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第539話 講習と判定

 屋敷の大広間に集まった冒険者たちを前にして、俺はまずアナスタシア式キ素力循環の準備運動を説明した。


 先ほど冒険者ギルドの職員さんが渡してくれたメモによると、今日のこの「回復魔法適性判定及び特別講習会」に受付で入場登録した冒険者は72名だ。ニックさんたち見学者は、その数に含まれていない。

 つまり、専門職や兼務職を含めて、72名の魔導士や魔法使いがここに集まっている訳だね。


 ごく一部に、以前にアン母さんから講習を受けたことことのある者もいるようだが、ほとんどはアナスタシア式キ素力循環の準備運動が初めてのようだ。

 だいたいは、訓練でも実戦でもまずは魔法を発動させてしまうから、キ素力の循環のみを行うということは無いんだよね。

 これは、職業として攻撃魔法を使用する冒険者でも普通のことだ。



 アナスタシア式キ素力循環の基本動作は、両手を軽く前に出し、そのふたつの手を極、つまりキ素を体内に取り込む入口とする。

 そして、なるべく多くのキ素を身体の中に入れ、練り込むように体内で循環させるのだ。


 これを訓練として行うことにより、咄嗟の魔法発動の際にもより多くのキ素力を循環させられるようになる。

 このキ素力循環動作は魔法発動のための詠唱と同じように、当然ながらそれに要する時間が短ければ短いほど、戦闘時などにおいて効果的であるのは言うまでもない。


「それじゃ皆さん、立ち上がってやってみましょうか。あ、その前に、いちおう念のために、大広間のドアは開放しておきましょうかね。ギルド職員さん、お願いします」


 大気中にあるキ素は、この世界では地域や環境によって濃度の違いがあることは、俺もこれまでに確認している。

 それほど各地に行ったことがある訳ではないが、ここグリフィニアは王都よりはずっと濃く、もちろんそれはアラストル大森林に隣接しているせいだ。


 いくら72名がこの大広間でキ素を取り込んだとしても、大気中の濃度からすれば大した量ではない。

 よっぽどの大魔法を行わない限り、酸欠ならぬキ素欠になどはならないのだが、それでも念のために風通しは良くしたということだ。


 大広間の冒険者たちは椅子から立ち上がって両手を前に出し、俺が教えたようにキ素力を練り込んで身体内で循環させ始めた。

 俺は見鬼の力を発動させてその様子を見る。


 なるほど、学院の初等魔法学の講義とかでもやらせているが、普段から攻撃魔法を使っている魔法職の冒険者がこれだけいると、ずいぶんと循環量に個人差が出るものだよね。


 特に量が多いのは、と。

 あ、エステルちゃんにライナさん、アウニさんや母さん、カロちゃんもやってるんですね。

 カロちゃんはともかくとして、あなたたちが冒険者の誰よりもずば抜けているのは分かってますから。


 冒険者で多いのは、やっぱりブルーストームのメラニーさんだな。サンダーソードのセルマさんも意外と多い。

 そのほか、セルマさんクラスの人が数人、目についた。



「はーい、やめ。いいですよ。みなさん、さすがだ、直ぐに出来ましたね。なかなかいいです」


 全員が手を下に降ろし、キ素力循環動作をやめる。ふうーという安堵の声などが聞こえ、会場が少しざわざわした。


「このアナスタシア式キ素力循環の準備運動を、普段の訓練でも心掛けてやっていると、自分の得意な攻撃魔法の威力があがりますからね。あ、ここで試しちゃダメですよ。大広間が壊れたら、僕が子爵様に怒られちゃいますから」


 冒険者たちから笑いが起こる。キ素力循環の動作を皆で行ったことで、会場も少し暖まって来たみたいだ。

 なんだかこんなことをしていると、前世の世界の宗教集会みたいだよな。まあ、その辺は気にしないようにしましょう。

 こっちはちゃんと、奇跡ならぬ魔法が発動する訳だし。


「それではいよいよ、回復魔法の発動を試みて貰います。ですがその前に、回復魔法を発動させるためにどうすれば良いのかを、少し説明します。皆さん、座ってください」


 立っていた冒険者たちが、また椅子に腰掛けた。



「魔法というものが、どうして発動するのかは、皆さんは何となく知ってますよね。ごく簡潔にまとめると、いまやって貰った身体に循環させたキ素力、皆さんが持っている四元素適性、そしてこういう魔法を発動させたいというイメージ、その3つが合わさったときに、初めて魔法は発動します。ここまではいいですか?」

「はーい」


「皆さんの中には、詠唱を使っている人もいるかと思います。詠唱というのは、頭の中、正確には魂や心が生みだす意識や意思と想像力なのですが、まあその辺は難しいので説明は置いておきましょう。その頭の中のイメージを、より明確に、明快にするのを助けてくれるのが詠唱ですね。同時にその創られたイメージを、キ素力と四元素適性とに結びつける助けをする働きもしてくれます」


