第498話 釣り野伏せの戦法
作戦会議で俺が口に出した戦法、釣り野伏せとは、前世で九州の戦国大名である島津義久によって考案されたというものだ。
島津氏はそれによって多くの戦に勝利し、他の九州の武将も似たような戦法を用いたという。
島津義久は前世の俺よりも3歳ほど歳上だと思うが、この彼の戦法を当時に伝聞したのか、それとも前前世に何かで読んだのかはもう定かではないけどね。
それでごく簡単に説明すると、部隊を3つに分け、そのうちふたつを予定する戦場の左右にあらかじめ伏せておく。
残った部隊がまず正面から当たり、敗走を装いながら後退。敵方が追撃して来たところで伏せていた左右の部隊が襲う。そして敗走していた正面部隊も反転攻勢し、三面包囲戦を行うというものだ。
正面部隊が当たって、退却しながら敵を引っ張り出す「釣り」。伏せていた左右の部隊が挟撃する「野伏せ」。
それによって正面部隊の反転攻勢による三面包囲戦を完成させる。
俺は明日の作戦で、テウメーとキツネの魔獣どもに思うように戦わせず、かつ逃がさないためにこの戦法を参考にすることにした。
こちらの部隊がもっと大人数であれば、左右に大きく広がった鶴翼陣形などからの完全な包囲戦も行えるかもだが、如何せんそこまでの人数はいない。
ましてや、現在はやつらが洞穴の中にいるということなので、そこから引っ張り出すためにも、有効な戦法ではないかと考えている。
ただ、この釣り野伏せの戦法は、かなり危険度の高いものでもある。
なぜなら、初めに当たりに行く正面部隊が、うまく敵を釣り出しながら退却戦を行う必要があるからだ。
退却戦はどんなケースでも大変難しく、かつ危険度もとても高い。
そしてこの戦法では、敵を釣り出すための部隊速度の自在なコントロールと、敵の動きを冷静に見極めた進退が必要となる。
「なるほど。ザカリー様がお考えの戦術は、だいたい理解しました。しかしその、敵方を洞穴内から引っ張り出す部隊の役割は重要ですな。それに、なかなか難しい」
さすがに騎士団長のクレイグさんは作戦の要点を直ぐに理解し、かつそう指摘した。
「あと、部隊を3つに分けるとすれば、1部隊の人数は10名ほど。その我らの部隊が、敵方をうまく洞穴から引っ張り出せるでしょうか」
ウォルターさんもそう指摘する。そうなんだよね。そこが肝要だ。
「その点について、ザカリー様のお考えは?」
「うん。おふたりの言うように、そこがまずは肝心な点だ。仮にシルフェ様たち精霊様の存在を感知されれば、やつらは逃げることだけを考えるだろう。僕ら人間の部隊が10名ほどで行けば、闘いつつもやつらは森の中に散らばる可能性が高い。たぶん、速度的に追いつけないだろうからね」
「どうやらそのようですな。そうすると」
「うん。なので正面から釣り出すのは、これはユニコーンの部隊にやって貰わないといけないんだよ」
「(手前どもですな。やりますぞ。この戦、ただ逃げただけに終わらせたく無いでござるからな)」
「でも、かなり危険な役回りですぞ、アッタロス殿」
「(いや、あやつらの速度に対抗出来るのは、手前どもでござるよ、ジェル殿。それに、皆様を伏せておいて、手前どもユニコーンが攻め寄せたと思わせる方が、あやつらも出て来やすいでござろうから)」
「それはそうだが」
うーん、アッタロスさんとジェルさんのやりとりを聞くと、前世の武士同士の会話を思い出すよなぁ。間にエステルちゃんの通訳が挟まれているけど。
しかし、俺が口に出す前にアッタロスさんが言ったように、この戦法のもうひとつの狙いはそこにあるんだよね。
村を急襲されたユニコーンたちが、逆に攻めて来たと見せかける。しかしユニコーン部隊の数は11名と少ない。
テウメーとキツネの魔獣どもは、逆に返り討ちにしようと洞穴から出て来る筈だ。
「あとひとつ。敵を逃がさないために、やつらを戦場に閉じ込める大結界を僕が張ります」
「大結界とな?」
「それはどのような」
「(なんでござるか、ザカリー様)」
「あー、ザカリーさまの結界の中で戦うってことよねー」
