第531話 久し振りに足で歩くアラストル大森林
翌日の朝、アラストル大森林へ狩りに入るメンバーは、早めに朝食をいただいて騎士団本部のロビーに集合した。
父さんと母さん、それからウォルターさんにはいちおう許可を貰っている。
まあ俺についてはいまさらなんだけど、フォルくんとユディちゃんを連れて行くからね。
それでメンバー的には、俺とフォルくん、ユディちゃんにアルポさんとエルノさん。そして結局、レイヴンのメンバーが5人とも同行することになった。あと、クロウちゃんね。
今回は参加しないエステルちゃんも、シモーネちゃんと手を繋いで騎士団本部に来ている。
「ブルーノさんたちが一緒ですから、問題はないと思いますけど、冬の大森林ですからね。ジェルさん、お願いしますね。あと、夕ご飯までには帰って来るんですよ」
「はーい」
「エステルさま、お任せください。フォルくんとユディちゃんは大丈夫だと思うが、勝手な行動はしないように」
「わかりました」
「ザカリーさまもお願いします」
「わかりましたであります」
あ、エステルちゃん。自分はお留守番と決めたのは、やはり失敗だったかなみたいな顔をしないように。
俺とライナさん以外の全員は弓を背負っている。8人もいるから、なんだか射手の部隊みたいだ。
もちろんこれは、今日の目的が熊狩りだからで、下手に接近戦で立ち向かうと大怪我をする可能性がある。
ただ倒すだけであれば火球魔法を撃ち込んで、弱ったところでとどめを刺せば良いのだが、大森林内の火魔法は厳禁だし、毛皮などを痛めてしまうからね。
俺たちが出発前の打合せをしていると、騎士団本部に執務室を持つミルカさんが覗きに来たり、ネイサン副騎士団長が偶然通り掛かった体で顔を見せたりする。
終いには、クレイグ騎士団長と騎士団長付きになっているアビー姉ちゃんも来た。
「わたしも行きたいところだけど、まあ我慢するわ。フォルくん、ユディちゃん、皆の言うことを聞いて、しっかり働いてくるのよ。大森林はただの森じゃないから、気を抜かないようにね」
「わかりました、アビーさま」
「なあに、アビゲイル様よ、今日1日で、このふたりをしっかり仕込みますぞ」
「フォルとユディを、そこらの冒険者なんぞに負けない狩人にしてみせますわい」
「ははは。アルポさん、エルノさん、お願いします」
いやいや、ふたりはたぶん狩人志望じゃないからさ。というか、本当のところ何志望なんだろう。
装備を確認して、子爵館裏の東門からアラストル大森林へと向かう。
門ではブルーノさんが、警備する騎士団員に声を掛け出門の手続きをした。
「目的は狩りで日帰りと。ザカリー様がご一緒でらっしゃいますよね。えーと、あの、大丈夫ですよね」
「ああ、大丈夫でやすよ」
「わたしらがちゃんと見張っているから大丈夫だ」
「無茶なことはさせないから、大丈夫よー」
出門にあたっての注意点て、そこですか? 大丈夫ですよー、心配しないでください。狩りに行くだけですから。
東門を出て、大森林に入る。
こうして自分の足で入るのは、本当に久し振りだ。正式にはもう5年以上も前の、冒険者ギルドによる奥地探索以来かな。
尤も、冬至ツリー用の大木伐採とかではこっそり入っているけど。
「大森林に入りやすよ。ジェルさん、隊列を」
「了解。各自、隊列を確認、打合せ通りだ」
「はい」
大森林内のルートは、トレッキングルートか場所によっては獣道のようなもので、道幅も狭い。
なので、基本は一列縦隊の隊列を組んで進む。
今回はもちろんブルーノさんが先導し、アルポさんとエルノさんが続く。
その後ろにオネルさん、そしてフォルくんとユディちゃんを挟んで俺。俺の後ろにはライナさんとジェルさんが続き、最後尾はティモさんだ。
クロウちゃんはもう空に上がっている。
大森林内に足を踏み入れると、ここがやはりナイアの森などとは違う特別な森であることが直ぐに分かる。
まず、樹木の密度がまったく違い、見通しが大変に悪い。そして、身体で感じるキ素の量がぜんぜん違うのだ。
一般の人がどう感じるのかは分からないが、俺にはむせ返るような濃さに思える。
今日は冬の曇天で、陽光が降り注いでいないこともあって、朝だというのになんとなく薄暗い。
