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第512話 屋敷に帰って思うこと

 マルカルサスさんたちにお礼を言って、引揚げることにした。

 彼らから直接的な何かの情報が得られたというより、ここに来て彼らと会って良かったと思う。


「先ほど来られた通路を戻られるのかな」

「ええ、そのつもりです」

「すると、残りのもうひとつの通路を辿って、また来ないといけないな」


「そうですね。しかし、いいのですか?」

「ああ、途中にいるだろう、我が配下のことかね。いや元配下か。それは今更だよ。彼らも、邪悪になってしまったアンデッドの身から浄化されれば本望だ。それに、我もそうしてほしいと思っている」


「そうですか。では、また来ます」

「そうしてくれ。ザカリー殿たちなら歓迎する。ここには食べ物も飲み物も厨房もないので、何ももてなしは出来ないがね」

「ははは。また何かお持ちしますよ」


 マルカルサスさんのレヴァナントの顔が、軽口のようなことを言いながら人の良さそうな笑みを浮かべた気がした。

 800年前のこととはいえ、この人が民を苦しめる残虐な部族王だったなんて、絶対に嘘だろう。


 俺たちは再訪を約束して、入って来た扉から静けさに包まれたこの霊堂を出て行った。




 先ほど交わした会話を思い出しながら、白い砂浜のように変えた大空間の地面を踏みしめて通り過ぎ、やがて別れの広間へと戻った。

 帰りはうちのメンバーの誰もが無言で黙々と歩き、静かな隊列をつくる。


 そしてその左側の通路への入口を、アルさんに再び魔法障壁で封印して貰った。

 内側から来るものをここで防ぐのではなく、外部から余計なものが入り込まないようにするためだ。


 そして繋ぎの広間から始まりの広間へと戻って行った。


「ふう、ようやく戻って来たね。もう夕方近くかな」

「ふふふ、アビー姉さまはそう思います?」


「え? だって、あの白い砂のところでお昼にしたのは、そんな時間の感じだし、それから奥の霊堂に行って、ずいぶんと長いこと話をして戻って来たんだから、そんなところじゃないの?」

「外に出てみるとわかりますよ」


 この会話を聞いていたミルカさんも、「わたしもそう思うが、違うのか? 時間を計る感覚には自信があるのだが」とティモさんと話している。

 ファータのベテラン探索者としては、時間感覚には自信があるのだろうな。

 でもティモさんは、黙って微笑みながら首を横に振っていた。


「いいですかー。学院長とかに聞かれても、別れの広間まで行って3つの魔法障壁を点検して、ついでの広間の内部に変わったことがないか調べて帰って来た。アンデッドには一切、出会でくわさなかった、だよ」

「りょーかーい」


「じゃあ、外に出るよ」

「はーい」



 地下洞窟の入口をアルさんが10年効力の魔法障壁で封印し直して、外に出た。

 晩秋というより既に冬の太陽が、それでも空高く輝いて明るく眩しい。

 アビー姉ちゃんが「あれ?」と首を傾げている。


 それから足早に教授棟まで行って、ロビーで待ちながらオイリ学院長を呼んで来て貰う。

 直ぐに学院長が走ってやって来た。建物の中を走ってはダメですよ、学院長。


「早かったですね。お昼を少し過ぎたぐらいですが、昼食などいかがですか」

「中で食べて来ちゃったんですよ。せっかくのお誘いで、申し訳ありませんが」


「そ、そう。そうよね。それで、どうだったのかしら」

「はい。何も問題ありませんでした。中の封印もちゃんと機能していましたし、別れの広間までは、異常も無く何もいませんでした」


「それは良かった。これで当面は安心ね。本当に皆さまには感謝いたします。それじゃ、わたしの部屋でお茶などいかが?」

「いえ、今日はこれから、屋敷の方で用事がありましてね。直ぐに戻らないといけないんです」


「またこんど、ゆっくりお邪魔するわよ、オイリさん。あなたたちの故郷ふるさとのことなんかも、お伺いしたいから」

「え、わたしたちの故郷のことですか? それって、エルフの?」


「ええ、ドリュアさんのとこね」

「おお、ドリュアさんな。久しく会っておらんのう」

「あ、はい。わたしも自分の里から長らく離れていて、あまり良くは知りませんが」


「まあ、またそのうちね」

「はい。本日はありがとうございました」


 なんだか途中からシルフェ様が、話題を思いもかけぬ方向に変えてしまって、オイリ学院長は慌てていた。

 おかげで地下洞窟の件は、それで終わっちゃったけどね。



 それから、職員さんに案内されたジェルさんたちが馬を引いて来て馬車に乗り込み、屋敷への帰途についた。


「ねえねえ、学院長がお昼過ぎだって言ったけどさ、それって絶対におかしいじゃん」

「うふふ、アビーちゃんそれはね。アル、種明かししてあげて」


「アビー嬢ちゃんな、それはじゃの、わしが時間をちょっといじったのじゃよ」

「あ、アルさんに行ったときと同じかぁ。あのときもあとから考えると、変だと思ったんだよね。でもあのときは、空を飛んで帰ったから、わたしも母さんもそれどころじゃなくて」


