第52話 双子がここまで逃げて来た事情と冒険話
ヴィンス父さんとモーリス準男爵がやって来て、アン母さんが簡単に事情を話すと、ここではということで、モーリスさんが彼の執務室に案内してくれた。
父さんの領主執務室ほどではないが、広くて立派な部屋だ。
エンシオ騎士とメルヴィン騎士も呼ばれて同席する。
姉さんたちには後で話を聞かせるということで、エステルちゃん以外の侍女さんと別室にいて貰った。
あらためてジェルメール従騎士が、港で起こった出来事を父さんたちに報告する。
「なるほどな、北方からの密航者ね」
「たしかに今日、ノールランドから大型船が一隻到着したとの報告は受けていますな。貨物船と申告されておるそうです」
「その子たちの事情は本人たちから聞くとして、モーリスさんはそのクラースと名乗ったという男を知っていますか?」
「いえ、その名前は私は初耳ですな。ちょっとお待ちください」
モーリスさんは、控えていた彼の部下らしき人と小声で話していたが、その部下の人はすぐに部屋を出て行った。
そしてしばらくすると、部下の人は30歳代ぐらいのもうひとりの男性を伴って戻って来た。
なんだかこの人、影が薄いなー、となんとなく見ていると、
「あ、ミルカ叔父さん」
とエステルちゃんが小さな声を出した。
ミルカ叔父さんと言われたその男性は、耳聡くその声を聴きつけると、声を出さず口だけで「だ、ま、っ、て、な、さ、い」と言った。
あぁ、この人が前にエステルちゃんが言っていた、子爵領で探索のお仕事をに就いている一族のひとりなんだね。
だから影が薄い、じゃなくて気配が薄いのか。
「本日到着したノールランドの船の責任者は、そのクラースとかいう者の名ではなく、別の名前で提出されていたようですな。何かあるといけませんから、この者にその船とクラースと名乗った男を調べさせることにしますので、事情を把握させるため同席をお許しください」
父さんは、そのミルカさんの顔をちらっと見て、母さんの頷く顔を確認したあと、「いいだろう、同席を許可する」と許した。
どうやら父さんと母さんは、ミルカさんのことを知っているようだね。子爵領が雇っている探索者なら、それもそうか。
「それでは、君たちのお話を聞かせて貰おうかな。あぁそうだ、まだ自己紹介をしていなかったね。私はこのグリフィン子爵領の領主をしている、ヴィンセント・グリフィン子爵だ。それからこちらの人が、この町の代官をしているモーリス・オルティス準男爵。そしてあちらの女性が、私の妻のアナスタシア。君たちを預かったザックは、私たちの息子のザカリーだよ。よろしくね」
父さんが紹介をすると、フォルタ、ユディタの双子は同じような表情を浮かべて、ちょっと驚いたようだが納得もしているみたいだった。
この代官屋敷に着いてからのことを見聞きして、薄々は想像していたのだろう。賢い子たちだ。
「子爵様と代官様、子爵様の奥様……。ザカリー様のお父さんは子爵様だったのですね」
「うんそうだよ。でも心配することはないからね」
それからふたりの話を聞いた。あらましはこういう経緯だった。
ふたりは、ブルーノさんが言ったとおり獣人族のなかでもとても珍しい竜人、ドラゴニュートだという。双子で年齢は6歳。
父さんの話では竜人は、少なくともグリフィン子爵領にはひとりもいないそうだ。
彼らが住んでいたのは、北方帝国ノールランドの北辺にある竜人の村。けれど村の者たちは、自分たちが北方帝国の一員であるとは、誰も考えてはいなかったそうだ。
しかしある日、大勢の北方帝国の兵士が村の近辺までやって来て、この村は帝国の一部であり、税と男女の若者を労働力として差し出せと言ってきた。
村は返答に数日の猶予を貰ったが、多数の兵士を背景にしたいきなりの要求に、誇り高いドラゴニュートは全滅覚悟で抵抗して闘うことを決めた。
竜人には魔法に優れた者が多くいるそうで、狩人としても優れているから、激しく抵抗することで誇りを示すとともに、交渉の余地を得ようとしたのかも知れない。
