第525話 水の精霊屋敷に年末のご挨拶
パーティーの翌日、屋敷の全員を集めて冬休みの予定の確認を行った。
まず、ティモさんとアルポさん、エルノさんのファータの3人だが、今年も冬至祭と年越しを里で過ごすために別行動となる。
年が明けたらグリフィニアに来る予定だ。
ティモさんは現役のうちの調査探索部員なので、ほんの短い年末年始の休暇を里で過ごして直ぐに仕事に復帰というかたちだが、ファータの好意で派遣されていれるアルポさんとエルノさんに関しては本来ならそうではない。
しかし、レイヴンと一緒に行動することも多くなり、昨日うちの騎士団員の準礼装を着たときなど、気持ちはすっかり現役時代に戻っているようで、年が明けたらティモさんと一緒に今回もグリフィニアに来るという。
お爺ちゃんたちは冬の間ぐらい大人しくしていなさいとも言えないので、まあ良いでしょう。
昨年もグリフィニアに行きたがったエディットちゃんは、今回の冬についてはちゃんとご両親のもとで過ごさせることにした。
彼女も今年から正式に子爵家が雇用する侍女になって、来年は12歳になる。
この世界では12歳から大人として扱われるので、子供時代最後の冬はご両親と過ごしなさいとエステルちゃんから言われて素直に納得していた。
アデーレさんは夏休みと同様、王都にいる娘さんの家で過ごすことになる。
今年の春に生まれたお孫さんに会うのが楽しみだそうだ。
お孫さんがいると言っても、この世界の女性は結婚出産が早いので、アデーレさんもまだぜんぜん若いんだけどね。
彼女も正式にうちの雇用になって、王都屋敷料理長となったこの1年は大活躍だった。
明日ニュムペ様たちのために持って行く料理を、またお願いしますね。
そして、シモーネちゃんを預かってグリフィニアに連れて行くことを皆に伝えた。
エステルちゃんの側付きにするというシルフェ様の考えは、エステルちゃん本人をはじめ皆にはもちろん黙っておく。
取りあえずシルフェ様のご意向で、人間社会を勉強するためということにしておきました。
翌日は朝から、アビー姉ちゃんとシルフェ様たちお三方、レイヴンのメンバーで水の精霊の妖精の森に出掛けた。
ナイアの森の地下拠点に馬車と馬を入れ、妖精の森に行く前に手分けして拠点内の点検と清掃を行う。
ここも春までは閉鎖ということになるからね。
水の精霊屋敷に俺たちが到着すると、精霊さんたちとユニコーンが3頭で出迎えてくれた。
アルケタスくんとお父上のアッタロスさん、それから先日のテウメー襲撃で重傷を負ったアリュバスさんだね。
アリュバスさんはアッタロスさんの弟さんで、ユニコーン村を攻撃されて逃げる際に殿を務めるなど、ナイアの森のユニコーンで筆頭の戦士だ。
俺たちが精霊屋敷に来るという報せを聞いて、是非とも先日のお礼を言いたいと3人揃って来てくれていた。
「村の再建は進んでいますか?」
「(はい、お陰さまで、あれから森も平穏になったでござる故、ぼちぼちと進めておりまするよ)」
「(まあ村と言っても、僕らは雨避けの寝床を作って、あとは集会所ぐらいなものっすから)」
ユニコーンって馬に良く似た姿だけど、どうやって作業をするんだろうね。
彼らの魔法も基本、水魔法が主体だし。
「森で異変はもうありませんか?」
「(ははっ。ザカリー様がご懸念されるような異変は、いまのところござりませぬ)」
「(アリュバスを中心に、森の巡回を再開してござるが、怪しい魔物が現れたなどの形跡はないようでござるな)」
アリュバスさんは、瀕死の状態から再生回復させたということで、俺に対してはずいぶんと平身低頭して口調も硬いけど、まあアルケタスくんほどじゃなくても気楽に接していただいていいですからね。
それから、アビー姉ちゃんが学院を卒業してこの王都を離れることを、ニュムペ様をはじめ皆さんに報告し、姉ちゃんがお礼の挨拶をした。
そして俺の無限インベントリから大量の料理を出して、今日もちょっとしたパーティーですな。
