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第514話 エルフの故郷からの噂話

 アビー姉ちゃんの卒業祝いパーティーの招待状は、すべて渡し終わりました。

 幸いなことにうちの部員たちも、そして予定した教授たちも全員が出席を快諾してくれた。

 姉ちゃんが招待状を渡す自分の課外部の部員たちも大丈夫だろうから、ご招待客は漏れなく出席だね。

 本当にありがたいことです。姉ちゃん良かったね。



 教授棟では最後に学院長のところに行ったのだけど、ちょっとお茶でも飲んで行けと言う。

 もう課外部の練習に行きたいんですけど。それでは、少しだけですよ。


「アビーちゃんの卒業祝いのパーティーを開くなんて、あなたもお姉さん思いなのね」

「いえいえ、やはり王都屋敷でお祝いをしたいと思いまして。それにお世話になった教授方への感謝の意味もありますし。学院長にご快諾いただけて、姉も喜びますよ」


「あなたのところからお誘いいただいたら、断る訳にはいかないでしょー。それで、話は変わるのだけど、ねえザックくん」

「はい?」


「先日シルフェさまが、エルフの故郷のこと聞きたいっておっしゃってたけど、それってどうしてか、あなた知ってる?」


 オイリ学院長は自分の部屋で、この場に自分と俺しかいないのに、辺りを憚るように声を潜めてそう聞いて来た。


 それを気にかけていたんですね。

 エルフは風の精霊とは先祖筋が違うけど、やはり同じく精霊を祖先に持つとされる精霊族ではあるからなぁ。ましてや真性の精霊様からの話だ。


「ああ、そのことですか。シルフェ様がどうも、久しく樹木の精霊様に会っていないということもあって、エルフさんのその母なる地ですか、それから光のエルフさんとかの現在の様子などを学院長がご存知なら、聞きたかったということではないですかね」

「そう」


 エルフの母なる地とは、真性の樹木の精霊であるドリュア様が護る世界樹のあるところで、光のエルフとはエルフの始祖とされるアルヴァさんの直系一族のことだそうだ。

 これは以前に、イラリ先生から聞いた話だよね。


「それ以上は、僕も知りませんよ」

「そう、そうよね」

「学院長は、何か引っ掛かることでもあるんですか?」


「え、いえ、そんなことはないんだけど。あの、シルフェ様が、いまのエルフ族のことについて、何か特別にお知りになりたいことでもあるのかと思って。その、ちょっと気になっただけだから」


 学院長は、俺の問いかけに何故か慌てた様子だった。

 何かあるんですかね、エルフ族に。

 俺はじーっと、学院長の目を覗き込む。あまり意味はないけど、見鬼の力も込めてみたりする。



「あーっと、その強い目力めぢからで、わたしを覗き込まないでー。えーと、そのね」


 なにか言いにくいことでもあるのかな。俺は取りあえず、見鬼の力は解除した。


「エルフ族に何かあるんですか?」


「わたしもほら、ここの学院長をずいぶんと長いこと務めていて王都住まいだし、イラリ叔父さんも教授だから、ふたりともエルフの母なる地はおろか、自分たちの里にもほとんど帰っていないのよ」


 エルフ族の人口がこの世界でどのくらいなのか、セルティア王国に何人ぐらいのエルフが暮らしているのかは俺も知らないが、総人口はファータ族より数が多いという話は聞いたことがある。

 ただ、ファータは一族の職業柄もあって自分の里との結びつきが極めて強いが、エルフはそれほどでもないらしい。


 じっさいにオイリ学院長やイラリ先生のように、人族中心のこの王都に住んで職業を得ている者もいるし、グリフィニアの冒険者ギルドでナンバー2のエルミさんや、その妹さんでトップ冒険者のアウニさんみたいな人もいる。

