第516話 卒業祝いのプレゼントをどうしよう
学院から屋敷に帰ってみると、シルフェ様とシフォニナさんも戻って来ていた。
エステルちゃんもアビー姉ちゃんの寮の部屋の片付けを終え、荷物はマジックバッグに収納して持ち帰っている。
「早かったね、エステルちゃん」
「はい。と言うか、姉さまの部屋、荷物が少なくて。片付けは、わりと簡単に終わったんですけどね」
「姉ちゃん、剣術以外の趣味が無いからなぁ」
「女の子としては、少々問題ですよぅ。そうライナさんとオネルさんと話しながら、さっき帰って来たとこです。ジェルさんは、あんなものだろって言ってましたけど」
「あー、ジェルさんは基準にならない、かな」
幼い頃から剣術ぐらいしか興味の無かった姉ちゃんだから、何となく想像は出来るよな。
いつも母さんから、たまには女の子らしくしなさいって言われてたし。
「姉ちゃんは、夜に帰ってくるんだよね」
「ええ。卒業生に先生方も集まって、卒業パーティーが夕方からあるって言ってましたから」
そうだったね。在院生も参加できるパーティーだけど、去年も今年も俺は遠慮した。
「それでザックさまは、忘れてることがありますよね」
「え? 何だっけ」
「何だっけ、じゃないですよぅ。姉さまへの、卒業祝いですぅ」
「だって、パーティーするでしょ」
「プレゼントですぅ」
「あーっ」
アルさんは早々と用意してるし、シルフェ様とシフォニナさんはそれを用意するために妖精の森に帰っていたんだ。
ジェルさんたちレイヴンのメンバーとアルポさん、エルノさん、それからアデーレさんや少年少女たちは、みんなで相談して何かを用意しているそうなのだ。
つまり、いまだにまったく用意してないのは、俺とエステルちゃんだけなんだよね。
この前の休日では、地下洞窟行きにお祝いのパーティー計画と、ふたりでそちらばかりに気を取られてぜんぜん考えてなかったよなぁ。
「わたしも頭が回らなかったから悪いんですけど、どうしましょう」
「まだ何も用意してないのは、僕たちだけかぁ」
「カァ」
ふーむ、どうしよう。
「よしっ、いまから何か買いに行くか」
「商業街とかで売ってるものでいいんですか?」
「だって、夜には姉ちゃん、帰って来るし」
「カァカァ」
「そうですよ、クロウちゃん。ザックさま、何かあそこに良いのを持ってないんですか?」
クロウちゃんが言うのは、無限インベントリの中に収納しているものか。
えー、でもさ、前世から持って来た日本刀はこの前あげちゃったし、あとのも前世の世界のものだから、何かと問題があるよな。
この世界で収納したものも大量にあるけど、エステルちゃんたちが言うところの歩く雑貨屋で、実用的なものばかりだし。
この世界のもので良いものと言えば、昔にアラストル大森林探索に行く際にアン母さんから貰った身代わりの首飾り。
初めてファータの里に行ったときに、カーリ婆ちゃんからいただいた顔隠しのメダル。
それから去年の夏に、グリフィニアのブリサさんのお店でエステルちゃんとお揃いで買った、呼び寄せの腕輪ぐらいのものだ。
こういうときに、アルさんみたいな収集癖が俺に無いのが裏目に出るよな。
唯一の前世での収集品である刀は、俺も多少は集めたけど、昔から家の宝だったものや献上品が多いしね。
エステルちゃんに、良いものは身代わりの首飾りと顔隠しのメダル、それから呼び寄せの腕輪ぐらいだと言うと、彼女はうーと唸りながら何か考えていた。
この3つの魔導具は、エステルちゃんも持っているものだしね。
「わたし、こうしようと思います」
「え、どうするの?」
「アン母さまとカーリ婆ちゃんからいただいたのはダメですけど、呼び寄せの腕輪はザックさまが買ったものです。だから、わたしのを姉さまにプレゼントします」
「ええーっ。だってそれはエステルちゃんとお揃いだし、だいいち、何かあったときにお互いを呼び寄せるものだから、ダメだよ」
「わたしは、また何かザックさまに買って貰えばいいんです。でも姉さまは、これからはザックさまと離れちゃいますし、それに騎士団に入ったら何があるか分かりません。だから、わたしの腕輪を姉さまに身に着けて貰って……」
