第490話 作戦会議
「お話はだいたい理解しました。それで私からひとつお尋ねしたいのですが、ザカリー様」
「なんでしょうか、クレイグさん」
「いまザカリー様は、この屋敷の全戦力を率いてとおっしゃられましたな」
「はい」
「その全戦力とは、私どもも含まれますかな」
こういうとき普段なら、みんな明日行くよ、「はーい」とかで済むんだけど、今回は敢えて違う表現をした。
それはもちろん、クレイグ騎士団長たちが王都屋敷に滞在しているからだ。
本来、グリフィン子爵家としての作戦行動であれば、きちんと騎士団長やウォルターさんとも事前に相談し、作戦を決めた上で行動しなければならない。
クレイグさんとウォルターさんは子爵家を支える重鎮であるし、作戦行動に直接関わる騎士団と調査探索部の長だからだ。
しかし今回のことは、普通の領主貴族家が関わる案件とはまったく次元が違う。
なにせ、水の精霊様の出来たばかりの本拠地で、その眷属と魔物との争いに人間が介入しようというのだからね。
本来なら人間が関与すべきことではないのかも知れないが、既に俺はユニコーンからお願いされているし、それは当然に水の精霊様からのお願いでもあるのだ。
「今回のことは、人間が関わることではないのかも知れません。人間の世界のことであれば、その場に騎士団長と家令兼調査探索部長がいらっしゃれば、当然に事前に相談し、合意を得た上で行動を起こすべきだと僕も認識しています。しかしことは、人外のこと。人間の世界の基準を外れていますし、これまでの経緯からしても、僕が全責任を持って王都屋敷の戦力を率いると決断しました。ただ、それに対して、クレイグさんとウォルターさんがどう判断するか、グリフィニアから今回来ている3人も含めてどう行動されるかは、おふたりに任せたい」
「ふふふふ」
「はっはっは」
重鎮ふたりは申し合わせたように笑い出した。
「いや、失礼しました。いまのザカリー様のお話が可笑しくて、笑ったのではありませんよ。どうやら、先ほどからのザカリー様の雰囲気やお言葉から、今回のことをずいぶんとお怒りになられているようだ」
「ザカリー様が怒っている姿など、滅多に見られんな。というか初めて見たか」
「だって、ウォルターさん。僕は事前にお願いされていたのに、何もせずにおいてしまって、それでこんな事態になって。それに、仲の良いユニコーンが重傷を負わされて。僕は敵に対してだけじゃなくて、自分に怒っているんです」
「わかっておりますよ、ザカリー様。私どもは、そんなザカリー様を笑ったのではありません。怒りを示されたザカリー様が、それでも努めて冷静に行動しようとしていることと、それからこんな滅多に経験の出来ない出来事に、私どもが立ち会えたのが嬉しくて、つい笑ってしまったのです。なあ、クレイグ」
「おうともよ。その攻められたユニコーンの一族や、大怪我をされたザカリー様のお知り合いの現在の状態を一刻も早く知り、そして素早く反攻に移すことが肝要と私も判断しますぞ。ましてや人間世界のことでないとすれば、うだうだ議論や相談をしている暇などない。独断とはいえ、私どもはザカリー様のご判断に従います。そして私自身は、グリフィン子爵家騎士団長というより、いま現在の王都屋敷の全戦力のうちのひとりとして、ご一緒します」
「私もクレイグとまったく同じ意見ですよ。十何年か振りに、私もいち戦力に加わりましょうかな」
「あ、あの、私も加えてください」
「俺も、いえ、私もお願いします」
クレイグさんとウォルターさんが戦力に加わると宣言し、メルヴィン騎士とイェルゲン従士も加わりたいと言ってくれた。
俺はそのふたりの顔を見て頷き、そしてミルカさんの顔を見る。
いちばん事情を知っている彼は、調査探索副部長というよりミルカ叔父さんの優しい表情で微笑んで大きく頷いていた。
「ありがとう、ウォルターさん、クレイグさん。それからメルヴィンさんとイェルゲンくんもありがとう。ミルカさんもお願いします」
「はい、大丈夫ですよ、ザカリー様」