 つまり、人族の多い場所などで暮らしたり仕事をしたりするエルフは、わりとバラバラみたいなのだ。


「でもね、里を離れていてもエルフ同士の交流はあるし、自分の里や母なる地の噂話とかは耳に入って来るのよ」

「そうなんですね」


「それで、最近に聞いた噂話なのだけど」

「はい」


 ここでまた学院長は声を潜めた。


「これは内緒よ。その、エルフ以外には話してはいけないと思うんだけど」

「はあ」


「えーと、その、母なる地が魔物の襲撃を受けたそうなのよ」

「魔物の襲撃、ですかっ」


「声が大きい。大きいわよー、ザックくん」

「あ、すみません」


 エルフの母なる地、つまり世界樹があるところであり、真性の樹木の精霊であるドリュア様の本拠地。

 その母なる地が魔物の襲撃を受けたなんて、それは大ごとではないですか。


「どうなったんですか。被害とかはどうなんです。どんな魔物が襲撃して来たんですか」

「それが、これはあくまで噂話だから、正確なところとか詳しい話はまだ分からないのだけど、もちろんエルフ族の本拠地だから、撃退はしたらしいのよ」


「それは良かったです」

「どんな魔物が攻めて来たのかも、情報は届いてないの。でもどうやら、かなり強い魔物が、魔獣をたくさん従えて来たらしいという話は聞いたわ」


 ふーむ、これはやはり大変な事件だな。

 撃退は出来たということで、世界樹が被害を受けたりドリュア様に危害が加わったということはないみたいだが。



「それで、そんな噂話をシルフェさまもご存知で、わたしにエルフ族の故郷のことをお聞きになりたいのかと、そう思ったものだから」

「なるほど、そういうことですか」


 おそらくこれは、オイリ学院長の見当違いの深読みだ。

 シルフェ様は、先般のテウメーから聞いた件を調べるためもあって、エルフの故郷ふるさとのことをなんとなく口に出したと本人が言っていたからね。

 しかしその見当違いのおかげで、エルフの間の噂話とはいえ貴重で重要な情報を得たよな。


「シルフェ様が何をご存知なのかは、僕も分かりません。なにせ、世界を旅するという風の精霊様ですからね」

「そ、そうよね」


 現実には、ずっとうちの王都屋敷に居座ってるけどね。


「いまは風の精霊の妖精の森にお帰りになっていますから、僕も直ぐには聞けませんが、何かご存知のようでしたら、ご自分からお話しになると思いますよ」

「はい、そうですね」


「それで、その噂話のことは、エルフの間でかなり広まっているのですか?」

「あ、それはそんなことはないと思うわ。この王都で知っているのは、たぶんわたしとイラリ叔父さんだけ。他のところにいるエルフは、わたしたちに話を流して来た者以外では、どうだか分からないけど」


 ミルカさんが何も言っていなかったから、ファータでもこの情報は掴んでいないのだろう。

 これは、グリフィニアに帰ったらエルミさんにでも聞いてみるかな。


 それにしても、ついこの前に水の精霊の妖精の森のお膝元で、その眷属であるユニコーンが魔物に襲撃を受けたばかりだ。

 その一方で、樹木の精霊の本拠地でも魔物の襲撃を受けたという噂話があるとは、まったく無関係のこととは思えないな。


 テウメーが言っていた魔物を従えている御方という存在も、あの場の脅しや大言壮語ではなく、より一層現実味を帯びて来た。


 直ぐにでもシルフェ様にこの話を伝えたいところだが、いまは妖精の森に帰っているしな。

 おそらくは秋学期終わり、姉ちゃんの卒業式までには戻って来るだろう。




 オイリ学院長から聞いた話は、エルフの間を伝わって来た噂話とはいえ、俺にはそれを聞き流してしまうことは出来なかった。

 ニュムペ様の妖精の森の再建をお手伝いし、眷属のユニコーン一族を襲った魔物を討伐した俺としては、自分に関係のないこととして無視する訳にはいかない気がする。


 話をもういちど整理しよう。


 長年に渡ってナイアの森でユニコーンと争いを続けていたという魔物テウメーが、水の精霊の妖精の森が再建されたというタイミングを狙って、写しで複製したという大勢のキツネの魔獣を擁して、攻撃をかけて来たという事実。


