第479話 模範試合の闘い
ジェルさんの吹くホイッスルが鳴った。模範試合の開始だ。
主審が彼女で、オネルさんが副審、ライナさんが魔法審判を務める。
こちらの布陣は、フィロメナ先生が前衛の左、俺が同じく右、そしてジュディス先生が後衛のセンターと自陣フィールドに逆三角形で広く位置を取っている。
3人しかいないのでスカスカだよね。
一方で相手陣営は、俺がこちらの右側に位置取ると、その前方センター寄りにフィランダー先生が移動して来た。
やる気満々ですな。
ディルク先生が反対側前衛にいる。そしてウィルフレッド先生とクリスティアン先生が後衛で少し間隔を取っている。
この模範試合では、当初は日によって審判員を務めているイラリ先生も相手チームで参加する予定だったが、俺のチームが3人となったと聞いて出場を辞退した。
「これは観戦の方が楽しめそうですので」と言っていたそうだ。
彼は剣術や弓、それに魔法にも長けたマルチプレイヤーのエルフさんなので、相手チームにいればそれはそれで面白かったのに残念だよね。
試合開始のホイッスルが鳴っても、誰も直ぐには動かない。
さすがに10代の学院生じゃないから、いきなり走り込んでは来ないよね。
こちらも動かない。
すると、最後方と言っていいウィルフレッド先生が、センター寄りにゆっくりと前進しているのが見えた。
ああ、これは魔法をぶちかます気だな。だがこちらの3人は間隔を空けて大きく離れているので、複数人をいちどに狙うのは難しいだろう。
と思っていたら、誰もいないこちらフィールドのセンターにひゅるひゅるひゅると火魔法が飛んで来た。
飛翔速度はそれほどでもないが、通常の火球魔法、ファイアボールよりも火球が大きい。
それが俺たちの作る逆三角形の真ん中、誰も居ないフィールドに着弾してドカーンと爆発し、火焔が半径3、4メートルの範囲で大きく広がった。
おい爺さん、やりやがったな。
これはファイアボールなんかじゃない。小型のエクスプロージョン、つまり火焔爆発魔法だ。
ファイアボールより遥かに威力が高く、直撃すれば殺傷する能力がある。
たぶん学院生では出来る者はおらず、仮に出来たとしてもこんな試合で使う魔法ではない。
だからわざと、誰もいない場所に撃ち込んだのだろうが、危ないですよ先生。
観戦する観客席の皆さんも度肝を抜かれたかのようにシーンとしていると、今度はそのウィルフレッド先生の後ろに回り込んでいたクリスティアン先生が、鋭く速度の速いアイススパイクを俺とフィロメナ先生に向けて、交互に連続して撃ち込んで来た。
俺は見切りでそれほど動かずに躱す。ちらりと左方向を見ると、フィロメナ先生も軽いステップで難なく躱している。
それを見て俺は彼女に合図をした。少しずつ後退するのだ。
そんなふたりにアイススパイクが再び襲い、ウィルフレッド先生も今度は速度の速い小型の火球魔法を撃ち込んで来た。
氷と火球が互いに目をくらますかのように飛んで来る。
左右に離れた俺とフィロメナ先生を交互に狙っているので、圧倒的な攻撃魔法量という訳ではないが、学院生が放つものよりは遥かに連続していて飛翔して来る間隔も短い。
それでも俺とフィロメナ先生は躱しながら後退する。
これを見た前衛のフィランダー先生が、背後から飛ぶ魔法の軌道を外しながら前進し始め、それに合わせてディルク先生も前に進み出した。
俺たちが前進して来ず、却って距離がかなり空き始めたので、詰めようというのだろう。
そろそろいいかな。
おれは振り返って、後方センターのジュディス先生に合図をする。
魔法も、そして相手前衛の動きも俺とフィロメナ先生をターゲットにしているので、彼女は現在のところフリーだ。
そのジュディス先生は大きく頷くと、じりじり後退する俺たちとは逆に前方にゆっくり走り出す。
そして機関砲火球魔法を相手前衛に向けて撃ち放った。
