第511話 アンデッドを衝き動かすもの
「とても美味しかった。この甘く蕩ける感触。何よりも、800年振りに食べ物を口にしたにも関わらず、そのあまりの優しさに……。エステル殿、皆様、本当に、ありがとう」
マルカルサスさん、そして側近の皆さんが、グリフィンプディングを食べ終わったあと、深く頭を下げた。
涙を流してしまったそのレヴァナントの顔を隠すように。
ちょっとしんみりした午後のおやつの時間になってしまったけど、喜んで貰えたらそれでいい。
「ザカリー殿たちは、本日は以前と違う通路を通られて来たのだな」
「ええ、せっかくですから、別の通路も探索しながら来ようと思いまして」
プディングの甘さとこの場の余韻を楽しむかのように、少しばかり静かな時間が過ぎたあと、マルカルサスさんがそう口を開いた。
この地下墓所の霊廟、大広間には3つの扉がある。
正確にはもうひとつ、大広間とは反対側の奥にもうひとつあって、出入り口は4つなのだそうだが。
それで今回、俺たちが前回とは別の扉から入って来たので、マルカルサスさんはそう聞いて来た。
「やはり、薄闇の壁とやらで通路は塞がれていたのか」
「ええ、同じでした」
「それは当然に破って来たのだな」
「はい。それでそこからここに来る途中、とても大きな広間がありました」
広間というか、1ヘクタールほどの広さがある大空間だったけどね。
「ああ、そのような場所があるらしいと、ずいぶんと以前に聞いたことがある。だが、どんな場所なのかは、我も知らんのだ。何せあの3つの扉を魔法鍵で塞いで以来、ここから出たことがないからな」
「そこにはたくさんのスケルトンがいて、いや現れて、僕らを襲って来ました」
「たくさんのスケルトンとな」
「はい。確認した限りでは、53体でしたか」
「それは」
「スケルトンであれば、我らの兵士ではありませんか? お屋形様」
「ふむ、そうだろうな、ルドヴィーク」
ルドヴィークさんという側近のひとりが、そう声を出した。この人は騎士長だったそうだ。
「すると、その大きな広間というのは、我が兵士の墓所か。指揮する者はおったのかな、ザカリー殿」
「いえ、その、以前に出会したようなレヴァナントやレヴァナントナイトは、いなかったですね。スケルトンだけが地面に積もった灰の中から現れ、そして僕らが倒しても、また灰の中で再生し復活して襲って来ました」
「なんと」
それで俺は、闘いのあらましやスケルトンの再生復活の様子、そして俺が聖なる光魔法で浄化してやっと消滅させたことなどを語って聞かせた。
この霊廟の外にいるアンデッドは魔獣化しているというマルカルサスさんの認識を前回に聞いているので、包み隠すことなく話した。
「ふーむ。ザカリー殿たちは、その地面を覆っていた灰に、何らかの力が加えられて、兵士どもが再生したと考えているのだな」
「その地面の灰は、あなたたちももうわかっていると思うけど、アンデッドが消滅して残る消滅灰よね。ザックさんたちが闘ったのは53体のスケルトンだけど、それらが現れてもまだ地面に一面の消滅灰があったということは、元はもっとたくさんのアンデッドがいて、消滅灰になっていたってことじゃないかしら」
「つまり、もっと大量のスケルトンなりがそこで消滅させられて、それに何らかの力が加えられ、あの再生復活するスケルトンが出来たということじゃな」
そうなんだよね。シルフェ様が言った通り、消滅灰の中から53体のスケルトンが現れても、まだ地面は消滅灰に覆われていたんだ。
灰が積もって盛り上がった小山もあったしね。
「シルフェ様とアル殿のおっしゃられることは、我も合点がいく。我らが降伏して戦が終わったときに、捕らえられた兵士の数は50やそこらではなかったからな」
「あのとき、おそらくまだ700以上はいたかと思います。すべてが葬られたとは思えませぬが、かなりの数が」
兵士だけで700人以上が捕虜になったのか。それ以外に騎士や従士クラスもいたのだろう。
解放された者もいたかも知れないが、相当な数の兵士がおそらくは殺され、あそこに葬られていた訳だ。
数百もの人数が葬られ、やがてアンデッドになり消滅して灰になった。
