第526話 今年も無事にグリフィニアに帰って来ました
冬晴れの朝、アデーレさんとエディットちゃんに見送られてグリフィニアへと出発した。
馬車の後ろには、今回もグリフィニアに連れて行くため黒影、青影、栗影の3頭の馬が繋がれている。
このうち姉ちゃんの愛馬である栗影は、グリフィニアに置いて来ることになるだろう。
フォルス大門から王都の都市城壁外に出て、ファータの里を目指すティモさんたち3人とは別れた。
ちなみに国外に出る彼らは、グリフィニアの冒険者ギルド発行のギルドカードを持っている。
まあ、国境を越える際に提示する偽装用だが、カードとしては本物だ。この辺の用意は、調査探索部としてはお手の物だからね。
もう通い慣れた街道の旅を順調にこなし、定宿にしている宿で途中に1泊したあと、何ごともなくブライアント男爵家の屋敷に到着した。
男爵家ではいつも通り歓待を受け、夜の晩餐にはエステルちゃんのお母さんのユリアナさんも加わった。
話題はもちろんアビー姉ちゃんの卒業だ。男爵家からということで卒業祝いも贈られていた。
「アビーは来年から騎士団じゃな」
「うん、まあそうかな」
「隠さんでもいい。先月に立ち寄ったクレイグとウォルターから、聞き出したわい」
ブライアント男爵お爺ちゃんのことだから、相当にしつこく聞いたのだろうな。
「ヴァニーもそろそろじゃろうし、そっちのことはユリアナの方が知っておろうに、なかなか漏らしてくれん」
「あら、いくら自分の旦那が先方様のところで働いていると言っても、夫婦の間であっても他家の情報は聞き出さないのが掟ですよ、男爵さま」
ユリアナさんはそう答えたが、まあ表向きにはそう言うだろうね。
ファータから探索者を派遣して貰っている貴族家としては、そうそう他の家に情報を漏らされては困る。
「まあじきに発表になりますよ、お爺ちゃん」
「そうか。ザックが言うならそうだな。よし、婚約祝いを用意せねばならんぞ、母さん」
「はいはい、もう考えておりますよ」
「とびっきりのじゃぞ」
「はいはい」
「で、アビーはどうするのじゃ」
「どうするって、お爺ちゃん。だから騎士団に入って」
「そこではのうて、婿じゃ、婿」
「あなた、アビーちゃんはついこの間に卒業して、来年から騎士団に入るって決まったばかりでしょ。お婿さんなんて、その先ですよ」
「じゃがの、騎士団に入るということは、つまり、嫁には行かんで婿を取るということにおそらくなろうが。これはそんなに簡単ではないぞ。そこらのへなちょこ貴族の息子なんぞではいかんし、と言って騎士も難しい。慎重に選ばんといかんのじゃぞ」
いつもの先走りお爺ちゃんなのだが、とはいえ言っていることにそれほど間違いはない。
騎士団にまず入り、仕事を学びながら時期をみてクレイグ騎士団長のベネット準男爵家の爵位を継ぐことになるのだから、婿を取るなら確かに慎重にならないといけないだろう。
なにせ、子爵家次女であり、準男爵家当主であり、そして将来は騎士団長になる女性のお婿さんだからね。
もっとも当の姉ちゃんは、そんなのは遠い未来の話という具合で、ぽかんとしてお爺ちゃんとお婆ちゃんのやり取りを聞いていた。
翌日、グリフィニアを目指して俺たちは順調に進む。
やがて南門が見え、右手にはグリフィニアに迫るようにアラストル大森林が広がるのが望めた。
王都と比べると遥かに規模は小さいが、それでもグリフィニアは強固な都市城壁を誇っている。
しかし、そのグリフィニアをやがて飲み込んでしまうかのような大森林は、抗う術もないほどに巨大だ。
幾度も見ているこの雄大な景色だが、俺は見飽きること無く馬車の窓から眺め続ける。
それから程なくして、グリフィニアに入ろうと南門の前に並ぶ多くの馬車の最後尾に着いた。
南門の衛兵さんがテンポ良く馬車や通行人をチェックし、車列は少しずつ進んで行く。
こうして門を潜ろうとする馬車が多ければ多いほど、それだけグリフィニアの繁栄を感じられると言ってもいい。
だからこうして列がゆっくり進んで行くのを我慢するのも、大切なことなのだよね。