 いまでもテウメーが言った言葉を俺は憶えている。写しの力でキツネの魔獣が増やせたのは、多くの魔物が従う尊き御方の力を借りたからだと。


 そして、自らを地下墓所の霊堂に封印しているマルカルサスさんが話してくれたこと。

 この十数年で何かよこしまな力が働いていて、そろそろ動き出す頃だ、さあ動き出せ、というような衝動のようなもの感じていたということ。


 地下の穢れた沼からは変異したレヴァナントが出現し、大量の消滅灰が敷き詰められた場所からは再生復活するスケルトンが現れた。

 そしてマルカルサスさんが護っていた霊堂の中でさえ、配下のアンデッドが凶暴化するような不安定な状態になってしまった。


 そして先ほど聞いた、それがどこにあるのか俺は知らないのだが、世界樹があり樹木の精霊の本拠地であるエルフの母なる地が、やはり大勢の魔獣を引き連れた魔物に攻撃を受けたという噂話。



 エルフの母なる地が魔物に襲われたのが事実だとしたら、精霊の本拠地を標的にした何かが起きているのだろうか。


 この世界の地上にあって、世界の正しき循環と安定、そして清浄なものを司っているのが精霊様だ。

 神に準じる存在であり精霊族の祖先とされ、その精霊族はもとより地上世界の多くの人間たちに敬われている。


 俺が日頃感じているいるポイントは、この世界に生きる人間が直接的に感じる聖なる存在とは、神様よりも精霊様だということだ。

 この世界で神が人間の前にその姿や存在を現すことは、まずない。

 あ、俺は員数外なので置いておいてください。


 同じくこの地上世界にいると、幼少期に前世の世界の神サマから教えて貰った、邪神や悪神などの存在に直接的に対立するのは、つまり精霊という存在ではないのだろうか。


 だから、その精霊の本拠地や眷属を魔物が襲い始めている?

 そういうシンプルな話なのかな。よこしまな存在と精霊との対立は、いまに始まった話ではないだろう。

 それは何千年、何万年にも渡ることではないのだろうか。


 だったら何故いま? マルカルサスさんが感じた変化は、ここ十数年のことだと言っていたよな。

 まだ、推測や考えをまとめるピースがぜんぜん足らない気がする。

 もっと情報を集める必要があるな。人外の世界のことだから、俺は動くなとシルフェ様には言われているけど。


 それはともかくも、水の精霊、樹木の精霊と来て、シルフェ様の風の精霊の本拠地である妖精の森はどうなのだろうか。

 俺はあそこに1回だけ行ったきりで、じっさいにはどんな様子の場所なのかは良く把握してはいないんだよね。森の防衛機能とかさ。


 ただ言えるのは、シルフェ様たち風の精霊は、水の精霊よりも遥かに戦闘力が高いということだ。

 想像だけど、おそらくは樹木の精霊と比べてもかなり高いんじゃないかな。


 一方で、火の精霊は魔法の面から考えても戦闘力は相当に高そうだよね。

 土の精霊は、うーん良くイメージが掴めない。ただ、土魔法や精霊族のドワーフのことを考えると意外に強い気がする。



「おい、ザック。なんだか今日は変だよ。上の空みたいだ。大丈夫?」

「え? あ、ゴメン」


 俺と木剣を合わせていたブルクくんの声に、はっと現実に引き戻された。

 ああ、総合武術部の練習で彼と組みながら、ずっと考えごとをしてしまっていたんだ。


「何か悩みでもあるの? 心ここにあらずって感じだったけど」

「いや、ちょっと考えごとをしてしまって。練習中にすまん」

「僕はいいけど、ちょっとザックにしては珍しいから」


 剣術面ではとても鋭いブルクくんには、剣に意識が集中していなかったことを悟られてしまったようだ。

 俺もまだまだだよな。意識がほかに行きながら剣を合わせるのは、相手に失礼だし。


「すまんかった。では、たまには僕から打ち込んでみましょうかね」

「お、おう。お手柔らかに」


 俺は考えごとをまずは頭の中から洗い流し、剣に意識を集中させて打ち込みに行くのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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