もちろん先日に続き、アデーレ料理長特製のフルーツ・デコレーションケーキもありますよ。
これにはネオラさんと若手の精霊さん3人は大喜びで、料理を食べながらもちらちら気になるらしい。
4人とも俺たちが持って来るお菓子は何回か食べているけど、こういうデコレーションケーキは初めてだろうからな。
でもケーキは、料理をいただいてひと段落してからですよ。
それで、先日のパーティーのときと同じように、良い頃合いでアビー姉ちゃんがエステルちゃんに手伝って貰いながらケーキを切り分け、皆に振舞う。
身体の大きなユニコーンの3人にも、ちゃんと大きめに切ってあげていた。
彼らは初めて見たケーキを目の前にして、匂いを嗅いだりどうやって食べようかと考えたりしていたが、結局かぶりつくしかないんじゃないの。
「(甘いっ、美味しいっす)ヒヒン」と、いちばん最初に食べたアルケタスくんの声が響き、あとのふたりも恐る恐る口にする。
どうやら気に入って貰えたみたいだけど、3人とも鼻先にクリームを付けてますよ。
ネオラさんと若手の精霊さんを含めた女性たちは、姉ちゃんとエステルちゃんを中心に賑やかに女子会を始め出し、ユニコーンたちはブルーノさんとティモさんも加わって何か話をしている。
ユニコーンの言葉は、クロウちゃんが通訳をしてるんだね。
念話をクロウちゃんが声を出して伝え、それが分かるブルーノさんがティモさんにも伝えるという感じだが、どうやらティモさんもだいぶクロウちゃんの言うことが分かるようになって来ているらしい。
なんとも不思議なことだけど。
それで俺はシルフェ様とシフォニナさん、アルさんと一緒に、これまでのことをニュムペ様に伝えることにした。
地下洞窟に再び潜って、マルカルサスさんに会いに行ったこと。そして、エルフの母なる地から伝わって来た事件の話だ。
ニュムペ様もとりわけ、エルフの母なる地が魔物に襲われたことについては酷く驚いていた。
「ドリュアさんは大丈夫だったのですよね」
「ええ、わたしたちがエルフから聞いた話だと、魔物はエルフが撃退したってことだし、さすがにドリュアさんに被害は出なかったと思うわ」
「でも、それが本当なら、一大事です」
「そうね。わたしたちもそう思っているわ。それであなた、いちどルーのところに行くって言ってたでしょ」
「はい」
「こんなことが起こったものだから、あの人が何か知らないかを聞きに、わたしたちも行こうと思ってるのよ。それで今日はそのご相談もあって」
「わかりました。シルフェさんも行かれるのなら、ご一緒したいです。ザックさんとアルも行かれます?」
「ええ、僕らもグリフィニアに帰りますから、エステルちゃんとご一緒します」
「そうしたら、わしがニュムペさんを迎えに来て、それからザックさまたちを迎えに行くかの」
「そうしてくれるかしら、アル。時期はそうね、来月の終わり頃かしら。わたしたちも冬至と年越しを終えて、それからアルがわたしのところに来てからだから。アルと、うちの森の警戒と防御の相談もしないとですし」
シルフェ様がアルさんと相談ごとがあると言っていたのは、妖精の森の護りを強化する件らしい。
風の精霊の妖精の森は、眷属で末裔であるファータの里とは離れているし、いくら風の精霊に戦闘力があると言ってもやはり心配なのだろう。
「このまえのことがあったから当面は大丈夫だと思うけど、ニュムペさんのここも、警戒は強めておきなさいね」
「ええ、ユニコーンたちにしっかり警戒をするよう、相談しておきます」
「あの、シルフェ様の森の防御とか、僕にも何か出来ることは」
「この前も言ったけど、これは本来なら人間が深く関わるべきことではないので、あなたは暫くあまり目立たないようにしてなさい、ザックさん」
「わかりました」
「わしにひとつ考えがあるのじゃが」
「なあに、アル」
「ドリュアさんのところはエルフが大勢おるから難しいが、シルフェさんとニュムペさんのところに、若いドラゴンを置くというのはどうじゃろか」
