第534話 冒険者を救援する
クロウちゃんから第2報の通信が来る。どうやら冒険者のパーティらしいが、何かに追われて闘いながら逃げているようだ。
何に追われてるの? オオカミか。森オオカミね。上位種の魔獣はいるの? いないんだね。頭数は? 4頭ほどか。大きな群れから離れた若い連中だな。
こちらのパーティの4人が俺の周りに集まったところで、クロウちゃんからの通信内容を声に出して逐次伝える。
場所はどの辺? ここから南方向に走って数分ね。え、何? どうやら怪我人が出ているのか。ブルーノさんたちは? 東北東方向ね。
そしたら、いまからその冒険者の救援に行くから、ブルーノさんたちにも念のため来て貰うよう伝えて。
「ジェルさん、ということなんで、その冒険者たちを救援に行くよ」
「了解です、ザカリーさま。しかし、森オオカミが4頭ばかりぐらいで逃げているとは、まだ経験足らずの冒険者パーティですかな」
どうなんだろうね。このアラストル大森林で冬場の肉食獣は総じて、獲物を求めて獰猛になっているらいしいからね。
「よし。では走るよ。皆は僕の後を追って。あと、オオカミと闘いになったら、ユディちゃんも参加していいけど、決して無理をしないように。エルノさん、ユディちゃんを頼むね」
「承知ですぞ」
「参加させてよろしいのですか? ザカリーさま」
「これもいい経験だよジェルさん。わかったね、ユディちゃん」
「はいっ」
クロウちゃんが伝えて来た方向に探査を集中させる。いた。冒険者は4人パーティかな。オオカミらしきものの動きも捉えた。クロウちゃんが言って来た通り4体。
どうやら闘っては逃げを繰り返しているようだが、人間の方の動きはかなり鈍く、オオカミたちは素早く動いている。
俺はそれを確認して走り出した。ティモさんたち4人も後を追って来る。
数分走ったところで、冒険者たちの声が聞こえて来た。「くそっくそっ」とか「危ない、引けっ」などと大きな声を出している。
大森林でそんな大声を出すと、他の猛獣も引き寄せちゃいますよ。彼らは人間を怖れないからね。
俺は走りながら、無限インベントリから不動国行を取り出す。刀長が1尺9寸3分5厘、58.63センチメートルと、刀としては脇差しレベルの長さだが、森の中では取り回しが良い。
この刀、俺が前世で殺害されたのちに、弾正から信長へと献上されたという歴史を辿るが、そこはほら、俺が写しで残しておいたからさ。
冒険者はどうやら、ふたりが怪我をしたかで残りのふたりが剣を構えて守っていた。
そこに1頭の森オオカミが襲い掛かる。その刹那、俺は冒険者たちの前に跳躍して飛び込み、突進して来たオオカミの首を一刀で落とした。
「あー、勝手にやっちゃったけど、大丈夫かな?」
「あ、あ、あわっ? あわわ?」
そのとき、うちの4人が追いついて来た。そして素早く残った3頭と相対し、戦闘に入る。
オオカミたちの方も、いきなり仲間の1頭が首を落とされ、逃げるか立ち向かうか躊躇していたところで新手の人間たちが現れ、闘うことにしたようだ。
それを確認した俺は、ようやく振り返って冒険者たちを見た。
まだとても若いパーティのようだ。
剣を構えていたのは男性と女性。そのふたりは目を大きく見開いて俺を見ている。
そしてその後方の地べたに、やはり男女がふたり蹲っていた。
「あ、あ、あ、わ、若旦那さまっ……」と剣を構えた女性の方が、あわあわしながら変な声を出す。
いや、だから若旦那さまとか、どこかの商家の道楽息子みたいだからさ。
思い浮かぶイメージはイケメンで女たらしの優男、とかそんなことはどうでもいい。
「そっちのふたりは怪我してるのかな? どおれ、診てみますよ」
「あ、あの、怪我が酷いのはアラン、男の方で、リーデの方は魔導士だけど、回復魔法が出来ないので」
ようやく男性の方がそう言った。ああ、女性の魔導士が治療用のポーションらしきものを飲ませているのか。
「死なないで、アラン」と、そのリーデという子が泣きながら何とかポーションを飲ませようとしているけど、どうもうまく飲んでくれないらしい。