「外から入れないのではなくって、内側から外に出られないってことですか? ザックさま」
ライナさんとエステルちゃんは、どうやら思い当たったようだね。
「ザックさんのあれね。外から干渉出来ないのを、逆のものにするってことか。でも、かなりの広さが必要よね」
シルフェ様たちは昨年の王都地下洞窟での闘いで、強烈な臭いを防御するためもあって俺が結界を張ったのを見ている。
「ええ、皆が充分に闘える広さは確保しますよ。なので大結界です」
ジェルさんたちレイヴンの皆もいまの会話でなんとなく理解出来たようだが、クレイグさんたちはまだ首を傾げている。
「どうやら、エステル様たちはお分かりになっているようですが。つまり、ある一定の広さの場所を戦場にして、そこからは出られないようにする魔法を、ザカリー様が行使されるということですか」
「ということは、相手をすべて打ち倒すまで、ザカリー様が作られたその戦場の中で闘うということですな。これは面白い」
まあ、そんな理解でいいですよ。でも、これは面白いとか言っているクレイグさんは、さすが脳筋揃いのうちの騎士団の長だよな。
敵味方のどちらかが全滅するまで出られない、デスゲームとかじゃないんだからさ。
あと、魔法ではなく正確には、前世の呪法をこちらの世界で強化改良したものなんだよね。
それから作戦会議は、俺が提示した釣り野伏せの戦法を前提に、部隊の編制を行った。
正面部隊はもちろんアッタロスさんが率いるユニコーンの部隊。
左右に伏せる挟撃部隊は、ひとつはクレイグ騎士団長をリーダーとした部隊で、メルヴィン騎士とイェルゲン従士、そしてアビー姉ちゃんとジェルさん、オネルさん、ブルーノさんが加わる。
もうひとつはウォルターさんをリーダーにして、エステルちゃんにミルカさん、ライナさんとティモさん、アルポさんとエルノさんの部隊だ。
要するに片方は騎士団部隊で、もう片方は調査探索部とファータの部隊という訳だね。ライナさんはファータ部隊に入れちゃったけどさ。
シルフェ様とニュムペ様、シフォニナさんの精霊3人は、敵に気取られないように後方から支援していただくことにした。いざという時には前に出て貰う。
クロウちゃんは、上空から敵の動きを監視しつつ戦闘支援だね。
これらの組み分けは、皆の意見を聞きながらも俺が決めた。なのであらためて、編成と名前を読み上げて確認する。
「ザカリーさまが入っていないのだが」
「あれ、そうだよ、ザック」
「またよからぬこととか、考えてないですよね」
「わたし、わかっちゃったわよー」
「わたしもわかりました、ザックさま。たぶん」
「えーと、僕は正面部隊に入るのであります」
「やっぱりですか、ザックさまはー」
「あはは、思った通りよー」
「あんたの考えることだから、そんなことじゃないかと思ったわ」
「案の定、よからぬことでした」
「それは、しかし。ザカリーさま」
「(えー、ザカリーさまはユニコーンじゃないっすよ)」
まず、ここにいる人間の中でユニコーンと同じ速さで走れるのは、俺とあとはエステルちゃんぐらいのものだ。
エステルちゃんはファータ部隊の最大戦力でもあるので、そこから外す訳にはいかない。
それよりも大事なのは、正面部隊が敵に当たって相手を釣り出し、退却戦をする際にそのタイミングの見極めと、殿で被害を最少限に留めながら敵を引っ張って行く役回りを、誰かがやらなければならない。
これはいちばん危険な役だ。ユニコーンの村からの脱出戦で、殿を務めたアルケタスくんの叔父さんのアリュバスさんが、酷い重傷を負ったばかりだしね。
なので、その役回りを俺がするという訳だ。
ただ、殿を務めるとかまで言うと、エステルちゃんとジェルさんが強く反対するだろうから、部隊を指揮して進退のタイミングを計り、戦況を見極めるために正面部隊に加わるとだけ説明した。
「たしかに、そこがこの作戦の最も肝要なところですが」
「ユニコーンの部隊と、同じ速さで走ることが出来る、ということですな」