なるほどね。ドラゴンを用心棒として置くということか。
その若いドラゴンというのがどのぐらいの戦力なのか想像もつかないが、そこらの魔物よりは遥かに強いのだろう。
「そうねぇ。悪く無いアイデアだと思うけど。わたしのところはいいとして、ここは人間の街も近いし。あと、森の獣が怯えるわよ」
「そこはほれ、わしのように人化の魔法を仕込んでじゃな」
「あと、金竜さんには了解を貰わないとでしょ」
「まあ、そうじゃがの」
金竜というのは、最上位のエンシェント・ドラゴンのことだ。
ドラゴンは五色四元素ドラゴンと言って、黄竜、青竜、赤竜、白竜、黒竜の五色ドラゴンと、火竜、水竜、風竜、土竜の四元素ドラゴンがいる。
そしてその最上位に金竜がいると、以前にアルさんから聞いていた。
アルさんは自分のことはあまり語らないが、シルフェ様によると彼も天から下ったエンシェント・ドラゴンらしいので、ドラゴン一族の中では最上位の次席ぐらいの立場なんじゃないかなと俺は考えている。
シルフェ様が言ったのは、若いドラゴンを精霊の元に派遣して貰うには、ドラゴン族の最上位たる金竜様の了解を得ないといけないだろうということだ。
「わたしも考えてみるわ。それと、金竜さんに話を通すとしたら、わたしも一緒に行かないとよね」
「シルフェさんが一緒に来てくれると、わしも助かる」
「アルは、金竜さんと会うと小言を言われるからでしょ」
「うう、まあの」
さすがのアルさんも、その金竜さんには頭が上がらないんだね。
おそらく同じような爺様ドラゴンだろうし、アルさんが会えば小言を貰うような相手だとすると、なかなか扱いにくい爺さんなのかな。
「そのときは、ザックさまも一緒に行きますかの」
「え、僕?」
「うふふ、金竜さんにザックさんを会わせるのもいいわね」
「いつかどうせ会うなら、早めに引き合わせておいたほうがいいですよ」
「なかなか強烈ですから、覚悟しておかれたほうが良いかもです」
「シフォニナさんたら」
うーむ、これは手強そうな爺様ドラゴンらしいぞ。
もし会いに行くことにでもなったら、相当に覚悟しないといけなさそうだ。
それにしても、そんなに上位の人外の方たちとやたらお会いして良いのだろうか。
まあ、アマラ様やヨムヘル様と既にお会いしているのだから、今更なんだけどさ。
また春になったら来ますと精霊屋敷を後にし、地下拠点の戸締まりもしっかりとして屋敷へと帰った。
屋敷に到着してひと息つくと、シルフェ様とシフォニナさんは風の精霊の妖精の森へ、そしてアルさんは彼の洞穴へと帰って行った。
俺たちは明日の朝に出発する。
「あ、そう言えばエステルちゃん。お土産って買ってあるのかな」
「うふふ、ちゃんと用意してありますから。屋敷の皆さんと、アナスタシアホームの子供たちに。それからヴァニー姉さまへのお祝いも」
いつも帰省時には屋敷のみんなにお土産を持って帰り、特に冬は身寄りのない子供たちが暮らすアナスタシアホームに、クリスマスプレゼントならぬ冬至プレゼントを用意して訪れる。
それからエステルちゃんの言ったヴァニー姉さんへのお祝いとは、婚約発表があるだろうという前提での婚約祝いだ。
どうやらアビー姉ちゃんとふたりで、ちゃんと買って来てあるらしい。
「アビー姉さまはご自分からで、ザックさまとわたしからのも用意してありますよ」
「ほらね、エステルちゃん。明日の朝に出発するっていうのに、いま頃になってザックは言うでしょ。あんただけだったら、すっかり忘れて馬車の中で慌てているところだからね、ザック。エステルちゃんに感謝しなさいよ」
「へーい」
「お返事」
「はいっ」
あっちでお姉さんたちが大笑いしている。
まあともかくも、今年も無事にグリフィニアへ帰れそうだ。なので、なにごとも良しとしましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
 




