第527話 グリフィン家の家族会議
「エステルも来たな。それではアン、ヴァニー、いいか?」
「いいわよ」
「はい」
屋敷2階の家族専用ラウンジにいるのは、エステルちゃんとクロウちゃんも加わったうちの家族だけだ。
シモーネちゃんの件でウォルターさん、コーデリアさんと話をしていたエステルちゃんが来て俺の隣に座ると、ヴィンス父さんがそう切り出した。
「ザック、アビー、エステル。あ、クロウちゃんも聞いてくれ。ヴァニーのその、なんだ」
「なにを言い澱んでるのかしら、あなた」
「お、おう」
そこで父さんは大きく息を吸い込み、吐き出した。
もう言うことはだいたい分かってるんだから、観念して言っちゃいましょう、父さん。
「ヴァニーとヴィクティム君の婚約が、先日に正式に決まった。ふう」
「やったわね、姉さん」
「ヴァニー姉さん、おめでとう」
「おめでとうございます、ヴァニー姉さま」
「カァカァ」
「ありがとう、アビー、ザック、エステルちゃん。クロウちゃんもありがとう。えへへ、ようやく決まったわ」
「ホント、正式に決まるまで大変だったのよ。主に、ここにいる、この人のお陰だけど」
「煩いぞ、アン」
この春に、父さん、母さん、ヴァニー姉さんの3人が辺境伯家を訪れ、そこから姉さんとヴィクティムさんのふたりの間では、結婚を前提としたお付き合いが始まったようだ。
お付き合いとは言っても、前々世にいた世界のように頻繁にデートを重ねるとかが出来る訳ではない。
隣領とは言え、そうやたらに会いに行けないふたりは、主に手紙のやりとりでのお付き合いを続けて来た。
そして、この秋にヴィクティムさんが王都に来て学院祭で俺と会い、そして後日にベンヤミン・オーレンドルフ準男爵と一緒に王都屋敷を訪ねて来てくれたあと、その帰途にふたりでグリフィニアを訪れて姉さんと会い、そして父さんと母さんに本人が直接に婚約の申し入れをしたのだそうだ。
つまり、王都で俺と会ったときには、彼はもう婚約を申し入れる意志を固めていたのだろう。
仲の良い王太子には、それを伝えていたのかも知れない。
そして辺境伯家の外交官であるベンヤミンさんが同行していたのも、おそらくは帰り道にグリフィニアを訪れる前提だったのだろうね。
学院祭のあとのことだから、これが10月の半ば。
そのあと、ウォルターさんとクレイグ騎士団長が王都に来て、アビー姉ちゃんのことを話し合っているから、あのふたりはもちろんヴィクティムさんからの申し入れは承知していた筈だ。
というか、それを知っていて、もうこのタイミングしかないと揃って王都に来たんだろうな。
そんなことは、ひと言も言っていなかったけどさ。本当に喰えないおじさんたちだ。
そしてその間、姉さんはもちろんオッケーで、母さんも大賛成だったから、ふたりで父さんを納得させる作業が続いていた訳だ。
この件は奥様とヴァネッサ様ご本人にお任せしてと、あの重鎮ふたりは王都の俺のところに避難していたのかも知れない。
王都に来たときにウォルターさんが、暫く滞在させていただきますとかなんとか言ってたしなぁ。
そういうところは、本当に抜け目の無いおじさんたちだよ。
まあこの件に関しては、臣下の立場であるふたりが何を父さんに助言しても、理屈や正論では通じないのは、あのふたりも充分に承知したうえでの行動だったのだろう。
母さんと姉さんの説得が続き、11月の中頃ぐらいでようやく父さんがうんと言ったらしい。
こういう頑固なところが、カートお爺ちゃんの息子なんだよね。
昔に親子の大喧嘩をしたのも良く分かります。
その頃に、俺たちとナイアの森での闘いなどを充分に楽しんだ重鎮ふたりが、何喰わぬ顔でグリフィニアに戻った。
そして、父さんが婚約を認めたという結果を聞いたウォルターさんが直ぐに動き、公式の代理人として辺境伯家を訪問。
グリフィン子爵家が受諾するということを先方に伝え、文書を交わして正式に婚約が成立した。
「なかなか大変だったんですねぇ」