騎士団が巡回するルートが続いているとはいえ、慣れない者が少しでもルートを外れて木々の間に入って行ったら、直ぐに迷ってしまうことだろう。
森の入口からこのルートを進み、40分から45分程度で小休止に使う第1地点に到着する予定だ。
その第1地点から東南東方向に20分ほど進むと、冒険者たちが使用する冒険者ルートと合流する。
冒険者が大森林で活動する際は、南門を出てグリフィニアの都市城壁沿いに進み、冒険者ルートを使って大森林へと入って行く。
ブルーノさんとライナさんによると、冒険者ルートの入口地点から1時間で往復出来る距離の範囲を浅いエリア、3時間で往復出来る距離の範囲は中間のやや深いエリア、6から7時間の往復距離の範囲を深いエリアと冒険者ギルドが規定しているそうだ。
広さとしては、深いエリアで入口地点から半径が12から13キロメートルぐらいの範囲と想定出来る。
ギルドでは、冒険者個人やパーティごとに、この3種類のエリアのどこまで行って活動して良いかを決めている。
それよりも奥はまさに奥地と呼ばれていて、入って行けるパーティはごくごく限られているそうだ。
俺がかつて冒険者の合同パーティと探索に入ったのは、この奥地と呼ばれている所だね。
そして、ルーさんや以前にニュムペ様が居た場所は、その更に奥ということになる。
それで今日の狩りで行く場所なのだが、冒険者ルートの方には行かず騎士団の第1地点から獲物を探索しつつ大森林の中を分け入って進む予定だ。
これは、冬場で冒険者たちの活動は少ないとはいえ、まったくいないとは断言出来ず、仮に活動中の冒険者がいた場合にその妨害をなるべくしたくないためだ。
ブルーノさんがそう提案し、ジェルさんたちもその方が良いと賛成した。
まあお姉さん方は、冒険者が活動している近辺で俺が余計なことをしないようにと考えたのかも知れない。
それに冒険者が俺を見つけたりすると、絶対について来ようとするだろう。
大森林に入って40分ほど。騎士団の第1地点に到着した。
ここに来るのは2回目だが、懐かしいよね。
特に5歳のときに騎士団見習いの特別訓練で初めてここに来て、ファングボアや巨大イノシシのヘルボア、別名カプロスと遭遇したんだよな。
「ここで少々、休憩でやすな。フォルくんとユディちゃんは大丈夫でやすか?」
「はい、大丈夫です」
「ぜんぜん平気。まだまだ歩けます」
「これからが本番だからの。休むときは休むのが大切ぞ」
エステルちゃんが用意してくれていた、果汁入りの甘露のチカラ水が入った水筒を無限インベントリから出し、皆に振舞う。
クロウちゃんも空から降りて来た。
上空からでは、狙っている熊はまだ発見出来ないそうだ。カァ。
ここからは10人のメンバーをふたつに分ける。
ブルーノさんにアルポさん、そしてフォルくん、オネルさん、ライナさんのチーム。
もう片方は、ティモさんにエルノさん、ユディちゃん、ジェルさん、俺のチームだ。
5人ずつだから、臨時の冒険者パーティみたいなものだね。
それぞれ、ブルーノさんとティモさんが斥候で先行し、アルポさんとフォルくん、エルノさんとユディちゃんがバディを組んで進む。
お姉さん方と俺はフォロー役だ。プラスでジェルさんは、エステルちゃんの代りに俺の監視役なんだろうね。
朝の打合せのときに、「知ってると思いますけど、急に走り出しますからね。走り出したら追いつくのは大変です」と、エステルちゃんがお姉さんたちと話しているのが聞こえた。
「樹上に上がってしまったら無理よねー」「ティモさんでも追いつけないと思いますので、もう諦めるしかないですね」とかなんとか。
まあ、俺のことでしょう。
「ではそろそろ出発しやしょう。クロウちゃん、お願いしやす」
「カァ」
ブルーノさんの掛け声で、ふたつのチームが第1地点から森の中に分け入る。
それぞれのチームが離れ過ぎないように、ブルーノさんとティモさんがコントロールする予定だ。
俺の方のチームもティモさんがまず森に入り、エルノさんとユディちゃんが後を追う。そしてジェルさんと俺も続いた。
道無き森に足を踏み入れると、エルノさんがユディちゃんにしきりに小声で何か話している。
