第493話 アルケタスくんから事情聴取
「それじゃアルケタスくん。攻撃を受けた時のことを聞かせてくれ」
「(はいっす)」
精霊様たちと食べるランチも終えて落ち着いたところで、アルケタスくんからテウメーどもによるユニコーン襲撃のあらましを事情聴取する。
精霊屋敷の大テーブルにこれでもかと料理を出して並べ、若い水の精霊さんがお昼ですよと衝立ての向うで寝ていたアルケタスを連れて来ると、初めて彼と会う人たちはその姿を驚きの目で見た。
もちろん魔獣なら、アラストル大森林で目撃したり実際に対峙したりした経験は何回もあるだろうが、ユニコーンは魔獣と言うより神獣に近い。
伝説やお伽話で読んだり聞いたりしたことしかないそのユニコーンが、目の前にいるのだ。
ウォルターさんとクレイグさん、そしてメルヴィンさんとイェルゲンくんは、食事中もアルケタスくん用に用意された器に入れられた食事を、美味しそうに食べる彼をちらちらと見ながらレイヴンのメンバーに何か聞いていた。
「ユニコーンは、人間の話すことがわかるからね。発言には気をつけるように」
「それって、アルケタスくんにいつもいちばん酷いこと言うの、ザカリーさまよねー」
「そうだな。わたしらには何を話してるかわからないが、彼の様子でわかる」
「エステルさまに聞いたら、だいたいはつまらないこと言い合ってるって」
「カァカァ」
「ブヒヒン」
「ゴホン。それで、アルケタスくん。まずは、アッタロスさんたちは無事なのだろうか。それから確認したいのだが」
「(ああ、おやじさまたちはたぶん大丈夫っす。別の場所に逃げ込んでる筈っすから)」
「そこも襲われてるとかは?」
「(うーん、それはなんとも、すね。ただ、うちの一族の隠し退避場所を、森の中に何ヶ所か作ってるすから、大丈夫だとは思うんすけど)」
アルケタスくんの言葉は、エステルちゃんとシフォニナさんが代わる代わる通訳して、みんなに伝えてくれていた。
あの、「大丈夫っす」とか、そのまま人間の言葉にしなくてもいいんだけど。だけどその方が、雰囲気が伝わるか。
「なんだかエステル様の言い方を聞くと、うちの屋敷のトビアス君に似てませんか」と、クレイグさんと話すウォルターさんの声が聞こえて来た。
「そうか。そうであれば、ひとまずは安心だな」
「(でも、一族の者たちに、かなり怪我人が出てると思うんすよ。ほら、僕らの回復魔法って、効果があまり強くないし)」
「一族の安否確認と、治療も必要ってことだな」
「あの、ザックさん。彼らの安否がわかったら、一族の怪我人の治療はわたしが」
「そうですね、ニュムペ様。たぶんそちらは、お願いすることになると思います」
ニュムペ様も俺たちが来るまで下手な動きが出来なかったのだが、ユニコーンの一族に怪我した者がかなり出ているのは想定していて、とても心配していたのだ。
おそらく応急措置は自分たちでしているだろうが、アルケタスくんの言う通りユニコーンが使う回復魔法はそれほど強力なものではない。
「それで、襲撃された時の様子だけど」
「(ああ、それっす。ザカリーさまは知ってると思うんすけど、うちの連中はちゃんと森の見回りを続けてたんすよ。ただ、最近は森も静かで。ほら、夏にはザカリーさまやアルさまが、ずっと森にいたじゃないっすか。森の獣どもも、それで大人しくしていたんすね)」
ああ、やっぱりそうなんだ。でも、主にアルさんの存在のせいだよね。
「(それで、うちの連中も多少気が緩んでたというか、安心していたというか。後から考えると、テウメーのやつ、配下のキツネどもを森の中に放って、今年の森の変化をずっと探っていたんだと思うんすよね)」
アルケタスくんが言う今年の森の変化とは、ニュムペ様の帰還とこのナイアの森での妖精の森の再建。それに伴うシルフェ様やアルさん、そして俺たちが頻繁に森を訪れていたこと。
そして地下拠点建設工事で、森の西端にアルさんや俺たちが常駐していたことだよな。
テウメーの活動範囲はナイアの森の東端方面と思われるが、やつらはどこまでの範囲を偵察していたのだろうか。
「(それで、ザカリーさまの地下のあれが出来て、ザカリーさまとアルさまも引揚げて。たぶんそれは、テウメーのやつも察知したと思うんすよ。森の獣どもも、皆それぞれに動き出して。まあ秋は、冬を前にしてどいつも動きが活発になるっす。それが森の通常の状態っすからね)」
「そうか」
「(だから、ザカリーさまやアルさまのせいじゃないんすよ。あくまで、森が普段の状態に戻ったってことっすから)」
森の住人たちにすれば、俺たち人間や強大な上位ドラゴンのアルさんは異分子だからね。
その存在が引揚げれば、当然に森は普段の状態に戻る。
「ニュムペ様たちや妖精の森の存在は?」