エステルちゃんは、もうそれで決めたという顔で、しかし心の中ではまだいろいろと躊躇しているようだった。
でもエステルちゃんも、いちど口に出すと意外と頑固だからなぁ。
俺はそのエステルちゃんの顔をじっと見ながら、暫く考える。
「わかった。僕に解決策がある」
「カァカァ」
「え? 解決策って何ですか? クロウちゃんはわかったんですか」
「まあ、ここじゃちょっと拙いから、僕の部屋に行こう」
それで、ふたりとエステルちゃんに抱かれたクロウちゃんは、俺の部屋へと行った。
「解決策って何ですか? このお部屋で解決出来るんですか?」
「まあ慌てない」
「だって」
「エステルちゃん、その呼び寄せの腕輪を外して、このテーブルの上に置いて」
「あ、はい」
呼び寄せの腕輪は細身のシンプルな腕輪で、おそらくはミスリル銀かその合金で出来ているのではないかと思う。
この腕輪を身に着けていれば、何か危機に襲われた際とかに同じくこの腕輪を着けている人のことを想いながらキ素力を込めると、どんなに離れていても呼び寄せることが可能だと言われる古代魔導具だ。
しかし購入したときに、ブリサさんはその能力を使うと腕輪は消えて無くなってしまうので、試すことが出来ないから本当かどうかは分からないと言っていた。
だから破格の1万エル、だいたい10万円ぐらいで売ってくれたんだよね。
実際はミスリルかその合金なので、効果が無くて単なる腕輪であってもその5倍から10倍。本物の魔導具ならば千倍の値段がつくのではないかと思う。
ちなみに、アン母さんから貰った身代わりの首飾りは、ブリサさんの見立てでは5千万エル、5億円は下らないそうだ。
でも、この腕輪を見たシルフェ様は、本物だって言っていたよね。
エステルちゃんが自分の腕から外してテーブルの上に置き、俺も同じくその隣に並べて置いた。
「で、どうするの?」
「うん、ちょっと静かにしていてね」
「はい。でも……」
俺はこれまで試したことが無かったのだけど、このふたつの腕輪を見鬼の力でじっくり観察する。併せて探査の力も発動させた。
こうして、何か魔法的な力や効果を発揮する古代魔導具を、俺の持つ力で探ったことはこれまで無いんだよね。
しかし魔導具である限りは、キ素をキ素力に変換して魔法的な力を発動させる術式が刻まれるか織り込まれている筈だ。
ちなみに魔導具は術式で発動するものなので、魔法と呼ぶより魔術と呼んだ方がいいのかもね。
これは日常で使われる簡単な魔導具でも同じなのだが、その術式はきわめてシンプルなもので、攻撃魔法のような威力や効果の高いものは、術式化はもとより、魔導具が作られている素材の問題や織り込む技術も含めて到底無理なのだそうだ。
しかし、一説には前文明と言われ滅びたとされる古代の技術で作られた魔導具は、その限りではない。
だから、いまの世界に僅かに遺された古代魔導具は、マジックバッグや魔導武器のようにとんでもない力を発揮する稀少で価値の高いものなのだ。
あ、アルさんの宝物庫には、それがごろごろありますけど。
古代魔導具を初めて見鬼と探査の力の併用で見たのだけど、呼吸するかのようにほんのごく僅かに周囲のキ素を取り込んでいるようだった。
これは、術式を可動させるためのスタンバイ状態とでもいうものなのかな。あるいは通電状態とでも言えばいいのか。
つまり、間違い無くキ素を取り込む術式が刻まれているということの証しなのだが、ブレスレットの表面にはそれらしきものはない。
それでは内部なのか。俺は見鬼と探査の力を少し強めた。するとブレスレットの内部構造が見えて来る。
探査は頭の中に対象の状態がイメージとして浮かぶが、見鬼は視覚情報化されるので、併用することで映像として見えるのだ。
ブレスレットの内部は、きわめて薄い素材の層が五重に重ねられた積層構造になっていた。
いちばん外側とそれから装着者の身体に接する内側の層は、内部の三重の層とどうやら材質が異なっている。
