第496話 ユニコーンたちを退避させる
怪我をしていたユニコーンたちの治療がひと段落したところで、アッタロスさんから状況を聞くことにした。
「(怪我をした者たち、特にアリュバスをあのように治療していただき、誠にありがとうござった。なんとか命を落とす者を出さずに済み申した。感謝してもしきれませぬ)」
洞穴の入口前に腰を落ち着けた俺たちに、アッタロスさんはあらためて頭を下げた。
「彼の治療がうまく行って、わたくしたちもほっとしています。急を聞いて駆けつけていただいたザックさんたちに感謝ですね」
「本当ね。ザックさんはとても心配していたし、アルケタスさんが重傷を負って精霊屋敷に駆け込んだと知った時には、とても怒っていたのよ」
まあまあ、ニュムペ様とシルフェ様、俺のことはいいですよ。
それにしても、ユニコーンがひとりも死ななかったのは本当に良かった。
「それでアッタロスさん、襲撃を受けた時のだいたいの状況はアルケタスくんから聞きましたが、どうやらキツネの魔獣が20頭ほどもいたのではないかと」
「(そうなのでござる。あれは20を超えておったような。正しく数える余裕がなかったのでござるが、四方八方から同時に飛んで来た火球が20はござった。それ以外にも偵察役などのキツネがおったでしょうから、25、6頭ではなかろうかと)」
「(そうっす。僕を追って来たやつらは3頭で、あれは偵察役のキツネっすよ)」
「キツネの魔獣は、つまりどれも火球魔法が撃てるということですね」
「(そうでござるな。テウメーの指示で役割を分けておるが、それぞれは同じ程度の攻撃力がありまする)」
「(あと、噛み付きっす)」
「それにしても、以前に伺った話では、テウメーは数頭ばかりのキツネの魔獣を率いているという話でしたよね。それがどうして、今回は25、6頭なんて数なんですか?」
「(その点は、それがしも驚いておるのでござる。なにせこれまで、あんな数のキツネどもを見たことがありませんでしたからな。ましてやその理由となると)」
「どこからか、援軍を連れて来たのでしょうかね」
「援軍と言ってもザックさん。そこらの野良キツネを捕まえて、直ぐに眷属の魔獣に出来る訳じゃないのよ。つい最近まで、そんな数なんていなかったのでしょ?」
「(そうなのでござりまするよ、シルフェ様。森の見回りは毎日続けておったのでござるが、見回りの衆があやつらを発見しても、せいぜいが1、2頭で。直ぐに姿をくらましますので)」
そのキツネの魔獣が一挙に25頭なんて数に増えた理由は、アッタロスさんもまったく見当がつかないということだった。
そんな数で襲撃を受ける直前までは、いつものように森を探るようにたまに現れる1、2頭のキツネを見つけては追いかけ、そして逃げられるという具合で、ユニコーンたちも気が緩んでいたというのは否めない。
「ともかくも、配下のキツネの魔獣は25、6頭はいるということだ。それで、襲撃されたとき、テウメーが森の大火事の幻を見せたのが始まりだったんですね」
「(あれは、大がかりな幻惑魔法でござった。おそらくは村中を混乱に陥れ、そこを急襲するのが目的だったと思うのでござるがな。しかし、村を包むような大火事を見せるとは)」
「ねえ、ザカリーさま。そんな村を包むように見せる幻惑魔法って、魔物とはいえ出来るものなのー?」
ひとり念話が分からないライナさんには、アッタロスさんとアルケタスくんの言う内容をエステルちゃんとシルフェさまが通訳してあげていた。
ふたりは相変わらず「そうでござる」とか、念話で伝わって来る話し方のニュアンスをそのまま訳しているのは置いておいて。
「そうだよなー。僕も幻惑魔法については、あまり良く知らないんだ。アルさんがいれば直ぐに分かると思うけど」
「(てまえどもも、あんな大がかりな幻惑魔法は、これまで見たことがござらんかった。ところで、アル様は?)」
「(何日か前に、ご自分の棲み処に戻られたそうっすよ、おやじさま)」
「(ああ、だから、このタイミングでござったのか)」
アルさんが自分の家に帰ったことまでは、テウメーどもも把握してはいないと思うが、前回の休日に地下拠点施設の検分のため皆でナイアの森に来て以来、アルさんの気配がしないことは分かっていたのだろう。