「そうなのよ、エステルちゃん。父さんがあの場でヴィクティムさんにうんと言えば、10月には決まっていたのに」
「娘をよろしく頼む。あの場で、そのひと言が言えなかったのよね、この人」
「う、煩いぞ。結局、決まったんだから、もうすべて良しだ」
姉さんと母さんには、良くぞ1ヶ月かけて説得しましたと、そして父さんにはすべてを無茶苦茶にせずに良くぞ納得したと、そう3人を褒めてあげたい。カァ。
「ザックは、ニヤニヤして俺の顔を見るな。それでだな、3日後の冬至祭で、ヴァニーの婚約とアビーの卒業、来年からの騎士団入りを領民に発表するぞ。いいか」
いいかって、いいに決まってるでしょ。というか父さんは、自分にそう言い聞かせているんだよね、たぶん。
「それはいいけど、結婚はいつになるの?」
「そうそう。それが肝心よね」
「先方は、直ぐにでもって言ってるんだけど。とは言っても、ご長男で次期伯爵の結婚でしょ。お屋敷の敷地内にふたりが住む別邸も造るそうだし、結婚式の準備もあるから、来年の夏ぐらいになるんじゃないかしら」
「彼から、ザックとエステルちゃんが出席できる学院の夏休みにしようって、そう言ってきたのよ」
なるほど、新居も建てるのか。王国で武力的には実力ナンバー1の辺境伯家次期当主の結婚式だから、準備もそれは大変なんだろうな。
それも踏まえて、俺とエステルちゃんが出席しやすい夏休み期間中にしようって言ってくるなんて、ヴィクティムさんらしい。
しかし、来年の夏からヴァニー姉さんは、キースリング辺境伯領の領都住まいになるのか。
辺境伯領都は、エールデシュタットとか言うんだよな。
その領都は辺境伯領のほぼ中央にあって、グリフィニアほどは大森林に近くないそうだ。
ブルクくんに聞いた話だと、冬はかなり寒くて雪も多いって言っていたよな。
その点グリフィニアは大森林にくっついてある都市なので、雪も少なく寒いと言ってもだいぶ緩和されているらしい。
アビー姉ちゃんがグリフィニアに戻り、ヴァニー姉さんがお嫁に行く。
これから夏までの期間は、まるでバトンタッチのようだ。
「それでだ。こんどはアビーのことだな」
「わたし?」
「そうだ。クレイグからはアビーの承諾を貰ったと報告を受けているが、いいんだな」
「うん。それが、わたしが騎士団に入ってこれからの道を作って行く、いちばんいい方法だって。だから公式の自分の家名なんて、あまり気にしないよ。どんな家名であっても、わたしはグリフィン。グリフィン家のアビーだから」
「そうかそうか。そう言ってくれると父さんは嬉しいぞ。だがまあそれは、だいぶ先の話だ。クレイグもまだまだ現役だしな。それでまずは、アビーの騎士団入りだ」
「うん。あ、はい」
「さっきも言ったように、冬至祭で領民には発表し、年を越したら正式に騎士団に入って貰う。身分は騎士待遇の騎士団長付きだ。まあ公には、騎士として扱われることになる」
「はい、わかりました」
「それで、騎士の正式入団ということになるから、入団式をするぞ。日程は1月の10日予定にしたが、アビーはそれで問題無いよな」
「はい。それで大丈夫です」
「そしたらアビー、制服を作らないとよ。取りあえず普段着の制服を何着かと、あと入団式用に礼装ね。準礼装も一緒に作りましょうか」
「やったー」
先日の卒業祝いパーティーでも姉ちゃんは、ジェルさんたちの騎士団準礼装を羨ましがっていたからね。
きらびやかなドレスよりも、やっぱりああいう制服を着たがるんだよな。
「ソルディーニ商会の人たちを明日の午後に呼んでますからね。どこにも出掛けないでね」
「あ、はい。ザック、アナスタシアホームは?」
ああそうか。姉ちゃんも誘っていたんだよな。
でもこれからはグリフィニア住まいだから、いくらでも訪れる機会を作れるよ。
入団までの日程が迫っているから、まずはそっちの準備が優先だ、姉ちゃん。
俺がそう言うと、彼女は「わかった。エステルちゃんもゴメンね」と、明日は騎士団制服発注の準備をすることになった。
