第500話 キツネを釣り出す
ウォーターボムを撃ちながら頭を低くして突っ込んだユニコーン部隊は、まず先頭のアッタロスさんが見張りのキツネの1匹を見事にツノで突いた。
そのキツネが逃げようと動くところを、別のユニコーンのツノが突く。
もう1匹の方にも3頭のユニコーンが同時に襲い掛かり、後続のユニコーンたちは洞穴の中にウォーターボムを撃ち込んだ。
2匹の見張りは、複数のユニコーンのツノに代わる代わる突かれながらもなんとか逃げようとするが、やがてその場に崩れ落ちた。
ユニコーン部隊は穴の中へのウォーターボム攻撃をいったん停止し、穴の入口から少し後退して距離を取った。
すると、その瞬間を捉えて、洞穴の中から無数の火球が撃ち出されて来た。
「(下がれ下がれ。火球を回避しながら、全員でウォーターボムを撃ち込め)」
ユニコーン部隊の急襲を報せに逃げ込んだ見張りの1匹を加え、洞穴の内部にいる23匹のキツネの魔獣が一斉に火球魔法を撃ったのだろう。
俺は部隊に指示を出して洞穴の入口から距離を取らせ、ウォーターボムでの応戦を指示する。
そして俺自身も、ユニコーンたちと同レベル程度のウォーターボムを連続して撃ち込んだ。
あくまでこれは誘い水の攻撃だからね。
こちらに次々に飛来する火球で目隠しされ、穴の中がどうなっているか分からないが、撃ち出される数が衰えないところを見ると敵に損害はないのだろう。
一方でこちらの部隊は、火球の数が多いので避けるのが精一杯だった。
多少掠ってしまったユニコーンも何頭かいる。
俺はその状況を見て更にもう少し後退させ、洞穴の入口からの距離を空けさせる。
そのとき、キツネどもが姿を現した。
数匹が火球魔法を発動させながら洞穴の入口にその姿を見せ、こちらの状態を伺っているようだったが、ユニコーンの数を確認したのだろう、次々に外に出て来た。
「(まだまだっ。踏み留まって応戦っ)」
キツネどもが左右に広がりながら外に出て来たことにより、火球の勢いが増す。
ひとつひとつは、学院生が発動させる程度の大した威力ではないのだが、なにしろ数が多い。
ここが我慢のしどころだ。
ユニコーン部隊の皆は、嘶き声も上げずに踏み留まってウォーターボムで応戦しているのだが、数の違いで圧倒され始めた。
避けながらの応戦で、火球を身体にまともに当ててしまうユニコーンも出始めている。
だが彼らは勇敢だ。俺の指示通りに、1頭として逃げ出さずに魔法戦を闘い続けている。
洞穴から出て来たキツネどもが、じりじりと前進する。
接近して、噛み付き攻撃に転じようとしているのだろうか。少しずつ左右へ、横の広がりを大きくしている。
数の優位を活かしながら広がってユニコーン部隊に一気に走り、跳び掛かるタイミングを計っているようだ。
こいつら、意外と統制の取れた行動が出来そうだな。
出て来た数は、20匹。3匹ほどまだ内部に留まっているようだが、そろそろ潮時だな。
一斉に距離を詰められて接近戦になってしまうと、作戦が失敗する。
「(よーし、総員、反転、退却するぞー。よし、いまだっ)」
号令を掛けると同時に俺は、アルケタスくんの背中に後ろ向きに跳び乗った。
「(エステルちゃん、いまだ、頼むっ)」
俺は、どこかにいる筈のエステルちゃんに念話を飛ばす。
ユニコーンたちが反転し、逃げに掛かった。俺が乗ったアルケタスくんは最後尾だ。
「(まだっすか、まだっすか)」
「(よし、走れ)」
「(はいっす)」
アルケタスくんが走り出すと、突如逃げ出したユニコーンたちを見て一瞬、魔法攻撃を停止させたキツネたちの前に、俺はウォーターボムを何発か撃ち込んだ。
その攻撃で、目が覚めたようにキツネたちも俺たちを追いかけて走り出す。
おお、あいつらもなかなか速いぞ。ユニコーンの全速力に追いつけるほどではなさそうだけど。
そのとき、ゴォーッという音がして、洞穴の入口が地上から一気に立ち上がった土の壁で塞がれた。
ライナさんの土魔法が成功したな。一瞬のうちに入口を塞いで、外のキツネたちと内部にいるテウメーとを分断したのだ。
それに気づいた何匹かのキツネが立ち止まったようだが、どこからかウィンドカッターらしき魔法が飛来して地面に当たり、そのキツネたちを牽制する。エステルちゃんだ。
昨晩にエステルちゃんとライナさんにお願いした分断作戦。
ユニコーン部隊が突撃後、戦闘が行われている間に密かに洞穴の入口近くまで接近し、ライナさんに穴を塞いで貰う。
エステルちゃんは、おそらくはライナさんと手を繋ぐなどして姿隠しの魔法を自分たちに掛けて見えなくさせ、接近しつつどこかに潜んでいたのだろう。
見えない方向からのウィンドカッターに驚き、それに追い立てられたキツネどもも加わって、20匹の一団が逃げるユニコーン部隊を追撃する。
もう直ぐ草原が終わり、森の木々の中に入る。
そこで、キツネどもが四方八方に散らばられては困る。
俺は後ろ向きに乗ったアルケタスくんの背中の上から、細かい火球を何発も連続して放つCIWS火球魔法を、こちらを追いながら徐々に広がって横の間隔を空けようとするキツネの右側と左側の空間に交互に撃ち出した。
まだあっちは草原だし、火力も小さい牽制攻撃だからいいよね。
