第521話 卒業祝いパーティーを始めましょう
今日は12月18日。外からお客様をご招待してのアビー姉ちゃんの卒業祝いのパーティーの日だ。
とは言っても、ご招待客は学院の教授と学院生だけなので、まあ準内輪という感じだけどね。
午後からのパーティーということで、いちおう13時までに来ていただきたいという案内になっている。
それで、うちの屋敷の全員が朝からパーティーの準備に余念がない。
会場は屋敷の大広間。グリフィニアの屋敷よりは狭いが、それでも招待客22名とうちが18名の合計40名を収容するには充分に余裕を持った広さがある。
テーブルは立食形式だが、休憩用の椅子も多めに出した。
食事はビュッフェスタイルで、料理をお皿に自分で取って貰う。ドリンクはバーカウンターを設置した。
料理の準備は昨晩からアデーレさんを中心に、少年少女組はもちろん、エステルちゃんをはじめとしたうちの女性陣が総出で取り掛かっている。
当初は長テーブルを並べてクロスをかけ、その上にただ大皿を置くという予定だったが、スープなどは冷めないように大きな寸胴鍋の下に土魔法で土台を作って、そこに高温で熱した石を仕込んで保温することにした。
料理の大皿も同じく、土台に仕込んだ熱した石に蓋をして保温プレートのようなものを作り、皿が割れない程度に温める予定だ。
一方で、デザート類はグリフィンマカロンやグリフィンプディングに、更に加えて先日も大好評だったアデーレさん特製のフルーツ・デコレーションケーキが用意される。
こちらは逆に氷で冷やす仕掛けだ。
ドリンクバーにももちろん氷を豊富に用意する。うちは普段から、王都の貴族屋敷でいちばんの自家製氷のストックを誇りますからね。
なので俺とライナさんは、朝からその辺の仕掛けの製作や仕込みの準備をしました。
あと、大広間の装飾やステージの設置、テーブルなどの配置は、アルポさんとエルノさんにブルーノさんとティモさん、そしてアルさんが協力して、こちらも朝から取り掛かっている。
ステージの設置は挨拶や乾杯用でもあるのだけど、うちの女性陣が何やら出し物を用意しているからだそうだ。
そういえばエステルちゃんが、お客様に楽しんでいただく演出を考えるって言ってたよな。
ステージバックの左右には、うちの紋章入りの大きなタペストリーが下げられている。
これはグリフィニアの正式の催事でも飾られるものと同じだけど、王都屋敷にもちゃんと備品として置いてあるものだ。
そのステージバックの中央には、屋敷の皆から姉ちゃんに贈られた寄せ書き入りの鷲獅子、グリフィンの紋章のフラッグが広げられて、誇らしげに飾られている。
そして、アルさんから贈られた同じくグリフィンの紋章が大きく描かれたタワーシールドが、存在感を放って据えられていた。
各テーブルには、冬にしては華やかな花が数多く飾られている。
この花は、先日のプレゼントを飾ったのと同じく、クロウちゃんが昨日にセルティア王国南部やミラジェス王国まで飛び、ずいぶんと長い時間をかけて採取して来たものだ。
この前の色とりどりのパンジーもあれば、紫の花を咲かせた野性のプリムラ、淡いピンクのクリスマスローズ、つまりヘレボルス・ニゲルの野生種などもある。
クロウちゃんはかなり頑張りました。カァ。
会場の準備も終わり、もう直ぐお客様がいらっしゃる頃合いということで、アルポさんとエルノさんが正門まで走って行った。
それを追いかけて案内係にフォルくんと、それからブルーノさんとティモさんも正門に向かう。
この男性陣、正式な騎士団員はブルーノさんだけなのだが、エステルちゃんの発案で今日は5人とも同じグリフィン子爵家騎士団の準礼装を身に纏っている。
これは何かのときのためにとずいぶんと前に準備し、クレイグ騎士団長とウォルターさんからも許可を貰っていたものだ。
刺繍があしらわれた濃い色合いのネイビーの上下に、薄いグレーのロングコートを上から身に着け、黒いブーツを履いている。
従士になって年月の経つブルーノさんはもちろんうまく着こなしているが、アルポさんとエルノさんも意外と言っては失礼だけど、背筋の伸びた老練の軍人という雰囲気で良く似合っている。
でも凛々しいのは、やっぱり若々しいティモさんとフォルくんだよな。
フォルくんはずいぶんと背も伸びて、体格も竜人の男性らしく逞しくなって来た。
一方で女性陣なのだが、つい昨日までどんな衣装を着るかで侃々諤々やっておりました。