家族の話が終わった頃合いで、「ザックさま、ミルカさんがお会いになりたいと、いらっしゃっております」とフォルくんが俺を呼びに来た。
彼がいたら会いたいと、じつは俺の方からミルカさんを呼びに行って貰っていたんだよね。
どうやら、騎士団本部にある彼の執務室にいたようだ。
調査探索部は騎士団本部に同居している。
「わかった、ありがとう。そうだな、応接室を貸して貰おうかな。いいよね、父さん」
「なんだ、ミルカと内緒話か」
「うん、ちょっとね。ファータのことで」
「そうか、わかった。応接室を使っていいぞ」
「ありがとう、父さん。エステルちゃんも一緒にいいかな」
「はい」
フォルくんが急いで階下に降りて行き、俺とエステルちゃんは立ち上がった。クロウちゃんは俺の頭の上ね。
父さんがアビー姉ちゃんに「何の話だ?」と聞いているが、姉ちゃんは「わたしは知らなーい」と恍けていた。
「ザカリー様、エステル様、お帰りなさいませ」
「忙しいところ呼びつけてゴメンね。少しの時間、大丈夫?」
「ただいまです。叔父さん」
「はい。ザカリー様がご帰着早々に私をお呼びになるとは、何かありましたか?」
「いま直ぐにどうこう、ということでは無いんだけどね」
それで俺は、エルフの母なる地がアステリオスという牛頭人身の魔物と、ゴズと呼ばれる多数の配下に襲われたという伝聞を話した。
「確実な情報ではないんだけど、オイリ学院長とイラリ先生のふたりのエルフから聞いた話だから、事実だと思うんだよね。ミルカさんはこの話、知ってますか?」
「なんと。それは私も初耳です。エルフの母なる地が魔物に攻撃を。そうですか」
ミルカさんは酷く驚いていた。
同じ精霊族であり、調査探索を生業にするファータのトップ探索者であるミルカさんでも、さすがにこの情報は知らなかった。
「私ももちろん行ったことなど無いのですが、エルフの母なる地はここより遥かに遠く、ニンフル大陸の東側にあると聞き及んでいます。あちらにはファータの里や情報網も無く、エルフの母なる地のことは、それこそ伝え聞くばかりで」
そうなんだね。いくらファータと言えど、ニンフル大陸全体をカバーは出来ないよね。
「どこまでご存知かわからないけど、ミルカさんにだけは話しておくとね。エルフの母なる地には世界樹があって、真性の樹木の精霊であるドリュア様の本拠地なのは知ってるかな」
「なんとなんと、ザカリー様が言われるということは、事実なんですね。いえ、ファータに伝わる伝承には、エルフ族の成立神話も僅かですがあることはあります。この世界には世界樹というものがあり、それは天と地を繋ぐ大樹で、樹木の精霊様が守護されている。そして樹木の精霊様が、エルフ族の起源であると。その世界樹がエルフの母なる地に実際にあって、真性の樹木の精霊様がおられるのですか」
やはり多少なりとも、ファータの伝承にもエルフの成立神話は伝わってるんだね。
「うん、シルフェ様たちからそう聞いているので事実です。それでね、今回、その真性の樹木の精霊様であるドリュア様のお膝元が、かなり強い魔物とその配下の攻撃を受けたらしいのだけど。それでその話と、ついこのあいだのナイアの森での一件」
「あっ」
勘の鋭いミルカさんは、俺が言わんとするところを直ぐに理解したようだ。
「水の精霊様の妖精の森。そして、樹木の精霊様の本拠地……」
「でも、どちらも直接に精霊様を攻撃した訳ではないんですよ。眷属や末裔が攻撃を受けた訳で」
「ということは、ザカリー様」
「そう、風の精霊様は関係ないとは言いきれない。ただ、ファータの里は妖精の森からは離れているので、おそらく大丈夫だろうとシルフェ様は言っていたけどね」
ミルカさんの顔が少し青くなって来ている。
この人なら、事態の重大さを感じるだろうと思ったが、彼は口を固く結んで俺の次の言葉を待っているようだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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