第502話 テウメー討伐
「(おまえら、精霊かっ)」
「(あら、おまえら精霊かとは、ずいぶんなご挨拶ね)」
「(真性の精霊がおふたりもおられるのに、とても失礼ですよ、魔物)」
「(な、なんだと。真性の精霊だと。すると、そっちはニュムペで、おまえはもしかして、シルフェかや)」
「(何百年振りかしら)」
「(だから、言葉に気をつけなさい、キツネの魔物)」
いつもはとても穏やかなお姉さまのシフォニナさんが、突き刺さるような念話を発した。
それだけで体長が3メートル近くはある巨体のテウメーはビクっとし、横に蹲って控える5匹のキツネの魔獣は毛を逆立てる。
「(まあまあ、落ち着きなさいシフォニナさん。それにしても、魔物に呼び捨てられるのは嫌よねえ)」
「(テウメーとやらよ、このナイアの森を長年に渡って騒がせていると聞いています。そればかりか、わが眷属であるユニコーンの村をいきなり襲って破壊するなど、赦しませんよ)」
「(ふん、やはりそっちは水の精霊であるな。なにも、ユニコーンどもと争うは、いまに始まったことではない。どうやら、水の精霊が本拠地をこの森に造ったらしいが、そんなことは妾たちには関係のないことぞ)」
「(あら、ニュムペさんが水の精霊の妖精の森を造ったら、魔物だろうが魔獣だろうが、関係ないなんて言ってられない筈よ)」
「(それこそ、風の精霊には関係がなかろうぞ)」
ニュムペ様が妖精の森を造って本拠地を構えたから、結局のところユニコーンを襲ったのでしょうが。
それを関係ないとか、しらばっくれてるよな
「(わたしたちは、この地を長らく留守にしていたお友だちのニュムペさんの、お手伝いをしたのよ)」
「(あの霧は、風の精霊の仕業か。すると、ここを囲んでいる魔法も)」
「(うふふ、せっかくだから教えてあげるわ。霧の元はわたしだけど、あの迷い霧も、それからこの場所を囲んで、おまえたちを出さないようにしている結界の檻も、ここにいるザックさんがなされたことよ)」
「(なんだと。その人間の小憎がかや。そいつは何者ぞ)」
「(うふふ、わたしの義弟よ)」
「(魔物ごときに教え過ぎですよ、おひいさま)」
「(あら、だってそうでしょ)」
「(そうですけど)」
わたしの義弟とか、シフォニナさんの言う通り話し過ぎですよ、シルフェ様は。それに人間の俺が風の精霊の義弟って、何のことか分からないし。
ほら、テウメーの俺を見る目がギラっと光ったじゃないですか。
「(すると、その人間の小憎を殺せば、その結界の檻とやらから出られるということよな)」
「(あら、まあ。ザックさんを殺すんですって)」
「(なんとも、魔物ごときには無謀な挑戦になりますね)」
「(ザックさんも、何か言ってあげたら?)」
いや、だから変な挑発はやめましょうよ。シフォニナさんも一緒になって。
「(別に問答をする気はないんだけど、ひとつだけ聞いていいかな)」
「(答えてやる必要もないが、間もなく命を滅することになる人間ぞ。何かえ)」
暫し俺を睨みつけていたテウメーが、少し間を置いてそう言う。
俺が聞きたいのはこれだけなんだよね。
「(配下のキツネをずいぶんと用意してたけど、あれらはどうしたんだ)」
「(ふん、そんなことかえ。揃いも揃って、どうやら倒されてしまったようだが。なに、あれらは力を借りて写した者どもよ)」
力を借りて写した? 複製ってこと? クローンすかね。
俺もほとんど使っていない写しの力を持っているけど、生きているものは写せないと思うんだよな。
「(なので、本体よりは少々弱かったようよな。本体は、ここにいる者たちよ)」
この5匹が本体なのか。だから、穴の中から3匹は出ず、外に出た2匹もユニコーン部隊に囲まれてもなかなか倒されずに、ここに戻れたということか。
「(力を借りたって、誰からなの? 眷属を写して増やせるそんな力を)」
「(おほほほほ。さすがの風の精霊にもわからんかや。妾たちが従う、尊きお方ぞえ)」
「(尊きお方ですって?)」
「(そうよ。妾だけでなく、多くの魔物が従う尊きお方よ。いや、魔物だけでもないかものう。さて、そこの小憎の質問にはちゃんと答えてやった。では、そろそろ妾もこの場を離れたいので、死んで貰おうかや)ギャウッ」
テウメーが念話を切って口から声を発すると、5匹のキツネの魔獣が同時に俺に向かって跳び掛かって来た。
すかさずシルフェ様とシフォニナさんがその5匹に強烈な風をぶつけ、ニュムペ様は大きなウォーターボムを撃ち出す。
その魔法攻撃をものともせず突っ込んで来るキツネどもの動きを確認しながら、俺は縮地もどきでそいつらの横に瞬時に廻り込むと、無限インベントリから愛用の大典太光世を抜き出す。
そして更に一段シフトアップし、縮地(真)で5匹の間を瞬時に駆け抜けながら、そいつらの首をすべて落とした。
「(なんと、なんと、なんとぉー。お、おまえ。おまえー、何者ぞー)」
一瞬のうちに本体の眷属5匹の首を落とされた、テウメーの叫び声の念話が響く。
「(だから言ったでしょ。わたしの義弟よ)」
いやだから、それじゃ分かりませんからね、シルフェ様。
