第51話 双子を連れて戻ろう
「なんだかお腹が空きましたですぅ」
「そうだね、もうお昼の時間を過ぎてるし、トビーくんも拾わないとだし」
「市場にご飯屋さんがありましたから、そこで食べませんか?」
「そうしよ、君たちもお腹が空いてるでしょ?」
「カァカァ」
俺たちは竜人の男の子と女の子を連れて、市場へと戻った。
聞いてみると、やはりふたりは双子なのだという。
名前を尋ねると男の子がフォルタで、女の子はユディタと言うそうだ。
「フォルくんとユディちゃんですね。よろしくです」
エステルちゃんが両手に片方ずつ、男の子と女の子の手を繋いで歩きながらそう言う。
ふたりは歩きながらも、俺の頭の上のクロウちゃんに興味津々だ。
「トビーくんを探さないとね」
「私が探して来ます」
と、ライナさんが市場の中に走って行った。
トビーくんを探している間に、俺たちは市場にある水場で手を洗わせて貰う。
フォルくんとユディちゃんには顔も洗わせる。
おそらく長い間、船の中に閉じ込められていて身体を洗っていないだろう。あとでシャワーを浴びてもらうとして、ご飯の前に顔だけでも洗おうね。
やがてライナさんが、首根っこを捕まえるようにしてトビーくんを連れて来た。そんな感じというだけだけど。
「あれれ、その子供たちは誰っすか?」
ふたりも手を洗いながら、トビーくんが尋ねてくる。
「いや、ちょっと港で預かってさ」
「子どもを、子どものザカリー様に預けるって、どういうことっすか」
「そんな大きな声を出したら、ふたりが怖がるでしょ。大丈夫だよ怖くないよ、これはただのお料理バカのお兄さんだからね」
「お料理バカのお兄さんてなんすか? ひどいなザカリー様は」
市場に隣接している手頃なご飯屋さんに入り、クラムチャウダーみたいな貝の濃厚スープと旬の魚介焼き盛り合わせ、それにパンを人数分注文する。
「このスープも美味しいけど、やっぱり魚介焼きが美味しいよね」
「そうすね、どれも新鮮だから焼くだけで素材の味が染み出てくるっすよ」
「そう言えば、この町の夏の名物に冷たいお菓子があるんだってね」
「そうですよザックさま、よく知ってましたね」
「あ、いや、ちょっと来る前に調べて……」
「そうだ、それ食べて作り方も教えて貰わないとっす」
トビーくんは作り方を教わって帰らないと、リーザさんとかフラヴィさんとか、うちの侍女さんたちに酷い目に遭わせられるよ。
「それについては、ソルベートが食べられるお店が近くにあるのを、私が確認してあります」
横からジェルメールさんがそう言い出した。
女性従騎士とはいえ、やっぱりジェルメールさんも女の子なんだね。
「そうですか、さすがジェルさんですぅ。じゃあ、このあとそのお店にいきましょうよザックさま」
「うんいいよ」
「カァ」
ジェルメールさんは、女の子の間じゃジェルさんなのね。
それから俺たちは魚介のご飯屋さんを出て、ジェルさんが先導してそのお店に行った。
なるほど、桃とかメロンとか、果実味のシャーベットなんだね。
ちなみにこの間、ブルーノさんは無言で黙々とソルベートを味わっていた。
若い女の子たちがはしゃいでいるところで、余計なことを言わないのがおじさんの嗜みですね。
「これなかなか美味いっすね。新鮮な食感す。ちょっと作り方を聞いてきます」
厨房に行ったトビーくんを横目で見ながら、この後はどうしようか、代官屋敷の方に戻ろうかなどと話していると、フォルくんがおずおずと口を開いた。
「あの、代官屋敷って、代官様がいて、お役人さんなんかがいるとこですよね。そこに僕たちを渡すってことですか?」
「ん? あぁ違うよ。僕たちはそこに泊まってるんだよ」
「え、泊まってるんですか? 代官屋敷って泊まれるんですか? 宿屋とかみたいに」
「まぁ行けばわかるよ。それにこの町のお役人に、君たちを渡すつもりはないから。なにしろ僕が預かったんだからね」
「そうですよ。ザックさまがお預かりになったんですから、大丈夫ですよ」
「カァカァ」
フォルくんたちに説明するのは後でもいいだろう。
それにしても、エステルちゃん以外の人たちは、なんでやれやれという顔をしているのだろうか。
トビーくんが戻って来たので、代官屋敷のある中央広場に向かって緩やかな坂を上って行く。
途中には、雑貨屋さんやら、この町のお土産なんかが売っている店があったので、女の子たちがわいわい言いながら店の中を物色して、買い物をしていた。
俺は相変わらずお金を持っていないので、買い物はエステルちゃんまかせだ。
フォルくんとユディちゃんも、珍しそうにお店に並ぶ商品を見ている。
「ねえ、トビー選手はお土産とか買わないの?」
「お土産っすか? 買ってあげる相手もいないすから」
「寂しいこと言わないでさ、レジナルドさんとかに買ってったら?」
「ぶっ、料理長にすかー。ザカリー様は冗談うまいなー」
俺たちが喋ってる横で、ブルーノさんは坂道の方に向いて辺りに眼を配る。
店内のジェルメール従騎士やライナ従士にひと言の文句も言わず、ひとり警護役をしているようだった。
若い女の子たちがはしゃいでいるところで、余計なことを言わないのがおじさんの嗜みです。
ひとしきり買い物も終わり、俺たちは中央広場に面した代官屋敷へと帰り着いた。
建物の中に入ると、すでに母さんたちうちの女性組が帰って来ていて、玄関ホールの横にあるラウンジで寛いでいるところだった。
「あらザック、みなさん、お帰りなさい」
「ただいまー。母さんたちは早かったんだね」
「わたしたちも、今しがた帰って来たところよ。それで、あなたが連れてるその子たちは誰かしら?」
「えーと、港で預かってきた」
「あなたたちは港に行ったのね。母さんたちは行けなかったのよ。それで港では、小さな子どもを誰かに預けるイベントとかがあるのかしら」
「イベントじゃないけど、あれ? あれってイベントかな?」
「はいはい、ザカリー様。奥様へのご説明は私の方からしますので」
ジェルメールさんが説明役を申し出てくれた。さすが従騎士さんだ。
ずっとライナさんに口を塞がれていたけど、その分きちんと、すべてを見聞していただろう。
「あらあら、そんなことがあったのね。それは大変。リーザさん、ヴィンスとそれからモーリスさんをここに呼んで来てくださる」
「はい、奥様」
母さん付き侍女のリーザさんが、慌ててヴィンス父さんとモーリス準男爵を呼びに行った。
さて、父さんたちにどうやって説明しようかな。って、ジェルメールさんがまた説明してくれるよね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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