第507話 1年振りの地下洞窟
12月に入り秋学期最後の休日、俺たちは朝早く屋敷を出た。
馬車には俺とエステルちゃん、シルフェ様たち人外お三方にクロウちゃん、それからアビー姉ちゃんも乗っている。
姉ちゃんは俺と同じく昨晩に屋敷に帰って来て、今朝はまた一緒に学院へと向かっている訳だ。
馬車の御者役はティモさんで、ジェルさんたちにミルカさんの5人が騎馬で従っている。
オイリ学院長に地下洞窟再訪の許可を貰ったあと、アビー姉ちゃんには話をして当然のように同行することになった。
学院卒業前の、まさに最後の最後の俺たちとの特別な行動だ。
昨晩にもあらためて学院内に入口がある地下洞窟のこと、これまでの経緯、地下墓所にいるアンデッドのマルカルサスさんのことなどを説明した。
「学院の地下にそんな洞窟があるんじゃないかって、なんとなくの噂もあったけど、ザックたちが探索してたなんてね。アンデッドかぁ。わたしも一緒に闘ってみたかったけど、去年のわたしじゃ足手まといになってたかな」
まあ俺としても去年は余裕がなくて、姉ちゃんを巻き込む訳にいかなかったしね。
学院の正門から入り、馬車と馬たちを職員さんに預ける。
職員さんにはちゃんと学院長から指示が下りていた。そして事務棟の前では、彼女が待っていてくれていた。
「皆さん、朝早くからご苦労さまです。シルフェさま、シフォニナさま、そしてアルさま。ようこそお出でくださいました。あら、アビーちゃんも?」
「えへへ。今回はわたしも同行ということで」
「姉ちゃんの卒業記念みたいなものですよ。いえ、何かあっても姉ちゃんは自分の身は自分で護れますし」
「われらも付いておりますので」
そうジェルさんも言葉を添えた。
「ザックくんが許可したことなら、大丈夫なのよね。卒業前に何かあったら大変だけど、アビーちゃんなら問題ないのかな」
「オイリさん、心配しなくていいわよ。ジェルちゃんたちもいるし、わたしたちも同行は問題ないと判断しましたからね」
「はい、シルフェさまがそうおっしゃるのなら、わたしにどうこうは言えません。本日はよろしくお願いします」
「あ、はいはい、封印の点検ね。任せなさい。しっかり点検して来ますよ」
みんなにもいちおう、先日に学院長に話した今回の名目上の再訪目的は伝えてある。
シフォニナさんがシルフェ様の服の端を摘んで引っ張り、変なことを言わないようにしていた。
「さあ、時間も勿体ないので、早速行きますよ。しゅっぱーつ」
「あ、はい。では入口までご案内を」
休日の朝早くなので学院内には人影がないが、それでも念のために俺とアビー姉ちゃんはレイヴンに囲まれるようにして足早に構内を通り抜け、森の奥にある大岩で隠された地下洞窟の入口まで行った。
「それでは行って来ます。今回はそれほど時間はかからないと思いますけど、どんなに遅くとも陽が落ちる前までには戻りますよ」
そうして俺たちは穴の中へと入って行った。
「それじゃアルさん、解除をお願い」
「了解じゃ」
入口を封印していた魔法障壁をアルさんが解除する。解除と言ってもアルさんが人差し指で封印に軽く触れただけだ。
そして全員が狭い入口を通り抜けて中の通路に入ると、内部からまたアルさんが魔法障壁を張り直した。
「さあて、それじゃ行くか。のんびりとと言いたいところだけど、まだ何が残っているかわからないから、注意を怠らないように」
「了解っ」
それからゆっくりと、始まりの広間まで進んだ。
「へぇー、広間があるんだ。学院の地下にこんなのがあるなんて、4年間も学院にいたのにぜんぜん知らなかったわ。吃驚よね」
俺が光魔法で灯りを浮かべて広間内を照らすと、初めて来た姉ちゃんがそう言葉を漏らした。
「ここは、始まりの広間と呼ばれてるんだ。これまでもこの広間までは安全だけど、ここから先はアンデッドが蠢いていたんだよ」
「でも、ザックたちが掃除して、もういないのよね」
「この先でも、アルさんたちが封印しているからね。たぶんその筈」
横ではエステルちゃんとシルフェ様とシフォニナさんの3人が、くんくんと臭いを探っている。
ちなみにシルフェ様とシフォニナさんは、今日は動きやすいパンツルックの服装だ。
これは先日、商業街に行ったときに買って来たようだね。
王都屋敷に長く滞在するようになって、このおふたりはいろんなドレスや服をあつらえたり購入したりしている。
もちろんそういった費用はうちが出しているのだが、どうやらアン母さんから精霊様用予算を貰っていてエステルちゃんが預かっているらしい。
こういった人族の女性の衣装を着た場合、彼女たちが風になるとどうなるのかというと、なぜか同化して一緒に風になるんだよな。
竜人化しているアルさんが、本体に戻るときも同じだ。
人間の服を着る際に、同化させて変化する魔法を掛けているらしいのだけど、どんな魔法なのかは俺にも良く分からない。俺には必要ないしね。
「臭いはどうですか? エステルさま」
「いまのところ臭わないわ。お姉ちゃんとシフォニナさんはどうですか?」
「臭わないわよね」
「はい、あの臭い感じはしませんね」
「臭いって?」
「アンデッドは、とっても臭いんですよぅ、アビー姉さま」
「そうなんだ。それってなんだか嫌よね」
「わたしたちは、エステルさまたちほど鼻は曲がらないですから、多少は安心ですよ」
「でも、臭いことは臭いのよねー。特に眼の前で殴ったりするとー」
「それはライナだけだろうが」
それはライナさんだけです。しかし剣でも、斬ったときの自分の位置に気をつけないと、汚い液体状のものを被ったりしますからね。
尤も今日は、そんな戦闘は無いと考えたい。
