第518話 内輪だけの卒業祝いパーティー
夕食の席でシルフェ様から、「あなたたち、何かやってたでしょ」と言われた。
アルさんも、「なにやら変な力が、一瞬飛んでおった気がするのう」と言っていたが、適当に誤摩化しておきました。
それはともかく、アビー姉ちゃんが帰って来たら、ちょっとした内輪のパーティーを開いて卒業祝いのプレゼントを渡そうと、皆で相談した。
それぞれのプレゼントは、どんなものかは知らないのでなんだか俺も期待しちゃうよね。
そして夕食も終わり片付けも済んで、ラウンジで寛ぎながら姉ちゃんの帰りを待っていると、門からエルノさんが「お帰りになりましたぞ」と走って報せに来た。
「エステルちゃん、夕ご飯残ってる?」
「あらあら、お帰りなさい姉さま。もちろんありますけど、学院のパーティーで食べて来たんじゃないんですか?」
「それがさ、始まったのは夕方だったんだけど、食べたのが早過ぎて、またお腹が空いちゃったんだよね」
「まあ姉ちゃん的には、予想通りだけどな。お帰り、姉ちゃん」
ラウンジにいた全員が「お帰りなさい」と声を掛け、アデーレさんとエディットちゃんが食事の用意をしに厨房へと行った。
「アビーさまのお荷物は、いったん出してお部屋に仕舞っておきましたが、それで良かったでしょうか」
「うん、フォルくん、ユディちゃん、シモーネちゃん、ありがとう。それで大丈夫だよ」
俺とエステルちゃんがプレゼントの件でなんだかんだやっているうちに、少年少女たちが姉ちゃんの荷物関係の整理を済ませていたようだ。
「まあ姉さま、まずは食堂でご飯を食べてくださいな」
「うん、エステルちゃん」
エステルちゃんが姉ちゃんと一緒に食堂に行きながら、こちらを振り返ってウィンクしたので、それを合図にプレゼントの準備に皆は移動し始める。
シルフェ様とアルさんは自分の部屋に、ジェルさんとオネルさんが騎士団宿舎の方に行く。
俺は自分の部屋に行って、先ほど完成したばかりのプレゼントを取って来た。
ラウンジでは、残った者たちが内輪のパーティーの準備をしている。
食事を済ませたばかりなので主に飲み物やつまみなのだが、アデーレさんがユディちゃんに手伝わせて、なんと大きなホールケーキを運んで来た。
色とりどりの果実がクレーム・シャンティ、つまり生のホイップクリームの上に載せられた、カラフルで美しいフルーツ・デコレーションケーキだ。
「アデーレさん、凄く大きなケーキだね」
「うふふ、頑張っちゃいました。でも、みんなで手伝ってくれたんですよ」
「わたしたちもお手伝いしたんですよ」
「わたしもよー」
シフォニナさんとライナさんが、横でパーティーの準備をしながらそう言う。
俺たちが呼び寄せの腕輪をテストしていたとき、屋敷の中がとても静かだったけど、みんな厨房にいたからだったんだな。
しかし、アデーレさんもうちの王都屋敷料理長になってから、こういったお菓子やデザートづくりの腕をますます上達させたよね。
運ばれて来たケーキの出来映えを見ると、もうお店を出してもおかしくないぐらいだ。
グリフィニアのトビーくんも、うかうかしていられませんよ。
そうこうしているうちに、ジェルさんとオネルさんが細長い箱を持って来た。それが屋敷の皆からのプレゼントなんだろうけど、なんでしょうかね。
シルフェ様は小振りの箱。アルさんのは、あれはマジックバッグだけど、うちのじゃないよね。
俺が持っている箱と合わせて4つのプレゼント。どれも渡すのがが楽しみだよね。もちろんアデーレさん特製のケーキも楽しみだ。
「ふー、やっと人心地ついたわー。あれっ」
アビー姉ちゃんと、その相手をしていたエステルちゃんとエディットちゃんの3人が、食堂から戻って来た。
「姉ちゃん、こっちだよ。さあさあ、そこに座って。ユディちゃん、姉ちゃんにグラスを渡して渡して」
「はい」
「えーと、ザック、みんな」
「さあ、全員、グラスを持ったかな」
