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第492話 水の精霊屋敷に到着

 40分ほど走り続けたところで霧の壁が見えて来た。

 三方向からブルーノさんとティモさん、ミルカさんが現れる。


「よーし、止まれ。ここで小休止」


 俺は顔の横に片手を擧げながら、部隊に止まれと小休止を告げる。

 後続は遅れることなく、前後の間隔を保って問題なく到着した。

 まあこのぐらいの速度ならね。


「ウォルターさん、クレイグさん、大丈夫ですか?」

「ふう、大丈夫ですよ」

「このぐらい、問題ないですぞ」


 強がりではないようだ。騎士団長として時折、訓練にも参加しているらしいクレイグさんばかりか、ウォルターさんもなかなかの体力を維持している。


「アルポさん、この大きな騎士団長を背負わずに済みそうだね」

「まあわしには、このぐらいデカい方が良い鍛錬になりますがな、ザカリー様よ」

「何かあったら、反対に私がこの爺さんを背負いますぞ。はっはっは」


 どうやら大丈夫そうだね。



 散開して進んでいたブルーノさんたちの報告では、この西側の森で特に異変は無いようだ。

 ここからは再びブルーノさんとティモさんが先導し、迷い霧の厚い壁を越える。


「よし、出発する。霧の壁を越えるまでは二列縦隊、速歩で進む。皆、常に前と横の者を確認するように」

「はーい」

「わかりました」

「了解ですぞ、ザカリー様」


 俺の横にはミルカさん。後ろにはジェルさんとアビー姉ちゃん。

 その後ろに、変わらずアルポさんとエルノさんがそれぞれ横に付いてクレイグさんとウォルターさんが進み、メルヴィンさんとイェルゲンくんが後に続く。

 最後尾は、エステルちゃんに従うようにオネルさんとライナさんが付いた。


 迷い霧の壁は厚さが3,000ポード、900メートルほどだが、直ぐ眼の前を行く者がようやく視認出来るぐらいのとても深い霧が留まっている。

 天候や森の気象状態に左右されず常に霧を湧き出させて留まらせる、真性の風の精霊様の霧の石ならでわの不思議だ。


 深い霧の中に入ると温度が下がり、11月初頭なのにもう冬の冷たさを感じさせる。

 俺たち王都常駐組は何度か通っているし、姉ちゃんもここやファータの里で経験済みだが、初めて体験する4人は困惑しながらも慎重に後を付いて来ている。


「間もなく抜けます」

「了解、ティモさん。ジェルさん後ろに伝えて」

「はい」


 間もなく抜ける、という伝言が後続に伝わって行く。


 やがて霧が薄くなり、明るい陽光が降り注いで来た。


「抜けましたな」

「まるで、遥か遠くまで霧が続くみたいに、錯覚させられます」

「少しでも進む方向を間違えたら、本当に迷いますよ、これ」

「そうだな、メルヴィン。晴れることがないとは、なんとも恐ろしい霧だ」


 厚さはたかだか900メートルだが、円周12キロメートル以上の霧のドーナッツを作っている。横や斜め方向に進んでしまうと、なかなか抜けられないのだ。


 ブルーノさんやティモさんは、もう何も見なくとも最短距離で抜けるが、ジェルさんたちも方位磁針を各自持っているので、迷うことはないだろう。

 探索が本業のエステルちゃんたちファータは慣れているし、俺は探査・空間検知・空間把握の能力があるからね。



「さあ、妖精の森に入りました。少し急ぎますよ」

「おお、入りましたか」

「あと半分ですね」


 それから30分ほど走り続け、俺たちの部隊はニュムペ様の水の精霊の本拠地に辿り着いた。


 森の中の水源地の開けた場所に出て、その中心部に池の中に浮かぶようにアルさんが建てた大きな水の精霊屋敷が見える。


「あれが、ニュムペ様の水の精霊屋敷です」

「池の中にあるのですか?」

「水に浮かんでいるように見えますぞ」


「いや、もともとは草原にアルさんが建てたんだけどね。ニュムペ様たちが住み始めると、周囲を水が囲んでしまって」

「それはなんとも。さすがに水の精霊様ということか」


「アル殿があの屋敷を建てたのですね」

「ええ。それで仕上げ工事や家具などの提供は、うちがやりましたけどね」

「ほう、そうでしたか」


