 空の旅へ出発

 翌早朝、一昨日に大森林の奥地に行ったときと同じ面々が見送りに来た。

 今回の方が皆、心配顔だ。

 そうれはそうだよね。先日の場合は誰も行ったことのない奥地とは言っても、感覚的には領内か近隣という感じだが、今回はどことも知れぬ遠方だというのは皆が理解している。


「シルフェさま。ザックとエステルとクロウちゃんを、お願いします」

「あら、ぜんぜん大丈夫だから心配なさらないで、アンさん。でも承知したわ。わたしが責任を持って、何があっても護りますからね」


「じゃあ、行って来るね」

「行って来まーす」

「カァ」


「あいつらは、本当にお気楽そうだな。俺たちがこんなに心配しているのに」

「アルさまが1日かけて行くって、どのぐらい遠いところなの」

「まったく、あの子たちったら。どうして平然としてられるのかしらね」

「それは、ザックとエステルちゃんだからさ」


 聞こえてますよ。

 俺とエステルちゃんがアルさんの背中に乗り、シルフェ様たち3人も続いた。


 クロウちゃんは俺の懐だけど、キミは自分で飛ばないの? 風が強くて流されると困るからか、って、キミは自分で風をコントロール出来るようになったんでしょ。

 ああ、かなりの高度を飛ぶ予定なのか。で、安全のためにね。カァ。



 アルさんと俺たちは黒雲に包まれ、ふわりと飛翔してみるみる高度が上がって行くようだ。

 やがて黒雲が消え去ると、冬の太陽の朝の光が俺たちに強く当たる。


「(おー、かなり高そうだな)」

「(先日より、少々高く飛んでいますでな)」


 飛行速度もかなり速く、相当に強い風が当たっている筈だが、そこはシルフェ様が風の魔法防護壁で包んで防いでくれていた。

 気圧も低くなっているようだが、その辺も調整してくれているみたいだ。


「(でも、寒いですぅ)」

「(あなたたちにはちょっと寒いわね。ザックさん、なんとか出来るでしょ)」


 あ、俺ですか。

 今日は俺もエステルちゃんも、何かあったときのために備えて完全装備だ。

 だが手荷物は、エステルちゃんがマジックバッグだけで、俺は何も無い。

 武器類は収納してるしね。


 この風の魔法防護壁内を暖めるとすると、火魔法か光魔法だよな。

 いちばん簡単なのは空中に常時、火球とかを浮かべればいいのだが、気圧が低い中を高速飛行しているので、いくらシルフェ様が調整してくれているとはいえ、ちょっと危険だ。


 そうすると光魔法なのだが、これも強い陽光が降り注いでいるなかでは、どうも使いにくそうだ。

 えーと、エアコンの暖房とかヒートポンプは、冷媒を圧縮して高圧高温にするんだよな。

 ここには冷媒ガスが無いから、代りにキ素を使えばなんとかなるか。



「(ちょっとザックさま。何してるですか)」

「(あ、いや、ここを暖かくする物を作製中)」


 アルさんが水平飛行中は、背中の上でも歩こうと思えば歩けなくもないぐらい安定している。

 たぶん重力魔法で安定させているんだろうな。


 俺は無限インベントリの中にあった食器などのセラミックものを土魔法で加工して、圧縮するキ素を閉じ込める容器を作った。

 それに連結させて、熱が外気に触れるよう圧縮キ素を循環させるパイプをオイルヒーターのように取付ける。

 このパイプを通って熱交換させ、最終的にはキ素は外気に放出される訳だ。


 急遽簡易に作ったこの器具の欠点は、キ素を送り込み圧縮させる肝心の機能が付いていないことだ。

 つまりそこは、俺が人為的に行う。


 また、この器具内にキ素を閉じ込めることが出来るのか、また圧縮したら高温となるのか。

 そこはキ素だけを身体の中に取り込むのとは異なり、濃度を高めて空気と混合した状態で送り込むから、まあいけるんじゃないかな。


 あとは、簡易に作成したこのセラミックの器具からキ素が漏れてしまわないかだが、その辺のキ素自体の性質を実のところ俺も良く分かっていない。

 なにせ物理法則の外にあるものだからね。

 まあ、器具全体に漏れを遮断するイメージで内部に土魔法をかけて置きましょう。



「(なんですか、それ)」

「(えーと、暖房器具、かな?)」

「(だんぼう? ですか?)」


「(要するに、この器具の周りが暖かくなる、筈の器具)」

