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第517話 呼び寄せの腕輪(複製品)を試す

「本当に試すんですかぁ?」

「だって、いざって時に使えなかったら、大変なことになるかもじゃん」

「それはそうですけど」


 いまはエステルちゃんと俺の手首には、写しで複製した方の呼び寄せの腕輪が装着されている。


「これって、使ったら爆発するとか、ないですよね」

「うーん、間違って自爆の腕輪とかじゃない限り、それはない、と思いたい」

「カァ」


「でも、オリジナルの方は、以前にシルフェ様が本物の呼び寄せの腕輪だって言ってたから、大丈夫だよ、たぶん」

「でもそれは、オリジナルの方ですよね」


「僕の写しの力は、神サマから授けられた正真正銘の正しき写しの力だから、複製とはいえ、オリジナルとまったく同じと、思いたい」

「思いたいとか、たぶんとか、ばかりですぅ」

「カァ」



 試しに使うのを渋るエステルちゃんをなんとか説得して、テスト使用の手順を確認する。


 まずは俺とクロウちゃんで屋敷の外に出て庭園の東屋に行き、周囲に誰もいないのを確認。

 クロウちゃんは俺が所定の位置でスタンバイしたのを見届けて、この部屋に窓から入ってエステルちゃんに知らせる。


 そしてエステルちゃんとクロウちゃんがカウントダウンを行い、そのカウントダウンはクロウちゃんから俺に通信される。

 そしてカウントゼロで、エステルちゃんが呼び寄せの腕輪を発動させる訳だ。

 きわめてシンプルだよね。


 念話を使わないのは、シルフェ様たちに分からないように試してみたいということもある。

 バレちゃうと、写しの力の説明をしなければいけなくなるしね。

 シルフェ様やアルさんには、別に明かしてしまっても良いのだけど、なんとなくです。


 あと、テストに使用するのはもちろん複製した方だ。

 ふたりはオリジナルを外して念のため俺の無限インベントリに保管し、複製に着け替えたのだ。しかし装着感には何の違和感もない。


「僕のことを強く想いながら、直ぐ側に来てって念じるんだよ」

「それは得意ですぅ」

「それで、キ素力を腕輪にたくさん流し込む感じね」

「そこがとても心配」


 エステルちゃんの不安そうな表情が晴れないので、俺は彼女の身体に貼付かせる結界の呪法を施した。

 それにどのぐらいの意味があるかは分からないが、少なくとも外部から来るアクシデントからは護ってくれる。


「手首だけもげちゃうとか、ないですよね」

「ないです」

「カァ」



 それから決めた手順通りに、俺とクロウちゃんは屋敷の外に出て、庭園内にある東屋に行った。

 たぶん誰にも見られていない筈だ。


「よし、周りに誰もいないな。スタンバイ完了。クロウちゃん、頼むっ」

「カァ」


 クロウちゃんが音も無く飛んで行って、屋敷の2階にある俺の部屋の窓から中へと飛び込んだ。


 だがそれから、なかなかカウントダウンの通信が入って来ない。

 おそらくエステルちゃんがまだ躊躇っているのだろう。

 考えてみれば相当にリスクの高いテストのような気もするが、これはオリジナルにしろ複製にしろ試さないことには、いざというときの使用もできないよね。


 俺は、早くカウントダウンを始めるよう、エステルちゃんをせっつけとクロウちゃんに通信を送った。

 すると、それから少しの間を置いてカウントダウンが始まる。