俺は大典太光世の血振りをすると、無限インベントリから布を出して刃を拭い、鞘に納めて再び無限インベントリの中に収納する。
それからゆっくりと今度は叢星、別名むらほしの刀を替わりに取り出して鞘から引き抜いた。
鞘から出た叢星のその真っ直ぐに伸びた刃は、キラキラと光を放っている。
俺はその切っ先をテウメーに向けて、目の高さで霞に構えた。
「(そ、その武器は)」
自分に向けられた叢星の輝く刃を見て、テウメーは身体を地に沈み込ませるように低くしながら、じりじりと後ずさりをし始めた。
「(ヨムヘル様からいただいた、神刀ですよ)」
「(なにぃっ。神の武器かやっ)」
「(では、参る)」
俺の言葉に、テウメーは身体の向きを素早く変えると、森の中を目指して一目散に逃げ出した。
「逃がさないわよー」
シルフェ様とシフォニナさんが風になって、そのテウメーを追う。
ニュムペ様は水となって地の中に消えた。
大結界でこの辺りを囲んでいるので、テウメーはどうせ出られない。しかしあまり逃げ回られると何があるとも分からない。
俺も超高速で追いかける。
大昔にシルフェ様が取り逃がしたという話の通り、テウメーは不規則に走る方向を変え続けながら、もの凄い速度で逃げ続けている。
俺も縮地もどきを繰り返しながら、その後を追う。
しかし、こちらの方の速度が速くても不意の方向転換に対応出来ず、真っ直ぐに行き過ぎてしまいそうだ。
俺は高速の猿飛の術に切り換えて、樹上へと上がった。
テウメーがシグザグに進路を切り換えながらも向かっている先は、部隊の皆がいる方向だった。
俺が張った結界で護られてはいるが、結界の外のごく間近で先ほどの精神攻撃の幻惑魔法を発動されると、どうなるか分からないぞ。
これは早く捉えないと。
結界に囲われて皆がいるのが見える。
そして、そこを目指しているのか、テウメーがどんどん接近して行く。
「(エステルちゃん。テウメーが向かってるけど、誰も結界から飛び出させないように。頼むっ)」
「(あ、はいっ。あれが、テウメー)」
間もなくテウメーは結界の壁にぶつかるぞ。
物理的な防御は大丈夫だと思うけど。
しかし、結界に衝突する直前でテウメーを捉えたのは、ニュムペ様だった。
テウメーが結界の壁にもの凄い勢いで接近する間際で、壁の外側の地面からニュムペ様がすーっと出現する。
そして現れると同時に、巨大なウォーターボムをテウメーの正面から撃ち出したのだ。
グォッシャーン。大量の水の圧力が、テウメーの突進を止める。
追いついたシルフェ様とシフォニナさんが、すかさず左右からウィンドカッターを連発する。
と同時に俺は樹上から空中を跳び、テウメーの背中に降り立つと、その延髄の辺りへ、キ素力を込め眩い輝きを放つ叢星の刃の切っ先を突き入れた。
「ギャウッ」
テウメーが背中に俺を乗せたまま、暴れることもなく短い叫び声をあげ、そしてゆっくりと地に崩れる。
不死さえも断つとヨムヘル様から教えられた叢星が持つ力は、文字通り瞬殺をもたらすものだった。
「終わったわね」
「はいシルフェ様、終わりました。あ、ニュムペ様、ありがとうございました」
「お礼を言うのは、わたしの方ですよ。ありがとうございました、ザックさん」
二重の、実際は三重の結界を解除すると、皆が水溜まりに沈むテウメーの近くに走って来た。
「これが……。テウメーですか」
「我らに突進して来ましたな。ザカリー様の結界を、打破ろうとしたのだろうか」
「たぶんだけど、物理的に破壊出来なくても、至近距離からあの幻惑魔法で、精神攻撃をしようとしたんじゃないかな」
「それは。つまり、我らを精神攻撃で痛めて」
「おそらくこいつは逃げ出すために、皆を人質にして、僕に大結界の檻を解除させようと思ったんだろうな」
「なるほど」
「残りのキツネは?」
「5匹いたけど、ザックさんがあっという間に首を落としちゃったわよ」
「ああー」
ジェルさんたちが、そうでしょうな、という顔をした。
「それより、みんな大丈夫かな?」
「あ、はい。元に戻りました」
「もう気持ち悪くないわよー」
「(われらも大丈夫でござる)」
「ザックさまたちも、無事でなによりでした」
「うん、ちょっと手間取って、ここまで来られちゃったけどね」
「そのお陰で、ザカリー様のお手並みを間近で拝見することが出来ましたぞ。はっはっは」
それから手分けして、キツネの火球魔法で火傷を負った者の手当てをした。
重傷になるような大火傷は誰もしてなくて良かったな。
テウメーの精神攻撃が後遺症を残すといけないので、最後に全員を集めて聖なる光魔法で癒す。
シルフェ様が同時に、闘いの疲れを拭う風で皆を包んでくれた。
「よしっ、これで大丈夫だね。みんなご苦労さまでした。それでは元気よく帰りましょう」
「はーい」「おう」「ヒヒーン」
テウメーとのやりとりで気になるところがまた生じたけど、まずは精霊屋敷に帰還しましょうか。
部隊は意気揚々と、ナイアの森の中を進んで行くのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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