フィランダー先生に向けてシュパパパパパンと6連発。続けて左前方のディルク先生に同じく6連発。そしてまたフィランダー先生に6連発。更にディルク先生に6連発。
きわめて小型の火球弾が、追いかけるように6つの軌跡を描いて高速で飛ぶ。
それまで俺たちチームが何もせずに後退し始めていたので、観客の皆さんはハラハラしていたのだろう。そこで、うぉーという歓声が上がる。
続けて12発の火球弾を浴びた相手前衛のふたりは、驚いて避けながら足を止めた。
そこで俺は後退をやめ、こんどは一気に高速前進する。長距離版縮地もどきよりもやや速度が遅い感じの移動だ。
おそらく阿吽の呼吸で、フィロメナ先生も持てる最大速度を出して前方に突っ込んだ筈だ。
ジュディス先生が撃った機関砲火球魔法をまるで追いかけるようなかたちで、俺はあっと言う間にフィランダー先生に接近し、そして間合いに入って彼の胴に横薙ぎ一閃を打ち込んだ。
「うぉおおー」
一瞬の出来事に大きな叫び声を上げて、フィランダー先生は俺の横薙ぎをかろうじて避け、その拍子でごろごろ横転したが、直ぐに立ち上がる。
なかなか素早い反応だ。転びながらも良く体勢を持ち直しましたな。
俺はいったん後ろに跳んで、間合いを離れた。
「むふふふ。一撃ではダメでしたな」
「ん、な、このやろ。一撃なんかで倒されるかよっ」
「では、これはどうでしょうかなっ」
俺は言葉が終わる前に一歩前に踏み出すと、大きく高く跳躍した。
そして上空で木剣を頭の上に担ぎ、落下速度に乗せてフィランダー先生に向け振り下ろす。
「ぬぐっ」と、先生は木剣を横にしてガンとそれを受ける。こんどは倒れることなくしっかりと受けたな。
俺は着地と同時に再び間合いの外に離れる。
「人間離れした動きばかりしやがって。こんどは俺から行くぞ」
フィランダー先生が重戦車のように突進してきた。
それでは受けましょうか。
先生は待ち構える俺との間合いに入ると、いきなり上段から強烈な一撃をかまして来た。
おいおい、頭部にでもそんなのが当たったら死んじゃいますよ。
俺は寸前で見切り体を捻って躱すと、先生の胴へと木剣を当てに行くように打つ。
そこからは打ち合いが暫く続いた。
フィランダー先生と木剣を合わせながら、左方向を見るとフィロメナ先生とディルク先生が激しく打ち合っていた。
後方のウィルフレッド先生とクリスティアン先生には、ジュディス先生の機関砲火球魔法が交互に飛んでいて、彼らからも火球とアイススパイクが飛び、激烈な魔法戦が行われている。
6連発の機関砲火球魔法で発射数は負けておらず、逆にジュディス先生の方が弾数は多いくらいだが、やはり2対1だとそのうち息切れして撃ち負けしそうだよな。
そろそろ向うに加勢しますか。
「余所見してんじゃねえぞ」
「はい、すんませーん」
そこで俺は再び後方にぴょんと跳んで、距離を取った。
すかさずフィランダー先生は俺の高い跳躍を警戒して、木剣を高く持ち上げる。
いいんですか? 胴が空きますよ。
縮地もどき。
真の縮地はこんな大観衆の前では見せないが、まあその一歩手前ぐらいならいいだろう。
俺は一瞬でフィランダー先生の真正面、その懐の間合いの内に体勢を低くして潜り込む。
そして右手を木剣から離し、掌を前に出してキ素力を込めた掌底を彼の頑丈そうな胴体に撃ち込んだ。
ドッカーン。
フィランダー先生の巨体が後方に遠く吹っ飛ぶ。15メートル以上は飛びましたかね。
少し飛ばし過ぎましたかね。背中から落ちたけど、頑丈そうだからまあ大丈夫でしょう。
「フィランダー先生、退場」
副審のオネルさんの鋭い声が響く。
今回、俺は選手なので試合中の診察や治療が出来ないが、その倒れている方を見ると、ライナさんが走って来てフィランダー先生の肩を片手で掴み、ずるずるとフィールド外に引っ張って行って回復魔法を施していた。
あれ、重力可変の手袋を装着してるんだね。
