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第481話 ヴィクティムさんの来訪

 学院祭明けの2日休日。アビー姉ちゃんも王都屋敷に帰って来た。

 休日1日目の朝に屋敷に現れて、「エステルちゃん、朝ご飯残ってるー?」と大きな声を出す。

 相変わらず腹空かしの姉ちゃんだな。


「朝食べて来なかったのか、姉ちゃん」

「うーん、ちょっと食べたけどさ」

「だったら、お昼まで我慢しろよ」

「それが、屋敷に帰って来たら、我慢出来なくなってたのよね」


 いまはいいけど、将来太るぞ。

 この娘の身体の中で消費と代謝がどう働いているのか、俺には良く分からない。



「明日、ヴィクティムさんが屋敷に来ることになったんだよ」

「ヴィクティムさんて?」

「姉ちゃんは知らなかったか。ヴィクティムさんが王都に来てるんだよ」

「だから、ヴィクティムさんて誰よ」


 あんたはいつも暢気でいいよな。え、俺には言われたくないって?


「辺境伯家のヴィクティム・キースリングさまですよ。アビー姉さま」

「おおー、なんだって、エステルちゃん」

「ヴァニー姉さまのお見合い相手ですよぅ」

「ひょー、それって、一大事じゃないのさ」


「学院祭の最終日に、うちのクラスの魔法侍女カフェにいらしてね。それから競技場の貴賓席で、エステルちゃんたちと観戦してたんだぜ」

「なんで、わたしに教えてくれないのよー」


「だって姉ちゃん、学院祭中はどこにいたのかわからなかったし、最終日の総合戦技大会では、僕のクラスの連中の席にいたじゃん。あれ、どうして?」

「あー、あれ。あんたのクラスの魔法侍女たちが可愛くて目立ってたから、ついね。それにわたしは学院生だから、貴賓席に行く訳にいかないじゃない」


 まあ、それはそうなんだけどね。



「それよりあんた。模範試合に出られて良かったわね。あんたがフィランダー先生を吹き飛ばしたとこ、笑ったわぁ。あれって、掌底撃ちとかいうやつよね。ジェルさんたちにも教えてるんでしょ。あたしにも出来る?」


 笑ったとか、そういう感想は姉ちゃんだけですぞ。試合後に凄く落ち込んでたフィランダー先生に申し訳ない。


「ああ、あれはキ素力の応用だから、強化剣術と基本は一緒だよ。だから姉ちゃんには簡単さ」

「へぇー、そうなのね。剣の代りに掌を使えばいい訳か」

「そうそう。あとは撃つポイントとタイミングだね」

「そうなんだね。あとでジェルさんたちと練習しようっと」


 まあそうしてくれ。


 姉ちゃんはキ素力を大量に扱えるくせに魔法適性がまったくないという、この世界では珍しい体質の持ち主だった。

 普通は攻撃魔法適性がない場合、キ素力を扱える量もきわめて少ないのだが、姉ちゃんの場合はそのアンバランスが同居している。


 身近の人で似たようなのは、ヴィンス父さんとかクレイグ騎士団長がそうなのだが、姉ちゃんほど量が多く強力なキ素力は扱えない。

 エイディさんなど、姉ちゃんの課外部の部員たちもそうだよね。


 尤もアビー姉ちゃんの場合は、シルフェ様から風の精霊の加護をいただいたので、現在では風魔法については発動出来るようになっている。

 でもこれは、彼女自身が誰かに話したり発動させたりを控えているので、うちの家の関係者以外には内緒だ。




 翌日の午後、先触れが来てから暫くしてヴィクティムさんの乗った馬車が到着した。

 俺とアビー姉ちゃんとエステルちゃん、クロウちゃんとで屋敷の玄関前まで出て迎える。


 馬車が1台。それに騎乗の護衛がふたりと極めて少人数だ。

 尤もキースリング辺境伯家の王都屋敷は同じ貴族屋敷街の中にあって、ヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家の隣。

 ここから歩いて行ける距離だから、特に護衛の必要がある訳でもなく、まあ形式だけだよね。


 屋敷玄関前にはジェルさんたちレイヴンメンバーも控えていて、ヴィクティムさんが降りたあとの馬車や護衛の人たちの馬の世話などをする。


 馬車が馬車寄せに停止し、馬を降りていた護衛のひとりが馬車のドアを開けた。

 ああ、このガタイのいい人は、先日の学院祭でも護衛してたひとりだね。

 控えている今日の護衛のもうひとりは、若い女性のようだ。


 馬車のドアが開かれ、ヴィクティムさんが降りて来た。

 そしてその後ろから、男性がもうひとり降りて来る。おや、この人は。


「やあ、ザック君、出迎えて貰って悪いね。エステルさん、先日はお世話になりました。ありがとう。それから、あなたはアビゲイルさん、アビーちゃんだね。初めましてヴィクティムです、よろしくね。クロウちゃんもこんにちは」


