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第515話 アビー姉ちゃんの卒業式、そして秋学期の終了

 昨日で今年の講義はすべて修了した。学年末試験も無事に終わったし、やれやれだ。

 そして今日はアビー姉ちゃんの卒業式。

 午前9時からの卒業式の開始に、学院講堂には俺たち在院生と卒業生の家の関係者も既に着席している。


 うちからはエステルちゃんが家族の代表だが、ジェルさんとオネルさん、ライナさんのお姉さん方3人の顔も揃っていた。

 入学式と違って出席出来ない家もあるので、どうやら席に余裕があって出席の許可を貰っていたようだな。


 だから、4人で俺を見つけて手を振るのはやめなさい。

 どうこういって美人のお姉さんが並んで座っているものだから、とても目立つんですよ。

 エステルちゃんはアン母さんから貰ったよそ行きの高価そうで艶やかな外出着で、ジェルさんたちは騎士団の準礼装を着ているので余計に周囲の注目を集めている。


 3人はそれぞれ正騎士、従騎士、従士と階級が異なるのだが、他の領主貴族家と異なりうちの騎士団の場合、準礼装の基本デザインは同じだ。

 それぞれに階級を示す紋章が飾られているだけなので、他領の人とかだとぱっと目には違いが分からない。


 あと、女性団員の場合は、アン母さんの発案というかデザイン監修で、明るいコバルトブルーの上着に同じ色のスカート。そして、全体が真っ白で襟の部分だけ華やかなベビーピンクのロングコートを上から着るという、とても派手な色合いになっている。

 男性団員はもう少し濃いめネイビーの上下に、グレーのロングコートだね。


 これが正式の礼装となると、中の上下が少し違っていて上着が丈の長いサーコート。

 そこに勲章やら飾りやらを付け、派手なつば広の帽子を冠ってマントを纏い、腰には帯剣とややクラシックな装いになる。




 卒業生が入場し着席した。

 そして式が始まり、卒業証書の授与、学院長の式辞、来賓である王宮内政部副部長の祝辞、学院生代表の送辞、卒業生代表の答辞と、これは例年通りだ。

 だが、学院長の式辞の途中で、例年とはひとつ違うことがあった。


 学院長が式辞を終えたときに、剣術学部長のフィランダー先生を隣に呼ぶ。


「ここで、皆さんに発表することがあるの。それではフィランダー先生、お願いします」

「おう。まずは4年生の諸君、卒業お目出度う。これからそれぞれの道を歩む訳だが、苦しいこと、辛いことがあったときには、この学院での4年間を思い出してくれ。きっと心が晴れて気持ちが新たになる筈だ。さて、学院長がいま言われた発表なのだが。アビゲイル・グリフィン、壇上に上がって貰えるか」


「えー、わたしー? どーしてー」


 突然に名前を呼ばれて、姉ちゃんが素っ頓狂な大声を上げた。講堂内からは笑い声が起きる。

 下級生の女の子からは、「きゃー、アビーさまー」と声が掛かった。

 姉ちゃんのファンが多いからね。


「いいから上がれ、アビー」

「はーい」


 姉ちゃんが慌てて立ち上がり、すたすたと壇上に上がって行く。

 しかし何なんだ。発表とか言っていたけど。



「これは、ごく一部の者以外、学院生は誰も知らないことなのだが、アビゲイル、アビーはこの学院の入学時に、剣術学の特待生候補だった」


 講堂内が少しザワザワする。

 俺は先日に、学院長から聞いて初めて知ったけどね。本人からは聞いていない。


「それで、特待生試験を受けさせようということになったのだが、そのときは本人が固く辞退した。わたしは特待生の器ではないと言って。そうだったなアビー」

「うん、はい」


「あれから、4年が過ぎた。俺は、いや剣術学部の3人の教授の全員、そして学院長も、この4年間で、アビーは充分に特待生の器になったと思っている。他の教授たちの同意も得た。よって、アビゲイル・グリフィン。君を、我がセルティア王立学院の剣術学特待生として認定する。これが認定証だ。尤も卒業だから、直接の効力は何もないがな。はっはっは」