「(筈、なの?)」

「(カァカァ)」

「(あ、クロウちゃん的にはたぶん大丈夫ですか。クロウちゃんのオーケーが出ました)」

「(カァ)」


 それで試運転をしてみる。キ素を少々濃いめにした空気を送り込んで、圧縮させる。そしてゆっくりパイプ内に解き放つ。

 ここまではすべて俺の手動というか、キ素力循環をベースにした魔法操作だ。


 圧縮度合いが少々足りないのかそれほど高温にはならなかったが、それでもパイプの周囲がほんのり暖かくなる。


「(ほおーっ)」

「(カァ)」

「(まあ、無いよりは良いぐらいのレベルだけどね)」


 アルさんの背中に固定する土台もセラミックで作って、この簡易暖房器具を据え付けた。


「(あら、面白いものを作ったのね)」

「(ほんのり暖かいですよ)」

「(それって、魔導具でしょうか?)」


 魔法の術式を使っていないから、魔導具ではないんだよね。なにせ動力は俺だ。


「(魔導具ではないですよ、シフォニナさん。魔法を応用した器具、というところですかね)」


「(おーい、ザックさまよ。わしの背中に何やら微かに熱を感じるのじゃが、背中で火など出しておらんだろうの)」

「(あ、ゴメンゴメン。火は使ってないよ。キ素を濃いめにした空気を圧縮して、熱を出してるだけだから)」


「(キ素を濃いめにした空気を圧縮?)」

「(圧縮って、すごく力をかけて小さく押し込めちゃうことよね。それで熱が出るのね)」

「(そうですね。だいたいそんな原理を使っています)」

「(ほぉー)」




 今日の予定は、まずは2時間ほど飛んでシルフェ様の妖精の森に立ち寄る。

 ドリュア様のところに向かう直線航路からは少し外れるが、シルフェ様がドリュア様に持って行くお土産を取りに行きたいそうだ。


 それに、連続した飛行は2時間ぐらいが良いだろうというのが、シルフェ様とアルさんの考えだった。

 たぶん、俺とエステルちゃんのことを考えてくれたのだろう。


 方角的にはグリフィニアから南東と南南東の間ぐらい。アルさんの最高速度は時速800キロメートルぐらいと想像しているが、それよりも少し遅めの巡航速度で飛行して2時間。

 巡航速度が時速500キロとすると、シルフェ様の妖精の森はグリフィニアから千キロぐらいの位置にあるというところかな。


 やがて、以前に来たときにも着陸した、森の中の開けた草地に到着した。

 真冬だというのに、グリフィニアと比べるとずいぶんと暖かい。


 精霊の本拠地が記された世界地図などこの世界にはもちろんないのだが、相対的な位置関係から推測すると、リガニア地方南部にあるファータの里から更に南に500キロ弱の位置という感じだろうか。


 前にミルカさんが言っていたように、風の精霊の妖精の森を囲んで東西南北にファータの主要な隠れ里があるのだそうだ。


 俺の義理のお母さんになるユリアナさんの実家で、カート爺ちゃんとエリ婆ちゃんの世話をしてくれているその妹のセリヤ叔母さんの家があるのは、ここから西の方角にある里だから、ちょうどミラジェス王国の中にある筈だ。



 アルさんの背中から降りて、2時間の空の旅で縮こまった身体を伸ばす。

 エコノミー症候群は、えーと無いと思いますよ。

 アルさんも変化へんげして人間の姿になり、やはり多少は疲れたのだろうか身体をゆっくり動かしたり伸ばしたりしている。

 まあ、ガタイの良いお爺ちゃんの健康体操ですな。


 そんなことをしているうちに、大勢の女性たちが森の中からやって来た。

 シルフェ様の配下の風の精霊さんたちだね。


 30人ぐらいはいるだろうか。

 皆さん、ブルートーンのうちと同じ侍女服姿なのだが、まあそれは良しとしましょう。ずいぶん前に王都で作って提供したからさ。

 驚いたのは、10人ほどがうちの騎士団が身に着けるような軽装の戦闘装備姿なのだ。侍女服と同じように、鮮やかな青色なので可愛らしいけど。


「シフォニナさん」

「何ですか? ザカリーさま」

「あの青い戦闘装備姿って」


「ああ、あれですか。シルフェさまとエステルさまでご相談されて、以前から用意していただいていたんですよ。それで今回、防衛を強化するお話になって、森の巡回部隊を交替で編成することになりました」


