第519話 遠いご先祖様から来た大盾
「いやー、なかなか凄いプレゼントが登場しました。霧と風の鎧ですか。どんな鎧なんでしょうね。しかし、速い動きを信条とするアビー姉ちゃんですから、重たい金属鎧は却って足枷になる。しかし、霧と風であれば、そこを解決するものになるでしょうね。おまけに魔法防御の効果もあるとは。これは素晴らしいものです」
屋敷の皆も俺の言葉をふんふん、なるほどと聞いている。
「ねえ、うちの司会って解説もするのねー。わかりやすいのは、たしかだけどー」
「カァカァ」
「なになに、クロウちゃん。あれって、司会と言うよりー、MCって言うの? えむしーってなーに?」
「それでは三番手、次はアルさんの登場です。アルさん、どうぞ」
「はいな」
アルさんがマジックバッグを持って、姉ちゃんの隣に来た。
やっぱりマジックバッグだよね。また持って来たんだな。あれを贈るのかな。
「アビー嬢ちゃん、卒業おめでとうじゃ」
「ありがとう、アルさん」
「わしからのお祝いはの」
「でもアルさん。アルさんからは、この夏に剣を貰ったばかりだよ」
「ふっふっふ。あれはお土産じゃ。今日のは卒業祝いじゃよ」
なんだか雰囲気が、孫になんでも買ってあげちゃう田舎のお爺ちゃんみたいだよな。
「ほれ、これごと進ぜよう」と、アルさんはマジックバッグを手渡した。
「これって、マジックバッグだよね?」
「そのバッグは、アビー嬢ちゃんの専用にするとよい」
「え、いいの? あ、ありがとうございます」
「ふぉっほっほ。勘違いするでないぞ。それは、贈り物を入れて来ただけじゃ、中に手を入れてみなされ」
「あ、はい」
バッグの口から手を入れた姉ちゃんは、中のものを引き出さずに手を止めて、不思議そうな顔をしている。
中に入れて来たのは何なんだ? この場にいる皆も、何が入っているのだろうと興味津々に姉ちゃんを注目する。
「うーんと、グリフィンの盾? グリフィンの盾って名前が頭に浮かんだんだけど」
「そうじゃそうじゃ。さあ、出してみなされ。少々重さがあるぞ」
姉ちゃんは不思議そうな表情のまま、そのグリフィンの盾というのをマジックバッグから取り出した。
「おおー」
「出て来たわよー」
「大盾ですな」
マジックバッグの狭い口からそんなのが出るのか、というぐらい大きなものが取り出されるのは見慣れているので、皆はそれ自体にもう驚くことはない。
しかし出て来たのは、姉ちゃんの全身を隠してしまうほどの大盾。
そして、グリフィンの大盾という名前の通り、前面には先ほどのフラッグに描かれていたものに良く似た、真っ赤な鷲獅子が大きく描かれていた。
「これをアビー嬢ちゃんに、卒業のお祝いとして進ぜよう。グリフィンの盾じゃ」
「あ、はい。ありがとうございます、アルさん。でも、あの……」
あまりに意外な贈り物に、姉ちゃんもどう反応していいのか戸惑っている。
うちの屋敷の皆も、同じような雰囲気になっていた。
だって、さっきも俺が話したように、姉ちゃんは素早いその野性的な動きを信条に、武器は両手剣を遣う剣士なのだ。
盾を持つ場合は片手剣が普通だし、それもこのような大盾ではなくバックラーなどの小型のものを使用する。
タワーシールドと呼ばれるこのような大盾は、一般に身長が高くガタイの良い大男が扱うもので、武器としては短槍かやはり片手剣となる。
だいいち大盾持ちは、防御や盾バッシュによる攻守一体の戦術がメインになり、アビー姉ちゃんとは正反対の役回りと言っても過言ではない。
「ふぉっほっほ。大盾とはあまりの意外さに驚いたじゃろ。ですがの、この大盾に描かれた紋章を見なされ。名前はなんじゃったかな」