 フィランダー先生が、その剣術学特待生の認定証をアビー姉ちゃんに授与した。

 姉ちゃんはそれを受取りながら、きょとんとした表情だったが、やがて涙をこらえ始めている。

 泣くなよ、泣き虫姉ちゃん。いや、これは泣いてもいいか。


「アビーさまー」

「良かったわねー」

「おめでとう」


 姉ちゃんのファンの女の子から声が次々に掛かり、そして大きな拍手に包まれた。


「あ、ありがとう……。ありがとうございますっ。みんな、ありがとう」


 顔を下にして涙をこらえながら、受取った認定証を見つめていた姉ちゃんは、初めは小さな声で、しかし続けて講堂内に響く大きな声で、お礼の言葉を言った。


 良かったな姉ちゃん。

 フィランダー先生が言った通り、もう卒業してしまうのだから特待生に何の効力もないが、しかし姉ちゃんの名前は学院の歴史に刻まれて受け継がれて行く。

 しかしさ、特待生って認定証とかがあるんだな。俺、そんなの貰ってませんけど。




 卒業式が終了し、卒業生で家の関係者が出席している者はその側に行き、そうでない者は友だち同士で集まっていたりする。

 姉ちゃんは、エステルちゃんたちが待っているところに走って行った。俺もちょっと行ってみるかな。


「アビー姉さま、凄いですぅ」

「それにしてもアビゲイルさまは、入学のときに特待生候補だったのですな」

「誰も知らなかったわよー」

「なんで辞退しちゃったんですか」


「えへへ。あのときは自信がなくてさ。それにわたし、ザックより弱いじゃん」

「そんな。ザカリーさまと同じようなのって、どこにもいませんよ」

「そうよー。いくら姉弟きょうだいでも、普通の人間と違う存在と比べちゃだめよー」


 おいおい、酷い言い草だよな。普通とちょっと違うかもだけど、人間だからね、かろうじて。


「姉ちゃん、良かったな」

「あ、ザック。うん」

「これで、姉弟きょうだいでお揃いですよね、姉さま」

「特待生はグリフィン子爵家で独占ですぞ。子爵家の誇りです」


 20年ほど前にアン母さんが魔法学の特待生になって以来、俺と姉ちゃんだけな訳だから、ジェルさんの言うようにグリフィン子爵家で独占してしまったことになるよな。

 とても誇らしいことではあるが、それだけ王家や王宮、貴族の間では余計に目立つということになるのだろう。

 でもいまは、素直に喜べばいいよね。


「それでは、わたしたちは姉さまと寮のお片づけに行って来ます」

「いろいろ、申し訳ないっ」

「なにを言ってるですか、姉さま。さあ行きますよ」


 姉ちゃんと4人の女性は、かしましく喋りながら講堂を出て行った。

 俺はその後ろ姿を見送る。

 来年の王都では、あそこから姉ちゃんがいなくなるのか。ちょっと寂しいよな。

 でも姉ちゃんも、いよいよ自分の道を歩き始めるんだな。



 俺はこのあと今年最後のホームルームがあるので、専用教室へと向かった。


「遅いよ、ザックくん」

「あ、ゴメンゴメン。ちょっと姉ちゃんたちと話していて」

「アビーさまが、ご卒業だから、仕方ない、です」

「先生もお待たせして、すみませんでした」


 教室にはクラスの全員が揃っていて、担任のクリスティアン先生も来ていた。


「それでは、2年生最後のホームルームを始めます。みなさん、この1年間、お疲れさまでした。それではまずはクリスティアン先生から」


「うん、ありがとう、ザカリー。今年もあっという間に、9ヶ月半が過ぎたな。来年はいよいよ3年生、学院生活の後半だ。まずは来年の予定の確認だが、2月15日に新入生の入学試験があって、3月1日が入学式。その日にはホームルームがあるぞ。それで、もう理解していると思うが、講義によってはゼミ形式のものも始まる。ゼミはだいたい人数制限があるので、受講するには今年の試験の成績が考慮されるからな。試験を行って選抜するゼミもあるので、冬休み中に何を受講するかは良く考えるように。いいかな」

