第504話 神をも怖れぬ所行とは
ナイアの森のテウメー討伐が終わって、俺は学院の日常生活に戻った。
心配していたクロウちゃんの状態もなんとか回復し、俺が学院に戻った翌日の朝にはいつものように朝食弁当を運んで来てくれた。
しかしその日は、俺と暫く一緒にいたいと言う。
「一緒にいるのはいいけど、調子は大丈夫?」
「カァ」
「もう平気って、無理はしてないよな。しかし、あの幻惑魔法だという精神攻撃って、何だったのかな」
「カァ、カァ」
「RFエネルギー攻撃に似てるんじゃないかって? それ、なに」
「カァカァ」
「パルス波の高周波エネルギーを照射??」
「カァカァ、カァカァ」
「高周波エネルギーを、連続波じゃなくてパルス波で照射することで、生体に影響を及ぼすのか。パルスって、短い時間で急に変化する信号波のことだよね」
「カァ」
RFエネルギー攻撃を受けると、めまいやバランス感覚、認識の喪失、不安症などが起こり、身体が衰弱するのだそうだ。
「で、あの攻撃はそれに似てるんじゃないかって?」
「カァ」
「念話を伝える波長に、それに似たものを送り込んだってことか。要するに音波攻撃じゃなくて、言ってみれば念波攻撃ってことかな」
クロウちゃんもそれ以上は分からないと言っていたが、確かに攻撃を受けた皆の状態からすると、そのようなものだったのかも知れない。
あの攻撃を受け続けると戦闘どころじゃなくなって、精神ばかりか身体自体も衰弱して行ったということだろうか。なかなか恐ろしい攻撃だ。
この日、俺と一緒に居たいとクロウちゃんが言ったのも、不安感が残っていたからじゃないかな。
なので講義にも連れて行き、昼ご飯も一緒に食べて、総合武術部の練習にも付き合ってから、夕食は屋敷で食べると言って上機嫌で帰って行った。
部員の女の子たちに、たくさん構って貰ったのが良かったようだね。
何日かして、学院にウォルターさんとクレイグさんが、メルヴィンさんとイェルゲンくんを伴ってやって来た。
今日グリフィニアに帰るので、いちおう俺とアビー姉ちゃんにその挨拶と、それから学院長にも挨拶をしたいということだった。
ウォルターさんはオイリ学院長とは古い知り合いだと以前に聞いていたが、クレイグさんもそうなのだそうだ。
それでその日のお昼は、学院長が俺たちを教授棟のレストランに招待してくれて、学院長のほかにはイラリ先生とボドワン先生、それからウィルフレッド先生とフィランダー先生も参加して、なかなか賑やかな昼食の席となった。
特にフィランダー先生は、クレイグさんがうちの騎士団長ということでなにやら同類に近いものを感じたのか、盛んにうちの騎士団のことや剣術のことを聞いていたな。
あと、初めて学院を訪問したイェルゲンくんには、教授用のレストランで緊張させてしまってごめんね。
「それでは、これでグリフィニアに帰ります。いろいろとありがとうございました」
「今回は、滅多に出来ない経験をさせて貰いましたぞ。これまで、いろいろな経験をして来たと思っておりましたが、我らもまだまだです。はっはっは」
「まあ、たまたまと言うか、予想もしなかったことに参加して貰っちゃったけど」
「ザカリー様と一緒にいると、飽きませんな。なぁ、ウォルター」
「ほんとに。でも、ご無理はしませんように。ザカリー様であれば、大抵のことは大丈夫だとは思いますが」
「それが、我らにとっては大抵のことではないのだから、そこがザカリー様の面白いところですなぁ」
「メルヴィンさんとイェルゲンくんも大変だったでしょ。ご苦労さまでした」
「いえ、私どもも良い経験をさせていただきました。我らは少しだけでしたが、いつもザカリー様とご一緒させていただいているジェルメール騎士たちを、あらためて尊敬すると話していたところですよ」
「俺も、いえ私も、もっともっといろんなお手伝いが出来れば。まだまだ力不足ですけど」
まあ、イェルゲンくんも何かをまた一緒にする機会があるよ。
「アビゲイル様、あと僅かとなりましたが、残りの学院生活をお楽しみください」
「卒業式にも、出席させていただきたかったところですがな」