 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1。


 ゼロと同時に眼の前の景色が変わった。

 いや、景色が少し歪んだように見えて、それから一瞬ブラックアウト。

 おっ、と思ったときには俺は自分の部屋にいて、視界も歪んでぼやけた状態から直ぐに正常へと戻ている。

 自分の手首を見ると、腕輪は消えて無くなっていた。


 こりゃ、凄い魔導具だぞ。1回だけの使い切りとはいえ、買った値段の千倍どころか、もっと出してもいい価値があるんじゃないか。

 あとは、有効距離の限界があるのか、遠方からでも一瞬で来られるのか、時間と空間に制約や影響があるのかもテストする必要があるな。

 尤もいまは、俺の写しの力で複製したものが、言われていた通りの能力を発揮したということの方が重要だ。


「エステルちゃん。エステルちゃん?」

「あ、ザックさま。来てる?」


 彼女は、ぎゅっと固く瞑っていた目を恐る恐る開いた。

 どうやら怖くて、目を瞑ったまま発動させたようだ。と言うことは、俺が呼び寄せられたところを見てないよね。


 自分の手首から腕輪が消え去っていることを確かめ、そして装着していた部分をもう一方の手でさすっている。

 それからハッとして、俺に抱きついて来た。


「ザックさまも、どこももげてませんか? ぜんぶ付いてますか? 何か置いて来てませんよね。パンツの中も見てくださいね」


 いや、そんな特定箇所だけ無くなっているとか、置いて来ちゃったとか無いし。いちおうパンツの中もと言われて確かめたけどさ。




 お試し使用は無事に成功した。

 俺が呼び寄せられて現れたところを、エステルちゃんは目を瞑っていて見ていなかったので、離れて観察していたクロウちゃんにそのときの様子を聞く。


 どうやら、カウントダウンがゼロになって同時にエステルちゃんがキ素力を腕輪に込めたとき、その腕輪がもの凄く明るく発光したそうだ。

 そして何かの力が、俺の居た方向へと飛んで行ったのを感じたと言う。

 そう思ったと同時に、俺がいま立っている場所の空間が歪んだようになり、直ぐに出現を確認した。


 なるほど。所謂、空間転移という作用を引き起こすもののようだが、同時に発動者の直ぐ近くという特定の位置を指定し、そこに引き寄せる力の伝達が行われているということだろうか。


 転移自体の作用は、俺が装着した方の腕輪が行っていると思うが、俺自身はキ素力を込めていないので、大気中からキ素をいちどに大量に取り込んで腕輪が自ら転移を発動させたということかな。

 いずれにしろ、とてつもない能力を実現させるものが、腕輪の内部に刻まれたあの術式には込められている。



 俺は無限インベントリからオリジナルを取り出すと、写しの力で複製を更に20個ほど作成した。

 これでテーブルの上には、現在オリジナルがふたつ、複製が21個の合計23個がある。


「そんなに作って、いったいどうするんですか?」

「カァ」

「もしかして売るんですか? たしかブリサさんのお店で買ったとき、ふたつセットで1万エルって聞きましたけど、10セット売ったら10万エルで大儲けですぅ」


 いやいや、1万エルつまり約10万円というのは、本物かどうか分からないと言うブリサさんが破格の値段で売ってくれたからで、俺の想像ではアン母さんから貰った身代わりの首飾りと同等の値段が付くと思うよ。