シュパパパパッと左右にCIWS火球魔法が飛ぶ。
それに驚いた両端のキツネは、広がることをやめて中央寄りに身体を寄せながら走る。
よしよし、そのまま一直線に追いかけて来てくれよ、キツネ諸君。
「(森に入った。部隊は全速力っ)」
「ヒヒーン」
11頭のユニコーンが、俺の指示に初めて声を出して一斉に嘶く。
火傷を負っている者もいるだろうが、あと少し頑張ってくれ。直ぐに予定戦場だ。
森の中に入って、シフトアップしたかのように速度を上げたユニコーン部隊とキツネどもの間隔が少し空く。
すると、追撃して来るキツネの一団の右手から、ヒューンと光を伴った矢が飛んで来て端の1匹に突き刺さり、雷撃の火花がそのキツネの全身を走った。
ブルーノさんが雷撃の弓で矢を放ったのだ。
と同時に、今度は左手の樹上方向から何かが回転しながら飛来して、1匹のキツネに突き刺さった。
そして、その突き刺さったものは、回転を続けながらキツネの身体を斬り刻んで行く。
あれって、魔導手裏剣だよね。夏休み中に行ったアルさんの宝物庫で見つけて、かなりの数を貰って来たものだ。
前世の忍びが用いた六芒星の平型手裏剣に良く似ているが、キ素力を込めて撃ち込むと、対象に突き刺さってからも回転を止めずに斬って行き、斬り終わると止まるという魔導武器だ。
おそらく、樹上からティモさんが投げたものだな。
それを見て俺はキツネの一団の前面に大きな風の壁、ウィンドウォールを出現させる。
さすがにそれに突っ込んでしまうキツネはいなかったが、左右からの不意の攻撃と前面に現れたウィンドウォールにキツネどもの追撃の足が止まった。
「いまだっ、掛かれー」
クレイグ騎士団長の鍛えられた戦場声が森の中に響いた。
その掛け声に合わせて、「おおーっ」と左右から挟撃部隊が姿を現し、キツネどもに向かって襲い掛かる。
「(よーし、ユニコーン部隊、反転。掛かれっ)」
「ヒヒーン」
俺はウィンドウォールを消すとアルケタスくんの背中から跳び降り、即座にユニコーン部隊に指示を飛ばして反転攻撃を掛けさせる。
こちらの部隊は俺を入れて26名。対するキツネの魔獣は、既に7匹を倒しているので、この戦場にいるのは18匹だ。なので数的には優勢となった。
あとは洞穴の中に閉じ込めた3匹と、そしてテウメー。
そちらの方も気にはなるが、まずは眼の前の敵を全滅させる。
「(アルケタスくんも闘って来い)」
「(おうっす)ヒヒーン」
ユニコーン部隊が停止、反転して突撃して行くのを見て、俺の側に常に居ろとアッタロスさんから言われていたアルケタスくんも闘いに突っ込ませる。
そして俺は、戦場が一望出来る高い木の樹上へと跳び上がった。
戦況を見ながら、戦場から離脱しようとするキツネがいたら捕捉するためだ。
あと、クレイグさんにウォルターさん、それからメルヴィンさん、イェルゲンくんの、グリフィニアから来ている4人の闘い振りが気になったのもある。
樹上の枝に立ち眼下を見下ろすと、既に闘いが始まっていた。
個々の戦闘力はそれほどでもないキツネの魔獣は、2匹、3匹で連携して闘おうとするが、如何せんこちらの人数の方が多い。
それに突如現れた人間の戦闘部隊に、かなり驚き戸惑っているようだ。
その隙に人間側も2名、3名で組んで襲い掛かり、キツネを1匹1匹に分断しようとしている。
それでもキツネの動きは速い。それに少しでもタイミングを与えてしまうと、こいつらは至近距離でも火球魔法を撃ち込んで来るのだ。
なかなか厄介だな。俺は、至近距離から撃たれたのであろうアルケタスくんやアリュバスさんの大火傷を思い出した。
クレイグさんはメルヴィンさんとイェルゲンくんのふたりと組み、3匹のキツネを相手にしていた。
ウォルターさんにはミルカさんがサポートして3匹のキツネと相対し、その側でアルポさんとエルノさんが2体2で闘っている。
ジェルさん、オネルさん、アビー姉ちゃんも3人で組んで、こちらは4匹のキツネを捕捉しようとしている。
闘いあぐねているクレイグさんたちにブルーノさんが加わった。
数的に不利なウォルターさんとミルカさんの闘いには、ティモさんが空中から飛び込んで来る。
残りの6匹はユニコーン部隊が囲んでいる筈だが、そのうちの2匹が抜け出し、素早く移動しながら距離を一気に開いて、ユニコーン部隊に火球を撃ち始めた。
これはまずいな。あいつらは俺が片付けようと思ったところで、エステルちゃんが凄まじいスピードで現れてその1匹に斬りつける。
彼女は白銀、黒銀のショートソードは使わず、通常装備のショートソード二刀流だ。
姿を隠して洞穴の入口を塞ぐ作戦を終えたあと、キツネの一団を追いかけて来ていたのだ。
遅れてライナさんも現れる。そして、ユニコーンを攻撃していたもう1匹にするするっと接近すると、低い姿勢からいきなりその胴体を殴りつけた。
その1発でキツネは吹っ飛び、遠く離れた木の太い幹に叩き付けられた。重力可変の手袋を装着しているのだろう、もの凄い威力だ。
しかしライナさん。貴女って魔法使いですよね。前にもこんなこと、あったけど。
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