「それは、ザックさまと、それからわたしだと思います。でも、進退のタイミングを見極めるとなると、それはわたしには難しそうですから」
「なるほど。この作戦の立案者で、指揮官のザカリー様のお役目ということですか」
「ここはお任せするしかないだろう、ウォルター」
「ザックさんなら、おひとりで敵を全滅させる力がおありだから、問題はないと思うけど。でも何かあったら、作戦は失敗になってでもわたしが出て、ザックさんを助けますよ」
「お姉ちゃん……」
シルフェ様が言葉を添えていただいたので、俺の役回りも決まった。
アッタロスさんは俺がユニコーンの正面部隊に加わると決まると、決意に満ちた表情を俺に向ける。
「(ザカリー様。ユニコーンの11名の身柄は、すべてザカリー様にお預け申しまする)」
「わかった。全員無事に、役目を果たそう」
「(仰せの通りに)」
細かい打合せも済ませ、今日はこれで休息だ。
エステルちゃんたち女性陣は、ネオラさんと若い精霊さんたち、それからシフォニナさんとともに精霊屋敷の厨房に入って夕食の準備をするという。
俺も厨房に呼ばれて、無限インベントリから大量の食材を出しました。ユニコーンの一族もいて、なにせ大人数だからね。
ブルーノさんとティモさん、アルポさん、エルノさんの4人は、いちど地下拠点まで戻って馬たちの様子を見ながら世話をしてくると出掛けて行った。
彼らはもう、ナイアの森の西エリアなら自分たちの庭みたいになっている。
屋敷のリビングのソファでは、シルフェ様とニュムペ様が何か話している。
大テーブルにはウォルターさんとクレイグさんにミルカさん、メルヴィンさん、イェルゲンくんが残って、やはり熱心に話をしていた。
明日の闘いについて話しているのだろう。
俺は、頭の上にクロウちゃんを乗せて屋敷の外に出る。
秋の陽が森の向うにずいぶんと傾いて、だいぶ薄暗くなって来ている。
野営地の一角に焚き火の用意が済んでいるので、火でも点けましょうかね。
ユニコーンたちが寝床を作った場所では、アッタロスさんが全員を集めていた。
先ほどの作戦会議の内容を話しているのだろう。明日出撃するメンバーも決めるのかな。
俺は焚き火の火を入れて、そこに座った。
「ねえ、さっきの作戦で大丈夫だよね」
「カァカァ、カァカァ」
「キツネの魔獣は大丈夫だけど、肝心のテウメー対策をしてないって。ご指摘の通りですよ、クロウちゃん」
「カァ、カァ」
「うん、大規模な幻惑魔法をいきなり掛けられたら、動揺する者も出そうだよね。レイヴンのメンバーは大丈夫だと思うけど」
「カァカァ」
「先手を打った方がいいか。先手ね。キツネどもが出て来たところで、洞穴の中に何かぶち込むか」
「カァ、カァカァ」
「それか、魔法障壁を穴の入口に張って閉じ込めるとか、ねえ。それもあるかな。まずは、テウメーとキツネどもを分断する訳だね」
「カァ」
俺はアルさんほどの強力な魔法障壁は張れないけど、一時的なものなら出来ないことはない。それか、土魔法で物理的に塞いで閉じ込めるかだな。
そちらの方が確実性は高いか。
問題は、キツネの魔獣どもをぜんぶ釣り出して、戦場へと引っ張ると同時にそれをやって、かつ退却戦をしなければならないということだよな。これは大変だ。
「ザックさま、ご飯がそろそろ出来ますよ」
「なーに、ふたりで焚き火を前に座っちゃってー」
クロウちゃんといろいろ明日の戦術について話していると、エステルちゃんとライナさんが俺を呼びに来た。
おお、ちょうど良いふたりが来たではないですか。
隠れて素早く移動が可能で人間離れした跳躍力があり、かつ強力な風魔法を使えるエステルちゃんと、土魔法の達人で、重力可変の手袋を使えば空高く跳躍をも出来るライナさん。
「ちょうど良いところに来たなぁ」
「カァカァ」
「なんですかぁ?」
「またまたー。何か考えついたんでしょー」
まあまあ、ちょっとここに座ってくださいな。少し相談があるんだけどさ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




