第471話 今年の学院祭まであと5日
あれから10日余りがあっという間に過ぎた。
まず、ナイアの森の地下拠点関係だが、一次発注分の家具や備品設備類の搬入設置を終えたということで、一昨日の休日の1日目にはエステルちゃんたちと確認しに行った。
前室区画や作戦区画、それから倉庫などにはだいたい設置が終了しており、居住区画は半分ぐらいというところだろうか。
残り半分は二次発注分で、追って納品されることになっている。
地下拠点への搬入にあたっては、俺たちが所有することになった4つのマジックバッグを総動員し、効率的に搬入するために区画や種類で分けて収納して運んだそうだ。
また重量のある物の設置については、重力可変の手袋を装着したライナさんと、それからアルさんとのコンビが大活躍してくれたみたいだ。
アルさんは重力系の魔法が出来るし、そもそも本体がドラゴンだから素でも馬鹿力がある。
その日は、厨房や水回りなどの設備類を試して使ってみたり、拠点の使い勝手を確認して1日を過ごした。
現時点で特に問題は無く、まあなかなかの出来だと俺は自負している。
みんなが頑張ってくれたお陰だよね。
その翌日には、ジュディス先生とフィロメナ先生がまた屋敷に来て、2回目の特訓を行った。
前回からの10日間で、ジュディス先生は機関砲火球魔法を10連発まで高速で発射出来るようになった。おまけに、軽く走りながらでも数発の発射が可能になっている。
CIWSイメージまでは難しかったが、相手の先生方を驚かせて牽制するには充分だろう。
一方でフィロメナ先生の剣術は、なんだか凄く激しく鋭いものになっていた。
俺の見立てでは、オネルさんと剣術的にはほぼ互角の力を持っているのじゃないかな。
もちろん実戦経験がぜんぜん違うので、真剣を使った本物の戦闘では分からないけど。
それでも、これまで俺とのパーソナルトレーニングで鍛錬している縮地もどきも、だいぶ使えるものに近づいて来ていて、数メートルなら高速で移動出来るようになっている。
そこに剣の鋭さが加われば、かなりの実力者と言えるだろう。
こうして俺の周りの女性剣士を比べてみてみると、剣術ではジェルさんが抜きん出いて、次がオネルさんだが、フィロメナ先生とそれからアビー姉ちゃんが接近している感じだな。
そのアビー姉ちゃんは、今年の総合戦技大会への出場を辞退した。
昨年に3年生でチーム優勝を果たし、今年出場すれば彼女のクラスは2年連続の優勝が確実視されていたが、クラスの皆に頭を下げて自分が出場しないことを了承して貰ったそうだ。
ナイアの森の地下拠点確認に一緒に行って、その話を聞いた。
姉ちゃんのクラスに貴族家の子女は彼女ひとりしかいないそうだが、剣術では学院生で飛び抜けた実力者である子爵家の娘に深く頭を下げられたら、たぶんクラスの人たちも納得せざるを得なかったのだろうね。
その代わりに、姉ちゃんが外れたクラスチームのコーチを続けていて、「明日も朝から特訓よ」と、ナイアの森から戻ると、ひとり早めに夕食をたらふく食べて学院に戻って行った。
あと俺のクラスの方は、課外部での練習に合わせて特訓を続けて来た。
今年は、まずは学年優勝を目指し、無差別トーナメントでは3年生相手に1勝はしてほしいものだね。
今回俺からは、特別な戦術は話していない。どちらかと言うとノーマルに、彼らのいま現在の実力に任せるつもりだ。
去年は1年生で初めての総合戦技大会ということもあって、少々トリッキーな戦術に走り過ぎた反省もあったので、今年は普通に頑張って闘って貰おうと思っている。
「ザカリーさまが普通にって、なんだか似合わないですよね」という、うちのお姉さん方の声が遠くに聞こえるようだけどさ。これって、たぶんオネルさんだよな。
休日明けの今日は、学院祭直前5日間の初日だ。