その辺りは俺の想像だけど。
帝国兵への抵抗を決めた日、村の7歳以下の子供たちが集められた。
この子供たちはまだ魔法を取得していない。フォルタ、ユディタもそのなかに当然いた。
そして村の長老たちから、お前たちは村を出て帝国の外を目指せと言われる。
この村の他にも竜人の村はあるが、そこも同じ境遇に陥るだろう。
だから、魔法が使えず抵抗のできない子どもは、取り急ぎ帝国から離れた場所に逃げろということだったようだ。
そして、何日か分の食料とごく僅かの帝国の金を、それぞれが支給された。
その夜にフォルタ、ユディタは父と母に、お前たちは他の子どもたちと離れてしまったとしても、なんとしてでも帝国の南の国を目指せと言われたそうだ。
そしてそのためには帝国の港を目指し、そこから貨物船に潜り込めと。
ただし、自分たちがドラゴニュートであることは、ぜったいに誰にもわからないようにしろと。
6歳の子どもには、なんとも無茶な指示のようにも聞こえるが、ご両親には何か理由があったのだろうか。
翌日の早朝、数名の子供たちはこっそりと村から逃がされ、大人たちに教えられた、帝国兵士が駐屯している場所からは離れた方向へと走った。
半日ほどかけて逃げたところで、フォルタは、「こんなに何人も、子どもが固まって走って行くのは目立ちやすいから、小さく分かれて逃げた方がいい。僕とユディタはふたりで逃げるよ」と、みんなに提案した。
このままみんなと行くと、必ず捕まるとふたりは直感したのだそうだ。それにどうも、海のある方角からは、離れて行っているかも知れないと思ったと。
フォルタとユディタは、仲間の子たちから反対されてもふたりで離れるつもりだった。
だが彼らの提案は、みんなもあっさり了解した。子どもだけで固まって逃げていることに誰も不安があったのだろう。
それからふたりは頭の耳を帽子で隠し、持たされていたマントを季節外れではあるが羽織って、尻尾を見られないようにして町や村のありそうな方向へと急いだ。
3日かけてやっと辿り着いた人族が住む帝国の村で、大きな港がある町までの行き方を教えて貰うと、それから更に5日ほどかけてようやく港に辿り着く。
そこで貨物船だと思われる大きな船に、幸運にもなんとか潜り込んで船倉の奥に潜んだのだ。
村で支給された食料や、途中の町で有り金全部を出して買った食料はもう残り少なかったが、それを少しずつ食べ繋ぐ。港で補給した水も可能な限り節約した。
船が出港して数日が過ぎたとき、彼らはとうとう船倉を点検に来た船員に見つかってしまう。
そして連れて行かれたのは、あのクラースという男の前だった。
クラースはフォルタとユディタを見ると、濡れた布で身体を拭いて服を着替えさせ、食料と水を与えたのだそうだ。今彼らが着ている服がそれだ。
なぜ男女の子供用の服があったのかは、フォルタとユディタにも分からなかったそうだが。
そして、潜んでいた船倉よりは少しましな小さな部屋に入れられた。
ドアには特に鍵はなかったのだという。
それからは1日2食の食事が与えられ、船に揺られてまた数日が過ぎた。
気が付くと船が港に入っていた。
フォルタとユディタはそこで、帝国の南の国を目指せという父母の言葉を憶い出したのだ。
おそらくここがそうだろう。
ふたりは特に相談もせず反射的にその部屋を飛び出し、一目散に船の外へと逃げたのだが、すぐに船員たちが追いかけて来た。
そしてそこに、ザックが現れたのだった。
フォルくんとユディちゃんは、時にはつっかえ、考え、交替しながらそんな話を終える。
アン母さんは、ソファに座るフォルくんとユディちゃんの前に行って、両手を広げ無言でふたりを抱いた。
ヴィンス父さんは腕を組み、静かに何度も頷きながら目を潤ませていた。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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