第480話 今年の学院祭が終わりました
例年は学院トーナメント決勝戦が終わったあと、インターバルを入れて決勝戦を戦った選手たちを休ませてから表彰式と閉会式を行っていた。
しかし今年は、審判員を務めた教授たちプラス俺による模範試合が入ったため、それほどの間を置かずに表彰式と閉会式を行い、総合戦技大会は無事に幕を閉じた。
もちろん、表彰式にセオドリック王太子や辺境伯長男のヴィクティムさんは登場しない。
彼らなら学院の先輩としても充分にプレゼンターの資格はあると思うが、本来のお忍び観戦というのはそういうものだろう。
ジェルさんたちうちのお姉さん方は、模範試合が終わったあともそのままフィールドに残り、表彰式と閉会式を見守ってから貴賓席に戻って行った。
そして学院生の選手たちがフィールドを後にし、審判員たちも控室へと戻る。
俺はひとりフィールド上に残って、今年も競技場をあとにする観客たちを見送る。
貴賓席から俺に手を振りながら出て行くエステルちゃんたち、うちの屋敷の皆が見える。
学院トーナメントには進出出来なかったが、俺が模範試合に出るというので魔法侍女カフェを早仕舞いして観戦に来てくれた、2年A組のクラスメイトが手を振っているのも見える。
今年は学院祭中にあまり顔を会わさなかったアビー姉ちゃんが、何故かうちのクラスに混ざって俺に大きく手を振っているのが見える。
そして、まだひとりフィールド上に残っている俺に気がつき、拍手をしたり声を掛けてくれたりしながら観客席を立って競技場をあとにする、たくさんの人たちが見える。
今年も学院祭と、そして総合戦技大会が終わったね。
俺は深く深く頭を下げて、去って行く皆さんに感謝をする。
やはり今年もクラスの選手としては出場出来なかったけど、模範試合で闘うことが出来た。
でもそれ以上に、こうやって最後までフィールドに残り、来場していただいたすべての観客の人たちを見送ることが出来たのが、とても嬉しかった。
審判員控室に戻ると、先生たちはまだ全員残っている。だが、控室はとても静かだった。
部屋の隅で、ジュディス先生とフィロメナ先生が何か小声で話しているぐらいで、あとの男性教授陣は無言だ。
「ザックくーん、戻ったのね。お疲れさまー」
「お疲れー。今年も最後まで、お客さんたちのお見送りをしてたのね」
「ええ、なんだか去年にそうしたから、今年はしないというのも変なので」
「あなた、貴族のご長男なのに、変わってるわよね」
「それは今更だけど。ふふふふ」
「言えてるー。はははは」
要するにジュディス先生とフィロメナ先生は、模範試合に勝ったので上機嫌なのですな。
ただ、負けた方の男性教授4人が沈黙の中にいるので、俺が控室に入って来るまではふたりで小声で話していたということのようだ。
俺はちらりと男性教授の方を見る。それぞれがバラバラに座っていたり、黙って片付けなどをしている。
クリスティアン先生とディルク先生は意外とさっぱりとした表情なのだが、問題は部長教授のふたりだ。
フィランダー先生は椅子にぐったりと腰掛け、天井の方を見てなんだか考えごとをしているみたいに見える。
俺が控室に入って来ても、こちらを見ようともしない。
一方でウィルフレッド先生は直ぐに俺の方を見たが、口をもごもごさせながら何か言いたそうで、でも声を一向に出さない。
今日はこのあと魔法侍女カフェのお疲れさま打ち上げもあるし、俺が身の回りの片付けを終えて控室を出ようとすると、ようやくウィルフレッド先生が声を発した。
「その、ザカリーよ」
「あ、はい」
「お疲れさまじゃった」
「はい、お疲れさまでした。先生方、ありがとうございました」
「お。そ、そうじゃな。こちらからも、ありがとうじゃ」
クリスティアン先生やディルク先生たちも、「お疲れさま。ありがとう」と応えてくれた。
「では、僕はこれで」
「その、なんじゃ。休み明け、反省会じゃ」
「はい?」
「いろいろ聞きたいこと、言いたいことがあるから、反省会をすると言ったのですぞ」
ああ、そういうことですね。特に知りたがりのウィルフレッド先生は、聞きたいこと言いたいことがあるのだろう。