「おお、ザカリー様、お帰りなさい。アビゲイル様、エステル様、ご無事でのお帰り、何よりです」
衛兵さんたちの大声が響き、それを聞いて急いで街の中に走って行く者たちもいる。
あれは格好からして、大森林帰りの冒険者たちだよな。パーティの全員が大きな荷物を背負っているので、良い収穫があったのだろう。
衛兵さんの声を聞き、一行を確認して走って行ったのは、まあギルドに俺たちの帰省を報せるためなのでしょうな。
馬車に誰が乗っているのか、かたちばかり衛兵さんが確認終えた頃合いで、当番の衛兵さんたちが全員並んで敬礼をしてくれていた。
「お帰りなさいませ。アビゲイル様、ご卒業おめでとうございます」
声を揃えたその大声に、アビー姉ちゃんは車窓から上半身を出して大きく手を振って応えた。
そんな衛兵さんたちの声を聞いて、門の近くにいた人たちも集まって拍手をしてくれる。
うん、これがグリフィニアだよね。
俺たちが王都から帰って来ると、いつも皆さんが心を温かくしてくれる。
子爵館に到着し屋敷の馬車寄せに到着すると、今回は姉ちゃんの卒業帰りということもあって屋敷の全員で出迎えてくれた。
姉ちゃんは馬車を降りると直ぐに父さんと母さん、ヴァニー姉さんの待つところに走って行く。
俺は下馬したジェルさんたちの側に行って彼女たちを労い、御者台のブルーノさんにも声を掛けた。
そして馬車の後ろに繋がれて旅して来た馬たちの馬体に触れて、ご苦労さんと言う。
「それじゃみんな、ゆっくり休んでね」
「承知しました。黒影たちの世話はお任せください」
「明日はアナスタシアホームですから、お願いしますね」
「はい。良い頃合いにお迎えにあがります、エステルさま」
帰省して早々だけど、明日は24日でアナスタシアホームに行く日になっている。
前々世の記憶にあるクリスマスイヴの日だから、まあ俺がそう決めているんだけどね。
それから姉ちゃんを呼んでエステルちゃんと3人で並び、出迎えてくれた屋敷の皆さんに挨拶した。
フォルくんとユディちゃん、そしてシモーネちゃんは後ろに控えている。
「えーと、皆さん、お出迎えありがとうございます。アビー姉ちゃんも無事にセルティア王立学院を卒業し、こうして帰って来ました。姉ちゃん、ひと言」
「あ、はい。なんとか学院も卒業でき、今日からまたグリフィニアで暮らすことになります。あらためてこれからも、よろしくお願いします」
姉ちゃんが短くそう言って頭を下げると、屋敷の皆さんが拍手で応えてくれた。
お互いにそう多くの言葉はいらない。
「それから、ひとりご紹介したい子がいます。シモーネちゃん、こっち来て」
「はいです、ザックさま」
「この子はシモーネちゃんと言います。知っている人もいるかと思いますが、王都屋敷で侍女見習いとしてシルフェ様から預かっている子です。とは言っても、フォルくんやユディちゃんと一緒に働いていましたから、特別扱いはしなくていいですよ。えーと年齢は」
と、シモーネちゃんの方を見ると、彼女も首を傾げている。まあ、年齢はいいか。
「見た通りの感じです。この冬の間は、ここでも侍女見習いをして、いろいろお勉強をして貰いますので、皆さんよろしくお願いします」
「よろしく、お願い、いたします」
シモーネちゃんもぺこりと頭を下げる。
屋敷の侍女さんたちから、「きゃー、かわいい」と声が上がった。
「ということになりましたので、父さん、母さん、姉さん、ウォルターさん、コーデリアさん、よろしくお願いします」
「お、そ、そうか。シルフェ様からお預かりしている子なんだな」
「あらあら。えーとその、普通の子として接するでいいのよね、エステル」
「ええ、ぜんぜん大丈夫ですよ、お母さま。それに、素直で芯の強い子ですから」
「彼女の働き振りは、私が承知しております、奥様。エステル様が良く育てられています」
ウォルターさんは王都屋敷での滞在中に接しているから、大丈夫そうだね。
「お部屋はどうしましょうか」
「わたしと一緒にしてください、コーデリアさん。王都でも一緒ですので」
