第538話 冒険者の回復魔法適性判定会
今日は、グリフィニア冒険者ギルドとグリフィン子爵家が共同主催する、「回復魔法適性判定及び特別講習会」の日。
開始は午後一ということで、屋敷の大広間には100名ほどが座れる椅子が用意された。
午前から冒険者ギルドの職員さんたちが来て、会場の準備を行ってくれている。
と言っても、講習用の簡易なステージの設置と椅子の配置、あとは受付ぐらいなので、それほどたいした準備ではない。
ギルド長のジェラードさんとナンバー2のエルミさん、そしてエルミさんの妹で現在のトップパーティであるブルーストームの一員のアウニさんも屋敷にやって来た。
レイヴンのメンバーとアルポさん、エルノさんも手伝いに来てくれている。
なので、ジェラードさん、エルミさん、アウニさんにブルーノさんの、かつてのトップパーティメンバーのうち4人が揃った訳だ。
「滅多に揃わないよね、ブルーノさん」
「昔は四六時中一緒でやしたからね。もうたまにで、いいんでやすよ」
カートお爺ちゃんとエリお婆ちゃんがグリフィニアに帰って来たときに、全員が顔を合わせたよね。
あのときにはダレルさんもいて、5人全員が揃うのは10年振りぐらいだと言っていた。決して仲が悪い訳ではなさそうなのだけど、そういうものなのだろうか。
今日はダレルさんは子爵館のどこかにいる筈だけど、顔を見せに来ないよな。
あと、カロちゃんが屋敷にやって来た。
どうやらエステルちゃんから今回のことを聞いて、手伝いを申し出てくれたらしい。
カロちゃんは、エステルちゃんの魔法の弟子だ。
あらかた準備や直前打合せも終わって、ギルド職員の皆さんも一緒にレジナルド料理長特製のサンドイッチランチをいただき、冒険者が集まって来るのを待つ。
すると、子爵館への入場口に指定された通用門まで見に行っていたクロウちゃんが、門の前にもうたくさん集まってるよ、と報せてくれた。
屋敷へは正面玄関から入って貰っていいと、父さんとウォルターさんから許可が出ているので、玄関前や子爵館敷地内を屋敷まで来る途中、そして通用門と、それぞれで案内係を担当するギルド職員さんが走って行った。
屋敷内ではフォルくんやユディちゃん、シモーネちゃんのほか、手がすいている侍女さんたちも手伝ってくれる。
それで俺は、エステルちゃんやレイヴンメンバー、ジェラードさんたちと玄関ホールで冒険者たちが来るのを待つことにした。
「ザカリーさまとエステルさまは、別の部屋で待機してた方が良かったかもよー」
「え? なんで? ライナさん」
「だってー。あ、もう来ちゃったわ」
玄関口の方を見ると、最初に入って来た冒険者が怖々といった感じで入って来る。
その後ろに続く人たちも同じようだ。
まあ、子爵館のうちの屋敷の中に入るのなんて、生まれて初めてだろうしな。
「おーい、こっちだ。いいいから、さっさとこっちに来い」
同じくその様子を見ていたジェラードさんが、大きな声を出してその冒険者たちを呼んだ。
「あ、申し訳ない。大声を出しちまった」
「ここはギルドじゃないのよ、ジェラード」と、エルミさんに怒られている。
おずおずと屋敷内に入って来た冒険者たちが、俺たちに気がつき近寄って来る。
「あ、若旦那に姐さん、ご苦労さまです。こんな俺らのために、申し訳ないこってす。本日はよろしくお願いします」
「若旦那、エステル姐さん、ご苦労さまでございます。わたしらなんかがお屋敷に来させて貰って、本当にすみません。でも、感激です。よろしくお願いします」
玄関ホールに入って来た冒険者たちが、ひとりひとり俺とエステルちゃんの前に来て、最敬礼してそんなことを言う。
後ろからは次々に屋敷内に入って来るので、あっという間に列になってしまった。
「ほらねー」
「こういうことかぁ」
ライナさんがさっき、俺とエステルちゃんは別の部屋で待機してろと言ったのは、この状態を予測してたからか。
彼らはブルーノさんとかにも頭を下げたりしてるから、こんな状態では大広間に全員が入るまで時間が掛かってしまう。
「はいはい。もう全員ここに集まって。みんな良く来たね。ひとりひとり挨拶して貰うと時間が掛かっちゃうから、みんな、受付を済ませたら大広間に入ってくださいな」
「へえ、わかりました。本日はよろしくお願いします、若旦那、姐さん」