「よし、それではグリフィニアから来ている人たちも加えて、明早朝、ナイアの森に向かいます。それで、フォルくん、ユディちゃん、エディットちゃん、アデーレさん、それからシモーネちゃんは、申し訳ないけど留守番を頼む。いいかな」
「あのザックさま、いえ、わかりました」
「わたしも……」
「ユディ、ザックさまのご命令だ」
「屋敷のお留守番をするのも、大切なお役目ですよ。ザックさまは、あなたたちがいるから安心して出られるのです。それにこれから、ご一緒する機会など、まだまだたくさんありますからね」
「はい、エステルさま」
「わかりました。エステルさま」
「すまないが頼む。それでアデーレさん。申し訳ないが明日は朝食をいつもよりも早くと、それから持って行く昼食の用意をお願いします。妖精の森に行きますから、多めにね」
「はい、わかりました。夕食のあと、直ぐに準備に取り掛かります」
「わたしたちも、ご用意頑張ります」
「シモーネも頑張ります」
「うん、頼むね、エディットちゃん、シモーネちゃん」
「そろそろ良い頃合いですから、お夕食にしませんか? ザックさま」
「そうだね。では細かい打合せや、わからないことへの質問、明日の準備は夕食をいただいてからにしよう」
「では、お願いしますね、アデーレさん、みんな」
皆で食べる夕食の席は、いつも以上に賑やかだった。
グリフィニアから来ている者は、ジェルさんたちにいろいろと質問をしているし、全体的に皆が何となく昂揚している。
隣り合って座っているウォルターさんとクレイグさんは、ふたりで何か盛んに話をしていた。
どうやらテウメーという魔物について、お互いに知っていることを話し合っているようだ。
普段と変わりがないのは、シルフェ様とシフォニナさんぐらいのものだろうね。
夕食が終わって、アデーレさんと少年少女組は直ぐに片付けと明日の準備に取り掛かった。
その他のメンバーは再びラウンジに集合する。
明日、ナイアの森に向かうのは、グリフィニアから来ているウォルターさんとクレイグ騎士団長、ミルカさん、メルヴィン騎士、イェルゲン従士。
王都屋敷からは、ジェルさん、オネルさん、ライナさん、ブルーノさん、ティモさんのレイヴンに、アルポさんとエルノさん。
そしてシルフェ様にシフォニナさん、アビー姉ちゃんとエステルちゃんにクロウちゃん、俺の総勢17名と1羽だ。
「明早朝、朝食後にこのメンバーでナイアの森に行きます。場合によってはというか、たぶんそうなると思うけど、向うで1泊の可能性が高い。このことは後で、留守番の皆に伝えておいてね、エステルちゃん」
「はい、わかりました。そうすると、食材とかを多めに持って行った方がいいですね」
「そうだね。地下拠点での1泊を想定して、準備をお願い」
「わかりました」
「各自、装備は完全装備。ウォルターさんは、装備はどうしますか?」
「なに、騎士団の装備品を借りますよ。あとでお願いしますよ、ジェルメール騎士」
「はい。大丈夫です」
「騎士団の皆とミルカさんは問題ないね」
「問題ありません」
「よし。それから、レイヴンの皆に伝える。今回は、魔道具武器の使用を許可します」
「承知しました、ザカリーさま」
「ザック、わたしもいいの?」
「姉ちゃんもいいよ。ただし、扱いには充分に注意するように」
「わかったわ」
「ザカリー様。あの、魔道具武器とは、何ごとですか?」
「ああ、大変申し訳ないが、これは今回の秘匿事項としてお願いできますか? クレイグさん」
「それは良いのですが」
「アビー姉ちゃんとエステルちゃん、それからレイヴンのメンバーと僕は、アルさんからいただいた古代魔道具の武器をそれぞれ所有しています。どれもとても強力な武器で、まずよほどのことでない限り、使用は許可していません。詳細は、使用する必要があった際、その時にということで」
「そ、そうですか。それは。いや、質問は控えた方が良いのですな」
「はい、そうお願いします。いえ、うちの母さんも承知していますから、大丈夫ですよ」
「なんと、奥様はご承知か」
アン母さんは、この夏に一緒にアルさんの洞穴に行って、魔法拡大の杖という古代魔道具をいただいているからね。