内部の三重の層のものは、エステルちゃんの白銀のショートソードと同じ感じがするから、おそらくは純粋な白ミスリルだな。
そして、外側と内側の層の材質はミスリルが混ざった合金のようだ。
だからぱっと見は、純粋な白ミスリル製とは分からないんだね。
そして肝心の術式の有無だが。うん、三重のミスリルの層にもの凄く細かい文様というか文字らしきものがそれぞれ刻まれている。
これは、学院でも学ぶ神聖文字と呼ばれる古い形式の文字とも違うな。でも、なんだか見たことがある気がする。
俺は自分の視覚情報をクロウちゃんに繋げた。クロウちゃんの視覚情報を俺が受けられるように、俺から伝えるのも可能だからね。
「術式があったんだけど、これってクロウちゃんはわかる?」
「カァカァ、カァ」
「え? シュメールの楔形文字に何となく似てるのか。へぇー」
「カァ。カァ」
「でも、何て書いてあるのかは分からないか。そうだよね」
「何なのですか、ザックさまとクロウちゃんが見てるのって」
「うん、たぶん、この腕輪の力を発動させる、古代文字で刻まれた術式だね」
「カァ」
「ほぇー、そうなんですね。どこに書いてあるの?」
「この腕輪の中だよ」
「ひょー」
内部に閉じ込められた三重の白ミスリル層のそれぞれに刻まれた、クロウちゃんが言うところのシュメールの楔形文字に似た文字で書かれた術式は、おそらくは異なる意味があるんだろうな。
見た限りでは、そのうちのいちばん外側のものが微かに光っているような気がするので、この文字列で外部とのキ素のやり取りをするんじゃないかな。
俺は自分の腕輪を着けて、見鬼と探査の力で観察したまま少しだけキ素力を腕輪に循環させてみた。
すると今度は、いちばん内側の文字列も微かに光り出したように見える。
なるほど、外側が周囲のキ素を取り込み、内側のものが装着者のキ素力に反応する訳か。
だとすると、真ん中の層に刻まれた最も長い文字列が、魔術効果を発揮する術式ということかも知れないな。
だが、いまはその術式を研究したり解明に取組んでいる暇はない。
俺は自分の腕からまた腕輪を外してテーブルの上に置くと、写しの力で同じものを3つ複製した。
「ひぇー、同じものが5つになりましたぁ。えっえっ、これって手品?」
「カァカァ」
「手品じゃないの??」
手品だったら元から5つあって、瞬時に増えたように見せるでしょうが、エステルちゃん。
「これは、えーと、ナイショの力」
「ザックさまのナイショの力、多過ぎますぅ」
「まあ、同じものを作る力だね」
「それって、それって、あのテウメーが言っていたっていう、写しとかと同じなんですか。ザックさまも、キツネとか増やせるんですかぁ」
いや、もし出来ても、キツネの魔獣は増やさないから。
「うーん、生きてるものを出来るかどうかは、僕もわからない。もし出来たとしても、しないよ。この力の詳しい説明は、また今度ね。いまはこの、呼び寄せの腕輪のことだ」
「あ、アビー姉さまに、これをプレゼントするんですね」
「そう。エステルちゃんは自分のを着けて。それがオリジナルだから」
「あ、はい」
エステルちゃんと俺がそれぞれ自分の腕輪を装着すると、テーブルには複製が3つ残っていた。
「3つ残りましたぁ。ひとつは姉さまへのプレゼントとして、あとのふたつは誰かにあげるんですか?」
「いや、あげないよ。これはお試し用」
「お試し用? え、使って試してみるの?」
写しで複製したものは、3つともオリジナルとまったく同じものになっていることを、細部まで慎重に確認した。
でも、ちゃんと機能するのかどうかは、確かめないといけない。
それにテウメーは、それこそ写しで複製されたキツネの魔獣が多少、劣化しているとか言っていたからなぁ。
やっぱりこの際、試してみないとですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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