「(水の精霊様は、森に溶け込むお立場っすからね)」
「わたしたち水の精霊は、森に湧き出る水や、流れる水と同じですから」
「それは、わたしたち風の精霊も同じよ。森に溶け込んでしまうと、森に暮らす普通の生き物なら、そういうものだとあるがままに感じるのよ。ただし、魔物や魔獣は違うの」
「魔物や魔獣は違うんですか?」
「ええ。彼らは精霊の存在を怖れるか嫌がるか、自分たちの縄張りを脅かすと考えるか。でも、普通の魔物や魔獣だと、自分たちから敵対しようとは考えないわ。特に水は、自分たちにとっても必要不可欠ですからね」
つまり普通の森の生き物たちは、精霊の存在が強くなっても、それを当たり前のこととして受入れるが、魔物や魔獣は怖れ嫌がりながらも共存する訳か。
「でも、支配欲が強い変に賢い魔物だと、精霊の存在が強くなれば自分たちを脅かすと考える者もいるわよね」
「(シルフェさまのおっしゃる通りっす。排除は出来ないまでも、自分たちの邪魔はさせないって、たぶんテウメーのやつらは考えたのではないっすかね)」
「だから、ユニコーンを本格的に攻撃したと?」
「(前にもザカリーさまにはお話ししたっすけど、これまでは敵対的共存てやつっす。でもニュムペさまたちが来られて、森の水関係の心配が無くなった代りに力関係のバランスが崩れて。多少の闘う力があるユニコーンの一族が、それまで以上に邪魔になったというところっすよ)」
かつてニュムペ様たちがこの地を去ってから、ナイアの森を中心にこの辺りの清浄な水を維持して来たのは、残ったネオラさんやユニコーンの一族だ。
テウメーどもは、そのユニコーンと敵対しつつも本格的に争うことを回避して来た節はある。
アルケタスくんが言うところの敵対的共存か。
テウメーのような魔物やキツネの魔獣にとっても、本拠地である森の衰退は望むところではない。
森に必要な清浄な水の維持は、ニュムペ様たちがいればまったく問題はない一方で、妖精の森が再建されたことにより、その眷属的存在であるユニコーンの力は当然に強くなる。
だから力関係のバランスが崩れ、それが定着していつかは自分たちが排除される前に、ユニコーンの一族を無力化、乃至は力を削いでしまおうと考えたということか。
あとは俺たちの動きやドラゴンのアルさんの存在に、かなり危機感を持ったというところかな。
「そいつらがどうして、このタイミングで攻め込んで来たのかは理解した。それからユニコーンの一族の警戒が緩んでいたのも、何となく想像は出来た。それで、急報を聞いて僕がいちばん気になっていたんだけど、キツネの魔獣の数が多かったのか?」
「(ああ、それなんすよ。まず、襲撃を受けた時の状況をお話しするとっすね、あの日の朝早くに、うちの連中がいつもの森の巡回に出掛けようとしていたら、棲み処の村の周囲の森が大火事になったんすよ)」
「いきなり、森に大火事が?」
「ああ、それ、テウメーの幻惑魔法ね」
「(シルフェさまのおっしゃられる通りだったんすよ。おやじさまが、後で気がついたんすけどね。だけどその時は、驚いて大混乱になって)」
いちどに大勢の者に、大火事という幻を見せたのか。それは大した幻惑魔法だな。
森の中で実際に大火事が起きたら、森の生き物はどうしようもない。
「(ユニコーンも少しは水魔法が出来るっすからね。火事を消すために水を放てって。それで遠くから、届かなくてもスプラッシュを放ったり大騒ぎになって。もちろん幻っすから、意味は無いんすけどね。そしたら、周囲の森の中のあちこちから、実際に火が飛んで来たんすよ。これでおやじさまも気がついて。火事は幻だー、テウメーどもの襲撃でござるぞー、と叫んで)」
「その火魔法の数が多かったんだな」
「(そうなんすよ。これまでは、キツネの魔獣はせいぜい数頭だったんすけど、あの時は同時に火の球が10も20も棲み処の村に飛び込んで来て。だからこいつは大変だ。大軍で来てるぞって)」
キツネの魔獣がひと桁ではなく、10頭以上、いや20頭以上はいるのだろうか。
「(それでおやじさまは、ひとまず脱出することにしたんすよ。村には子どもたちもいるっすからね。それで僕には、ニュムペ様に急報を、ザカリーさまをお呼びしていただけと指示して、脱出戦を始めたんす)」
「まあ。子どもたちを護りながら脱出したんですか。大丈夫だったのかしら」
「(それは、僕も大丈夫だと願いたいっす、エステルさま)」
1対1の直接戦闘ではユニコーンの方が強いが、子どもたちを護って脱出しながらの戦闘であるうえ、森の中で離れた位置から火魔法で攻撃されると、それは大変だろうな。
一族の無事が心配になって来た。