「あの、精霊さんだから、武器は持ってませんよね」

「もちろん、みんな風魔法を鍛錬してますからね。でも今回、アルさまから魔導具のダガーをたくさんいただきましたので、ファータに倣って装備させています。あとあれ、何でしたか。ライナさんたちも持たれている魔導手裏剣ですか? それも装備させました」


「はあ……」


 シルフェ様とエステルちゃんがこういったことで相談していたのは分かるが、そう言えば昨年暮れに、アルさんとシルフェ様とで妖精の森の防衛強化で相談するって言ってたな。

 それでアルさんが魔導具武器を提供していたのか。


 しかし、もともとがいちばんの攻撃力を持っているらしい風の精霊が、更に武装化して良いのでしょうか。

 いや、俺が否定的な考えだとかではなくて、世界のことわりとしてなのですが。


「ザックさん、うちの子たちが迎えに来たわよ。何か考え込んでるの? 何かあった?」

「あ、いえ。凛々しい姿を初めて見たものですから」


「ああ、あの子たちね。ここが襲撃されるとは思わないけど、ほら、見た目って大切でしょ。クロウちゃん、なんでしたっけ?」

「カァカァ」

「それそれ。あんぜんほしょう、よ。風の精霊が武装したら、怖いわよってね」


「はあ……」



 そんなことを話していたら、風の精霊さんたちが俺たちの前に整列して片膝を突いた。


「シルフェさま、シフォニナさま、お帰りなさいませ。ようこそいらっしゃいました、ニュムペさま、エステルさま、ザックさま、クロウちゃん」


「お出迎え、ご苦労さま。でも今日は立ち寄りだから、直ぐにまた出発するのよ」

「さあさ、みんな立って。皆さまをご案内するから、巡回部隊は業務に戻りなさい。あとの人たちはご一緒にね」

「はい、わかりました」


 青い装備の巡回部隊の精霊さんは、シフォニナさんの言葉で直ぐに森の中に消えて行った。

 それで俺たちは、侍女服の精霊さんたちに囲まれてシルフェ様が本来棲む、樹木が固まって出来たような屋敷へと行く。

 ここに来たのは一昨年振りだよね。


 内部には、空間拡張の持続魔法がかけられているんだよな。だからとても広い。

 木の床の敷かれた厚い布の敷物の上に座り、ようやくひと息ついた。

 精霊さんたちが紅茶を淹れて持って来てくれたが、この茶葉って王都で飲んでるものと同じみたいだから、これもエステルちゃんが手配して提供したものなのだろう。



「あまりお時間はありませんけど、せっかくですからお茶請けにお菓子を出しましょうか?」

「あ、そうだね。たくさんあるんでしょ? 僕の方にもあるし、少し置いて行ったら」

「そうですね。そうします」


 エステルちゃんは例によって昨日にトビーくんにお願いし、というか強制的にお店で売るほど大量のお菓子を作らせて、マジックバッグに入れて来ている。

 俺の無限インベントリにも、王都屋敷製のものやこれまでで余ったお菓子がかなり大量に収納されてるしね。


「エステルさま、いただいていいんですか?」

「ええ、召し上がって」

「きゃーっ」

「巡回部隊の皆さんにも、あとで差し上げてくださいね」

「はいっ」


 エステルちゃんがお菓子を広げると、精霊さんたちが集まって来た。


 ふと見ると、奥の別の部屋に行ったシルフェ様とシフォニナさんの後ろ姿があった。

 ドリュア様へのお土産を取りに来たとか言っていたから、それなんだろうけど、何を持って行くんでしょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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