と言うのも、全員でうちの侍女服、つまり魔法侍女服を色違いのお揃いで着ようという案があったからだ。
それで昨日は、エステルちゃんをはじめシルフェ様やシフォニナさんから、シモーネちゃんまで、うちの女性たち全員がラウンジに集まって話し合っていた。
近づくと危険なので、俺は隠れて遠目からその様子を伺っていたのだが、終には見つかって呼ばれてしまったのだ。
「ザックさまは、どう思いますか?」
「みんなであれ着たら、可愛いわよねー」
「しかしだな、主役のアビゲイルさまも着るのか?」
「みんながその衣装なら、わたしも着たい」
「お揃いで可愛いですよね。でも、男性陣は騎士団の準礼装ですよ」
「アルは、新調した執事服よね」
「エディットちゃんやユディちゃんは、それだと普段着になっちゃいますよ」
「わたしたちは着慣れていて動きやすいし、大丈夫ですけれど」
「シモーネも、大丈夫です」
「ところで、ザカリーさまは何着るのー?」
ああ、次々に話すから煩いですよー。でも煩いなんて言ったら、俺はこの場で殺されるけどさ。
「僕はこういう会だと、よそ行きの服か、それともブルーノさんたちに合わせて子爵家の準礼装だよな」
うちの男性騎士が着るものに似ているのだが、グリフィン子爵家長男としての礼装や準礼装を持っている。
何かのときにそういった服が用意されていないとまずいので、もちろん王都屋敷にも置いてあるのだ。
それで準礼装だと騎士団員のものと違いは、俺専用でロングコートが漆黒なのですよ。
どうも母さんとウォルターさんあたりの差し金で、俺の戦闘装備に合わせたかのように黒いんだよね。
グリフィニアで俺はレイヴン=大鴉の若旦那と一部で呼ばれているので、そんな感じにされているのかも。正礼装の方のマントも同じく漆黒ですな。
「あ、ザックのあれ、やっぱかっこいいよね。わたしもああいうの欲しいなぁ」
姉ちゃんはまだ騎士団に入っていないし、子爵家息女なので基本はドレスなのだよ。
ああいう礼装は、ちゃんと騎士団に入ってからですよ。
「で、ザックさまはどうお考えですか? わたしたちのお衣装」
「うーん、やっぱりグリフィン子爵家としてお客様をご招待してのパーティーだから、まず主役の姉ちゃんはドレスでしょ。それから、主催側の主人役は僕とエステルちゃんになるので、エステルちゃんもドレスね」
「あ、ザカリーさまがまともなこと発言してるわよー」
「こういうときって、意外にちゃんとしたこと言うんですね」
「煩いぞライナ、オネル。ちゃんとザカリーさまの話を聞け」
「シルフェ様とシフォニナさんも、ドレスでお願いします。僕のお義姉さんと義従姉ですからね。それでジェルさんとライナさん、オネルさんは、やはりブルーノさんたちに合わせて準礼装を着てください。合わせないとおかしいでしょ? そしてアデーレさん、エディットちゃん、ユディちゃん、シモーネちゃんも明日のパーティーではドレスね。うちは皆が家族だから、明日はフォーマルの方向に合わせます。みんなのドレスもあるんだよね、エステルちゃん」
「はい、大丈夫です」
「僕の考えは以上です。いいかな?」
「はーい」
それからは姉ちゃんとエステルちゃんがどのドレスを着るのか、エディットちゃんたちにどのドレスを着させるのかなどで、また大騒ぎだ。
シルフェ様とシフォニナさんは風の精霊のドレスではなく、人間の貴族女性が着る華麗なドレスを持っている。
一方でアデーレさんと少女3人にも、商家の奥さんや娘さんなどがパーティーに出るときに着るようなドレスをちゃんとエステルちゃんが用意していて、その着付け大会が始まろうとしていた。
もう俺はいいですかね。着付け大会には呼ばんでくださいよ。
そんなことが昨日あり、パーティーの開始時刻が迫ったいま、女性陣は着替えとお化粧などの支度に行ってしまっている。
俺とアルさんとクロウちゃんだけが、ぽつんと玄関ホールに取り残されていた。
アルさんの衣装は執事服ではあるのだが、先日に新調した豪奢な銀の刺繍が施された真っ黒なロングコートの上着だ。これって、リブレアとか言うんでしたっけ、クロウちゃん。カァ。
背の高いドラゴンの爺様は、なかなか堂々とした見栄えだ。
もちろん竜人の姿なので尻尾があるのが、この世界の竜人の尾は意外と短くコートの内側に収納されている。
フォルくんもユディちゃんももちろん尻尾があるのだけど、背丈が伸びるのに反して尾は長くならず、相対的に短くなっている。だからコートやドレスを着ると見えないのだ。