今日から5日間は通常の講義があり、後半の5日間は学院祭が開催される。
通常の講義日と言っても4時限目が終わると学院祭の準備があり、総合戦技大会出場者は大会前の練習と調整にいそしむ。
うちのクラスの場合は、昨年と同様の魔法侍女カフェの出店準備に加えて、女子たちのステージの練習があるから大変だ。
特に、ヴィオちゃん、カロちゃん、ペルちゃんの総合戦技大会出場メンバー女子はとても忙しい。
講義を入れていない時間を利用して個々で練習をしたり、放課後には全員揃っての練習もあるみたいだからね。
それで、初日の今朝は臨時ホームルームだ。通常のホームルーム日は学院祭の初日にあたるからね。
今日はいつもより15分ほど早く、クラスの全員が集合している。
「おはようございます。それでは、臨時ホームルームを始めますよ。クラス企画の進捗確認は、ヴィオちゃんに任せていいのかな?」
「はいはーい。進捗状況を確認しまーす。まず、魔法侍女の制服だけど、サイズ調整はぜんぶ済んだそうよ。大丈夫よね、カロちゃん」
「全員分、終わった、です。あとで配る、です」
このぐらいの年齢の女の子は、著しく成長するからね。背も伸びて、出るところは出る。
魔法侍女の制服、つまりアン母さんが考案したうちの子爵家の侍女の制服は、ウェストがきゅっと締まってお胸の部分が大きく開き、下に着る白いブラウスのお胸がびゅんと出る。
なので、昨年着たもののサイズ調整が必要だったのですな。
最少限の費用でカロちゃんとこのソルディーニ商会が請負ってくれ、どうやらその費用はヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家が出したらしい。
カフェの備品類もセリュジエ伯爵家が提供してくれているから、本当におんぶに抱っこだ。
というか、伯爵家王都屋敷執事のハロルドさんの努力のお陰だろうな。
「カフェの準備もおっけーよ。あとは、新しいお菓子メニューなんだけど、そこのところはザックくん、どうなのかな?」
「むふふふ、ちゃんと完成しておりますよ。本日は新作のお菓子を、試食用に持って来ておるのでありますよ。あ、クリスティアン先生の分もありますからね。ご心配なさらぬように」
「やったー」
「お、そうなのか。ありがとう、ザカリー」
クラスから大きな拍手が沸く。
今年の新作であるグリフィンプディング、つまりカスタードプディングは、アデーレさんとエディットちゃんを中心としたうちに女性陣の努力で、ついに完成した。
俺がイメージしていた冷やしても柔らかく、口の中に入れると優しい甘さが蕩ける感じも出して貰えた。カラメルも上にちゃんと乗っています。
それから容器のカップも、俺が土魔法で作ったサンプルを参考に、うちの屋敷にあった白い陶器製の小さなカップと同じようなものを大量に発注してあって、今日の試食用も既に一部が納品されたそのカップに入れて作られている。
カップの横には、グリフィン子爵家のグリフィンの紋章が小さくあしらわれていて、なかなかオシャレな逸品だ。
このカップをなんとか300個ほど発注してある。つまり1日60個限定だね。
あとは昨年のグリフィンマカロン三色セットを、1日40セットほど提供する。
こちらは既に王都でも販売されているが、まだ食べたことのない人もいるだろうし、なにせグリフィン子爵家王都屋敷の謹製だ。
「さあ、ひとずつ取って、召し上がれ」
「わーい」
今日の試食用21個は、今朝屋敷を出る時にわざわざ氷魔法で冷やして梱包した箱に入れて、それをバッグに入れて無限インベントリに収納して来たものだ。
グリフィンプディングもグリフィンマカロンも日持ちがしないので、学院祭の開催初日と3日目の2回に分けて持込み、冷蔵保存する予定だ。