 ブリサさんの見立てで首飾りは5千万エル、5億円は下らないそうだから、10セットが売れれば50億ですよ。


「いや、売るために作ったんじゃないよ、エステルちゃん。それに本物であることが確かめられたいまとなっては、売るとしたら1セット5千万エルぐらいだと思うよ」

「5千万エル……。ひょー」


 エステルちゃんの口が尖って、ひょーというカタチのまま固まっている。


「と、ということは……。たったいま、ザックさまとわたしで、5千万エル使っちゃったですかぁ」

「カァ」


 まあ、理屈からすればそういうことになるけど、俺の写しの力だと物理的な材料が必要ないし製作作業もないから、原価はタダなんだけどね。


「ともかく、この20個は保管しておく。というか、僕とエステルちゃんの普段使いは複製の方にして、オリジナルも保管しておこう」

「普段使いって、5千万エルもするものを普段使いとかしません」


 新たに複製した20個も、見鬼と探査の力で慎重に細部まで検査して確認したあと、そこからひとつずつ取って、俺とエステルちゃんは自分の手首に装着し直した。

 そして、オリジナル2個と複製18個を区分して無限インベントリの中に保管する。

 これでテーブルの上には、ひとつだけが残りました。



「これをアビー姉さまにプレゼントするんですね」

「そうだね」


「わたし、何か奇麗な箱を探して来ます」

「カァカァ」

「それ、いいですね。クロウちゃん」

「カァ」


 クロウちゃんはどこかから花を摘んで来て箱の中に詰め、そこにこの腕輪を納めたらどうかと言った。

 彼も姉ちゃんのプレゼントに何かをしたかったんだね。


「そうしたら、このマジックバッグを持って行って」

「カァ」


 マジックバッグはクロウちゃんには大き過ぎるが、嘴で銜えて風魔法の力で運んで行くそうだ。

 クロウちゃん用に、小さなものを作ってあげられると今後も役に立ちそうだが、マジックバッグを探査して更に小型化するとかが俺に出来るだろうか。

 そのうち試みてみましょうかね。


 クロウちゃんはマジックバッグを銜えた自分を囲むように風を起こして、それに乗りながら窓から飛んで行った。

 もう冬だけど、どこで花を摘んで来るのかね。まあその辺は彼が分かっているのだろう。



 それから1時間半ほどして、クロウちゃんが戻って来た。


「お帰りなさい。お花ってあったですか?」

「カァカァ」


 テーブルに置かれたマジックバッグから、クロウちゃんは嘴で器用に花を取り出して行く。

 同じ種類の小さな花だが、黄色や白、紫やアプリコット色などいろいろあって華やかだ。

 この花って見たことがあるよな。


「パンジーですぅ。いろんな色があってとっても奇麗」

「カァ」


 ああ、パンジーだったか。冬から春にかけて咲く花だと思うけど、もう咲いていたんだね。


「カァカァ」

「へぇー、暖かい地方に行くと、もう咲いてるんですね」

「ねえ、キミ。どこまで行って摘んで来たの?」


「カァ、カァ」

「ええーっ、ミラジェス王国まで行って帰って来たんですかぁ」


 クロウちゃんはもともと、巡航速度で時速300キロぐらいを出して飛行出来るのだが、シルフェ様からいただいた風の加護による風魔法を応用して、その倍以上の速度で飛ぶことが出来るらしい。


 ここから600キロは離れていると思うミラジェス王国まで凄い速さで飛んで行って、パンジーの群生地を探して花を摘んで帰って来たんだね。

 それも、自分の身体ぐらいもある大きさのマジックバッグを嘴で銜えて。



 その色とりどりのパンジーの花を、エステルちゃんが大切にしていた美しい化粧箱の中に敷き詰め、その上に呼び寄せの腕輪を乗せて蓋を閉じた。


「出来ましたぁ」

「うん、これで僕ら3人からのプレゼントが完成だ」

「カァ」


 ちょうどそのとき、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「ザックさま、エステルさま、クロウちゃん、そろそろ夕ご飯のお時間ですけど」


 エディットちゃんが呼びに来たようだ。もう夕食の時間か。ずいぶんと時間が経っていたんだな。


「ありがとう、エディットちゃん。直ぐに行きます」


 エステルちゃんの返事を聞いて、エディットちゃんがパタパタと去って行く足音がする。


「それでは食堂に行きますよ、ザックさま、クロウちゃん」

「おっけー」

「カァ」



 あとでクロウちゃんから聞いたんだけど、パンジーの花言葉は色によって違うそうで、アプリコット色は天真爛漫、白は温順で紫が思慮深さ、黄色はつつましい幸せなのだそうだ。

 姉ちゃんはアプリコット色だな。


 でもパンジー全体としては、「想い出」や「私を想ってください」という意味があるそうで、卒業のお祝いにプレゼントする、相手を想って発動させる呼び寄せの腕輪には良いんじゃないかって、クロウちゃんは考えたそうだ。

 キミって意外とおしゃれだよね。カァ。


 まあ、この花言葉の話は前世の世界でのことだから、姉ちゃんやエステルちゃんには言わないけど。

 さあて、屋敷の夕食につられて姉ちゃんもそろそろ帰って来る頃だよな。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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