「年末は、ウォルターさんも騎士団長も忙しいでしょ。卒業式はザックもいるし、エステルちゃんが出席してくれるから大丈夫よ」
もう11月も半ばで、来月の15日にはアビー姉ちゃんの卒業式なんだよね。
さすがにウォルターさんもクレイグさんも、あと1ヶ月も王都に滞在する訳にはいかない。
半月以上はグリフィニアを留守にしてるしね。
それで、4人はこのままグリフィニアに旅立って行った。
一方で彼らと一緒に来ていたミルカさんは、もう少し王都に残る予定になった。
どうやら、ヴァニー姉さんとヴィクティムさんの婚約正式決定を前にして、ヴィクティムさんと仲の良い王太子の動向や現在の立ち位置などの調査を、もう少ししていくようだ。
学院の日常も何ごともなく過ぎ、また2日休日となった。
王都屋敷に帰ってみると、アルさんが戻って来ていた。
「おお、ザックさまよ、お帰りなさいなのじゃ。わしはなんと悪いタイミングで留守にしておったことか」
「あら、別の言い方をすれば、なんとも良いタイミングで、アルは留守にしてたのよ」
「どうやら、そのようじゃがの」
ナイアの森でのテウメー討伐の一件を、アルさんは既にシルフェ様たちから聞いていたようだった。
アルさんはそれでも、闘いのあらましを詳しく聞きたがったので、学院から戻ったその夜にあらためて話をする。
ラウンジのこの場には、アルさんのほかはシルフェ様とシフォニナさん、そしてエステルちゃんとクロウちゃんしかいない。
「ふうむ、そんな幻惑魔法があったのじゃな。念話を通じて心に直接攻撃する魔法とな」
「アルさんも詳しくは知らないの?」
「幻惑魔法に目に見せるもの、耳に聞かせるものがあるのは知っておったのじゃが、念話で聞かせるものは知らなんだ」
「いちばん症状が酷かったクロウちゃんによると、何か特殊な音の波のようなものが、念話で伝わって来て、それで攻撃されたらしいんだよね」
「まあ、クロウちゃん。あなた、自分がいちばん攻撃を受けていながら、そんなことまで探ったんですね。偉いですぅ」
「カァ」
パルス波の高周波エネルギーに似たようなものだったとか、そう聞いても何のことやら分からないだろうけど、ここにいる魔法に長けた人たちは何となくはイメージしたようだ。
「クロウちゃんは大変だったのじゃな。無事でなによりじゃった。すると、ユニコーンたちも苦しかったじゃろうて」
「カァ」
「そうだね。クロウちゃんは空にいたのと、あとこれはたぶんだけど、僕と繋がっているから、クロウちゃん自身が直接受けた攻撃と同時に、僕が受けたのも流れ込んで、二重にダメージを蒙ったんじゃないかな。あとはユニコーンたちとエステルちゃん。それからライナさんだね。そのあと徐々に女性たちにも症状が出て、それからイェルゲンくん、そして最後には男性たちにも症状が出始めたって感じかな」
「なるほどのう。念話の出来るユニコーンとエステルちゃん。次に魔法の感度がとても高いライナ嬢ちゃんか。女性たちや獅子人の彼も、感度の問題じゃな」
「ほぉー。そうすると、ザックさまは? 念話はもちろん、魔法はいちばんですよ。ザックさまって、感度が低いんですかぁ?」
いやいや、俺が感度が低いってエステルちゃん、それって語弊があるでしょうが。
「あはは、エステル。ザックさんはね、特別にそういうのからは護られてるのよ、きっと」
物理的なものからはともかく、精神や魂的なものはシルフェ様の言うようにそうかもね。
なにせ前世から、乳幼児期は神サマに育てられた部分もあったからなぁ。
「それでアルさん、テウメーが自分の口から言ったことも聞いた?」
「おお、キツネの写しを作ったというのと、その力を誰やらから借りたという話ですな」
「うん、それ。アルさんは何か知ってる?」
「ふーむ。まず、写しというのは、神の力か、もしくは神をも怖れぬ力じゃのう。この世にあるものと、まったく同じものを作るとしたら、同じ材料、同じ方法、同じ年月が必要じゃ。じゃがそれはそれで大変じゃし、通常はまったく同じものをもうひとつ作らんでも、同様の能力を持つ別の何かでいい訳じゃ。例えば剣は、同じ材料で同じように鍛えても、まったく同じ剣が出来る訳ではないが、それでも鍛え方が同じならば、近い出来の別のものができる」