観客はそんなものかと見てるみたいだけど、冷静に考えたら細身だけどグラマラスな若い女性が、大男の肩を片手で掴んで引きずって行くという異常な光景なんですけど。
でも試合中だから、まあいいか。
「伝説の掌底撃ちですねっ」と、俺の近くにいたオネルさんが小さく声を出して離れて行った。
彼女らにも掌底撃ちは教えてあるけど、こういった試合中で俺が撃つのは初めて見ただろう。
伝説のって彼女が言ったのは、5歳の時に冒険者ギルドの訓練場でやはり大男のニックさんに撃ったのを言っているんだろうね。
フィロメナ先生とディルク先生の闘いはまだ決着がついていないが、さて俺は魔法合戦をどうにかしましょう。
そこで俺は攻撃魔法が飛び交う相手フィールドの中央に、霧を作る魔法を放った。
これは風魔法と水魔法に火魔法の3つの元素魔法を複合させた俺のオリジナルで、シルフェ様の霧の石からヒントを貰っている。
温かい空気と冷たい空気が接すると、大気中の水分が霧になりますよね。
今回の模範試合で俺は攻撃魔法を撃たないつもりだったが、これは攻撃魔法ではないのでまあいいとしよう。
と思って発動させたら、ちょっとデカ過ぎました。
ウィルフレッド先生とクリスティアン先生の前方を中心に、もうもうと霧が湧き出し始め、みるみるうちにフィールド上の視界を塞いで行く。
突然の深い霧の出現に驚いたのか、先生たちからの魔法が止んでいる。
一方でジュディス先生も機関砲火球魔法を撃つのをいったん止めたが、広がって行く霧の中で俺の方をちらりと見ると、視界を塞いだその霧に構わず再び撃ち出した。
小さな火球弾の赤い軌跡が筋となって、霧の中を飛んで行く。
フィロメナ先生とディルク先生は霧の中で構わず闘っているようだ。
俺もぼーっとしている訳にはいかないので霧の中を高速で走り、まずはウィルフレッド先生の目の前に出現すると、目をまん丸く開いて驚く爺さん先生の胴を軽く打った。
「うっ」と、痛さと言うよりも突然のことで先生が膝を突く。
そして俺は直ぐさま走り出し、今度はクリスティアン先生の前に現れると同じように胴を木剣で打った。
「ウィルフレッド先生とクリスティアン先生、退場」
霧の中をライナさんの声が響く。彼女にはふたりが膝を突いたのが分かったみたいだ。
そして俺の方に近づいて来る。
「ザカリーさまぁ、そろそろ霧を消してよねー」
「あ、はいであります」
「わたしも手伝うからー」
「すみませんであります」
それで相手フィールド後方からふたりで風を吹かす。
乾燥していて少し温かくした強い風を吹かせば、霧は晴れるんですよ。
みるみる霧が晴れて行くと、激戦を行っていたフィロメナ先生とディルク先生の闘いの決着がついたところだった。
フィロメナ先生がなんとかディルク先生を倒して、特訓の成果が発揮されたようだね。
ジェルさんのホイッスルが長く吹かれる。
模範試合は俺たちのチームが勝ちましたよ。
俺はまず倒れているディルク先生を診察して回復魔法を施し、それからクリスティアン先生、ウィルフレッド先生と見て廻る。
彼らには木剣で強く打った訳ではないので、身体に問題はない。それでもふたりに回復魔法をかける。特にウィルフレッド先生はお爺ちゃんだからね。
そして最後に、フィールドの外で座り込んでいるフィランダー先生を診察した。
ライナさんが直ぐに回復魔法を施していたので何も問題は無さそうだが、それでも念のために再度の回復魔法をかけてあげた。
先生は座ったまま疲れた顔で俺の顔を見上げたが、何も言わなかった。
「これにて模範試合は終了となりました。勝利したのは、ジュディス教授、フィロメナ教授、そしてザカリー・グリフィン君のチームです。皆様、盛大な拍手をお願いします」
場内アナウンスが流れる。
総合競技場の観客席は全員立ち上がり、割れんばかりの大きな拍手がフィールドに響き渡って来た。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




