第47話 アプサラへの道程は平和だね
1時間半ほど馬車に揺られたところで小村に到着する。
ここは子爵家直轄統治の村だそうだ。領都周辺にはこういった村々が点在していて、領都の内政官の助けを得て村長さんが村をまとめている。
ここで小休止して馬を休め、俺たちはトイレタイムだ。
夏の太陽がずいぶんと高くなり、暑さも増している。
木陰で休憩していると、村人や子供たちが俺たちを見に来て果物を差し入れてくれる。
アビー姉ちゃんと俺は木陰でだらーっとしてるだけだから、見物に来ても面白くないよ。
「はい、ザックさま、アビゲイルさま」
エステルちゃんが、井戸の冷たい水で濡らして絞った手拭いと、村の人に差し入れて貰った果物を持って来てくれた。
スイカだね。クロウちゃんは落ち着いて食べなさい。
「そういえば、エステルちゃんは、ザックだけザックさまって呼ぶのね」
「えと……」
エステルちゃんが俺の顔を見る。
「わたしもアビーでいいわよ」
「はい、アビーさま」
アビー姉ちゃんは嬉しそうにニマアッとしていた。アビーは深く考えない子だから、エステルちゃんは気にしなくていいんだよ。
出発の時間になって、俺は父さんに「御者台に座ってみたい」とお願いしてみた。
「そうだなぁ、隊長がいいって言うならな。エンシオ騎士、ザックが御者台に座りたいって言うんだけど、いいか?」
「ザカリー様が御者台にですか。いいですよ。ブルーノ、頼むぞ」
「へい」
領主一家が乗る馬車の御者は、従士のブルーノさんだ。
あのアストラル大森林の一件で、一緒に魔獣カプロスを見た仲間だね。偵察の専門職だけど、その身のこなしからただ者ではないと思っている。
「よろしくお願いします。ブルーノさん」
「へいザカリー様、手をお貸しください」
俺はブルーノさんに、御者台の上まで引っ張り上げて貰った。
「ザカリー様なら、飛び上がっておひとりで乗れそうでやすぜ」
ブルーノさんが小声でそんなことを言う。
「騎乗! 出発する」
みんなはすでに馬車に乗っており、エンシオ騎士の声に騎士小隊分隊が騎乗して出発する。
ブルーノさんが御する馬車も、ゆるゆると走り出す。
御者台の高い位置から眺める景色は格別だ。
最近は身長も伸びてきてるけど、子どもの身体での目線って低いからね。クロウちゃんの眼を借りると、一挙に高くなっちゃうし。
アプサラ街道を往来する馬車も、この辺りではほとんど無くなる。
田園風景がいつまでも続き、陽の光はじりじりするけど、涼風が顔に当たって気持ちが良い。
馬車のガタガタ走る音と馬のひずめが立てる音を聞きながら、俺たち一行は穏やかに進んで行く。
「ザカリー様、手綱を持ってみやすかい」
「えっ、いいの? うん、持たせて」
手綱を握らせて貰いながら、ブルーノさんに馬の御し方を教わる。
前世では馬には当然乗っていたけど、馬車を引く馬を操るのは初めてなんだよね。
真っ直ぐに速歩で走っているから、手綱を取っても特にすることはないけど。
それでも心配してか、メルヴィン騎士が馬を寄せて来た。
「ザカリー様、御者の気分はどうです?」
「うん、とても爽快だよ」
「爽快すぎて、この馬車だけあらぬ方向に、走って行かないようにしてくださいよ」
「今日は大丈夫だよ、メルヴィンさん」
「……今日はですよね」
「ねえ、次は馬に乗ってもいいかなぁ」
「それは……。折をみて騎士団長と相談しておきましょう」
そう言いながら、メルヴィンさんは離れて行った。
俺が前世で公式に初めて馬に乗ったのは、数えで11歳の年の終わり、満10歳の時だ。
あの年は大変なことが続いた。
大きな戦でわが方が負けて、都から逃げて。その後に戻ったら無理矢理に元服させられて、父上から地位を渡されて。
12月、その年も押し詰まった頃、小笠原のおっちゃんたちに介添えされながら、馬乗始めの儀式があったんだなぁ。
「カァ、カァ」
そんなことを考えていると、空からクロウちゃんが舞い下りて来た。
後ろの馬車に乗ってたんだけど、飽きて空を飛んでたんだね。
なになに? カァカァ。ふーん。
「ザカリー様のカラスは、本当に賢いんでやすな」
「カァ、カァ」
「クロウちゃんは、クロウの九郎だから、クロウちゃんて呼んでほしいだって」
「へ、へい」
「それで、クロウちゃんは何て言ってるんでやす?」
「街道の向うに、さっきよりも大きい村があるよ、って」
「あー、それは、エンシオ騎士のラハトマー村でやすな。お昼の休憩場所ですよ」
ラハトマー村は、エンシオ・ラハトマー騎士爵家が代々預かって治めている、街道沿いの村だ。アプサラまでのちょうど中間地点になる。
そして、オネルヴァさんの実家がある村だよね。
騎士爵は一代爵位だけど、ラハトマー家はグリフィン子爵家に古くから臣従していて、途切れることなく騎士爵位とラハトマー村を受領している。
だからオネルヴァさんも、ぜったいに騎士になると努力している訳だ。
「そういえば、去年のオネルヴァさん卒業の試合稽古、自分も見やしたよ」
「え、そうなの。未熟な僕が相手なんかして、なんだか恥ずかしいなぁ」
「いえいえ、5歳で大森林のでっかい魔物を見つけたザカリー様が、なに言うんでやすか」
「あのときは、すみません」
「いや、それはいいんでやすが、あの試合のとき、ザカリー様はわざとオネルヴァさんに突きを打たせて誘いやしたね」
「えーと、あれは偶然だよ。そう、たまたま」
「たまたまでやすか。自分はそうは見ませんでしたが、まぁ、ザカリー様がそう言うなら、偶然ああなった、ということにしておきやしょう」
やっぱりブルーノさんは、ただ者じゃないみたいだ。
「カァ、カァ」
クロウちゃんもそう思うよね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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