あと、フィランダー先生も俺の顔を見つめて来ている。やはり何か言いたいけど、今日は言葉にならないという感じなのだろうか。
おじさんに見つめられても、俺はちっとも嬉しくないけどね。
「そうですね。いいですよ、反省会をしましょう。休日明けは学院祭の片付け日ですから、次の日の4時限目終了後でいいですか?」
「そ、そうじゃの。そうしようかの。皆もよろしいかな」
ということで、休日明けの2日目に反省会をすることになりました。
魔法侍女カフェに戻ると、こちらは賑やかにクラスの皆が揃っていて俺を待っていてくれた。
さあ、お疲れさま打ち上げをしましょうかね。
総合戦技大会出場メンバーのご苦労さん会は先日に済ませたので、今日は魔法侍女カフェでの出来事やそれから先ほどの模範試合観戦の話で盛り上がる。
「なあ、ザック先生よ。フィランダー先生を吹き飛ばしたあれって、何だ? 魔法なのか?」
「そうそう、あれあれ。ホント吃驚したわよね」
「あんなにでっかいフィランダー先生が、真後ろに吹き飛んだのよ」
「あれって、50ポードは行ったんじゃないか」
「背中から落ちたけど、普通の人間なら大怪我だぞ」
「いや、フィランダー先生も普通の人間でしょ」
「直ぐに、ザックくんとこのライナさんが引っ張って出して、回復魔法を、ってあれ?」
「ライナのお姉さんが、引っ張れるものなの? あんなにでかいのを。確か片手だったわよ」
「…………」
そうですなあ。冷静に思い出して考えてみると、突っ込みどころがいくつかありましたなあ、あの模範試合の場合。
「えーとですな。ライナさんがフィランダー先生を引っ張り出したのは魔法でして。それで僕が撃ったのは、じつは魔法ではないのですな」
「ライナさんのは、やっぱり魔法なのね。そうよねー」
「でもよ、ザック先生のあれは、魔法じゃないのか」
「そうなのでありますよ、ライ」
「あ、わたし、わかりました、です。あれって、グリフィニアで伝説の、ですねザックさま」
「ああ、カロちゃんはやっぱり知ってるのか。あれは掌底という、まあ言ってみればキ素力を応用した体術、格闘術だね」
「なになに? グリフィニアの伝説って、何なのカロちゃん」
「それは、です。これはエステルさまから、その当時に箝口令が出されたことでも有名、なのですが。その時のザックさまは、僅かに5歳……」
「ふんふん」
それからカロちゃんは、俺が初めて冒険者ギルドを訪問した際に、ニックさんを吹き飛ばした話を語った。
「このことを外に漏らしたら、首ちょんぱですよ」というエステルちゃんが発した言葉も、ちゃんと知っている。
ぜんぜん箝口令になってないじゃない。結局、冒険者の連中は口が軽いんだよな。
「その一件から、ザックさまは若旦那、エステルさまは姐さんと、グリフィニアの冒険者から呼ばれて怖れられ、かつ慕われるようになり、そしてグリフィニアの伝説のひとつとなった、です」
「ほぉー」
「その伝説の出来ごとから8年の時を経て、わたしたちも同じものを見ることが出来たって訳ね」
「そう、です」
俺自身が気がついていなかったのだけど、どうやらあのキ素力を使った掌底は、見る人たちに強いインパクトを与えるものらしい。
そしてそれ以上に、喰らった本人はショックを受けるようだ。
魔法が普通にあるこの世界では、火や風、水や氷といった目で見て分かるもので攻撃される分には、それほどの驚きはない。
しかし、掌を突き出されただけで人間が吹っ飛ぶというのは、初めて見た人には逆に大きな驚きを生むようなのだ。
だからあの時のニックさんも、今日のフィランダー先生も強いショックを受けたのか。
先生があのあと、ひと言も言葉を発しない理由はその辺にあるんだろうな。
「それから、霧だよな。あれももちろん、ザック先生の仕業なんだろ」
「あそこで、フィールドの上が、ぜんぜん見えなくなっちゃったわよ」
「その間に、ウィルフレッド先生とクリスティアン先生を、ザックくんが倒しちゃったのよね」