「ただ、それなりの広さのアッタロスさんたちの村を幻惑魔法で包んで、同時に村中の者たちに同じ幻を見せるのは、かなり強力な魔法を使ったってことだよな」
「そうよねー」
アッタロスさんたちもこれまで見たことのない強力な幻惑魔法を、村を一気に襲うために行使したということなのか。それとも何か他の要因でもあるのか。
眷属のキツネの魔獣が増えたことといい、油断ならざる何かがある気がする。
「アッタロスさん。これは僕からの提案なんですけど、皆さんはニュムペ様の精霊屋敷まで退避した方が良いのではないかと思います。どうでしょうか、ニュムペ様」
「ええ、わたしもそれを考えておりました。あなたたちは、妖精の森の中に移動するべきです」
「そうね。ここがまだ見つかっていないとしても、また襲われる可能性は高いわ。怪我した者が治療されているとはいえ、直ぐに闘うのは厳しいわね」
「(よろしいのでござりましょうか、ニュムペ様、シルフェ様)」
「ザックさんもシルフェさんも、そしてわたしも、そうした方が良いと考えています」
「(ははっ。仰せのままに)」
それから、急ぎ移動の準備が始まった。
ユニコーンたちは、村からほとんど何も持たずに逃げて来た状態だったので、準備にそれほど時間が掛からない。
怪我の治療を受けた者たちも、移動出来るぐらいには回復していた。
ただ、重体だったアリュバスさんは身体の修復再生は終えているとはいえ、まだ安静が必要な状態だ。
そこで俺とライナさんが土魔法で馬橇のような運搬道具を急遽作り、それにアリュバスさんを横たえて曳いて貰うことにした。
曳くためのロープは、俺が無限インベントリにストックしていました。
「(なんと、あっという間にこんなものを)」
「土魔法で作ったから、橇がちょっと重たいかもだけど」
「(いえ、問題ござりませぬ。あとはこれに、アリュバスを乗せるのでござるな)」
「うん。ライナさん、お願い」
「いいわよー」
ライナさんが重力可変の手袋を装着して、アリュバスさんの大きな身体を慎重に、それでも軽々と持ち上げて運び出すと、見守っていたユニコーンたちからどよめきが上がった。
「(なんとも力持ちの嬢さまでござる)」
「(あれは、ライナさんが魔道具を着けてるんすよ、おやじさま)」
「(なるほどな)」
ユニコーンの一族は、総勢で27頭。大人の男性が15頭に女性が7頭、子どもが男の子3頭に女の子2頭の合わせて5頭だ。
男性に比べて女性の数が少ないのは、ユニコーンはそもそも、女の子が生まれる比率が少ないからだそうだ。
女性と子どもはとても大切にされていて、ほとんどまったくと言っていいほど人間の目に触れることが無かったことから、ユニコーンはオスばかりで乙女好き、といった伝説が生まれたのかも知れない。
まあ実際に、若い男性のユニコーンは人間の可愛い女の子が大好きなようだけど。
その女性と子ども、それからアリュバスさんを乗せた馬橇を隊列の中に挟んで、妖精の森を目指す。
先頭はアルケタスくんとアッタロスさんに、ニュムペ様とシルフェ様。最後尾をシフォニナさんとライナさんに任せて、俺とエステルちゃんは樹木に上がり、隊列の左右を見張りながら猿飛の術で木々の枝を跳んで進むことにした。
「(ザカリー様とエステル様は、やはり人間ではないのでござるか?)」
「(いやおやじさま、取りあえずは人間みたいっすよ)」
などという念話の会話が聞こえて来る。アルケタスくん、取りあえずってなんだよ。
ゆっくりとした進み具合だったが、なんとか迷い霧も抜けてユニコーンの隊列は、精霊屋敷のある妖精の森の本拠地へと到着することが出来た。
屋敷を囲む池の外側には、うちの野営テントが既に5つほど張られている。
その傍らで野営の準備をしていたメルヴィンさんとイェルゲンくんが、森の中から現れたユニコーンの隊列を呆然と見ていた。
それからはっと気がついて、何か大声を出したようだ。
テントの陰から姉ちゃんやジェルさん、オネルさんが現れ、ウォルターさんとクレイグさんも姿を見せてこちらを見ながら驚いている。
直ぐにジェルさんたちが走って近づいて来た。オネルさんは屋敷に走って、ネオラさんたちに報せに行ったようだ。