クラスの皆がひとりひとつずつ、薄黄色のぷるぷるしたカスタードの上に焦げ茶色のカラメルが乗せられたカップ入りプディングを机の上に置き、木匙を手に持ってそれを見つめている。
「ねえ、ザックくん。わたしたち、スプーンを持たされているってことは、これを掬っていただくのよね」
「もちろん、そうでありますよ」
「なんだか甘い香りがするわー」
「つんつんすると、ぷるぷるしてる」
「冷やしてあるのに、硬くなさそうなのよねー」
いいから食べてみなさいな。さあ、召し上がれ。
誰も手をつけ始めないので、俺がまず食べて見せた。
その様子をみて、皆が恐る恐るプディングを木匙で掬って口に入れる。
「うわー」
「甘ーい」
「美味しいわー」
「口の中で優しい甘さが広がるわ。これまでに経験しなかった新しい食感。上に乗せられた焦げ茶色のソースが、何だか甘苦くて、それが冷えたぷるぷると一緒に口の中で蕩けると、何とも言えない新鮮な驚きを提供してくれる」
誰だか食レポのようなことを言っているが、大好評のようだ。
「ねえザックくん。これって何ていうお菓子なの?」
「グリフィンプディング、であります」
「カップに、グリフィン子爵家の紋章が付いてる、です」
さすがうちの領のカロちゃんは、良く気がついたね。
「ねえねえザックくん。このカップって予備はあるの?」
「いちおう、提供できるプディングの数は用意しております」
俺は皆に、グリフィンプディングを1日あたり60個、グリフィンマカロン三色セットを40セット提供できることを話した。
「グリフィンプディングセットが1日60セットかぁ。でもこの美味しさだと、そのぐらいの希少価値よね」
「ねえねえそしたら、いま試食したこのカップってさ、記念にいただくとか出来るの?」
「ほしいほしい、わたしもほしい」
「わたしもわたしも」
ああ、カップが欲しいんですか。あげるのは、そうだなぁ。
普通、貴族家の紋章付きの物は、そうやたらと一般の人に進呈することは出来ない。
下賜というかたちになるし、何か名目も必要だ。
こんなカップならともかく、物によっては悪用される可能性もあるし、また下賜された者とその貴族家とが特別の関係であることを示す場合もある。
「領主貴族家の紋章付きの品は、やたらに貰えないのよ。下賜されると特別な間柄ってことになったりもするしね」
「ヴィオちゃん、そうなんだぁ。難しいのね」
「わたし、ザックくんと特別の間柄でもいいよ」
「あはは、じゃ、わたしもー」
いやいや、小さな紋章付きのカップひとつで、俺とそんな間柄にはなりませんから。
「まあ、うちのクラスのみんなならいいよ。あくまで友だちということで。でも、他の人にあげちゃダメだよ。捨てたいときは、砕いてくれればいいから」
「えー、捨てないわよ」
「もちろん誰にもあげない。記念だもの」
結局、全員が持って帰ることになった。クリスティアン先生は? あ、先生も持って行くんですか。いいですよ。
あとは魔法侍女のステージの件だね。
長時間のステージにするとお店の回転が悪くなるので、1回が10分ほどの短いものを1日3回ぐらいの予定で行うそうだ。
まあ、そこまで長いステージを準備できなかったというのもあるのだろう。
学院祭前日に、お店が出来上がった時点でリハーサルをして披露してくれるという。ゲネですな。
「これで今年も、セルティア王立学院学院祭の一番人気は間違い無いわよね」
「もちろんでーす」
「それじゃあ、あと5日間。準備を頑張るわよ」
「おー」
ヴィオちゃんが教壇で拳を上に伸ばし、それに呼応して女子たち全員が元気よく拳を高く突き上げる。
男子も控えめだが、それに倣って小さく拳を挙げた。
さあいよいよ、今年も学院祭が目前に迫って来ましたよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




