第48話 港町アプサラに到着
やがて、エンシオ騎士のラハトマー村に着いた。
エンシオさんの屋敷の前に到着すると、奥様をはじめ家族や村を護る騎士爵付きの従士、使用人のみなさんが出迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました、子爵様、奥様、それからお子様方。さあどうぞ、ご休憩ください。お昼をご用意させていただきましたよ」
「ありがとう、立寄りでお世話になって申し訳ないが、遠慮なくいただくよ」
ふくよかで優しい感じのエンシオさんの奥様が、お昼ご飯を用意してくれていた。
奥様の横には、4、5歳ぐらいの幼女がぴったりくっ付いていて、一緒に頭を下げる。後ろにいる年配のご夫婦も揃って頭を下げた。
オネルヴァさんの妹さんと、先代の騎士爵だったおじいさんとおばあさんだろう。
馬を休める作業を騎士小隊分隊の従士さんにまかせて、エンシオ騎士とメルヴィン騎士、それから女性従騎士のジェルメールさんも近づいて来た。
「さあさあ、玄関前で立ち話もなんですから、中に入ってください。お昼にしましょう」
とエンシオさんが声を掛け、皆で屋敷内に入れて貰う。
騎士爵家の屋敷は木をふんだんに使って建てられた、年季の入ったなかなか趣きのある建物だった。
「あなたさまがザカリー様ですな。その節は孫のオネルヴァが、ずいぶんお世話になったと聞いておりますぞ」
いえいえ、いつもお世話して貰ったのは俺の方です。
「あ、いえ、こんにちは。こんな未熟な僕が、オネルヴァさんの騎士見習い卒業記念の試合稽古の相手なんかさせていただいて、とても光栄でした」
「でも勝ったのは、ザカリー様ですじゃろ。ぜひそのときのお話を聞かせてくだされ」
「は、はあ」
俺は元騎士のおじいちゃんにしっかり捕まり、食後の休憩時間をおじいちゃんと過ごしたのだった。
さて、ラハトマー村を出発した俺たちは、港町アプサラに向け残りの行程を行く。
御者台が楽しいので、御者を務めるブルーノさんの隣に座った。
式神のクロウちゃんは、もうエステルちゃんの乗る馬車には戻らないのか、大空に羽ばたき、俺の頭の上に戻りを繰り返している。
子爵一家護衛隊隊長のエンシオ騎士が馬を寄せて来た。
「ザカリー様、うちの親父にすっかり捕まってしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、楽しかったですよ」
「ですが、去年のオネルヴァの試合稽古については、私からもお礼を言わせてください」
「いえ、お礼だなんて。こちらこそ、ありがとうございました」
「私もあの試合を見ておりましたが、試合後にあの娘がザカリー様に剣を捧げるなどと。これはなんとしてでも騎士になって貰い、ザカリー様のお側に、一生置いていただかなければ。うちには二女もおりますし……」
お、このおっさん、ひとりで勝手に話を盛り上げてるぞ。危ない危ない。
「オネルヴァさんは、きっと騎士になりますよ」
「それはもちろん、なんとしてでも。そしてそのあかつきには、ザカリー様の……」
「おーい、エンシオ隊長。もうすぐ最後の小休止地点でやすよ」
「おお、そうだな」
ブルーノさんが助けてくれたようだ。手綱を取りながらニタニタしてるけど。
行程途中最後の小さな村での休息も終わり、アプサラまであとひと息。
クロウちゃんが空から下りて来て、俺に向かって「カァ、カァ」と告げる。
「アプサラが見えて来たんだって」
「へーそうでやすか。そういえば、そろそろでやすね」
「カァ、カァ」
いよいよアプサラ到着だ。
朝の8時半ぐらいに、領都グリフィニアの領主館を出発して7時間。夏の太陽はまだまだ高い。
長いようで短かった馬車の旅も、もうすぐ終わりだ。
到着前に、馬車の中に戻れとヴィンス父さんに言われ、高いところからアプサラを見たかったけど渋々車内に戻る。
子爵の小さい息子が、御者台で町の中に入るというのもなんだもんね。
港町アプサラは、海に向かう緩やかな傾斜面に造られた町だ。
港と商業の町らしく、特に城壁はなく警備兵が護る門があるだけで、開放的な雰囲気が漂っている。
モーリス・オルティス準男爵の住む代官屋敷は町の庁舎を兼ねており、門からゆるゆると坂を下りた先にある広場に面して建っていた。
建物の中に一同が入ると、玄関ホール内で俺たちを出迎える人たちが待ち構えていた。
真ん中に立っている、恰幅のいい40歳代ぐらいのおじさんがモーリスさんだな。
「これはこれは、子爵様、奥様、ご家族のみなさま。ようこそアプサラにいらっしゃいました」
「モーリス、壮健でなによりだ。今回は家族みんなで世話になるよ」
「モーリスさん、よろしくね」
「はい、おまかせください、子爵様、奥様。いやいや奥様は変わらずお美しい。こちらのおふたりは、ヴァネッサ様とアビゲイル様ですな。大きく、いやお美しくなられた。ヴァネッサ様は王立学院に入学されたそうで、おめでとうございます。それからそれから、頭にカラス? を乗せてるあなた様はザカリー様ですな。いやいや、なかなか凛々しく育たれているようだ」
ちゃんと相対して声を聞くのは初めてだが、これは弟さんであるうちの家令のウォルターさんとは随分違うなー。
必要以上のことは話さず、いつも落ち着いているウォルターさんとは正反対のタイプ。それにしても、よくしゃべるおじさんだ。まぁ明るそうでいいけどね。
「あなた、またひとりで喋って。子爵様たちは馬車の旅でお疲れなのですから、早く応接室にご案内して。あらま、子爵様、奥様、皆様、失礼いたしました。ようこそお出でくださいました」
後ろから出て来たのは、準男爵夫人のカルメーラさんだね。
アプサラの商家の出身だと聞いているけど、なかなか元気のよさそうなお母さんだ。
このご夫婦には、娘さんとその弟の息子さんのふたりのお子さんがいるのだが、娘さんはすでに他家に嫁いでいる。
息子さんは王立学院を卒業後、王都に残って学院の上位機関である王立アカデミーで政治やら経済なんかを学んでいるらしい。
だから今はご夫婦だけで、このアプサラに暮らしている。
そんなところに子どもが3人いる家族が訪れたので、賑やかに歓迎してくれているのだろう。
とりあえず、そう思っておこうね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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