「ザカリーさま、無事にお戻り、ご苦労さまです」
「ザック、エステルちゃん。ユニコーンたちをみんな連れて来たのね」
「ああ、ただいま。まずは無事に戻れたよ」
「怪我人が多かったですからね。全員を避難させて来たんですよ、アビー姉さま」
そのままユニコーンたちを引き連れて、野営テントのある場所へと隊列を誘導する。
ここならまだ広めの草原が池にならずに残っていて、周囲への見通しも良い。
不意の侵入を防ぐためもあって、ジェルさんたちもここを野営地にしたんだね。
隊列が最後尾までこの場所に到着したので、「みんな、ここで休んでくれ」と声を掛けた。
「アリュバスさんは、屋敷の中に運ぼうか」
「(いえ、ここに寝床を作ってやれば良いでござるよ。目が覚めた時に、てまえどもが側におらぬと不安でござろうし)」
「そうだね。ではそうしよう」
「(皆の衆、各自の寝床を準備しなされ。場所はこの辺りでよろしいでござるか、ザカリー様)」
「うん、この辺にユニコーンたちの寝床を作って貰うでいいかな? ジェルさん」
「あ、はい。われらのテントから、それほど離れない方が良いでしょう。それにしても、ずいぶんと数が多いのですな」
「えーと、全員で27頭かな」
「この橇に乗せられているのは?」
「ああ、アッタロスさんの弟さんでアリュバスさんというんだ。村を脱出する際に殿を務めたそうで、いちばん酷い重体だった。怪我は回復させたんだけど、眠っているのとまだ安静が必要な状態でね」
「そうですか。それは勇者ですな。よくぞ回復なされた」
「(ザカリーさまとエステルさまが、聖なる光魔法で治してくれたっすよ)ヒヒン」
「ん? アルケタス殿は何と?」
「ザカリーさまとエステルさまが聖なる光魔法で、抉られた身体の部分を修復再生したのよー。凄かったわよー」
「なんと、そのようなことがあったのか」
アビー姉ちゃんとオネルさんは、5頭の子どもユニコーンがいるのを見つけて、近づいて行って何か話し掛けている。
若い男性のユニコーンには近づいちゃダメですよ。尤も彼らは怪我から回復したばかりだし、ニュムペ様が近くにいるので妙なことはしないと思うけどね。
「ザカリー様、ご無事で何よりです」
「このユニコーンたちが、その、テウメーどもから急襲を受けた方々ですな」
「うん。退避場所で治療をして、ここまで避難させて来たんだ。また襲われると元も子もないからね。そうだ、アッタロスさーん」
ウォルターさんとクレイグさんが来たので、紹介するためにアッタロスさんを呼ぶ。
「(なんでござろうか、ザカリー様)」
「うん、このふたりに紹介しとくね。こちらは、ナイアの森のユニコーンの一族の頭のアッタロスさん。アルケタスくんの父上だ」
そしてアッタロスさんにも、ふたりを紹介する。
「(これはこれは、ザカリー様の御家のご重役のおふたりでござるか。偶然とはいえ、なんとも心強い限りでござる。ザカリー様とエステル様には、こんなにも早くに駆けつけていただき、言葉に出来ぬ恩義を感じてござる。どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げまする)」
側にエステルちゃんやシフォニナさんがいなかったので、俺がアッタロスさんの念話の内容を伝えた。
ちょっと大袈裟な言い回しだったが、まあそのまま言い方も含めて通訳しましたよ。
「ブルーノさんたちは、まだ戻らない?」
「まだですね」
「暗くなる前には、戻ると思いますが」
そのとき、クロウちゃんが帰って来る感覚が空から伝わって来た。
ブルーノさんたちも無事に戻って来るようだ。
「クロウちゃんがもう直ぐ帰って来る。ブルーノさんたちも戻るみたいだ」
「そうですか。ならば皆、無事ですな」
「うん。そうしたら、彼らが戻ったら明日の作戦会議をしましょう。アッタロスさんも参加してください」
「はっ」
「(承知いたしたでござる)」
さて、明日1日で決着を着けてしまいますよ。そのための作戦は、俺の頭になんとなく浮かんでいるからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