「カァカァ、カァ」
「え、なに? 700人分の消滅灰じゃ、あの広さは到底覆いきれないって?」
「カァ、カァカァ」
「なんだって? 少なくとも、15万人分以上の消滅灰は必要な気がするのか」
クロウちゃんが言うには、普通の遺灰でもひとり分のその量は3.3リットルぐらいなのだそうだ。立方体に換算すると、0.0033立方メートルぐらい。
100メートル四方の広さを、仮に5センチの厚さで敷き詰めるとすると、100メートル×100メートル×0.05メートルで、500立方メートルになる。
その量を遺灰で換算すると、15万人分以上が必要になる計算になってしまう。とんでもない量だな、これは。
「これは、何とも頭の良いカラス殿だな」
「カァカァ」
「あ、すみません、カラスって呼ばれると怒るので、クロウちゃんと呼んであげてください」
「おお、これは失礼いたした。それで、そのクロウちゃんの言われることによると、15万人もの兵士が葬られたことになるが、さすがに我が軍にそれほどの数はいなかったぞ」
この件については全員が首を傾げるが、その答えが見つからなかった。
「カァカァ」
「どうして誰もわからないの、だって?」
「カァ、カァ」
「今日、ここに来た理由を考えろって? あ、そうか、複製か」
「カァ」
あの大空間で何人の兵士がスケルトンになったのかは分からないが、少なくともあの53体は戦闘力を持ったスケルトンだった。
そして、あそこに葬られ消滅灰になったそれ以外のスケルトンは、この前のキツネの魔獣と同じように、何らかの写しの力で大量に複製されたのではないかというのが、クロウちゃんの推測だった。
「クロウちゃん、凄いですぅ」
「これは、クロウちゃんには脱帽だわ」
「さずがはザックさまの分身じゃの」
「そのカラス殿、いやクロウちゃんは、ザカリー殿の分身なのか」
それが真相かどうかは分からないが、かなり正解に近いのではないかな。
何百の兵士が殺害されあそこに葬られたのか。そして、そのうちのどのぐらいの人数がアンデッド化してスケルトンになったのか。
そのうち53体は再生復活するスケルトンとなり、それを本体として複製されたのか、それともスケルトンになったすべてから複製されたのか。
その辺のことはもういいだろう。
ともかくもあそこにあった量からして、クロウちゃんが推測した15万もの数が複製されて消滅灰となり、あるいは消滅灰となってから複製され、スケルトンの再生復活をもたらす力を与えられていたのだ。
「先ほど言われた、我らのところに来られた理由というのは?」
「それなんですよ、マルカルサスさん。少々長い話になりますが」
俺は今日ここに来た目的を話す前提として、この1年で起きたことをかいつまんで語った。
ニュムペ様が地下洞窟の途切れた水脈を繋ぎ浄化したあと、この地に帰還してナイアの森に妖精の森を再建したこと。
俺たちもそれを手伝い、森を護って来たユニコーンの一族に出会ったこと。
そのユニコーンたちは長年、キツネの魔物であるテウメーどもと争っていたこと。
つい先ごろに、ユニコーンがテウメーとキツネの魔獣に急襲され、ユニコーンを助けテウメーどもを駆逐するために俺たちが駆けつけたこと。
テウメーの眷属で配下のキツネの魔獣の数が、従来の5匹程度から30匹ほどにも増えていたこと。
その理由が、何者かから写しの力を借りて複製され増やされたのだと、テウメー自身から聞いたこと。
そして、多くの魔物がその何者かに従っているらしいことも。
「ナイアの森とな。また懐かしい名前を聞くものだ。あの森には、大きく深い湖があったな。とても豊かな森であると記憶しているが、そうか、水の精霊様はあの森を妖精の森となさったか」
マルカルサスさんはナイアの森と聞いて、遠い過去を想い起こしたようだった。
「して、ユニコーンとキツネの魔物の抗争か。そのテウメーどもは、ザカリー殿たちがもちろん討伐されたのだな」
「はい。討伐は無事に終わりました」
「しかし、テウメーが言ったという、その写しとやらの力、それからその力を貸し与えた、魔物を従えているという何者かのことか。それが先ほどの話に繋がるのだな」
