第45話 港町アプサラに行こう
こうして、去年の秋から今年の初夏にかけて、オネルヴァさんの騎士見習い卒業を記念した試合稽古、ヴァニー姉さんのセルティア王立学院入学、俺の魔法稽古の開始といろいろな区切りの出来事があった。
そういえば5月27日の誕生祝いの夕食の席。今年はヴァニー姉さんが王都の王立学院で寄宿生活をしていていないから、ちょっと寂しかったな。
それで、毎回恒例のヴィンス父さんからの「今年は何したい?」の問いかけ。
俺は思いついたことがあった。
「アプサラに行ってみたい」
グリフィン子爵領の第二の都市、港町のアプサラに俺はまだ行ったことが無い。
たぶん姉さんたちも、物心ついてから行ったことは無いよね。父さんは内政仕事の関係で、年に1回くらいは行ってると思うけど。
「それいいわ! 母さんは大賛成します。もう何年も行ってないですし」
「わたしも行きたい、行きたい!」
アン母さんもアビー姉ちゃんも大乗り気だ。
例のごとく父さんは、控えている家令のウォルターさんの顔を見て、目配せで会話をしている。
「そうだな、よし、ではヴァニーが夏休みで帰って来たら、家族みんなでアプサラに行こう!」
「はーい!」
母さんとアビー姉ちゃんが手を挙げて返事をする。
いちおう俺の誕生日祝いなんだけどね。でも、ヴァニー姉さん抜きで行く訳にいかないから、良かった。
それから6月に入って20日過ぎ、ヴァニー姉さんが王都から帰って来た。
「父さん、母さん、ただいま。帰って来ました」
「はい、お帰りなさい。元気そうね」
「おー帰って来たか。王立学院の制服だな。いいなー。似合ってるなー」
「姉さん、お帰りなさい」
ヴァニー姉さんは制服姿だった。
たった4ヶ月ぐらい振りなのに、なんだか制服を着た姉さんが大人びていて、ますます美人になったみたいだった。
はいはい父さん、玄関ホールでそんなにずっと姉さんの制服姿に見蕩れていないで、早く食堂かラウンジにでも行きましょ。姉さんも疲れてるんだからね。
それから、夏至祭も無事に終えて7月に入り、いよいよアプサラ行きの日程が決まった。
出発は今月の15日。2泊3日の小旅行だ。
領都グリフィニアからアプサラまでの距離はおよそ70キロメートルで、領内の流通を担うよく整備された基幹の道路が通っている。
馬車で行くと、途中休憩を入れてだいたい7時間ぐらいで到着するそうだ。
この辺は事前に、式神のクロウちゃんにアプサラまで往復させて、地図とともに確認している。
アプサラは俺たちがいるニンフル大陸と、海の向こう側のエンキワナ大陸の間にある狭い海・ティアマ海に面した港町で、漁船や貨物船の基地になっている。
ちなみに狭い海と言っても、アプサラからエンキワナ大陸まで2,000キロは離れているみたいだから、対岸が見える訳じゃないよ。この距離については、今の俺には正確には分からないけど。
とにかく港町で漁港もあるから海鮮食材が豊富だよね。馬車で6、7時間の距離なので領都にも多く運ばれている。
港町アプサラを直接治めているのは、グリフィン子爵の代官を担っているモーリス・オルティス準男爵という人だ。
うちの家令のウォルターさんの家名はオルティス。はい、つまりウォルターさんの実家でありお兄さんという訳です。
年齢もそう離れていないそうだけど、ただし性格というか雰囲気はだいぶ違うらしい。
今回の小旅行が決まって、ウォルターさんに出身の町だし一緒に行くのかと聞くと、
「いえ、今回はご遠慮いたします。ご一家のお留守の間、お屋敷をお護りしないといけません。特に兄に会わなくても大丈夫ですから。帰ると騒がしいですし」
と答えてた。
なんだか、オルティス準男爵には敢えて会わなくてもいいという感じだったなぁ。どんな人なんだろうね。
それでアプサラ小旅行の同行者だ。
まずお屋敷からは俺たち領主一家のほかに、お世話係の侍女さんが3名。
ひとりはアン母さん付きのリーザさんで、もうひとりは2月のヴァニー姉さんの王都行きに同行したフラヴィさんだ。このふたりがわが家の女性たちのお世話をしてくれる。
そしてもうひとりはエステルちゃんだね。もちろん俺のお世話係兼監視役です。
父さんのお世話係は、いません。
母さんが「私がするからいらないわ」と言っていた。自分にはお付きの侍女がいるのにね。
アプサラ行きが決まった3人の侍女さんたちは、そう告げられるときゃっきゃと大喜びだった。
フラヴィさんは王都に続けて今年2回目の出張だけど、あのときはウォルターさんと一緒だったから、きっと息を抜く暇もなかったんだろうね。
3人で輪になって、ぴょんぴょん跳ねて喜んでる様子を眺めていると、本当はいちばん年長の筈のエステルちゃんが年下に見える。
たしかリーザさんとフラヴィさんが同い年で17歳。エステルちゃんは今年18歳なんだけど、彼女自身が言っていたように精霊族ファータ人の特性で、気がついたら見た目が15歳で止まっている。
なるほど、ふーん、なるほど。
それからもうひとり、お屋敷からアシスタントコックのトビアス、通称トビーくんが同行することが決まった。
トビーくんの在職もずいぶんと長くなり、もう20歳を超えたんだね。
そんな彼のために料理長のレジナルドさんが、産地で新鮮な魚介類の食材を見て味わって勉強して来いって、同行を願い出てくれたそうだよ。
ふだんの日常と違う体験をしてこれからに活かせというのと、毎日真面目に頑張ってる彼へのご褒美じゃないかな。
あと、子爵一家の警護としては、騎士小隊の半数の騎士2名、従騎士1名、従士6名が従う。
物々しい警護が嫌いな父さんだけど、やはり5年前の魔人潜入事件のことがあるので、最低限の備えということだろう。
長年に渡って子爵専用馬車の御者を務めたブレントさんが引退したので、今回は従士のうち2名が領主一家の馬車と、侍女さんたちとトビーくんの乗る馬車の御者を務める。
騎士さんたち5名は騎乗だ。
ということで、総勢18名プラス式神カラス1羽という、そこそこの人数になった。
クロウちゃんも、もちろん行きますよ。
もっとも飛べば15分ぐらいでいけるんだけどね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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