アルさん曰く、「使わんものは退化する」のだとか。そう言われればそうなのか。
と言うかさ、アルさんとクロウちゃんと、所在なげにここで待つ俺たちって真っ黒な衣装で、なんだか悪者って感じだよね。クロウちゃんは衣装ではなく地だけど。
そんなことを考えながら3人で雑談をしていると、2階から女性たちが降りて来た。
やっと華が咲いたごとく、色とりどりになりましたですよ。
「あはは、真っ黒なのが3人だけでいるとー、なんだか悪の屋敷みたいよねー」
自分でもそう思ってましたよ、ライナさん。
いいから、さあ並んで並んで。
姉ちゃんを前に出して、その横に俺とエステルちゃん。反対側にはシルフェ様とシフォニナさんにアルさんが並び、グリフィン子爵家独特の華やかな女性騎士団員準礼装姿のお姉さん3人も凛々しく並ぶ。
そして、アデーレさんとエディットちゃん、ユディちゃん、シモーネちゃんも控えた。
「学院生の皆様がご到着になりました」
フォルくんの声が響き、彼に案内された学院生たちが屋敷に入って来た。
男子の諸君はみな学院の制服姿だが、女の子たちは全員ドレス姿に着飾っている。
ヴィオちゃんとソフィちゃん、ルアちゃんの貴族家の息女は分かるが、カロちゃんとヴィヴィアちゃんもドレス姿なので、女の子たちは相談して来たのだろう。
「ほらね、ライくん。言ったでしょ。こういうときはザックくんて、思いっきり貴族らしく華やかにする筈だって」
「ザックさま、意外と派手好き、です」
「お、おう、そうだな」
あとで聞いたのだが、女の子たちはいちどヴィオちゃんの屋敷に集合して、セリュジエ伯爵家とソフィちゃんとこのグスマン伯爵家の馬車に分乗して、送って貰って来たそうだ。
一方で男子諸君は、うちの屋敷前集合だったらしい。
それで事前に、ヴィオちゃんとライくんたちは、どんな服装で行くかで意見が割れたそうだ。
学院の制服でいいんじゃないかという男子に対して、女の子たちは絶対にドレスでしょと意見が割れ、結局こうなったみたいだね。
それでも、エイディさんたち姉ちゃんの部の男子部員は全員が騎士爵の息子たちなので、初めてうちの屋敷に来たとはいえ、わりと堂々としていた。
あ、1年生のイェンスくんと我が部のカシュくんは、うちの女性陣に出迎えられてカチコチですか。まあ、気を楽にしてくださいな。
全員がアビー姉ちゃんに挨拶をし、俺とエステルちゃんに招待されたお礼の言葉を掛けてくれて、ユディちゃんに大広間へ案内されて行った。
女の子たちのカーテシーの挨拶が可愛らしい。
するとそのタイミングで、フォルくんとティモさんに案内されて教授方が次々に到着した。
まずはボドワン先生が、ニコニコしながら屋敷に入って来る。
彼はうちの身内みたいなものだから慣れた感じだよね。
続いてジュディス先生とフィロメナ先生。このふたりもうちには来ているので慣れてはいるが、出迎えの華やかさに一瞬息を飲んだようだ。
そして、ウィルフレッド先生とクリスティアン先生の魔法学教授のふたり。
追いかけるように、フィランダー先生とディルク先生の剣術学教授ふたりも到着した。
「おお、これはなんとも素晴らしいな。これぞ、グリフィン子爵家だ」
フィランダー先生の大きな声が玄関ホールに入るなり聞こえて来たが、なにがこれぞなんだか。
エディットちゃん、さっさと大広間に連れてっちゃって。
そしてお客様の最後は、オイリ学院長とイラリ先生のエルフのふたりだ。
ふたりは姉ちゃんと俺とエステルちゃんに挨拶し、それからシルフェ様たちの前に行って跪かんばかりの挨拶をした。
まあまあ、堅苦しいのはいまだけにしてくださいよ。
お客様が全員到着したのを確認して、直ぐにアデーレさんが厨房へと急いだ。
うちの少女3人も行っている筈だ。
ティモさんとフォルくんは、今度はドリンクバーの係になって皆さんに飲み物を振る舞ってくれている。
ジェルさんたちお姉さん方も、飲み物のお世話に大広間へと向かった。
姉ちゃんたちもパーティー会場に向かわせて、俺はひとり玄関ホールでブルーノさんとアルポさん、エルノさんが来るのを待つ。
3人は、馬車で来た人を降ろして迎えの時間を確認するなど最後まで正門に残り、門に鍵を掛けてやって来た。
さあ、それでは俺たちも会場に入って、パーティーを始めましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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