「どうやら、そうですね。僕らもここのスケルトンに直接繋がるとは、思ってもみませんでしたが」
マルカルサスさんは「ふうむ」と声を漏らしたあと、暫くは口を閉ざしていた。
そして、ようやく口を開く。
「この霊堂の外にいる我が配下が何かによって魔獣化し、邪な力を持ったと気がついたとき、我らはここを自ら閉ざした」
「はい」
「なので、それ以来、我らはここを出たことも無いし、その何かと直接に出会ったこともない」
「そうですね。マルカルサスさんたちが、何かご存知ではないかと思って。もしご存知のことがあるようでしたら、それを伺えればと、来させていただいたのですが」
「そうだな、ザカリー殿たちには無駄足をさせてしまったかも知れぬが、しかし」
「しかし?」
「感じたことはあったのだ。特にこの数年か十数年か。いや、正直なところ、年月のことは良く分からなくなっているのだがな」
「それは、わしも同じようなものじゃて」
「いやいや、我らはアル殿ほど長い年月を過ごしてはおりません。たかだか、800年ぐらいのものですので」
まあ、アルさんやシルフェ様とかと比べると、どんな年月でも僅かなものになっちゃうけどさ。
マルカルサスさんのたかだか800年ほどというのも、それはそれで凄いけどね。
「それで、感じたことというのは何ですか?」
「我らの配下が邪な力に冒されたのは、もっと長い年月だと思われる。それは、この地下墓所が造られた当初から始まっていたのかも知れぬのだ。我がこの場を封印したのも、ずいぶんと昔のことだからな」
この地下洞窟、地下墓所が穢され始めたのは、それこそここが造られた当初からだったのか。
それがここに埋葬された者をアンデッドに変え、800年間をかけて徐々にこの場所とアンデッドたちを冒して行った。
しかし、マルカルサスさんが言うのは、その800年のことではないという。
「お屋形が言われたそれは、ほんの十数年前から始まったのだと思います」
「おお、やはりそうだな」
側近のルドヴィークさんがそう言葉を添えた。
十数年前? そうか、十数年前か。
「その、我らが感じたというのは、そうだな、あえて言葉にしてみれば、そろそろ動き出す頃だ、さあ動き出せ、というような衝動のようなものだったな」
「そろそろ動き出す頃だ、さあ動き出せ、ですか」
「うむ。その衝動を感じて、この霊堂にいた者の中からも、我の魔法鍵を打破って外にでようとする輩が現れたのだが、もちろんそれらは始末した」
「それ以来、ここに残っていた者たちは、だいぶ不安定な状態になっておりました」
「不安定な状態ですか? ルドヴィークさん」
「はい。まるでそれまでの平静と安寧を捨て去って、凶暴化するような」
「それらを、我が魔法の力で抑えておったのよ。ザカリー殿たちが前回に来られるまではな」
「その人たちを、ザックさんの聖なる光魔法が浄化消滅させたのね」
「おっしゃる通りです、シルフェ様」
「だからあのとき、あなたたちは意外に落ち着いていたのかしら」
「はい。我が抑えていると言っても、我が行使するのも負のもの。正ではありませぬから、配下の衝動を多少抑えはしても、正すものではありません」
「こう言ってはなんですが、お屋形さまも大変苦しまれていたのです」
「ですので、その聖なる力で彼らが浄化されたのを見て、我らもほっとしたのが正直なところだったのですよ、シルフェ様」
そして残ったこの5人が、その衝動に捉えられずにいた人たちだったということか。
配下を消滅させられたことに怒りを覚えるより、浄化されたのを見てマルカルサスさんたちは、肩に乗っていた辛く重い荷が降ろされたことを悟ったのだそうだ。
あのときには語られなかった、この十数年前からのこと。
そしてここに残ったのはこの5体、いや5人だけだ。
この話を聞いて俺は、アンデッドを衝き動かそうとしたその何かから、この5人は護らなければいけないのではと思うのだった。
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