「明日の行動予定ですが、まず地下拠点に行って馬車と馬をそこに置き、小休止後にニュムペ様の妖精の森を徒歩で目指します。普通に歩けば2時間半ぐらいの距離ですが、少し急ぎますよ」
俺はそう話して、ウォルターさんとクレイグさんの方を見た。
「いやいや、これでも日々鍛えておるから、大丈夫ですぞ」
「走っても構いませんよ。私も、出来る限り鍛えてますから」
まあ大丈夫そうだよね。うちには、いくらでも走れる100歳越えのお爺ちゃんがふたりもいる。人族ではないけど。
「途中でへたばったら、そこのおっさんふたりは、わしらが背負って行くぞ。なあエルノ」
「そうよの。良い運動になるわい」
「これは手厳しい。先輩方おふたりに、背負われる訳には行きませんぞ」
「昔は一緒に戦場を走りましたからね」
共に北方15年戦争で戦ったこの爺さんふたりとおじさんふたりは、そう言えば戦友だった。
その当時はおじさんたちも若者で、アルポさんとエルノさんは大先輩だったんだよな。
「では、クレイグさんとウォルターさんは、アルポさんとエルノさんに任せるとして」
ラウンジに笑いが起こる。夕食前の少し緊迫した雰囲気は、だいぶ柔らかくなっていた。
「クロウちゃんは空から偵察しながら、先行してニュムペ様のところへ。ブルーノさんとティモさん、それからミルカさんは、周囲を偵察しつつ先導ということでいいかな」
「カァカァ」
「了解でやす」
「承知」
「わかりました、ザカリー様」
今日のクロウちゃんの偵察では、上空から見た限り妖精の森を囲む迷い霧の東側近くまでは、まだ魔獣どもは現れていないそうだ。
ただし、どうやら探知や姿を隠すことが得意らしいテウメーやキツネの魔獣なので、西側方向にどこまで進出しているかは分からない。
妖精の森に駆け込んだアルケタスくんの後を、追って来ている可能性もあるかも知れないしね。
「妖精の森に到着後は、アルケタスくんからも再度、状況を聞いて、そのあとの行動を決めますが。僕としてはその日のうちに、森の東側に進出して敵を見つけ出したい」
あとは敵の情報だな。アルケタスくんが伝えて来たという、キツネの魔獣を数頭ではなく大軍でテウメーが率いているというのが気になるけど。
「テウメーについて、皆も多少は知っているかもだけど、シルフェ様からお話いただけますか。僕らは前にいちど聞いていますが、あらためてお願いします」
「そうね。わたしが知っている限りでは、まず、テウメーもキツネの魔獣も、1体1体の戦闘力はそれほど強くはないということ。使っても下級の火魔法ね。でも、前にもお話しましたけど、テウメーは幻惑の魔法を使います」
「幻惑の魔法と言うと、目くらましですかな、シルフェ様」
「そうよ。アルによると、幻を見せる魔法だそうだけど、それ自体に攻撃力はないみたい。ただ、どんな幻を出せるのかは、わたしも知らないの。それでたぶん、テウメーが幻惑魔法で相手を惑わせて、その隙に配下のキツネの魔獣に、火魔法や噛み付きなんかで襲わせるって感じかしら」
「なるほど」
「それは少し厄介ですね」
「あと、テウメーもキツネの魔獣も、逃げ足がやたら速いの。人間がやつらの姿をあまり見たことがないのは、そのせいね」
「大昔に、おひいさまも取り逃がしました」
「あら、お恥ずかしいわ」
「なんと。風の精霊様が取り逃がされてしまいましたか」
「そうなのよ。あの時に捕らえて、始末しておけば良かったわ。その点ではわたしにも、多少責任はあるのよ」
下級の火魔法や噛み付き攻撃はともかくとして、幻惑魔法で惑わし、かつ逃げ足が速いというのは確かに厄介だ。
まず相手の数を知る必要があるが、どうやってそれを捕捉して始末するか。戦術的にはそこが肝心だよな。
とにかく明日は状況を確認し、出来れば敵の数と動向、所在を把握。そして明後日には一気に片をつけてしまいたい。
俺はシルフェ様と皆とのやりとりを聞きながら、そう考えるのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