それで直ぐにアランとかいう怪我をした男性を診ると、太腿を噛み付かれて肉が削がれているようだ。肩口も噛まれて血が装備を染めている。
俺は直ぐにその冒険者の全身を手早く探査し、森オオカミに噛まれた部分の装備を切って患部を露出させると、強めの回復魔法を施す。
出血が止まり、削がれた部分の肉が急速に新しく盛り上がって患部を塞ぎ始めた。
「うん、大丈夫だね。このぐらいでは死なないから、安心しなさい。ただし、血が止まらないと出血死の可能性はあったな。治療ポーションは、飲ませる前にまず傷口にたっぷり振り掛けて、太腿はキツく縛らないとだよ」
女性の魔導士は俺の治療を見ながら、ポカンと口を開けていた。
「あ、ああーっ。若旦那さまだあーっ!」
だから、大森林の中で大きな声で叫ぶんじゃないですよ。
ところで、森オオカミの始末は、いままさに終了するところだった。
俺が初めに倒した1頭とは別に、もう1頭も首を断たれているから、これはジェルさんがやったんだろうね。
少し離れて、おそらくティモさんが倒した1頭の死骸がある。
そしてそのふたりは、残った1頭と闘うユディちゃんとそれをフォローするエルノさんを見守っていた。
俺が治療を終わって戦闘の方を見たときには、そのユディちゃんが最後のひと振りを叩き込み、オオカミがどさりと地に倒れたところだった。
「よーし、良く頑張ったの。えらいぞ、ユディ」
肩でハァハァ息をするユディちゃんの肩をエルノさんがぽんぽん叩きながら、そう褒めていた。
そこに、ブルーノさんたちが駆け込んで来た。
「あらー、終わっちゃってるー」
「大丈夫ですかー?」
「ユディが、森オオカミを1頭倒したぞい」
「本当か? ユディ。大丈夫か?」
「うん、お兄ちゃん。わたし、頑張ったよ。エルノさんが手伝ってくれたから」
「それは凄いですよ」
「おお、たいしたもんだな、ユディ」
「うん、オネル姉さん、アルポさん」
フォルくんとアルポさん、オネルさんがユディちゃんの方に駆け寄って行った。
一方でブルーノさんとライナさんは、冒険者たちの側にいる俺のところにゆっくり歩いて来た。
「怪我人は大丈夫でやすかな、ザカリー様」
「うん、この人が太腿と肩口を噛み付かれていたけど、治療したから大丈夫だよ。でも、怪我をした状態で走ったみたいで、血をだいぶ流してしまったから、暫く安静が必要だな」
「そうでやすか。でも、死人が出なくて良かったでやす」
「あなたたち、どうして森オオカミに襲われてたの? というか、名前は?」
ライナさんが呆然と立っているふたりの冒険者の方を見て、口を開いた。少し口調が厳しい。
「あ、あの、もしかして、ブルーノさんとライナさんですか? 俺はレイモンドって言います」
「わたしは、ブランカです」
「それで、怪我をしたのがアランで、側にいるのはリーデです」
「そう。それで、ザカリー様にお礼は、もうちゃんと言ったの?」
「あっ」
レイモンドとブランカと名乗ったふたりが、まだポカンとしているリーデという女の子も引っ張って来て、3人で慌てて片膝を突き、「大変、失礼をいたしました。助けていただき、ありがとうございました」と頭を下げた。
「まあ、もういいから立ちなさいな。それより森オオカミに襲われた経緯を、念のため教えてくれるかな」
3人の若い冒険者は、恐る恐る顔を上げて俺の顔を見たあと、ライナさんの表情を伺った。
「ほら、聞こえたでしょ。もう立っていいから、ザカリーさまの質問に答えなさい」
それで立ち上がって訥々と語り出した話によると、彼らは大森林のやや浅いエリアに入る許可を、つい昨年末に冒険者ギルドから貰ったばかりのパーティなのだそうだ。
そして年が変わって今日、初仕事とばかりにセルバスかボアあたりの獲物を得ようと大森林に入って来たらしい。
しかし午前中は獲物を探し当てることが出来ず、薬草などは採取したのだが、やはり折角初めて入ったエリアで狩りはしたいということで、冒険者ルートを外れて森の中へと分け入った。
そこで1頭の森オオカミと出会した。彼らはこの1頭を、てっきりはぐれオオカミだと勘違いしてしまったのだ。