 池にはちゃんと渡れる小径があって、それは水没してはいなかった。

 どうやらあれから、水の量が増えてはいないようだ。

 ただ、池の中には前はあまり見なかった水草が生え、小さな魚なども泳いでいる。


 初めて訪れる者たちは、ここの美しい景観に目を奪われている。


「さあ、行きますよ」


 ピクニックで訪れるなら清々しくてなんとも気持ちの良い場所だが、今日は完全武装の部隊で来ている。

 俺はあらためて気持ちを引き締め、池の中の小径を進んだ。




 屋敷の玄関口にはネオラさんと若い水の精霊の3人が、俺たちが到着したことを察知して出迎えていてくれた。

 そして俺たちを見ると、ひとりが直ぐに報せに屋敷の中に戻る。


「ザカリーさま、エステルさま、ようこそお出でくださいました」

「やあネオラさん、みなさん。お久し振りです。来ましたよ」

「はい。先ほど、シルフェさまとシフォニナさんも到着されて。ニュムペさまがお待ちです。さあさ、みなさま中にお入りください」


 新しく来た者の紹介は後にして、俺たちは屋敷の中へと入った。


 玄関口を入って直ぐは大広間と言っていいリビングで、なにしろアルさんが建設した屋敷だから、全体的に造りが大きく広い。

 1階建てだが天井がとても高く、この大広間の奥にはあと、ニュムペ様の部屋と精霊さんたちの部屋が合計3つに厨房だけなのだが、どの部屋も広かった。


 大広間の一角にあるソファなどが置かれたところで、ニュムペ様はシルフェ様とシフォニナさんと話していたようだが、俺たちが到着したと聞いて走るように近づいて来た。


「ああ、ザックさん、エステルさん、みなさん。良く来ていただきました。お待ちしておりました」

「ニュムペ様、お久し振りです。夏の終わり以来ですね。どうやら大変な事態になったようで」


「あ、はい。もう、ザックさんにお縋りするしかなくて」

「ニュムペさん、落ち着きなさい。こうしてザックさんたちが来てくれたんだから」

「ニュムペ様、アルケタスくんはどうですか?」


「そうでした。彼はあちらに。もうほとんど大丈夫で動けますが、大事を取ってまだ休ませています」

「こちらです、ザックさま」


 ネオラさんが言った方を見ると、衝立てが置かれていてその向うにどうやらアルケタスくんがいるようだ。

 まずは俺とエステルちゃんで彼を見舞いに行く。そうだ、オネルさんも伴って行くか。彼女の顔を見れば元気が出るだろう。



 ネオラさんに案内されて衝立ての向うに行くと、寝床を作って貰ってアルケタスくんがそこに身体を横たえていた。

 側にクロウちゃんがいて、何か話している。


「カァカァ」

「(え、あっ。ザカリーさまだ。来てくれたんすね)」

「ああ、来たよ。大変だったな。具合はどうだ?」

「(もう立てるっすよ。でも、もう少し寝てろって、ニュムペ様がおっしゃられて)」


 いつもの彼の話し方にも聞こえるが、念話の声が弱々しい。重体をくぐり抜けて3日だったな。


「そうか。どれ、ちょっと僕が身体の具合を診よう。エステルちゃん」

「はい」


「(あ、エステルさま。無様なとこ見せて申し訳ないっす)」

「大変でしたね。でもザックさまが来たから、もう大丈夫ですよ。それにほら、オネルさんも来てますよ」

「(あー、恥ずかしいっす。でも、オネルさんの顔が見られて、本望っす)」


「何が本望なんだか。オネルさんの顔が見られて、恥ずかしいけど嬉しいんだと」

「大変な目に遭いましたね、アルケタスさん。でもお元気そうで良かったです」

「ヒヒン」


「いいから、ちょっと動くんじゃない。診察するから」

「ブヒン」

「カァカァ」



 探査に見鬼の力も使ってアルケタスくんの身体を診察する。

 どうやら、胴体や臀部に何発か火魔法を受けたようだ。かなりの大火傷を負ったらしい。それから後ろ足も何ヶ所か噛み付かれて深い傷を負ったようだった。

 だが、ニュムペ様とシルフェ様たちの回復魔法のお陰で、傷はほとんど治っている。


「これは、火球魔法が3、4発、胴体に直撃したな、エステルちゃん」

「そうですね。だいぶ大火傷をしたみたいです。あと、鋭い歯で噛み付かれたのでしょうね。深い傷の治った痕が何ヶ所かあります。攻撃をしたのは1匹じゃなかったみたいですね」