「今日は、あのときほど短くはしてないがの」

「だからお昼過ぎなのかぁ」


 アビー姉ちゃんは夏休みにアルさんの洞穴に行ったときも、じつは時間短縮の魔法を経験しているんだよね。

 でもそれ以上に、帰りにアルさんの背中に乗って空を飛んだことの方が驚きの体験で、帰った直後にはそこまでは頭が回らなかったそうだ。



「シルフェ様は、どうしていきなりエルフの故郷ふるさとなんていう話題を出したんですか?」

「ああ、それね。まあ、地下洞窟のことから話題を変えるというのもあったのですけど、ほら、以前にザックさんにはお話したことがあったでしょ」


「樹木の精霊のドリュア様と世界樹の話ですか?」

「そうそう。知っての通り、精霊には四元素ともうひとつ、樹木の5つの精霊がいるわよね」

「はい」


「風がわたしで、ニュムペさんが水でしょ。あとは火と土と樹木で。火と土はわたしも交流がとても少ないんだけど」

「あれらは、意外と厄介な者たちじゃからな」


「そうね。厄介と言うか、火は会い辛いし、土は頑固だから。まあ、あの人たちは置いておいて、樹木のドリュアさんたちとは、風や水とも相性がいいしね」

「そうなんですね」


「それで、今回の件を調べるにあたって、ニュムペさんはルーのところに行くって言ってたでしょ。なのでわたしは、ドリュアさんに会ってみようかと思ったの。樹木の精霊のことを、別にオイリさんに聞く必要はないんだけど、さっきそのことが頭に浮かんだから、ちょっと言ってみただけ」


 樹木の精霊とそのかしらであるドリュア様が護る世界樹か。ちょっと興味があるよな。行けるものなら俺も、世界樹というのを見てみたい。

 それにしても、火の精霊とは会い辛いくて、土の精霊は頑固なんだね。


 土の方は、その眷属とされる精霊族のドワーフを思い出すと、なんとなく分かる気がするけど。

 そういえば、グリフィニアの鍛冶職工ギルド長のボジェクさんやチェスラフさんは元気だろうか。

 こんどの冬至祭のパーティーには来るのかな。



「それはじゃな、火の精霊のかしらが本拠地にしておるのが、この世界でいちばんの火の山での。まあ普通なら、人間にはとうてい行けんところだからじゃ」

「ニュムペさんとは相性が最悪だから、あの子は行ったこともないでしょ」

「その点では、ドリュアさまも同じですわね」


「あとは土か。土の精霊のかしらの本拠地は、地下深くじゃな。あの者たちは、なかなか出て来んのよ」

「それに、おひいさまとは喧嘩ばかりですからね」

「あの人たちは、こっちの言うことをちゃんと聞いてくれないからよ」


 火と土の精霊について聞いてみると、人外のお三方はそんなことを話してくれた。

 火の精霊の本拠地は活火山で、土の精霊は地中深くにあるのか。

 つまり、精霊の本拠地が妖精の森というのは風と水、それから世界樹にいる樹木の精霊のことであって、すべてがそうではないんだね。


 それは森や水や樹木は、火とは相性が最悪だろうからなあ。

 どうやら話を聞いていると、シルフェ様も火と土の精霊のかしらとはあまり仲が良くなさそうだ。

 地中深くはともかく、活火山に行くのは俺もちょっとだな。




 馬車の中でそんな話をしているうちに、屋敷へと到着した。

 身体感覚としてはもう1日が終わった感じだが、現実時間としてはまだ午後だよね。

 ミルカさんもジェルさんたちから理由を聞いたようで、納得したようなしていないような不思議な面持ちの様子だ。


 遠慮していたそのミルカさんも誘って、ラウンジで寛ぐことにした。

 アビー姉ちゃんとエステルちゃん、それから人外のお三方も一緒だね。


「お疲れさまでした。ミルカさんも疲れたでしょ、どうでしたか」

「いやあ、身体的にはそれほど疲れてはいないと思いますが、いろいろとありましたな」

「ザックと行動すると、いろいろあるのよ。エステルちゃんは、よくこんな子と長いこと一緒にいるわよね」


「えへへ、もう慣れてますよ。でも今日は無茶なことはしませんでしたから。その点では楽でしたぁ」

「これを楽と言うエステルは、凄いですなぁ」

「ザックさまが無茶なことしたら、もっとハラハラドキドキですよ、叔父さん」


 53体のスケルトンとの戦闘でも、俺はブルーノさんと弓矢部隊を潰すのに専念して、突出したりはしなかったでしょ。

 数は多かったけど、あの程度ならみんなに任せても問題はなかったしね。

 スケルトンの再生復活には驚いたけど。


「ミルカさんは、マルカルサスさんのことはどう見ました?」

「ええ、ザカリー様がまた会いたいとおっしゃっていた理由が、なんとなく分かりましたよ。直接に会ってみると、つまり、セルティア王国に伝わる伝説は、虚偽だった可能性が強いということですね」