「はいっ」


 そうなんだよね。3年生からゼミ形式で行う講義が出て来る。

 科目によって人数は異なるが、少ないものでは3名から4名。多くても10名ぐらいまでだ。


 受講すべき必要科目数は、2年生で選択した10科目から8科目へと減る。

 これはゼミ形式の科目を選択して、入れなかった場合を考慮してのものだ。

 もちろん9科目以上を受講しても構わない。


 ただし、8科目を受講出来なかった場合は再び2年生の講義を選択するか、あるいは自主研究として自分でテーマを決めて、自分だけで勉強をする必要がある。

 この場合は、年に4回の面接と学年末でのレポート提出を求められる。


 2科目足らなければ、テーマはふたつ。3科目足らないとテーマは3つと、不足分を補う必要がある。

 まあこれも、救済措置といえばそうなのだろうね。


 俺の場合は剣術学と魔法学は特待生なので、本来はその講義を取らなくても既に2科目はクリアしていることになるから、6科目だけ選択すればいい訳だ。

 でも現実としては、剣術学と魔法学のゼミに入らない訳にはいかないし、おまけにまたお姉さん先生のふたりから何か要請があるんだろうなぁ。



「私からは以上だ。それでは、冬休みの間は健康に気をつけて、休暇を楽しんでくれ」

「ありがとうございました、先生。今年も大変お世話になりました」

「お世話になりました」


 クラスの皆から先生に、感謝の気持ちがこもった拍手が送られる。


「ありがとう、ザカリー。ありがとう、みんな」


「今日で、僕たちの2年生の生活も終了です。来年からは3年生。先生も言われたように、学院生活の後半に入ります。悔いのない後半に歩み出すためにも、元気に冬休みを過ごして英気を養いましょう。それではホームルームが終わったら、寮の卒業生の皆さんへの挨拶も忘れないように。僕からは以上です」

「はーい」


「ザックくん、今年は何か発表予定はありますか?」

「え? 発表予定でありますか?」


「ほら、去年はもう許嫁いいなづけのこととか、決まってたんでしょ」

「それみたいなの」

「何かあるんじゃないのぉー」

「事前に言えることは、何かないの?」


 ああ、昨年のこの秋学期終わりでは、正式な発表前だったからな。

 クラスのみんなに伝えたのは、春学期の始業時だった。


「えーと、僕個人には無いかな」

「と言うことは、ザックくんことじゃないので、何かあるのね」

「なにかしら」


「うーん、いろいろ差し障りがあるので、正式発表を待たないとでありますな」

「カロちゃんは、何か知ってるの?」

「ひとつ、思い当たるの、あるです。でも、それだとすると、わたしの口からは」


「そうなんだ」

「言えないことなのね」

「うーむ、春まで待ちますか」


 カロちゃんが思い当たると言ったのは、おそらくヴァニー姉さんのことだと思う。ソルディーニ商会では何か情報を掴んでいるのかな。

 俺もやたらには話せないが、辺境伯家とのことなので、カロちゃんも言葉を濁さざるを得ないよね。

 そこは、グリフィニアの商業ギルド長の娘さんだけのことはある。



 ホームルームを終えて寮に戻る。


 同じ寮のライくんとふたりで、寮長のエックさんをはじめ卒業生の皆さんに挨拶して廻った。

 卒業生たちは寮を出る準備をしているので、邪魔にならないように各部屋を訪問して簡単な挨拶をするのが、この日の寮生の恒例行事だ。


 総合剣術部の部長でもあるエックさんは、「これからは頼むな、ザカリー君」と返してくれた。

 今年に立ち上げた、課外部剣術対抗戦とかのことも含めてなんだろうね。


「じゃあザック、18日に屋敷にお伺いするよ」

「うん、ありがとう、ライ」


 ライくんと別れて、俺も屋敷に戻る準備をする。

 今年も残りはあと僅か。姉ちゃんの卒業祝いのパーティをして、グリフィニアに帰って、そして冬至祭か。


 持ち帰るものをちょいちょいと無限インベントリに入れ、ごく軽い手荷物を持って俺は王都屋敷へと急ぐのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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