こういった濃く深い森での歩き方、見通しが悪い中で周囲を観察しながら進む仕方を、あらためて実地に教えているのだろう。
俺も探査・空間検知・空間把握の力を常時発動させて、周囲の動物などを探りながら進む。
森ネズミやウサギといった定番の小動物が確認でき、木々の上には野鳥もいる。
しかし今日は、こういった小さな動物たちは目的ではないので、動きを確認する程度だ。
冒険者ギルドの区分で言えば、この辺りの浅いエリアに魔獣が来ることは滅多に無いので、小動物たちの数は豊富だ。
だが大型の獣もその分、出現する頻度が多く、通常型のイノシシであるボアやセルバス、エルクといった大型のシカ、そして森大熊もいる。
ライナさんが冒険者になりたての頃、初めて大森林に入ったときに大型の獰猛なオオヤマネコであるリンクスに出会して、それを討伐した話を彼女から聞いたことがある。
俺はまだ見たことがないが、大森林に棲息するものは通常型の肉食獣としてはかなり大きく、そして危険らしい。
「ザカリーさま、何かいそうですか?」と、俺の後ろからジェルさんが話し掛けて来た。
レイヴンのメンバーは、俺が謎の力で周囲を探索出来ることを何となく知っている。
「うーん、小さい動物だけだなぁ。クロウちゃんもまだ、何も見つけていないみたいだし」
「やはり熊は、眠っていますかな」
「でも、ここの熊は冬場も活動するって話だよね。以前にもアルポさんたちは狩って来たことがあるし」
一般的に寒い地方に棲息する熊は、長いと半年近くも冬眠する。
しかしアラストル大森林に棲息する熊の場合、大森林内の豊富なキ素の影響で他の地域に比べて温暖なことと、そのキ素自体の力もあって、冬眠期間が短かったり冬眠そのものをしない個体もいるらしい。
要するに冬眠する熊は、食物の摂取や活動が困難な冬場をカロリー消費抑制のために眠り続ける訳だが、この大森林では実際にいま俺たちが歩いている場所にも雪は積もっていない。
またここの熊は肉食比率も高く大型なので、飢えている熊に出会った場合、人間でも直ぐに襲われて食べられてしまうそうだ。
なので、他の季節よりはやはり植物性の食物が不足することから、大森林の冬の熊はかなり危険だと言われている。
しかし、なかなか熊を見つけることは出来なかった。
ブルーノさんチームとティモさんチームのふたつのパーティは、適度な距離を保ちながら探索して行ったのだが、やはり俺の探査に引っ掛かるのも小型の動物だけだ。
そしてそろそろ休憩かなと思った時分、上空のクロウちゃんから通信が入った。
クマ? え、違うの? シカ? それともボア? シカじゃないのか? ボアでもないみたいか。動きが速くて確認し辛いのか。でも大型の獣なんだね。
え? どうやらネコ? すっごくデカいネコ? オオヤマネコか、リンクスかな。
「エルノさん、ストップ。ティモさんを呼んで」
エルノさんが何も言わずにピッと小さくファータの指笛を鳴らすと、直ぐにティモさんが現れた。
「どうしました? ザカリー様」
パーティの4人が俺の周りに集まる。ユディちゃんはちょっと緊張しているようだ。
「クロウちゃんが、おそらくリンクスと思われる大型の個体を発見した。単体だよね? うん、1匹だけみたいだ。距離はどう? 僕らから600メートルほど北方向か。あ、えーと2000ポードぐらい北だね」
クロウちゃんと通信しながらなので、思わず前々世の単位で距離を言ってしまった。
「ブルーノさんたちの方が若干近いのね。わかった」
「リンクスですかの。ちょっとばかし厄介ですな。まあなんも問題はありませぬが」
「どうします? エルノさん、ティモさん」
「向うがやや近いならば、直ぐに合流しましょうぞ。いいですか?」
「よし、そうしよう」
「ティモ、連絡ぞ」
「承知」
直ぐにティモさんが、鳥のさえずりのように偽装した指笛を鳴らす。
そして俺たちのパーティは、速度を速めて移動を開始した。
熊狩りに来たのにリンクス狩りか。まあ、フォルくんとユディちゃんにはいい経験だな。
ユディちゃんも足が速いし、俺たちは大きな音を立てることも無く、ブルーノさんパーティに合流するため移動して行った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