そして、いまは大怪我をして寝ている戦士のアランくんが、戦斧を振りかざして立ち向かって行く。しかし、後ろからさらに3頭のオオカミが突然現れ、彼は逆襲された。
それで残りの3人が、何とかオオカミを遠ざけながらアランくんを救出し、彼を抱えて逃げたのだが、オオカミたちは執拗に追いかけて来た。
それから逃げては立ち向かい、また逃げては立ち向かいを繰り返したのだが、アランくんの意識が遠ざかってしまう。
そこで観念して、アランくんをリーデさんに任せ、レイモンドくんとブランカさんが玉砕覚悟で4頭のオオカミと相対したところに俺が現れたという訳だ。
「なるほどねー。たぶん、若いオオカミが4頭のパックを作って、大きな群れから離れて、獲物を狩ろうとここまで足を伸ばして来たのね。この大森林だと、若いオオカミが1頭だけではぐれになることはあまりないのよ。たいていは、4頭以上のパックを作って行動するの。それに、冬場の大森林の獣は獰猛で危険だって、あなたたちもそのぐらいは知ってるでしょ。4頭だけだった幸運は、ヨムヘルさまに感謝しないとだわ」
ライナさんが言ったパックとは、要するに群れの単位のことだ。たいていは4頭が最少の単位らしい。
これがもし6頭や7頭とかのパックだったら、彼らは最初の遭遇で全滅していたかも知れない。
ライナさんの言う通り、月と冬の男神ヨムヘル様に感謝だな。
「すみません、ライナさん」
「わたしに謝っても意味はないわ。1頭を見つけたら、4頭以上はいるものと思って、闘うのか、隠れてやり過ごすか、逃げるのかを判断する。森オオカミは、闘いを挑まずに必死に逃げ続ければ、途中で諦めて追って来ない場合もあるしね」
「はい」
「ねえねえ、ブルーノさん。ライナさんて本当は厳しいんだね。それに凄く怖そう」
「なにせ、伝説の土魔法使いの冒険者でやしたからな」
あとから聞いた話だが、若い冒険者にとっては、ブルーノさんは雲の上の存在過ぎて話し掛けることすら出来なかったみたいだね。
その点、まだライナさんの方には話せることは話せるが、ブルーノさんの言う通り若くして伝説になっている存在らしい。
「ザカリーさま。あのオオカミはどうしますか?」
ライナさんが若い冒険者たちと話し、俺とブルーノさんがコソコソ話をしているとジェルさんが聞いて来た。
「ああ、オオカミね。僕らはいらないから、冒険者たちにあげたら? 大怪我の彼は暫く活動が出来ないだろうし、皮を売ればいいんじゃないかな。ねえ、ライナさん」
「そうねー。ほら、あなたたち、ザカリーさまがああ仰せだから、あなたたちが皮を剥いで持ち帰りなさい」
「え、でも」
「遠慮しなくていいのよ。その代り、3人でちゃんと皮剥ぎをするのよ。出来るんでしょ?」
「はい、出来ます。おい、ブランカ、リーデ」
「あ、はい」
「早くしないと、血の臭いが広がるわよ。わたしが血を埋める穴を掘ってあげるわ」
「フォルくんとユディちゃんも、勉強だから手伝ってあげなさい」
「わかりました、ザックさま」
「あの、ライナさん。つかぬことを聞きますが」
「なーに?」
「さっき、最後にオオカミを倒した、あの女の子は?」
「あら、ユディちゃんのこと? あの子は、ザカリーさまとエステルさまの侍女ちゃんよ」
「えー、侍女さんなんですかー」
若い女性冒険者ふたりが、侍女と聞いてもの凄く吃驚していた。まあそうだよね。
「カァ」
「お、クロウちゃん、どうした?」
クロウちゃんが空から急降下で降りて来た。けっこう慌てている。
「カァカァ、カァ」
「なんでやすって?」
「ほんとー?」
「クロウちゃん、どうしたんですか?」
「なんて言ってるんだ、ライナ」
「クマさん、接近中なんだってー」
「カァカァ」
「おお、いよいよ本番ぞ」
「こっちに来るのかや、クロウちゃん」
「カァ」
まだ少し距離は離れているようだが、こちらに向かって接近しつつあるみたいだ。
もう、冬場のアラストル大森林は、いろいろ慌ただしいのでありますよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