そうだね。それもある意味、多様性というものだ。
大量生産がまだ発達していないこの世界では、同様のものを作ったとしてどうしても個体差は出るが、と言って完全に同じものを作る必要もない。
俺がいた前世でも、例えば数打ちの刀という低品質多数生産の刀があったが、それでも1本1本を比べれば多少の個体差は出る。
しかし、それは大した問題ではなかった筈だ。
「要するにその写しとやらは、安直に同じものを作り出すということじゃろ。同じ材料、同じ方法、同じ年月をかけずにの。剣とかなら、それはそれで分からんでもないが、キツネの魔獣という生命あるものを、安直に多数作り出すというのはいただけん。生命あるものを複数、安直に作り出すのは、まさに神をも怖れぬ所行じゃて」
アルさんは多少憤慨しながら、自分の意見を述べた。
そして俺も、そのアルさんの意見にはまったく同意する。
じっさいに俺が持っている写しの力は、まだ誰にも明かしたことはないが、まさに神サマからいただいた能力だ。
しかし、それが生命あるものを写してしまえるとなると、アルさんの言う通り神をも怖れぬ所行になってしまう気がする。
「わたしもアルの意見に同感よ。あのキツネの魔獣ぐらいが、大量にその写しで作られても大したことはないけど、もっと力の強いものだと、とても危険よね」
「それって、例えばザックさまぐらいのお力を持った誰かや何かが、その写しとやらで何人も作られたらってことですか? おひいさま」
「ひぇー。ザックさまが何人も出て来たら大変ですぅ」
「カァカァ」
シフォニナさんの言ったことは、例えだからね、エステルちゃん。
「ねえアルさん、相談なんだけどさ。その写しの力やら、それを手助けした存在について、ニュムペ様とシルフェ様が調べるってことになったんだけど、あの地下墓所にいるマルカルサスさんにも聞いてみるって、どうかな」
「マルカルサス殿か。ふーむ。確かにあのご仁も、配下を邪な存在の力に曝されてしまった訳じゃが」
「ザックさま。それって、地下墓所までまた行って会って来るってことですか?」
「うん、なんだか会って話してみて損はない気がするんだよな。でも現在は洞窟の入口は、アルさんの強力な魔法で封印されてるから」
「わしが一緒に行けば、それは問題ないですがの。まあ、会って聞いてみるぐらいなら、確かに損はないですな。何か手がかりがあるやも知れぬし。行ってみましょうかの、ザックさま」
「ザックさまも、アルさんも、もう。ザックさまは、暫く大人しくしているってことでしたよね。どうして直ぐに、そういうことを思いつくんですか」
案の定、エステルちゃんに叱られるモードになって来た。
今回の討伐に参加出来なかったアルさんなら、相談すれば反対はしないだろうし、たぶん一緒に行くって言うと思ったけどさ。
「まあまあ、エステル。確かに大人しくしてなさいって、わたしがザックさんにこの前言ったけど。でも、もうあの地下洞窟は危険じゃないと思うし、それにあの地下なら、ザックさんの動きが外に漏れる心配はないわ。確かに、あのアンデッドの王に聞いてみるのも悪くないわね」
「お姉ちゃんまで。そうしたら、わたしも一緒に行きますからね。それに、ザックさまとわたしが行けば、ジェルさんたちも絶対に一緒に行くって言うと思います」
シルフェ様が同意してくれたので、なし崩し的にまたあの地下墓所に行ってみることになった。
エステルちゃんはちょっとぷんぷんしてるけどね。まあ俺も、行くとなったら彼女も一緒のつもりだったから。
「そうだ、マルカルサスさんへのお土産って、何がいいですかね、ザックさま。アンデッドが喜ぶお土産とか、考えたこともないですぅ」
もうそんなことを言っている切り換えの早さが、エステルちゃんのいいところだけどね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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