「大丈夫よー」
「それではみなさん、ご起立ください」
「はーい」
「本日、この日を持ちまして、我が姉、アビゲイル・グリフィンは、目出たくセルティア王立学院を卒業いたしました。初めの1年はヴァニー姉さんと一緒だったけど、2年生のときにはこの王都で、学院の寮にたったひとり。でもこの2年間は、僕たち王都の家族の一員として、楽しい日々を過ごして来ました。そしていよいよ、姉ちゃんは新しい道に歩みを進めます。来年からは、おそらく騎士団に入って頑張る日々が続くでしょう。でも、もし辛いことや苦しいこと、悲しいことがあっても、ここにいる皆が家族であることを想い出してください。もし姉ちゃんに何かがあったら、ここにいる皆が支え助けるということを。それでは、姉ちゃんの卒業と新しい門出を祝して。乾杯っ!」
「カンパーイ!」
そして全員で姉ちゃんに拍手を贈る。
姉ちゃんはグラスに口を付けたあと、そのグラスを手に持ったままで、拍手し続ける皆の顔を順番に見て行きながら、大粒の涙をぽたぽたと流し始める。
そして終には、うわぁーんと大きな声で泣き始めてしまった。
直ぐにエステルちゃんが駆け寄って姉ちゃんを座らせ、何か囁きながらハンカチで涙を拭いてあげている。
それでも姉ちゃんはエステルちゃんにしがみつきながら、暫く泣き続けていた。
暖かい雰囲気で皆から見守られていた姉ちゃんは、ようやく泣き止んで落ち着いて来たようだ。
ではそろそろ、本日のメインイベントに移りましょうか。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
「うん。ちょっと吃驚しちゃったから。それにいろいろ頭に浮かんじゃって。もう大丈夫だよ」
「最近、泣き虫が復活ぎみの姉ちゃんも、ようやく泣き止んだところで」
「煩いな、ザックは」
「ザックさま、余計なこと言わないんですよ」
「はい、すみません。あー、えーと、それではそろそろ、本日のメインイベントに移らせていただきます」
「ザック、メインイベントって? エステルちゃん、なに?」
「直ぐにわかりますよ」
「それではまず最初は、屋敷のみんなからだね。ジェルさん」
ジェルさんとオネルさんとライナさんのお姉さん3人が、細長い箱を持って姉ちゃんの側に行き、そのほかの屋敷の皆も立ち上がった。
「アビゲイルさま、ご卒業、おめでとうございます」
「うん、ジェルさん。みんな。ありがとう」
「ご卒業のお祝いにと、われら屋敷の者全員で相談して、これをアビゲイルさまにプレゼントしたいと思います」
「えっ、わたしに?」
「今日、アビゲイルさまの寮の部屋を見たら、もっと可愛らしいものの方が良かったかなって思っちゃったけどー」
「ライナ姉さんも、また余計なこと言う」
「ライナさん。わたしの部屋って、そんなに拙かった?」
「まあ、アビゲイルさまらしかったけどねー」
「ライナ、少し黙っとけ。コホン。それはともかく、こちらをアビゲイルさまに贈らせてください」
「うんジェルさん、みなさん、ありがとう。でも、これって何かしら」
お姉さんたちに促されてアビー姉ちゃんが箱を開けると、中に入っていたのはとても大きなフラッグだった。
フォルくんとユディちゃんが両端を持って、その巻かれた旗を広げると横は2メートル以上、縦も1.5メートルはある。
そして中央に大きく描かれているのは、背中の羽根を広げて両手を前に出し、まさにいま飛ばんとしている真っ赤な鷲獅子、つまりグリフィンの姿だ。
そして、そのグリフィンを囲むように、手書きで様々な文字や絵が書かれている。
屋敷の全員が書いた寄せ書きだね。
これから飛び立つグリフィンが姉ちゃんだとすれば、それを応援するように寄せ書きが囲んでいる。
しかし、このグリフィンが描かれたフラッグ。たぶんうちの御用達商会のソルディーニ商会に製作を頼んだのだと思うけど、ずいぶんと前に発注していたんだろうな。