ユディちゃんが率先してそう言ってくれた。
「では、ユディと一緒のお部屋にしましょうね。フォルは、トビーさんのお部屋でいいかしら」
「はい、トビーさんが良ければ」
「ぜんぜんいいっすよ。というか今更、遠慮しなくていいっす、フォルくん」
エステルちゃんに手を引かれたシモーネちゃんは、それでも初めてのグリフィニアの屋敷で、きょろきょろ忙しく頭を動かして周囲を見ながら玄関を入って行った。
まあうちのシモーネは、エステルちゃんの言うように素直で芯の強い子だから、大丈夫だよね。うんうん。カァ
「ザックさま、そこでいつまでも立ってないで、早く中に入ってくださいね。クロウちゃんもですよ」
「ザックさま、どうしたですか?」
エステルちゃんとシモーネちゃんが、玄関口で立っている俺の方を振り返ってそう言う。
後ろでは、お姉さん方がまた笑っている声が聞こえますけど、煩いですよ。カァ。
エステルちゃんは、シモーネちゃんのお仕事とかのことでウォルターさんとコーデリアさんと少し打合せをすると言って、彼女を連れて行った。
俺と姉ちゃんとクロウちゃんは、2階の家族用ラウンジで腰を落ち着ける。
「クレイグとウォルターからは聞いているが、いろいろ大変だったようだな」
ナイアの森のことだね。彼らが父さんたちにどこまで話しているのかは分からないが、どうやらテウメーどもと闘って討伐したことは承知しているようだ。
「ええ、ちょっと厄介な相手でしたよ。変わった攻撃を受けて」
「頭の中がむーん、ぎゃーんとして、だんだん気持ち悪くなって来て、動く気力が削がれていくみたいで。エステルちゃんとライナさんが、いちばん酷かったよね」
「精神攻撃ね。幻惑魔法かしら。魔法感度が高い者ほど、強く影響を受けるって聞いたことがある気がするけど、エステルとライナちゃんが酷かったということは、やっぱりそうなのね」
さすがは、天才魔法・元少女のアン母さんだ。直ぐにそこまで言い当てた。
「そうだとしても、ザックは大丈夫だったのだろ。クレイグたちからはそう聞いたが」
「カァカァカァ」
「そう怒らないでよクロウちゃん。どうやら僕が受けた分は、みんなクロウちゃんに流れて行ったみたいでさ。その分、彼は大変だったんだけど」
「空から落ちて来たもんね」
「カァカァ」
「ふーん、そうなのね。あなたたちって、ホント不思議よね」
「まあでも、そのおかげもあってザックが動けて討伐出来たのなら、功労第一はクロウちゃんだな」
「ほら、子爵様からお褒めの言葉をいただいたぞ、クロウちゃん」
「カァ」
「しかし、テウメーか。俺も名前だけは聞いたことがあるが。そんな魔物が、キツネの魔獣をたくさん率いて王都の近郊の森にいたとはな」
「うん、昔からいたことはいたみたいなんだよ。だけど、王都の冒険者ギルドでも、これまでは噂程度でね。どうやらナイアの森の東側を根城にして、セリュジエ伯爵領側で時たま悪さをしていたみたいなんだけど」
「あの辺の冒険者は、そんな魔物が現れても、討伐をしようとはせんからな」
「そうみたいだね」
父さんが言うように王都や周辺領の冒険者は、いるにはいても冒険者という名前のわりに恐ろしく戦闘力が低い。
地下洞窟のアンデッド掃除のときもそうだったけど、何かあった際にはグリフィニアの冒険者ギルドまで依頼が来るぐらいだ。
まあそのお陰で、ナイアの森の奥にやたら冒険者が入り込むということがなくて、助かってはいるのだけどね。
あまり詳細には人外の世界の話は出来ないけど、答えられる範囲で父さんと母さんが聞いて来る質問に答え、姉ちゃんもそれにうまく合わせてくれていた。
「あんたもなかなか大変なんだね」
「そうなんですよ、姉ちゃん」
姉ちゃんが誰にも聞こえないように小声で俺にそう言ったけど、本当にそうなんですよ。カァ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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