第541話 シルフェ様たちのグリフィニア来訪と800年前の話
グリフィニアに来ると風の便りでシルフェ様が報せて来たその日、俺たちは出迎えに行った。
到着場所は、これまでにもアルさんが降りたことのある子爵家専用の魔法訓練場だ。
それで、出迎えには俺とエステルちゃんとクロウちゃんだけでも良かったのだけど、少し人数が多くなってしまいました。
王都屋敷メンバーはもちろんで、あとは父さんと母さんにヴァニー姉さん。
アビー姉ちゃんはクレイグ騎士団長と一緒に来て、ウォルターさんにミルカさんも揃っている。
うちの家族と、精霊様たちに縁のあるメンバーという訳だ。ニュムペ様も来るしね。
それでお昼前の時刻、総勢19人と1羽が魔法訓練場で待っていると、曇りがちの冬空に黒雲が現れ、みるみる降下して来て地上に到着した。
直ぐに黒雲は霧散して消え、中からアルさん本来のブラックドラゴンの姿が現れる。
最近は人間に変化した姿ばかり見ているので、こうしてあらためて眺めるとやはり大きいよな。
その背中から、するするっと3人の女性が降りて来た。
それを確認してアルさんは再び黒雲に包まれ、中から人間サイズのドラゴニュートの姿で出て来る。
「ちょっと来るのが遅くなっちゃったわ」
「いらっしゃい、シルフェ様、シフォニナさん、アルさん。ニュムペ様も良くお出でになりました」
「あら、ずいぶんと大人数でお出迎えなのね」
「お言葉に甘えて、来させていただきました、ザックさん、エステルさん、みなさま」
「みなさま方、お世話になります」
「ようやく来られたわい」
「それでザックさん、後ろのみなさんは普通にしていただいて」
「え?」
俺とエステルちゃんと俺の頭の上のクロウちゃんが近寄って挨拶していたのだが、シルフェ様の言葉に後ろを振り向くと、父さんたち全員が片膝を突いて畏まっていた。
王都屋敷のメンバーだけだったらそんな風にはもうしないのだが、父さんがそうしたので全員はそれに倣ったのだろうね。
「父さん、ほら立って。普通にしてってシルフェ様が」
「お、おう。そうか」
「こちらが、ニュムペ様ね。ニュムペ様、うちの父と母と上の姉です。あとはご存知の面々」
「ご挨拶が遅れました、水の精霊のニュムペです。いつもザックさんとエステルさんやみなさま方には、大変お世話になっておりまして。今回は、こちらにまで押しかけてしまって、本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
ニュムペ様は丁寧な言葉でそう挨拶した。相変わらず謙虚な精霊様だ。
もう少し偉そうにしていても、いいとは思うんだけどね。
「これは、ご丁寧なお言葉をいただき、誠に恐れ入ります。私はグリフィン子爵家当主のヴィンセント・グリフィン。隣が妻のアナスタシアといちばん上の娘のヴァネッサです。このたびは我が屋敷にご来臨を賜りまして、誠にありがとうございます。心行くまでご滞在いただきますよう、お願い申し上げます」
「アナスタシアでございます」
「ヴァネッサです」
「ほら、ヴィンスさんもアンさんもヴァニーちゃんも硬いわよ。普通でいいんだから」
「あ、はい、シルフェ様。しかし」
「だいたい、ニュムペさんは、言ってみればここの近くに棲んでたんだから、ご近所のお姉さんみたいなものなのよ」
「え?」
「おひいさまったら」
「シルフェさん」
「まだそのことは、言っておらんかったのではないかの。のうザックさまよ」
「そうなんですけど」
「あ、あらら、つい言っちゃったわ」
「お姉ちゃん」
まあまあ、その辺の話は屋敷の中に入ってからにしましょう。
人数も多いのでとジェルさんたちは遠慮して出迎えだけで引き上げ、シルフェ様たちを屋敷の2階の来客用ラウンジへと案内した。
直ぐにフォルくんらが紅茶を用意して持って来てくれる。
「シモーネは元気そうね。こちらにももう慣れた?」
「はいです、シルフェさま。毎日楽しくしてますです」
「アンさん。シモーネを預かっていただいて、ありがとうございますね」
「いえ、シモーネちゃんはとても素直で利発な子で。良く働いてくれております」
「何か粗相をしたら、叱っていただいて結構ですからね」
「あ、はい」
精霊の子だと思うとなかなか叱る訳にはいかないけど、シモーネちゃんは良い子だから、まだそんな粗相とかは無いよね。
「えーと、さっきの話なんだけど」
「畏れながら、ニュムペ様のことだな、ザック」
いまここにはうちの家族のほか、ウォルターさんとクレイグ騎士団長とミルカさんがいる。
最近は誰が何をどこまで知っているのか、記憶がごちゃごちゃになっちゃうよね。
しかし、ニュムペ様がアラストル大森林の奥地に隠遁していたことは、俺とエステルちゃん以外は知らない筈だ。ここにはいないレイヴンメンバーは知っていたかな。
ともかくも今回、シルフェ様たちにニュムペ様も来た理由を説明するためには、その辺のことを話さなければいけないだろう。
3人だけだったら、ただ遊びに来たとか言っとけばいいけど。
これについてはどう話すかを考えて、昨晩にエステルちゃんとクロウちゃんと相談済みだ。
「僕の方からご説明しましょう」
グリフィニアの近くにニュムペ様が棲んでいたとシルフェ様が漏らしたものだから、クレイグ騎士団長たちも真剣な表情で俺の言葉を待っている。
子爵領内なのか、近隣のことなのか、うちの重鎮たちにとっても重大な話だ。
「シルフェ様が言ったご近所とは、つまりアラストル大森林のことです」
初めて聞く全員が、ほぉーと息と声を漏らした。