「そうなんですね、エステルさま。酷い攻撃だったんですね」


「これは、走っている途中で確実に死んだな」

「ですね」

「(酷いなあ、ザカリーさまもエステルさまも。死んでないじゃないっすか。僕、生きてますよ)」


「いや、ここにニュムペ様がいなかったら、死んでたって話だよ」

「そんな重傷を負って、走り込んだ先が別の場所だったら、そこで息絶えてたってことですね。ニュムペ様に感謝しないとですよ」


「(それは……。もちろんっす)」

「ほら、泣くな。元気を出せ。もう身体はほとんど回復している。でも念のため、俺とエステルちゃんで回復魔法を掛けておこう」


 ふたりで回復魔法の重ね掛けを施した。

 エステルちゃんは体力回復を促進するイメージが入っており、俺の方は気力回復のイメージが込められている。


「カァカァ」

「ヒヒヒン」


「クロウちゃんと何を話してるんですか?」

「こんな贅沢な回復魔法で、滅多に治療して貰えないよって。なにせ、ニュムペ様とシルフェ様に治して貰ったんだからね」

「それから、ザカリーさまとエステルさまに同時にですもんね」



 後で話を聞くからもう少し休んでいるようにアルケタスくんに言って、ニュムペ様たちがいるところに戻る。

 ウォルターさんたちの紹介はもう済んでいるようだった。

 グリフィニアから初めてここに来た4人は、ニュムペ様とシルフェ様の、おふたりの真性の精霊様を前にしてとても神妙にしている。


「このふたりは、うちの騎士団長と、それから子爵家の家令で調査探索部の部長です。まあ重鎮の筆頭ですね。あと、騎士団の精鋭のメルヴィン騎士とイェルゲン従士。ミルカさんも加えてたまたま王都に来てたのだけど、今回のことに是非加わってご助力したいと。それで連れて来ました」


「まあ、それはそれは。わたくしどものために、本当にありがとうございます。ザックさんとエステルさんたちには、いつも助けられてばかりですのに、また縋るばかりで。以前はお近くにおりましたのに、ご挨拶も出来ませんでしたが、あらためてよしなにお願いいたします」


「いえ、水の精霊様にお会い出来るだけでも、身に余る光栄ですのに。私たちも、少しでもお力になれればと。ところで、以前はお近くにおられたとは?」

「あー、それはね、ウォルターさん」


 ウォルターさんは聞き逃さないよな。俺はちらっと、シルフェ様の顔を見る。

「(もういいんじゃない。でも、ルーのことは話しちゃダメよ)」と、念話で許可を貰った。


 漏らした本人のニュムペ様は、「(あ、ダメでしたね。ご近所さまだったので、つい。申し訳ありません)」と恐縮している。

 優しくて穏やかな精霊様なんだけど、ちょっと天然なんだよね。


「じつはね。ニュムペ様たちはここに来られるまで、アラストル大森林の奥地に疎開していてね」

「な、なんと」

「それは本当ですか、ザカリー様」



「えーと、その話は長くなるので、いまはそれより眼の前のことを」

「そろそろお昼にしませんか? ザックさま」


「そうよー。わたしたちも朝が早かったし、お腹がぺこぺこ。また、美味しいランチをたくさん用意して来てるわよー、ネオラさん」

「ええー、そうではないかと、待っておりました。良かったわね、みんな」

「はいっ」


 ネオラさんや若い水の精霊さんたちは、うちの料理が大好きだ。すっかり人間の食べ物に馴染んでいる。

 それにしてもエステルちゃんとライナさんのお陰で、取りあえず話題を変えることが出来ましたよ。


 それではアルケタスくんも呼んで、まずはランチにしましょうか。

 事情聴取はそのあとだね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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