表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/1118

第47話 アプサラへの道程は平和だね

 1時間半ほど馬車に揺られたところで小村に到着する。

 ここは子爵家直轄統治の村だそうだ。領都周辺にはこういった村々が点在していて、領都の内政官の助けを得て村長さんが村をまとめている。

 ここで小休止して馬を休め、俺たちはトイレタイムだ。


 夏の太陽がずいぶんと高くなり、暑さも増している。

 木陰で休憩していると、村人や子供たちが俺たちを見に来て果物を差し入れてくれる。

 アビー姉ちゃんと俺は木陰でだらーっとしてるだけだから、見物に来ても面白くないよ。


「はい、ザックさま、アビゲイルさま」

 エステルちゃんが、井戸の冷たい水で濡らして絞った手拭いと、村の人に差し入れて貰った果物を持って来てくれた。

 スイカだね。クロウちゃんは落ち着いて食べなさい。


「そういえば、エステルちゃんは、ザックだけザックさまって呼ぶのね」

「えと……」

 エステルちゃんが俺の顔を見る。

「わたしもアビーでいいわよ」

「はい、アビーさま」

 アビー姉ちゃんは嬉しそうにニマアッとしていた。アビーは深く考えない子だから、エステルちゃんは気にしなくていいんだよ。



 出発の時間になって、俺は父さんに「御者台に座ってみたい」とお願いしてみた。

「そうだなぁ、隊長がいいって言うならな。エンシオ騎士、ザックが御者台に座りたいって言うんだけど、いいか?」

「ザカリー様が御者台にですか。いいですよ。ブルーノ、頼むぞ」

「へい」


 領主一家が乗る馬車の御者は、従士のブルーノさんだ。

 あのアストラル大森林の一件で、一緒に魔獣カプロスを見た仲間だね。偵察の専門職だけど、その身のこなしからただ者ではないと思っている。


「よろしくお願いします。ブルーノさん」

「へいザカリー様、手をお貸しください」

 俺はブルーノさんに、御者台の上まで引っ張り上げて貰った。

「ザカリー様なら、飛び上がっておひとりで乗れそうでやすぜ」

 ブルーノさんが小声でそんなことを言う。


「騎乗! 出発する」

 みんなはすでに馬車に乗っており、エンシオ騎士の声に騎士小隊分隊が騎乗して出発する。

 ブルーノさんが御する馬車も、ゆるゆると走り出す。



 御者台の高い位置から眺める景色は格別だ。

 最近は身長も伸びてきてるけど、子どもの身体での目線って低いからね。クロウちゃんの眼を借りると、一挙に高くなっちゃうし。

 アプサラ街道を往来する馬車も、この辺りではほとんど無くなる。

 田園風景がいつまでも続き、陽の光はじりじりするけど、涼風が顔に当たって気持ちが良い。

 馬車のガタガタ走る音と馬のひずめが立てる音を聞きながら、俺たち一行は穏やかに進んで行く。


「ザカリー様、手綱を持ってみやすかい」

「えっ、いいの? うん、持たせて」


 手綱を握らせて貰いながら、ブルーノさんに馬の御し方を教わる。

 前世では馬には当然乗っていたけど、馬車を引く馬を操るのは初めてなんだよね。

 真っ直ぐに速歩で走っているから、手綱を取っても特にすることはないけど。

 それでも心配してか、メルヴィン騎士が馬を寄せて来た。


「ザカリー様、御者の気分はどうです?」

「うん、とても爽快だよ」

「爽快すぎて、この馬車だけあらぬ方向に、走って行かないようにしてくださいよ」

「今日は大丈夫だよ、メルヴィンさん」

「……今日はですよね」

「ねえ、次は馬に乗ってもいいかなぁ」

「それは……。折をみて騎士団長と相談しておきましょう」

 そう言いながら、メルヴィンさんは離れて行った。


 俺が前世で公式に初めて馬に乗ったのは、数えで11歳の年の終わり、満10歳の時だ。

 あの年は大変なことが続いた。

 大きないくさでわが方が負けて、みやこから逃げて。その後に戻ったら無理矢理に元服させられて、父上から地位を渡されて。

 12月、その年も押し詰まった頃、小笠原のおっちゃんたちに介添えされながら、馬乗始めの儀式があったんだなぁ。



「カァ、カァ」

 そんなことを考えていると、空からクロウちゃんが舞い下りて来た。

 後ろの馬車に乗ってたんだけど、飽きて空を飛んでたんだね。

 なになに? カァカァ。ふーん。


「ザカリー様のカラスは、本当に賢いんでやすな」

「カァ、カァ」

「クロウちゃんは、クロウの九郎だから、クロウちゃんて呼んでほしいだって」

「へ、へい」


「それで、クロウちゃんは何て言ってるんでやす?」

「街道の向うに、さっきよりも大きい村があるよ、って」

「あー、それは、エンシオ騎士のラハトマー村でやすな。お昼の休憩場所ですよ」


 ラハトマー村は、エンシオ・ラハトマー騎士爵家が代々預かって治めている、街道沿いの村だ。アプサラまでのちょうど中間地点になる。

 そして、オネルヴァさんの実家がある村だよね。

 騎士爵は一代爵位だけど、ラハトマー家はグリフィン子爵家に古くから臣従していて、途切れることなく騎士爵位とラハトマー村を受領している。

 だからオネルヴァさんも、ぜったいに騎士になると努力している訳だ。



「そういえば、去年のオネルヴァさん卒業の試合稽古、自分も見やしたよ」

「え、そうなの。未熟な僕が相手なんかして、なんだか恥ずかしいなぁ」

「いえいえ、5歳で大森林のでっかい魔物を見つけたザカリー様が、なに言うんでやすか」

「あのときは、すみません」


「いや、それはいいんでやすが、あの試合のとき、ザカリー様はわざとオネルヴァさんに突きを打たせて誘いやしたね」

「えーと、あれは偶然だよ。そう、たまたま」

「たまたまでやすか。自分はそうは見ませんでしたが、まぁ、ザカリー様がそう言うなら、偶然ああなった、ということにしておきやしょう」


 やっぱりブルーノさんは、ただ者じゃないみたいだ。

「カァ、カァ」

 クロウちゃんもそう思うよね。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。

彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。


ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。


それぞれのリンクはこの下段にあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