「これは、800年前のことを多少お話しないといけないんだけど、いいですよねニュムペ様、シルフェ様」
「ザックさんにお任せします」
「ここにいる人たちなら、いいわよ」
「はい、ありがとうございます。みんなは大なり小なり知っていることかと思いますが、ことの発端は、フォルサイス王家の始まりとセルティア王国の建国にまつわるものです」
「まて、ザック。それはとても重要な話のようだが、俺たちが聞いてもいいんだな」
「うん、シルフェ様がおっしゃった通り、ここにいる人なら良いと思うよ。でも、それ以外に伝わるのは要注意でお願いします」
「わかった」
王家と王国の名前を俺が出したことから、父さんは当然にことの重要性に気づいた。
「約800年前、ニュムペ様がおられた水の精霊の妖精の森は、現在のフォレスト公爵家の領地内にありました。が、いまはもちろんありません。それで、その妖精の森に、ひとりの冒険者の男が迷い込んだ。その冒険者は、森を彷徨っているところを、ネーレさんでしたっけ」
「ええ、ネーレです」
「そのネーレさんという、水の下級精霊に助けられました。それから冒険者の男は妖精の森の中に匿われ、そしてネーレさんは人間との間に男の赤子を産むことになります。ちなみに父親の冒険者の男は、どうやら直ぐに亡くなったらしい」
俺が語り出した話をひと言でも聞き漏らすまいと、来客用ラウンジの中はシーンとしている。
「その赤子は、おそらく8歳になるまで、妖精の森の中で密かに育てられた。それには、ほかの下級精霊も手助けをしたようですね。そして男の子が8歳になると、ネーレさんや下級精霊たちは、その少年を妖精の森から人間の里へと向かわせました。人間と精霊との間に生まれた子は、8歳になり、精霊ではなく人間であることがはっきりしたからでしょう。これは僕の推測ですが」
「その男の子が、つまり……」
「そうだね、父さん。その少年の名はワイアット、と言います」
「ねえ、ザック。大変なお話をしてくれているんだけど、もうお昼だから、ご飯にした方が良くはないかしら。なんだか、お腹を空かせたままで聞くと、そのお話でお腹が膨れちゃいそうだし、シルフェさまたちもお腹が空いておられるでしょうから」
「そうか、そうだね。まずはお昼にしましょうか」
「ええ、それがいいわ、ザックさん」
「そうしたら、クレイグさんたちも一緒にお昼を食べて貰いましょうね。ウォルターさん、あなたの分も含めて用意をお願いします」
「承知しました、奥様」
ウォルターさんがラウンジの外で控えていたフォルくんたちに、お昼の用意をするよう指示した。
それでは、アン母さんの提案に従って食堂に行きましょうか。
食堂での話題は、もっぱらヴァニー姉さんの婚約とアビー姉ちゃんの騎士叙任、騎士団入りの話だった。
「ヴァニーちゃんはとうとう婚約が決まったのね、おめでとう。そうしたら、ヴァニーちゃんに何かお祝いをあげないとだわ。ねえ、シフォニナさん」
「そうですね。何がいいでしょうか」
「わしも何かお祝いを進ぜよう」
「ヴァニー姉さまには、武器とかはちょっと違いますよ、アルさん」
「おお、そうか。武器ではないとすると……。宝物庫を探さんとのう」
エステルちゃんに言われて、ふむむと考えているが、またとんでもない物を持って来ちゃったりするんでしょうか、アルさん。
「アル様。アビーにいただいた、あの大盾のことですが」
「グリフィンの盾のことだの。アビーちゃん、皆に披露したか」
「うん、先日の騎士団入団式で、披露したよ。騎士団のみんなも驚いてた」
「とてつもないものをいただき、ありがとうございます。それであれは、我がグリフィン家のご先祖様のものだったと、ザックから聞きましたが」
「おう、そうじゃて。その通りですぞ、ヴィンス殿」
「どのぐらい前の、ご先祖様のものなのでしょうか」
「はて。ふーむ、千年前か、それより古いか」
「古代魔導具が作られていた頃だから、もう少し前じゃないの、アル」
「そうか、そうじゃのお。すると二、三千年は前かの」
さらっととんでもないことを言いますね、アルさん。
まだまだ伝わっている歴史が、それほど学問として検証されていないこの世界。二、三千年前と言えば神話の中に語られる時代だが、古代魔導具が作られていたのはその頃なのか。
でも、千年を少し前とか、時間感覚が違い過ぎますよシルフェ様。
二、三千年以上昔のご先祖様と言われても、人族の者には何も言葉が出ない。
「は、はあ、二、三千年前、ですか」
「グリフィン家の言い伝えで、大昔、神話の時代に、遥か遠くからこの地にやって来たと聞いた覚えがありますが、子爵様」
「おお、そうだなウォルター。俺もそんな言い伝えを、幼い頃に爺様から聞いた気がする。するとあの大盾は、どこで見つけられたものなのでしょうか」
「あ、それはじゃな、東の方じゃったろうか。ふーむ、記憶が曖昧での」
また誤摩化したか、本当に忘れちゃったのか。
少なくとも、グリフィン家はもとからこの地にいたのではなく、遠い昔に東の方角からやって来たということらしい。
いつかは、うちのルーツ探しをしてみるのも面白いかな。
さて、いまはニュムペ様の話だ。
昼食を済ませたあと、再び来客用ラウンジに移動して話の続きをしましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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