「(それで僕だけ、一族の者たちとは反対方向に走って、迂回しながらここを目指そうとしたんすよ。そうしたら、たぶん斥候役のキツネだと思うんすけど、3頭ほどに追われて。火球を何発か撃たれて、駆け足が緩んだところで後ろ足を噛み付かれて。あいつら、けっこう牙が鋭いんすよね。これはヤバい、僕は死ぬかもって。無我夢中で防戦しながら走り、火球を撃たれてはまた走り、噛み付かれながらまた闘って、なんとか霧の中に逃げ込んだんすよ。痛くて苦しくて、それでも霧の中からやつらにウォタースプラッシュなんかを撃って、霧の壁の中を横にジグザグに走ったりして。そうしているうちに、なんとかやつらを巻くことができたみたいで。ハアハアハア)」
アルケタスくんはそう語っているうちに、その時の興奮と恐怖が蘇って伝わって来る念話がかなり乱れて来た。
「大変だったな。頑張って良くここまで駆け込んで来られた。大したものだ。だいたわかったから、少し休んでいろ。エステルちゃん、あれ飲ませてあげて」
「はい。とても頑張ったわね、アルケタスくん。もう大丈夫ですよ。力が湧く飲み物を差し上げますからね」
「ヒヒン」
エステルちゃんは、彼女お手製の果汁入り甘露のチカラ水を器に入れて出してあげた。
今回持って来ているのはオレンジの果汁が入っていて、甘みと酸味が甘露のチカラ水と良く溶け合い、心を落ち着かせて活力を湧かせてくれる。
「だいぶ状況がわかって来た。整理するとまず、ユニコーンの棲み処の村は、やはりテウメーどもに占拠されているらしいこと。ユニコーンは脱出して、どこかの隠し退避場所まで撤退していること。そこには子どもたちと、それからたぶん脱出戦で怪我をした者がいるだろうということ。それからテウメーは、大火事が起きているように、いちどに大勢に見せるような、大規模な幻惑魔法が使えること。配下のキツネの魔獣は、数頭といった数ではなく10数頭、もしかしたら20頭以上はいるということ。そいつらは火球魔法を撃つことが出来て、アルケタスくんを追えるほど速く走れ、接近戦では鋭い牙で噛み付き攻撃をするということ。このぐらいかな」
「あとは、キツネの魔獣って、森の中でも火魔法を撃つのを厭わないってことよねー」
「そうだね、ライナさん」
「これが広い荒れ地とか岩場だったら、ザカリーさまが広域系のデカい魔法を放って、直ぐに終わるのにねー」
「そこが、森の中での闘いで難しいところなんだよ。森は極力、痛めたくないし」
まずはこれからの行動計画だ。もう少し現在の状況を把握したい。
「取り急ぎは、ユニコーンの一族の安否確認と、それからユニコーンの村の現在の状況把握だな。僕はテウメーどもがそこを拠点にしていると見ている。どうかな、ブルーノさん」
「そうでやすな。自分らが偵察に出やしょう。クロウちゃんは空から。それで自分とティモさん、ミルカさんにも手伝って貰って」
「わしらも出るぞ、ブルーノさん」
「そうでやすね、アルポさんとエルノさんにもお願いしやしょうか。いいでやすか? ザカリー様」
「うん、いいでしょう。まずはこの5人とクロウちゃんとでユニコーンの村と、敵の状況を探って来てくれ」
「了解でやす。自分とティモさんは、村にいちど行ったことがありやすから、そうでやすね、自分とミルカさん、ティモさんとアルポさんとエルノさんの二手に分かれやしょうか。ミルカさん、それでどうでやすか?」
「いいですよ、それで行きましょう」
「承知」
「おうさ」
「カァ」
「あとはユニコーンたちだね」
「(僕が案内するっすよ)」
「え、アルケタスくん、大丈夫?」
「(ニュムペさまとシルフェさまと、ザカリーさまとエステルさまに回復魔法を掛けて貰ったんすよ。これで動けなかったら、ユニコーンの名折れっす)」
「よし、わかった。では頼む。行くのは僕と」
「わたしが行きます」
「わたしも行くわよ」
ニュムペ様とシルフェ様が行くと手を挙げた。
「治療の手が多い方がいいですから、わたしも行きます」
「それじゃ、わたしもねー」
エステルちゃんとライナさんも手を挙げる。
「わたしも」
「わたしたちも、護衛に」
「いや、姉ちゃんとジェルさん、オネルさんは、ウォルターさんたちとここに残って、精霊屋敷を護っていてほしい。それに作戦を決めるまで、今日はあまり大勢で動かない方が良いだろう」
「私もザカリー様のご判断に賛成です」
「ですな。ここは、ザカリー様のご命令に従いましょうぞ」
ウォルターさんとクレイグさんが、俺の判断にそう賛成してくれる。
こうしてまずは、今日これからの行動を決めた。
状況を確認するのが第一だが、厄介そうな敵なので戦術も考えないとだな。
俺はそう考えながら、出動の準備に入るのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




