第49話 港に行って海を見よう
その日の夕食の席は、護衛騎士のエンシオさんとメルヴィンさん、それから女性従騎士のジェルメールさんも交え、とても賑やかだった。
準男爵ご夫妻がほとんど話していたけど。
エステルちゃんたち侍女さんやトビーくんは、この屋敷の使用人さんと一緒にご飯をいただいたようだ。
ブルーノさんたち従士さんは、代官屋敷の裏手にあるスペースに馬車を留め、馬小屋で馬の手入れをしたあと、今日はもうお仕事がないということで、町に繰り出したとのこと。
彼らにはこの町で2泊、宿屋に部屋を確保してある。
翌日は1日、アプサラの町を観光だ。
みんなで町なかを散策しても良かったのだが、護衛の騎士小隊分隊も含め総勢18名もいるので、相談の結果ふた組に分かれた。
アン母さんとヴァニー姉さん、アビー姉ちゃんのわが家の女性3人組に、お付き侍女のリーザさんとフラヴィさん、そしてメルヴィン騎士がマシュー従士ほか3名の従士さんを率いて護衛に付く。
準男爵夫人のカルメーラさんが町を案内すると言っていたが、母さんが丁寧にお断りしていた。
俺はエステルちゃんだけ連れて気ままに観光したかったのだが、さすがにそれはダメということで、女性従騎士のジェルメールさんと従士のブルーノさん、ライナさんが護衛に付くことになった。
どうやらブルーノさんが、「自分がザカリー様をお護りしやすぜ」と手を挙げてくれたらしい。
ジェルメールさんとはあまりお話をしたことがないけど、じつは昔から知っているライナさんはアストラル大森林で一緒だったし、無用な気遣いがなくていい。
それからトビーくんは、ひとりで放り出すのもなんだし、母さんたち女性組に混ぜるのは可哀想だから、俺が引き取ったよ。
それでヴィンス父さんは? 父さんはとりあえずお仕事です。
クレイグ騎士団長や筆頭内政官のオスニエルさん、家令のウォルターさんに託されていることがあるようだし、モーリスさんといろいろ協議をするようだ。
エンシオ騎士は父さんに付いてくれている。
「ヴィンスの世話はわたしがするわ」と言っていた母さんは、どうしたのかな?
母さんたちは、まずは代官屋敷に面している広場の付近のお店巡りをするようだ。
「ザック、夕方までにはちゃんと戻るのよ。エステルさんとクロウちゃんお願いね。それからジェルメールさんたちもお願いしますね」
「はい」「カァ」
母さんは俺が自分と離れて町を回るのは、特に心配してないみたいだ。
ひとりだけで勝手に、どこかに行かなければ良いということでしょう。
それで俺は、海産物市場のある港の方に行くことにした。トビーくんの食材のお勉強もあるしね。
「自分がご案内しやすよ」と、ブルーノさんが先導してくれる。
クロウちゃんは基本、俺の頭の上が定位置なんだけど、今日はエステルちゃんが抱いている。
キミは最近、エステルちゃんのそこにいるのが好きだよね。「カァ」
「ザカリー様のお飼いになってるカラスさんは、ホントに賢そうですね」「カァカァ」
「ジェルメールさん、カラスさんじゃなくてクロウちゃんて呼ばないと怒られますよ」「カァ」
ライナさんがそう教えてくれている。憶えてたんだね。
港に向かう緩やかな坂を下り、海産物市場に到着した。なかなか大きな市場だ。
この市場からは、いろいろな魚介類が町の商店やレストランなどに供給されるが、領都グリフィニアも大きな供給先だ。
前にいた世界で製氷が大量にできるようになったのは、だいぶ後の時代だと思うが、魔法のあるこの世界では夏でも氷を作り出すことができる。
ただ、製氷の魔法ができる人はとても少なく、こういう市場ではその人員を確保していて、氷の販売もしているそうだ。
侍女さんたちの馬車内での会話を盗み聞きしたときに聞いた、ソルベートとかいう冷たいお菓子は、だからこの港町アプサラで名物になったんだね。
広い市場のスペースには、市場内で取引する販売業者のお店がたくさんあり、今朝水揚げされた海産物が並べられている。
町の中心部にもマーケットがあるが、こちらでも一般の人も買うことができる。
中に入ろうとすると、入口を警備しているらしいお兄さんが「お嬢さん、カラスを市場に入れるのはダメだ」とエステルちゃんに声を掛けた。
そうだね、ふつうカラスは市場に入れないよね。
すかさずブルーノさんが「兄さん、ちょっといいでやすか」と、その警備員の人に近づき、何か小声で話していた。
「は、はい、すみませんでした。どうぞお入りください。しかし、くれぐれもカラスさんは放さないようにお願いします」
「カァ」
入口でそんなこともあったが、市場に入るともうトビーくんの独壇場だ。
市場内の店を端から丹念に見て行く。気になった魚介があると店の人に質問し、時には味見もさせて貰っている。
「へー、トビー選手は生の魚とか、味見ができるんだね」
「これでもプロっすからね」
俺たちはそんなトビーくんの後ろを、しばらく付いて回った。
さすがに魚介見物も飽きてきた頃合いでブルーノさんが、
「ザカリー様、ここはトビーさんにまかせて、港の方にでも行ってみやせんか? 船が見れやすぜ」
と提案してくれた。
「いいね。海も見たいし。トビー選手、僕たちは港の方に行くけど、しばらくしたらまたここに戻るから。ひとりで大丈夫だよね?」
「いいっすよ、ザカリー様。ここはまかせてください」
何をまかせるんだか、まぁいいけど。それではここはトビーくんにまかせて、港に行きましょう。
市場を出て、またブルーノさんの先導で港へと見学に行く。
潮の香りがいっそう強くなった気がすると、港に停泊する船が見えてきて、そして海だ。
前世では都かその周辺にいることがほとんどだったので、海を見たのは数えるほどしかなかった。
海の記憶はその前の前々世の方が断然多い。しかし記憶時間で30年以上も経過しているので、前々世のことはだいぶ忘れてきている。
でも、この世界で見る初めての港や海は、なんだか懐かしかった。
「あれ、ザックさま、眼にゴミとか入りましたか? 風が強いですし。はいこれ」
エステルちゃんが片手にクロウちゃんを抱えながらも、ハンカチを手にして差し出してくれる。
知らずに、手で目頭を拭っていたのか。俺、涙が出てる?
子ども時代に家族で海水浴に行った記憶。学生時代に友だちと夏の海で騒いだ記憶。彼女と季節外れの海を眺めに行った記憶……。
もう前々世の出来事など、ほとんど想い出すことなどないと思っていたのに、さまざまな海の想い出が一挙に頭の中を駆け巡ったようだ。
「うん、海風が強いよね」
「はい、眼はもう痛くないですか? わたしがお顔を拭きますよ」
「うん、ありがと」
ちょっと恥ずかしかったけど、子どもの姿で良かった。ありがと、エステルちゃん。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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