「そうなんだよね。その当時のことは、掘り返しちゃいけないかと思って直接聞かなかったけど、マルカルサスさんの軍が強かったのはそうだとしても、あの人が残忍な悪逆の部族王で、威圧と暴力で周辺の部族から搾取していたとは、僕にはどうも思えないんだよね」


「ええ、私もそう感じました」

「アンデッドなのに、あんなに嬉しそうにグリフィンプディングを食べて。おまけに涙を流してたわ」

「そうですよ。甘いものが好きな人に、悪い人はいないんです」


 そう言い切るエステルちゃんは凄いけど、少なくともアンデッドになったいまでも、在りし日を懐かしみ、甘いプディングの優しさに心を震わすものを持っていたということだ。

 そんな人たちが、過去に非道で残虐な者だった筈はないと思いたい。



「ということはさ、わたしらが学院で習うような建国の歴史って、嘘ってこと?」

「私どものように、裏を探る仕事をしている者にとっては、伝えられた伝説や歴史には学ぶことがあっても、すべてを信じるものではないんですよ、アビゲイル様」


「そうなんだね。シルフェ様たちは、本当のところはご存知じゃないの?」

「わたしたちは、人間の争いとかには関心がないのよ、アビーちゃん。特にこれまではね。アルなんか、ずっと自分の棲み処に篭って寝てたりするから、あっという間に何十年も経っちゃうしね」


「そんなことは、ないですぞ。寝ているのはたまにじゃ。しかし知っておったのは、水の精霊絡みの部分だけじゃな」

「それはニュムペさんに聞いたからでしょ」

「ま、まあ、そうなのですがの」


「ザックはどう考えてるの?」

「そうだなぁ。想像だけど、建国して王になったワイアット・フォルサイスは、この地を我が物にしたいという野心があって、それに周辺の部族が乗っかったってことじゃないかな。もちろん、その部族たちの上に立つ力量はあったのだろうけど」


「ふーん。ワイアット・フォルサイス初代王は、妖精の森から出て来た尊い出自の子で、いまのフォレスト公爵家のご先祖に育てられて、やがて小さき戦士王と呼ばれる勇者になって、人びとを救うために立ち上がって周辺の部族を糾合したっていうのが、わたしたちが教わった伝説だけど、それって違うってこと?」


「ぜんぶは間違いではないけど、最初と最後が違うんだよな。最初の違いの方はシルフェ様たちも良く知っていることなんだけどね。そのワイアットが妖精の森から来たのはそうなんだけど、その妖精の森って、昔にあったニュムペ様が元におられた場所な訳さ」


「あ、そうか。いまのナイアの森は、今年に再建されたんだものね」

「そう。でね、そのワイアットという子は、ニュムペ様のところにいた下級の水の精霊と、森に迷い込んだ人間の冒険者の間に出来た子なんだよ」

「えーっ、そうなの」


 それで俺は、これまでに把握した真相を、地下墓所がワイアットくんのお母さんの下級精霊たちが手助けして造られたというところまで話した。

 ミルカさんも、ファータのシルフェーダ家に伝わっているという伝承と照らし合わせながら、俺の話を熱心に聞いていた。



「なるほどねー。今日のことも、ニュムペ様の妖精の森を再建したってことも、なんでそうなのかが良くわかったわ」

「私もです。うちのシルフェーダ家に伝わる伝承で、どこが合っていてどこが違っていたのかが、良く理解出来ました」


「うん、でもこの話のかなりの部分は、人間に広めるべきではない話だから、そこは誰にも話さないようにね」

「わかったわ」

「承知しました」


「でもさ、この王国にいる何百万人もの人が、嘘の伝説とか歴史とかを信じさせられてるなんて、ちょっとわたしは赦せないな。それに、マルカルサスさんたちが可哀想だよ。エステルちゃんもそう思うでしょ」


「そうですね、姉さま。わたしもそう思いますよ。でも、みんなが信じていまが成り立っていることを改めるのは、とても大変そう。それにもしかしたら、何か大ごとが起きるかもですし。マルカルサスさんたちのことは、とても可哀想ですけど、わたしたちが出来るのは、いまのあの方たち安らぎを護るお手伝いをすることじゃないですかね」



 姉ちゃんの義憤も良く分かる。でも俺も、エステルちゃんの意見に賛成だな。

 フォルサイス王家とセルティア王国の過去の真実を掘り返すことによって、それを利用しようとする勢力が出て来ないとも限らない。

 そして、それが何かの争いを引き起こすとすれば。


 もしそうなったとき、グリフィン子爵家と人間が知らないことも知っている俺たちは、どうすべきなのだろうか。

 ふたりの会話を聞きながら、俺はそんなことに思いを巡らすのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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