俺は探査と空間検知を発動させ、アルさんも探査系の魔法でこの先を探っている。
俺の方には特に何も引っ掛からないし、アルさんも頷いた。
精霊様ふたりとエステルちゃんも風を飛ばして探査が出来るのだが、臭いのが返って来るのを嫌がって探査は俺とアルさんに任せている。
「それじゃ前進するよ」
「少し先行しやしょうか?」
「そうだね。次の繋ぎの広間まで、お願い」
「了解でやす。では、ティモさんとクロウちゃん」
「承知」「カァ」
「私も行きます。いいですか? ザカリー様」
ミルカさんが自分もと手を挙げた。
「ミルカさんは初めての場所だから」
「いえ、ブルーノさんとティモから聞いて、だいたいは頭の中に入っていますので。それに、ふたりの前には出ませんよ」
俺がブルーノさんの顔を見ると大きく頷いたので、ミルカさんにも先行して貰うことにした。
3人とクロウちゃんが先行して行く。クロウちゃんなどは、ここに来るのも4回目なので慣れたものだ。
少し間を置いて、俺たちも繋ぎの広間へと通じる通路へと入って行った。
繋ぎの広間も何ごとも無く、そこから先ほどと同じくブルーノさんたちが先行するかたちで別れの広間へと向かう。
この様子だと、別れの広間から先に伸びる3本の通路を封印した効果が、ちゃんと生きているのだろう。
あの3本の通路は、1年前にアルさん、シルフェ様、ニュムペ様のお三方がそれぞれ魔法障壁で塞いだんだよね。
それぞれに10年効力の筈だが、どれもがきちんとその効力を発揮しているということだ。
あるいは、もう活動するアンデッドがいないのかなんだけど、どうなのだろう。
やがて、俺たちも別れの広間へと到着した。
昨年の夏前、アンデッド掃除を依頼されてグリフィニアからやって来たニックさんたちサンダーソードの面々と、それからフィランダー先生たちと初めてここまで来たときのことを思い出す。
初めてのアンデッド戦ということもあったし、レヴァナントナイトを中心としたアンデッドどもとの戦闘には多少苦労したよな。
エステルちゃんやジェルさんたちが、そのときの様子をアビー姉ちゃんに話して聞かせている。
ミルカさんもブルーノさんとティモさんに、その状況やここから先について聞いているようだ。
そんなメンバーを残し、俺はアルさんと3本の通路に貼られた魔法障壁の封印を確認しに行った。
シルフェ様とシフォニナさんも確認してくれている。
「封印は問題無いみたいだね」
「そうですの。ちゃんと機能して、状態が保たれていますな」
「あっちのも大丈夫よ」
「もうひとつも正常です」
シルフェ様とシフォニナさんが俺たちのいるところに来て、そう報告してくれた。
「さてと。今回はどの通路を行くかだよね」
「前と同じ通路を行くのではないのですかの、ザックさまよ」
「だってさ、アルさん。あの通路の先はもう浄化済みだし」
「それはそうですの」
「うふふ。ザックさんは、せっかく来たのだから、まだ行ってない通路を探索しようって考えなのね」
「面白いお考えですけど。でも、ザックさま」
シフォニナさんはそう言いつつ、俺たちから離れた場所で休憩しながら話しているエステルちゃんたちの方を見た。
いつの間にかマジックバッグから、椅子とテーブルに飲み物やお菓子も出しているけどさ。
俺の提案を話せばまた叱られると、シフォニナさんは言いたいんでしょうね。たぶんそうだよな。
「えー、ご休憩ご歓談のところ、よろしいですかな。ブルーノさんたちも集まってください」
「封印はどうでした?」
「うん、ちゃんと3つとも機能してるよ」
「それは重畳ですな。では、そろそろ出発でしょうか」
「うん、出発しますが、ちょっと考えたんだけどさ」
「ほらねー」
「やっぱりでした」
「もう、ザックさまは」
「え?」
「前回行った通路と別の道を探索しようって言うんでしょー。ザカリーさまならきっとそう言うって、いま話してたところよー」
「ライナさんの言う通りだったね。まあザックだったら、そう言うか」
お姉さん方にはバレバレでした。エステルちゃんとジェルさんは、仕方ないなという顔をしている。
アビー姉ちゃんはちょっと嬉しそうだし、ライナさんとオネルさんもニコニコしていた。
一方で男性陣は、あらためて気を引き締めたようだ。
「それで、どの通路を行きますかな。前回は確か、向かって右の通路でしたが」
「そうだね、ジェルさん。真ん中か左か。昨年にいちどアルさんと真ん中は途中まで行ってみたから、今回は左の通路を行ってみようか」
前回の探索では、ニュムペ様が右の通路から水の気配があると言って、その通路を選んだ。
そしてその先に、確かに水はあるにはあったが、それは不浄の水が溜まった汚く澱んだ沼で、そこから仮に泥沼坊と俺が名付けた4本腕の変異したアンデッドが現れたんだよな。
つまり、真ん中と左の通路からは、ニュムペ様も水の気配は感じなかったということだ。
その前にアルさんとクロウちゃんとだけで来たときには、真ん中の通路を行った500メートル先に薄闇の壁があるのを確認しているし、右側の通路も途中をそれで塞がれていた。
だからおそらく左側の通路にも、同じような薄闇の壁がまだある筈だ。
しかし水の気配が無いということは、その先の環境が異なっているのだろう。
そのようなことを皆に話し、あらためて出発の準備を整える。
では、新たな探索ということで出発しましょうか。さてさて、この通路を行くとその先には何が待っているのかな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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