「グリフィンの盾」
「そうじゃそうじゃ。これは、グリフィンの盾。つまりこれはの、ザックさまやアビー嬢ちゃんの遠いご先祖さまの大盾なのじゃ」
「ええーっ」
なんだって、アルさん。グリフィン子爵家の遠いご先祖様の大盾なのですと。
「じゃがの、これは古代魔導具でもある。わしも詳しいことはわからんのじゃが、つまりグリフィン家の遠い先祖が、古代魔導具の時代に所有していたものということになるのじゃ」
「…………」
アルさんが言ったことへのあまりの驚きに、誰も言葉が出なかった。
「アルさん。それって本当なんですか」
「おお、本当ですぞ、ザックさま」
「僕らの遠い先祖の大盾……」
「どうやら、グリフィン家の血を持つ一軍の将が所有していたものらしい、とわしは睨んでおる。この盾の魔導具としての能力は、ひとりを護るのではのうて、一軍を護るものじゃからな」
アルさんが言うには、軍勢の中央に据えてこの大盾の力を解放すると、盾の前方で左右に大きく魔法障壁が広がって展開されるのだそうだ。
要するに個人の戦闘ではなく、大規模な戦でその効果が発揮される。
「そんな大層なもの。あの、アルさんてば。これはザックが持つべきものなんじゃないの?」
「なにを言うとる、アビー嬢ちゃん。わしはいま、グリフィン家の血を持つ一軍の将と言うたじゃろ。アビー嬢ちゃんはこれから騎士団に入って、一軍の将への道を歩むのですぞ。つまり、何か事があれば、グリフィン家とその民を護らねばならんのじゃ。ザックさまはすべてを統べる大将。そしてアビー嬢ちゃんは、実際に軍を率いる将軍じゃて。だからこの盾は、アビー嬢ちゃんにこそ相応しい。わかったかの」
姉ちゃんはそのアルさんの言葉を噛み締めるように、暫く黙っていた。
そして、ようやく口を開く。
「はい。わたし、頑張ります。その将軍とかになれるのかは、いまはぜんぜんわかりませんけど、グリフィン家の血を持つ者として、精一杯精進して、この盾を持つのに相応しくなります。ありがとうございました」
「ほっほっほ。そう気張らんでも良いぞ。いまは人間界も大きな戦などない世の中じゃ。まあ普段は、ジェル嬢ちゃんたちからいただいた旗と一緒に飾っておきなされ。あの旗とこの大盾が、アビー嬢ちゃんを見守ってくれる」
「はい、わかりました」
シルフェ様とシフォニナさんからいただいた首飾りが、いつもアビー姉ちゃんを護ってくれて、みんなからの旗とアルさんからのこの大盾が、姉ちゃんの成長を見守ってくれる。
なんだかいい話だなぁ。
「ねえアルさん。ひとつ聞いてもいいかな」
「なんですかの、ザックさま」
「このグリフィンの盾って、僕らの遠い先祖のものだって言ったよね」
「そうですの」
「これって、どこから収集して来たものなのかな? 古代遺跡とか? もしそうだとしたら、そこは僕らに所縁のあるところだよね。それって、どこ?」
「あー、えーと、ふーむ。どこじゃったかのぉ。たしか、東の方だったような。もの凄く昔に手に入れたものじゃから、忘れてしまいましたのぉ」
このドラゴンの爺様、本当に忘れたか、それともなんだか誤摩化してるよな。どうもその両方が半々のような気がする。
しかし、東の方なのか。うちのご先祖様は、東から来たということなのだろうか。
「あー、なんともまたしても凄い贈り物が登場し、大変に驚いてしまいました。さて、その興奮も冷めやらぬ感がありますが、アビー姉ちゃんの卒業祝いプレゼントイベントも、いよいよ最後であります。その締めを飾るのは、僕とエステルちゃんとクロウちゃんからの贈り物。それでは……」