 うん、みんな真剣に聞いていてくれるね。

 この辺のことは学院でも、1年生の魔法学概論である程度教わるものだ。


「なので詠唱とは、ぶっちゃけて言うと、自分に合っていれば何でも良く、短縮しても、声に出さずに心の中で呟いても、必要なければ無詠唱でも良い訳です。戦闘で魔法を使う皆さんなら、無詠唱がいちばん有利なのは良くわかってますよね」


 うんうんと頷いてくれている。


「それでは、回復魔法の発動に必要なイメージとは何か。それはひと言で言うと、魔法を施す対象となる怪我人が、自分で怪我を治す、というイメージなんです」


 つまり、この世界の回復魔法とは、自己治癒の力を本来ならあり得ないほど強力に活性化させ、とてつもないスピードで加速させることだ。

 回復魔法を施す側が助けるのではなく、施された側が自分で助かる。それが回復魔法の力なのだね。


 だから、その自己治癒の限度を超えて、例えば肉体の一部が欠損してしまった場合などでは、回復魔法はそれを再生する能力は無い。

 俺が使用する聖なる光魔法は別だけどね。あれは、アマラ様の神の力だから。

 また、免疫力の強化ぐらいでは太刀打ち出来ない、強い感染症や癌などの重篤な病にも、回復魔法は特効的な効果を期待出来ないようだ。


「まあ、ぼんやりとしたイメージでも、ある程度の効果は期待出来るのですが。しかし、例えば傷を負って血が流れている場合、あなたは自分でその血を止めて、流れ出さないように修復し、それから傷も自分の肉で塞いで元のように戻しますよ、といった具体的なイメージを持てれば持てるほど、回復魔法の効果は高まる訳です。なので、回復魔法を施すにあたって重要なのは、傷を受けた部位やその度合いをしっかり把握すること。つまり、ただやみくもに魔法を掛けるのではなく、可能であれば、しっかりと怪我の具合や状態を診ることも大切になります」



「ここまでは一般的な説明ですね。それでは、お話をあまりしていても仕方ありませんから、実際に発動を試みて適性があるかどうかを、見てみることにしましょう」


 つまり、魔法発動に必要な3つの要素のうちの、キ素力循環と回復魔法のイメージ創りをやって貰い、そこに回復魔法の適性が存在していて結びつくかどうかを試す訳だ。


「それではまず、隣にいる人とペアを組んでください」


 72名いるから、36組だね。ちゃんとペアが組めたかな。


「いいですかー、あぶれた人はいませんよねー? 人数的に誰もあぶれませんからねー。うん、大丈夫そうですね。それでは、自分たちから見て右側の人が、左にいる相手を腕に傷を負って血を流している怪我人だと思って、回復魔法を発動させますよー。まずは、相手を見て、さっき僕が言ったみたいに、その人の負傷の状態を想像し、傷が治る、相手が自分で治すイメージを、頭の中に浮かべてみてください」


 36人がペアを組んだ相手を見つめて、イメージを創る作業を始め出した。

 怪我を想像して相手の腕を凝視したり、うんうん唸っている人もいるけど、まあ思い思いにやってください。

 そもそもイメージ創りが出来なかったら、魔法発動は無理だからね。


「今回はそうだなー。腕の傷よ、己が力をもって治れ、と詠唱してみてください。声に出しても出さなくても良いですよ。キ素力を循環させ、僕がやめと言うまで、それを何度か詠唱してくださいね。もし、ほかの魔法を発動させちゃったら、即退場ですからねー。それを防ぐための詠唱です。腕の傷よ、己が力をもって治れ、ですよ」