 馬車を降りて早々、ヴィクティムさんは先日の学院でと同じく、気さくな調子で声を掛けて来た。


「ザカリー様、エステル様、この冬以来ですな。アビゲイル様、お久し振りです」

「ヴィックさん、ようこそお出でくださいました。それからベンヤミンさん、いらっしゃい。王都にいらしてたんですね」


 ベンヤミンさんはベンヤミン・オーレンドルフ準男爵。つまりブルクくん、ブルクハルト・オーレンドルフのお父さんだ。

 オーレンドルフ準男爵はキースリング辺境伯家に属する準男爵で、今年の冬にヴァニー姉さんのお見合い話の書簡を持って使者としてグリフィニアに来た人だね。


 うちの父さんや母さんとは古い知り合いで、グリフィニアへは何度か来たことがあるし、当然にアビー姉ちゃんも識っている。



「ベンヤミンさんは、僕と一緒に王都に来たんだよ。まあそれは名目上で、ブルクの様子見と応援にね」

「なるほどです。でも今年は、ブルクのクラスは残念でした」

「ああ、そんなこともありますよ。本人は少々、落ち込んでいたみたいですがね」


 ベンヤミンさんはそう言って、ニコニコ笑っていた。


「そうそう。このふたりも紹介しとくね、ザック君。ほら、先日はあれで、紹介が出来なかったからさ」


 ヴィクティムさんは、控えている護衛のふたりを手招きして呼んだ。


「ふたりともうちの騎士団員でね。この人はエルンスト・ホイス騎士だ。それからこっちはアンネリーゼ・ヘラー従騎士ね。皆さん、よろしくお願いします」


 俺もジェルさんたちレイヴンのメンバーを紹介する。

「ほう、彼女らがザカリー様のレイヴンですな」と、ベンヤミンさんが呟いた。レイヴンという名称まで把握してるんだな。


「先日護衛をされていた、もうおひとりは?」

「ああ、あの人は、セオの護衛だよ。王宮騎士さ」


 エルンスト騎士と雰囲気が良く似ていたガタイの良い中年さんは、王宮騎士だったんだ。

 第2王子にひっついていた、口のうまい副騎士団長のサディアス・オールストン騎士とは、真逆のタイプだったよね。

 闘える騎士の一派と言われている方の人ですかね。



 エルンスト騎士とアンネリーゼ従騎士はジェルさんたちに案内され、馬車を置いて馬を繋ぐために騎士団分室施設の方に行った。

 あとで屋敷の方に案内されて来るだろう。


 それでヴィクティムさんとベンヤミンさんを屋敷の中に招き入れる。

 玄関ホールではフォルくんたち少年少女が控え、シルフェ様とシフォニナさん、アルさんも出迎えに出ていた。

 今更だけど、この人外の方たちがうちの屋敷の一員になっているのは良いのでしょうかね。


 それで、初めて顔を会わせるベンヤミンさんに紹介する。


「エステル様のお姉様のシルフェ様に、従姉妹さんのシフォニナ様、そして執事のアル殿ですか。そうですかそうですか。いや、ブルクからは聞いておりますよ」


 ブルクくんもいま紹介したように認識しているので、それ以上はベンヤミンさんも知らない筈だが、言葉にはしないけど何となく含みのある言い方だった。

 彼は、辺境伯家における外交官的な役割をしているので、隣領のうちのことは良く調べているのかも知れない。

 まあ、人外の方たちだということまでは、調べられないとは思うけどね。


 それはともかくとして、おふたりをラウンジに案内し、紅茶と一緒にグリフィンプディングとグリフィンマカロンをふるまう。

 貴族の男性ふたりに甘いプディングとマカロンというのも、考えてみると何なのだが、まあ学院祭が終わって直ぐというところの流れでね。


「おお、これはグリフィンプディングだったよな。そしてグリフィンマカロンか。こっちの方は、先日は食べなかったから楽しみだ。ベンヤミンさん、これは美味いよ」


「甘い物は大丈夫でしょうか、ベンヤミンさま」

「ええ、大好物ですよ、エステル様。何でも、こちらのグリフィンマカロンは、王都でも販売が始まったとか。わたしもまだ、口には出来ておりませんが」


「これは、うちの屋敷の手作りなんですよ」

「ほう、それはそれは。つまり、オリジナルということですな。販売の方は、確かカロリーナ嬢の父上のソルディーニ商会でしたな。いや、うちのブルクも、カロリーナ嬢とも親しくさせていただいて。何とも幸せなやつですよ」