「自分のことも、ちゃんと自分で司会、あ、えむしーか、それするのねー」
「カァカァ」
「これで終わるから、我慢してくれってクロウちゃんは言っておりやす」
そんなことを言うクロウちゃんとそれからエステルちゃん、俺は姉ちゃんの側に行った。
「あらためて、姉ちゃん、卒業おめでとう」
「おめでとうございます、姉さま」
「カァカァ」
「ありがとう。それにこんな会を開いて貰って、なんて言っていいか」
「まあまあ姉ちゃん。僕もみんなも、一緒に驚きながら楽しんでいるんだからさ」
「そうですよ。わたしもなんだか、さっきから涙が流れっぱなしで」
「エステルちゃんがずっと泣いてるもんだから、わたしが泣くヒマ無くてさ」
そうなんだよね。エステルちゃんは姉ちゃんの直ぐ目の前に座っていて、ずっと泣いていた。
でも、湿っぽい涙じゃなくて、姉ちゃんへのみんなからの贈り物や言葉に、ずっと感動していたみたいだね。
「僕らからのお祝いは、これだ。受取ってください」
「ありがとう、ザック、エステルちゃん、クロウちゃん。あれ? この化粧箱って、エステルちゃんが大切にしてるものじゃないの?」
「いいんですよ、姉さま。それも含めて、姉さまへ。さあ、蓋を開けてくださいな」
エステルちゃんに促されて、姉ちゃんは化粧箱の蓋を開ける。
それにしても、この美しい化粧箱はエステルちゃんが大切にしてたものだって、姉ちゃんも知ってたんだね。
「まあ、奇麗なお花がたくさん詰まってる。もう冬なのに、こんなお花が?」
「クロウちゃんが、南の方から摘んで来たんですよ」
「へぇー、クロウちゃんありがとう。とても素敵」
「カァ」
「あれ? この花に埋もれてるものって……」
「はい。出してみてください」
「これって、あんたたちのどちらかが、何かの危機に遭ったときに、お互いが呼び寄せられるって腕輪よね。それをわたしに?」
「そう、呼び寄せの腕輪だよ」
「でもさ。これって、ふたりだけのとっても大切なものなんでしょ。そしたら、あんたたちは?」
「ほら。僕もエステルちゃんも着けてるよ」
俺とエステルちゃんは、腕輪を装着している腕を同時に出して見せる
「えへへ、ザックさまとわたしと姉さまで、お揃いにしました」
「あんたたち……」
「これを着けていれば、姉ちゃんが何かあったときに、僕とエステルちゃんに来てほしかったら、ふたりのことを強く想って腕輪にキ素力を込めると、僕らが直ぐに現れるよ。尤も1回使うと、3つとも消えちゃうけどね」
「もしかしたら、わたしが姉さまとザックさまを呼ぶかもです」
「そう、3人がお互いを呼び寄せられる腕輪だ」
「本当に大変な何かのときのために、3人を繋ぐものですよ、姉さま」
それからまた姉ちゃんが大泣きをして、暫くは大変だった。
あとからエステルちゃんに聞いたところによると、姉ちゃんは泣きながら凄く小さな声で、「まだ一緒に王都にいたい」ってダダをこねていたらしい。
どうやら、抑えていた感情が爆発しちゃったみたいだね。
お姉さん方3人やシルフェ様とシフォニナさんも姉ちゃんの側に集まって、そんな姉ちゃんを宥めたり落ち着かせたりして、ようやく収まった。
それでは、こういうときには甘い物を思いっきりいただきましょう。
アデーレさん特製の、特大フルーツ・デコレーションケーキが待っていますからね。
俺がこっそり、氷の魔法で適度に冷やしておいたし。
さあ、姉ちゃんがいちばん最初だよ。
ケーキを口一杯に頬張って、アビー姉ちゃんは泣き腫らした顔に満面の笑みを浮かべていたのだった。
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