面倒くさいから、並んでいる全員を集めてとにかく受付で名前とかの確認を済まさせて、ちゃっちゃと大広間に入れちゃいますよ。
何十人もの冒険者が集まって、全員で一斉に腰を折って挨拶するものだから、案内役の侍女さんたちとかが吃驚しているというか、クスクス笑っている。
あ、シモーネちゃん、見た目はあれな人たちだけど、怖くはないですよ。
挨拶が出来なかったとか後で文句が出るといけないので、とにかく開始予定時刻までは玄関ホールで冒険者たちを迎えていると、ブルーストームのクリストフェルさんたちとサンダーソードのニックさんたちが揃ってやって来た。
「ああ、いらっしゃい。というか、メラニーさんとセルマさんは対象者だけど、ニックさんとか関係ないじゃん」
「ほらニック、やっぱりいきなりザカリーさまに言われた」
「お、おうよ」
「ザカリー様、エステル様、お久し振りです。いえね、俺らは今日の会には興味があったのもそうなんですが、ザカリー様たちのお顔が見たくて。隅の方で邪魔にならないようにしていますから、見学させてください」
「そういうことなんだね、クリストフェルさん。見学ならいいよ。ほら、グリフィニアの冒険者がぜんぶ来ちゃったら、うちの大広間でも入り切らないからさ。それじゃ、ブルーストームとサンダーソードは特別ね。いいよね、ジェラードさん」
「まあクリスのところは、アウニも出して貰ってるしな。ニックたちは、ザカリー様がそうおっしゃるのなら、おまけだ」
「すんません、ザカリー様」
「でも、メラニーはアウニさんに教わって、回復魔法が出来るんじゃないのー?」
「はい、ライナさん。でも、ザカリーさまやエステルさま、アナスタシアさまに教えていただける機会など、滅多にあるものじゃないですから」
「まあ、それはそうねー。それで、セルマは回復魔法は?」
「あ、わたし、まだわからないんです。今日は、適性があるかどうか見ていただけるって聞いて」
サンダーソードのセルマさんとは、2年前に彼らが地下洞窟のアンデッド大掃除の依頼を受けて、王都に来たとき以来だよね。
彼女は火魔法の堅実な使い手だけど、ほかにどんな適性があるかは見ていなかったな。
回復魔法は四元素魔法では風か水との相性が良いのだが、必ずしも絶対にという訳でもない。
あとで適性を確認しましょうね。
「今日は皆、よく集まってくれた。既に承知と思うが、従来から懸案だった回復魔法の使い手をなるべく多く育てたいという件を、子爵家の皆様方のご好意で急遽行うことになった訳だ。子爵様とアナスタシア様、それからザカリー様とエステル様に、俺たちは感謝しなければならねえ。まあ、おめえらには今更だろうがな」
まずはギルド長のジェラードさんがステージに上がって、どデカい声で挨拶を始めた。
「俺たちグリフィニアの冒険者は、最大の稼ぎ場がアラストル大森林だ。この王国でいちばんの豊かな森。だがよ、知っての通り、いちばんの危険な場所だ。そんな危険な稼ぎ場で活動するには、闘う力はもちろんだが、無事に帰って来られる力も必要だ。そのためには回復魔法を使える者がひとりでも増えればと、ギルドは願っている。だがよ、回復魔法の適性を持つ者が少ないのも事実だ。だからもし、適性が無いと判定されてもガッカリする必要はないぞ。ザカリー様方に適性を見て貰っただけでも誇りと思え。いいな」
「おう」「はい」
続けてアン母さんがステージに上がり、挨拶をする。
椅子に腰掛けている冒険者たちが慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「今日はよくいらしていただいたわね。みなさんにお会い出来て、わたしも嬉しいわ。さあさあ、もう頭を上げて、お座りくださいな」
冒険者たちは男性も女性も、キラキラと目を輝かせながら母さんを見ている。
今日集まっているのは魔法職の冒険者ばかりだから、やはり天才魔法・元少女の母さんは人気があるよね。