 会場の36名の冒険者が、「腕の傷よ、己が力をもって治れ」と詠唱し始めた。

 俺は直ぐに、彼らを見鬼の力で見て行く。

 母さんとエステルちゃんも、彼らを順番に見て廻った。適性を見分ける自信が無いと言っていたライナさんとアウニさんも、それぞれ見てくれている。


「よーし、やめー」


 暫くこの発動テストを繰り返させて、母さんとエステルちゃんの顔を見る。

 そしてふたりが頷いたので、やめさせた。

 次に発動者を交替して、同じことをやって貰う。


 うん、だいたい分かりました。


「皆さん、お疲れさまでした。椅子にお座りください。それでは、母さんたちはこちらに来て」

「はーい」


 母さんはなんだかとても嬉しそうに、ニコニコしている。


「もー、勉強になったわ、ザック。あなた、子爵家が潰れても、学院の魔法学教授で食べていけるわよ」

「ザカリーさまだったら、剣術学の教授も出来るから、お給料は倍稼げるわよねー」

「あ、そうよね、ライナちゃん。エステル、良かったわね。これで貧乏にはならないわ」

「はいー、お給料が倍だと、どのくらい貰えますかね」


 いやいや、グリフィン子爵家は潰しませんから。学院の教授とかにもなりませんからね。

 それに、魔法学と剣術学と両方の講義をやったら、忙し過ぎですから、ライナさん。

 それから、そこで母さんとエステルちゃんも、その気にならないように。



 母さんとエステルちゃんに、回復魔法適性のありそうな候補を指名して貰って、ステージ上に呼んだ。

 なんだかオーディションみたいですな。


 呼ばれた候補者はぜんぶで7人。72名中の7名だから、やっぱり少ない。

 ブルーストームのメラニーさんはそもそも既に回復魔法が出来るので、ここにいて当然だ。

 あとサンダーソードのセルマさんも呼ばれた。

 それから、リーデさんだっけ。先日、大森林で助けたパーティの子もいる。

 あとは、女性ふたりに男性ふたりだから、やっぱり女子率が高いよな。


 この7名のうち誰が本当に適性があるのかは、俺はもう分かっているのだけど、念のために最終判定をしましょうかね。


「そうしたら、この7人に、もういちど発動を試して貰います。メラニーさんはやらなくてもいいよね」

「いえ、わたしもやらせてください」


「わかった。そうしたら、そうだなー。おーい、ブルーストームとサンダーソードの面々、ここに来てくれるかな」


「お、おう。って、何ですかー? ザカリーの若旦那」

「ああ、俺たちは」

「え? わかるのか? クリス」


「そうそう、クリストフェルさんが察してる通り、怪我人役ね」


 ちょうど暇そうなのが、合わせて7人だからね。


「怪我人役ですかい?」

「うん、そーだなー、ニックさんは丈夫そうだから、ちょっと実際に腕を剣で斬って」

「え、ええーっ」


「バカねえ、ニック。ザカリーさまの冗談に決まってるでしょー」

「でも、ニック、昔のトラウマがある」

「アウニさん、昔の話はもう……。そうですよね、若旦那の冗談ですよね、ライナさん。大丈夫ですよね、ザカリー様ぁ」

「あんた、グダグダ言ってると、ホントに斬られるよ」


 さて、そんなステージ上での小芝居は早々に切り上げて、7名の発動テストをしましょうか。




「さてさて、最終結果の発表です」


 照明設備があったらここでいったん場内を暗くして、スポットライトを当てて行くところですが。

 まあ、俺の光魔法で出来ないことはないが、今回はやめておきましょう。


「えーと、まず、メラニーさんは、適性が充分あるのは分かっているからね」

「はい、ありがとうございます」


「それで、僕が最終的に確認したところでは。まずひとり目は、セルマさん」

「え、わたしですか。本当ですか?」

「うん、間違いありません」

「やりましたー」


「次に、ふたり目。そちらの男性の方」

「お、ラッザロか。やったな」

「俺っすか? ホントすか。うほー」


 ラッザロさんは、どうやらニックさんたちと同世代の冒険者で、中堅パーティに所属している魔導士さんだ。

 聞いてみると、水と氷魔法が特に得意らしいから、回復魔法適性が高かったのも頷ける。


「そして3人目。リーデさん、あなただ」

「え? ええーっ」


「じつはね、この前、あなたたちのパーティを助けたときにね。大怪我をしたアランさんが生命いのちを失わないよう、一生懸命に念じているあなたを見て、何となく予感はしてたんですよ。その思いの念が、あなたから溢れ出ていたからね。ただあのときは、あなたもずいぶんと慌てていたので、はっきりとはわからなかったんだけど」


「あ、はい、わたし……。あのときは、アランに絶対死なないでって、必死に伝えようとしていて。それで慌ててしまってたから、治療ポーションをうまく使えなくて」


「うん、これからは、回復魔法が使えるように努力して、どんなときにでもなるべく慌てないようにね」

「はい。ありがとう、ございます、ザカリーさま」


「わたしが、教える。セルマとラッザロにも。わたしも今日は、ずいぶん、勉強になったから」

「うん、お願いします、アウニさん」


 リーデさんはぽろぽろと涙を流し、アウニさんの言葉に会場からは拍手が贈られた。



「あと、僕が呼ばなかった残りの3人も、もし良かったらアウニさんに教えて貰って、回復魔法の訓練をしてみてください。もしかしたら、あとから適性がはっきり出て来る可能性もありますよ。うちの母さんとエステルちゃんも、適性がありそうと感じてステージ上にお呼びしたのですからね」

「はい、わかりました」


 こうして、今日の「回復魔法適性判定及び特別講習会」は終了した。

 回復魔法適性があるとはっきり分かった人は、72名中メラニーさんも加えて4名と大変少なかったけれど、それでも新しく判明した人が出たのだから良しとしないとだよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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