「あの霧もそうだけど、わたしが驚いたのはジュディス先生の火球魔法よね。なんで、6発も連射出来るのか、わたしにはわからなかったわ。あれって、いちどの発動でよね」
「そうそう、良く見ましたなヴィオ店長。いちどの魔法発動でありますぞ」
「ふーん、そんなことが出来るのね。わたしにも出来るものなのかしら」
「あれは、特訓の成果でありますからな。つまり、訓練すれば出来るのですよ。ただ、あれはあの試合用のもので、魔法自体の攻撃力は低いものなんだけどね」
「そうなんだ」
ウィルフレッド先生が試合開始直後に放ったエクスプロージョンの魔法と、あの機関砲火球魔法を比較例に出して、俺は簡単に解説した。
つまり、攻撃力ならエクスプロージョンの方が遥かに上だが、実戦の戦闘ならばともかくとして、模範試合では危険過ぎて相手にまともに当てることが出来ない。
今回は、俺とフィロメナ先生が急襲するための効果的な牽制攻撃魔法として、あの機関砲火球魔法を使ったのだと説明する。
ただし、とは言っても決して簡単な魔法ではなく、ジュディス先生の技量があって初めて短期間の特訓で身に付けることが出来た、というのも付け加えておいた。
「ねえねえ、すっごく素朴な質問なんですけど」
「なによ、素朴な質問て。ザックくんに?」
「そう。ザックくんは、どうしてあの霧以外、攻撃する魔法は使わなかったの?」
「そんなの、その瞬間に試合が終わっちゃうから」
「先生方が、大怪我します、です」
「ザック先生はよ、手加減が下手なんだ」
ああ、うちの総合武術部員のお三方、俺が答える前に回答をありがとうございます。
そんなことはないと思うんだよ。
俺が機関砲火球魔法か、それともCIWS火球魔法を撃っても良かったのですよ。1分間に数百発とかさ。
お疲れさま打ち上げでは話題が尽きなかったが、頃合いを見てお開きとなった。
今年も最後にヴィオちゃんの号令で、裏方を務めてくれた男子たちに魔法侍女10名が一斉にありがとうとお礼を言い、男子からもご苦労さまと労った。
昨年から続く、うちのクラスの学院祭を締めくくるひとコマだね。
それから簡単に片付けをし、余った乾菓子を主に女子たちに配り分けて解散する。
俺はいちど寮に戻ってから、そのまま王都屋敷に走って帰ります。
「おお、ザカリーさま、お帰りなさい。ご苦労さまでござったな」
「凄い試合を見せて貰いました。興奮しましたぞ」
「ただいま、アルポさん、エルノさん。楽しんで貰えて良かったよ」
「霧を出されたところなんぞ、里への土産話になりますわい」
「そうそう、あれはファータの者も覚えたい魔法ですの」
アルポさんとエルノさんの目の付けどころは、ファータのベテラン探索者らしいよね。
そうだよな。まずはティモさんとこのふたりに教えて、覚えて貰おうかな。
屋敷の中に入ると、エステルちゃんたちが出迎えてくれた。
「ザックさま、お帰りなさい。お疲れさまでした」
「お帰りなさいませ、ザックさま」
「フォルくんたちが、早くザックさまから試合の話が聞きたいって、お帰りを待ってたんですよ」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんが、ザックさまはまだかなぁって、煩くて」
「ユディだって、遅い遅いって煩かったじゃないか」
「シモーネも、待ってました」
俺と試合の話がしたくて、うちの子たちが待っていてくれたんだね。
「ザックさまは、夕ご飯がまだですよね。みんな、お話をする前に、ザックさまのお食事の用意ですよ」
「はーい」
少年少女たちがパタパタと厨房へ走って行った。
それを見送ってから、エステルちゃんが俺の耳元に口を近づける。
「明後日、ヴィクティムさまがこちらに来たいと、ザックさまに伝えて欲しいって、競技場の席を立つ前におっしゃってました」
ヴィクティムさん、来るのか。魔法侍女カフェでは話せないこともあっただろうしね。
彼がうちを訪問してくれるのが、俺はちょっと楽しみだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