「あまり長いお話はやめておきますね。今日の会の目的は、ジェラードさんがおっしゃった通りです。わたしたちグリフィン子爵家の願いは、わが子爵領の冒険者のみなさんが、いつも無事に安全に思う存分に活動されることです。でも、危険なお仕事だからこその冒険者であるのも、充分に承知しています。なので、おひとりでも多くの方が、回復魔法を修得されたなら、子爵家としても大変に喜ばしいこと。ジェラードさんもおっしゃっていたけど、回復魔法が特殊な適性なのは、魔法を使われるみなさんは良くご存知よね。だから、適性が無くてもがっかりしないのよ。回復魔法が出来なくても、いざというときに治療ポーションを正しく使うのも大切です。子爵家では、冒険者の皆さんがこれまでより安く治療ポーションを買えるよう、そちらの援助も考えますからね。それではみなさん、今日はよろしくお願いします」
冒険者たちからは大きな拍手が起こった。
今日の適性判定で、ひとりも適性者が出ない可能性もゼロではない。その場合、やはり回復魔法の使い手がいないパーティにとっては、治療ポーションが重要になる。
その正しい使い方をあらためて学んで貰うと同時に、安く手に入れられるよう子爵家として援助するという母さんの言葉は、とても実際的な内容だった。
「そうしたら、ザック、エステル。それから、ライナちゃんとアウニさんも上がって来て」
母さんに呼ばれて、俺たちもステージに上がる。
俺とエステルちゃんが母さんの横に行くと、また冒険者の全員が立ち上がって腰を折って頭を下げた。
この様子って、前々世で冒険者と同じようにホッペタに傷とかがある人たちが挨拶する姿に、なんだか似てるよな。今更だけど、100人近くがいるととても壮観だ。
「はいはい、座ってくださいな。それで今日の講師は、ザックにお願いしますからね」
「ご苦労さんです、若旦那」「恐れ入ります、若旦那」
「はいはい、お静かにね。それで、エステルとわたしとで、みなさんの近くに行って、適性判定をさせていただきますよ。わたしたちは可能性があるかどうかを見て、最終判定はザックがしますけどね」
「恐縮です、姐さん」「とても光栄です、アナスタシアさま」
「はいはい。それから、アウニさんとライナちゃんにもお手伝いをしていただきます。あと、カロちゃんも手伝ってくれるのよね」
カロちゃんが母さんの言葉に大きく手を振って応える。
「そうしたら、そろそろ始めましょうか。ザック、いいかしら」
「うん、では始めましょうか。あ、もう立たなくていいから。僕が言うまで、座っていて」
「はいっ」
なんと良いお返事でしょうか。学院生にも聞かせてあげたいぐらいの、とても良く揃った声ですよ。
「ではまず、適性判定の手順を説明します。みんなは魔法を発動するときに、キ素力を身体に循環させているのは理解してるよね。特に意識をせず、知らず知らずにやっている人もいると思います。今日はまず、それを意識してやって貰いますよ。普段は意識してない人でも、これを意識して行う訓練をすると、魔法の力が上がりますからね。どんな元素魔法でもこれは同じですから、回復魔法の適性が無いのが今日わかっても、普段使っている魔法にもとても効果があるので、この会に来た甲斐がありますよ」
俺の話で会場がざわざわした。
今日が無駄足にならないと聞いて、冒険者たちの表情がさっきよりも輝き出しているようだ。
掴みはこれでおっけーかな。
「それで、まずはそのキ素力循環の講習をします。それから次に、回復魔法を発動させるためのイメージについてのお話をします。そして、ふたりひと組になって貰って、その回復魔法発動のイメージで、順番に相手に発動を試みて貰いますよ。でもこのとき、発動がされていなくても構いません。回復魔法は、そんなに簡単には発動しませんからね。ただこれをすることで、そのときに適性があるかどうかがわかりますから、それを母さんとエステルちゃんが会場を回って見て行きます。僕もここから見ますからね。それで、適性がありそうな人がいたら、もういちどその人たちだけ、僕がちゃんと見させていただきます。回復魔法適性の判定は、こんな手順で進めますよ。いいですか?」
「はいっ」
それではいよいよ、実際に始めましょうか。
母さんたちはステージを降りて、会場内に分散した。あ、エステルちゃんが近くに行っても、また立ち上がって挨拶しなくていいからね。サインとかねだるのは、あとにしてくださいよ。
気持ちは嬉しいが、もういちいち面倒くさい。
それでは、まずは母さん直伝のアナスタシア式キ素力循環の講習からですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