 ベンヤミンさんは外交官なだけあって、事情通で口も良く廻るよね。

 どちらかというと、話している分には大人しめのブルクくんのお父さんとは思えない。



「ベンヤミンさんからも聞いているけど、そういう意味ではザック君の課外部って、なかなかの人材が揃っているそうだね。あとは、セリュジエ伯爵家のお嬢さんにモンタネール男爵家の息子さん。それからアマディ準男爵家のお嬢さんか」


「はい、それと今年の1年生で、グスマン伯爵家の四女さんと、エイデン伯爵家の騎士の息子さんが入りました」

「ほう、それは凄いな。その課外部は、君が創ったのだろ?」

「ええ、姉のアビーの真似をしましてね。姉も自分で創りましたから」


「聞いてますよ。アビゲイル様は剣術の課外部を創られて、ザカリー様は何と入学早々に創られたのですな。剣術と魔法の特待生に課外部も創られて。アビゲイル様は昨年の大会で優勝と、本当にたいしたご姉弟です」


「褒め過ぎだよ、ベンヤミンさん。あんまり褒めると、ザックが調子に乗るから」

「はっはっはっは。うちの息子は帰省すると、ザカリー様の話ばかりしますからな」


 ルアちゃんとかの話は、あまりしないのかな。恥ずかしがり屋さんだな、ブルクくんも。

 だけど、オーレンドルフ準男爵家でそんなルアちゃんの話題を出したら、このベンヤミンさんが直ぐに動き出しそうだよね。

 そこら辺は想像だけど、もちろん息子のブルクくんは自分の父親のことは良く分かっているだろうからな。



「そう言えば、今日、僕がザック君の屋敷を訪問するつもりだって、競技場を出るときにセオに言ったら、俺も行くとか連れて行けとか煩かったんだよ。それから、シルフェさんは独身だよなとか、あの姉妹はどこの家の方なのかとか、もう煩くて、あのあと参っちゃったよ。はっはっは」


 ヴィクティムさんがお気楽な調子で、そんな話を披露した。

 アビー姉ちゃんが隣に座るエステルちゃんに、「セオって誰?」とか小声で聞いている。

 それでエステルちゃんが姉ちゃんの耳元で囁くと、姉ちゃんは口を小さく開いて固まった。


「そうですか。いえ、何も問題がなければ、セオさんに来ていただくのは良いのですけどね」

「そうだよな。何も問題がなければね。まあいずれ、ザック君はセオに、王宮に招かれるんじゃないかな」

「はあ」


 王宮ですか。それは面倒くさいな。


「あと、エステルさんのご実家については、僕は何も知らないと答えておいた」


 仮に知っていても、知らないと答えたのだろうな。辺境伯家のヴィクティムさんならそう答えるのだろうと、俺は直感的に思った。

 それで隣のエステルちゃんの顔を見ると、少し不安そうな表情をしている。

 シルフェ様はニコニコしてるけどね。


「(家名ぐらいは話してもいいんじゃない。エステルも、言ったりしたこともあるんでしょ)」

「(シルフェ様とシフォニナさんも同じ家名ということで、いいんですよね)」


「(それは姉妹だし、従姉妹ですからね。それにしてもあの王太子とやら、わたしのことが気になったのねぇ。うふふふ)

「(おひいさまったら)」

「(ん? どういうことじゃ?)」


 話を聞いていたのかいなかったのか、アルさんはどうも分かっていないみたいだよね。



「エステルちゃんの家は、国外の小領主の家で、シルフェーダ家と言います」

「シルフェーダ家か、なるほど。ベンヤミンさんは知っていたのか?」

「以前、グリフィニアを来訪した際にご紹介いただきまして。辺境伯家にも関わりの深い家ですので」


 ヴィクティムさんはその言葉に納得した顔をした。


 そうか、エステルちゃんのお父さんのエルメルさんは、辺境伯家の調査探索部門のたぶんお偉いさんだ。

 なので、国外のシルフェーダ家と聞けば、もうファータのシルフェーダ家で、エルメルさん関係だって直ぐに分かっちゃうよな。


 もう、こういうことがあるんだから、エルメルお父さんとかユリアナお母さんとか、エステルちゃんと俺のことを誰にどこまで話しているのか、事前に教えておいてほしいよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく拝読させてもらっています。 [気になる点] ベンヤミンは320話の時点で、エステルの家名がシルフェーダだと知っているはずなので、ここで納得するのは変な気が…?
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