ついさっきプレゼントを完成させた自分たちとの準備の違いに、俺は人知れず深く反省する。
「凄い旗……。嬉しいっ。グリフィニアの自分の部屋に飾るわ、いえ今夜からこの屋敷の部屋に飾ります」
「この旗に描かれたグリフィンは、まさにこれから飛び立とうとするアビゲイルさまです。先ほどザカリーさまもお話されていましたが、われらはいつでもどこでも、アビゲイルさまをお支えさせていただきます。そういう気持ちで、全員で寄せ書きをしました」
「ありがとうございます。皆さん」
姉ちゃんはそうお礼を言って、深く頭を下げた。
「いやあ、初めから素晴らしい贈り物が登場したのであります。そう思いませんか、クロウちゃん」
「カァ」
「貴族屋敷でいちばん偉い立場の人が司会進行をするとか、うちぐらいのものよねー」
「ですね。というか、ザカリーさまだけですね」
「コホン。それでは続きまして、どっち? シルフェ様とシフォニナさん?」
シルフェ様が勢い良く手を挙げたので、次はシルフェ様とシフォニナさんの番になった。
シモーネちゃんも呼んで、精霊様3人で姉ちゃんの側に行く。
「わたしたちからはね」
「シルフェ様からは、もうご加護をいただいていますから」
「あれはあれ、これはこれよ。それに贈り物って、いくつ貰ってもいいものよ」
「はい」
「それでは、わたしたちからは、これをアビーちゃんに贈ります」
シルフェ様は小型の箱を姉ちゃんに手渡した。「さあ、開けて」と促されて、姉ちゃんは箱の蓋を開く。
すると、中に納められていたのは、美しく大きな青い宝石が嵌め込まれた首飾りだった。あれってサファイアかな。装飾やチェーンはゴールドのようだ。
箱から首飾りを取り出すと、その宝石は自ら青く眩く輝き、そして鎮まるように光は消えて行く。
「キレイ。なんて美しい首飾りなのかしら」
「うふふ。アビーちゃんも女の子なんだから、そのぐらいの首飾りはひとつぐらい持っていないとよ」
「ありがとうございます。とても素敵です」
「素敵なのは、それだけじゃないんですよ」
「え?」
「説明を、おひいさま」
「この首飾りに填められた宝石にはね、わたしとシフォニナさんの、ふたりの魂の欠片を融合させてあります」
「ええーっ」
「それでね。さっきあなたが手に取ったときに、青く光ったでしょ。あれで、あなたの魂と繋がって、あなた専用の首飾りになりました」
「だから、他の人が首から下げても効果は無いんですよ」
「効果……?」
「この首飾りを身に着けて、もしいざというときがあったら、わたしとシフォニナさんのことを想って護ってと願いなさい。そうしたら、霧と風があなたを包んで鎧となって、あなたを護ってくれます」
「それって」
「おひいさまが、ザックさまの結界から思い付いて作ったんですよ。霧の元がおひいさまで、風がわたしですね」
「もう、シフォニナさんは直ぐにバラすんだから。でも、なかなかのアイデアでしょ。鎧としては、かなりの強度があると思うわよ。魔法攻撃からも護ってくれるしね」
へぇー、霧と風で出来た鎧ですか。見た目はどのようになるのかな。
身体に張り付くように発動させるタイプの結界からヒントを得たというのは、何となく分かるけど、それを霧と風で作り出す鎧として、更にふたりの魂の欠片を込めた宝石で作り出すなんて、さすがに精霊様だ。
おそらく、魔法障壁の力も込められているんだろうな。勉強になります。
そんな凄い首飾りを贈られた姉ちゃんは、言葉も出ずシルフェ様とシフォニナさんに抱きついていた。
さてさて、今度はアルさんの番だ。アルさんはあの宝物庫から、どんなものを持って来たのだろうね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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