第470話 特訓を終えて、試食会
お昼を挟んで、午後は軽い戦闘訓練を行った。形式は3対3の模擬試合形式。
ジュディス先生とフィロメナ先生に俺も加わったチームと、ジェルさん、オネルさん、ライナさんのレイヴンお姉さんチームだ。
俺は魔法を使わず、木剣だけで援護に徹する。
レイヴンお姉さんチームが相手だと、手を抜いて相対せばこちらのチームは簡単にやられてしまいそうだし、と言って本気で俺が加わると先生たちの訓練にはならないからね。
そこら辺の加減がわりと難しそうだ。
訓練なのでジュディス先生には、いま取組んでいる新しい火球魔法のみを使って貰った。
一方でライナさんには土魔法を封印して貰い、風魔法での攻撃をして貰う。
彼女はシルフェ様の加護をいただいているので、現在では土魔法以外だと風魔法が最も威力もあり活用出来るようになっている。
なんとなく心配だったのか、エステルちゃんがフォルくんとユディちゃん、シモーネちゃんにクロウちゃんを連れて見学に来ていた。あと人外のお三方も見学だね。
戦闘訓練のかたちとしては、今日の練習で火球5連発発射まで出来るようになったジュディス先生が、相手方のジェルさんとオネルさんの動きを牽制し、フィロメナ先生が近接戦闘に向かって行く流れだ。
ジュディス先生はまだ動きながらの連発発射が出来ないので、後衛からの固定撃ちになってしまうが、それでも相手を牽制する効果はある。
もちろんジェルさんとオネルさんも、そう易々と身体に当てられることはないけどね。
ライナさんはかなりの速度でウィンドカッターを連発し、フィロメナ先生の動きを牽制する。身体を狙わずに牽制に徹してくれているようだ。
でもときどき、俺の方に高速のウィンドボムをぶつけて来るんだよな。当たると風の衝撃を起こす風爆弾だよね。
それを小型化かつ高速化しているようだ。きっと俺の機関砲火球を見て思い付いたんだろうな。油断がならない。
フィロメナ先生には高速だが普通のウィンドカッターを撃っているくせに、先生の後ろから援護に徹しようとする俺には高速ウィンドボムの連射を当てようとする。
まあ、そんなものじゃ当たってあげませんけどね。
そのあとは、俺がジェルさんの動きを抑えている間に、フィロメナ先生とオネルさんの木剣の打ち合いとなった。
なかなか激しい互角の打ち合いで、このふたりはいい訓練相手だね。
俺はジェルさんと間合いに入ったり離れたりを繰り返しながら、牽制しつつ木剣を合わせる。
それはいいのだが、ふたりが間合いに入った時に、こちらにウィンドボムを撃ち込むのはやめましょうね、ライナさん。
ライナさんは後方で動きながら、こんどはこちら側の後方にいるジュディス先生にウィンドカッターを撃って、火球魔法との撃ち合いを行いながら、俺とジェルさんが木剣を合わせたところでそのタイミングを狙って、ウィンドボムを撃って来るのだ。
もちろん避けなければ、俺ばかりか味方のジェルさんにも当たってしまう。
なので魔法が飛んで来るのを察知すると、俺とジェルさんは素早く離れて距離を空ける。
そんな模擬試合の戦闘訓練をかなりの長時間続けて、ジェルさんから「やめー」の声が掛かった。
「ライナ、おまえ、危ないだろうが」
「なに言ってるのよジェルちゃん。戦闘訓練は危ないに決まってるでしょー」
「いや、それはそうだが、わたしにも当てようとしてただろ」
「戦闘に誤爆は付きものでしょ。それに緊張感の演出よー」
「演出って、ライナは、もう」
訓練後にそんな言い合いはあったものの、これで本日の訓練は終了としましょう。
指導教官のジェルさん、ひと言お願いします。
「コホン。あー、これで本日の訓練は終了とします。おふたりの感想はあとでお聞きするとして、わたしからひと言。さすが学院の先生と言いますか、わたくしどもとのいきなりの訓練で、普段とは多少感覚が違ったとは思いますが、良く頑張られました。この訓練はあともう1回予定していると、ザカリーさまからは伺っております。次回にはより実戦的な訓練を行い、更に実りあるものにしましょう。それでは、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
さあそれでは、訓練着から着替えていただいて、このあとは屋敷のラウンジで少し休憩していただきましょうかね。
騎士団分隊本部にはシャワーもありますからね。汗を流してさっぱりしてください。
「ジュディス先生、フィロメナ先生、お疲れさまでしたね。ゆっくり寛いでくださいな」
「こちらこそ、本日はありがとうございました。あの、エステルさま。学院じゃないので、わたしのことはジュディと呼んでください」
「あ、わたしはフィロで。みなさんもお願いします」
訓練に参加した皆は着替えを済ませ、シルフェ様たちも含めてラウンジに落ち着いた。
そのとき、少年少女たちが厨房から紅茶と一緒にお菓子を運んで来てくれる。アデーレさんも一緒だ。
おや、これは?
「ザカリーさま。取りあえず本日の試作品ですが、皆さんに試食していただければとお持ちしました」
「おー、アデーレさん。これはまさに、見た目はプディングではないですか」
それは、小さな白い陶器製のカップに入ったカスタードプディングに見えた。だが上にはまだ、カラメルは乗せられていない。
「いえ、まだまだなんですよ。その、ザカリーさまが言われたカラメル、ですか。そこまでは手が届かなくて。それと出来上がりの硬さとか」
「でも、アデーレさんとそれからエディットちゃんも頑張って、昨日の今日でここまで出来たんですよ、ザックさま。ジュディさんとフィロさんも、ご一緒にどうぞ」
俺はそのカスタードプディングの試作品を、スプーンでひと口食べてみた。
うん、味は悪くないですよ。必要以上に卵臭くもないし舌触りも思った以上に良い。
だがやはり、まだだいぶ硬過ぎるかな。出来たばかりのキッシュの感じが残っている気もする。あまり蕩ける感じはしないよね。
冷やして時間を置くと、更に硬くなってしまうだろう。
「悪くないよ。これはこれでとても美味しい。でもやっぱり硬さの調整かな。作ったあとに冷やして置いて、それでお店で出すから。その状態で、口の中で蕩けるような感触があると最高なんだよね。そうは言っても1日でここまで出来たのは、ホント素晴らしいよ、アデーレさん」
「はい、わたしもそう考えておりますよ。まだまだ、いろいろ試してみないとです。でも、ありがとうございます、ザカリーさま」
俺がひと口食べて感想を言ったのを待って、ラウンジにいる全員が一斉に出来たばかりの試作プディングを口に入れた。
「ねえねえ、とても美味しいわよねー。そう思いません? シルフェさま」
「そうね、ライナちゃん。わたしもとっても美味しいと思うわ。お昼前のよりも美味しくなってるわよ、アデーレさん」
「カァ」
「はい、ありがとうございます」
ああ、あなたたちは厨房でさかんに試食をしてたのですね。
「おひいさまは、もう4つか5つは食べてるんですよ」とシフォニナさんがこっそり教えてくれた。
お腹を壊さないようにって、風の精霊様の場合、お腹は壊さないのか。
「あの、こんなお菓子? デザート? 食べたことないです。これって、グリフィン子爵家の新しいお菓子なんですか? すっごく美味しいわよね、フィロ」
「なんだか初めての食感と言うか、甘さが優しくて、とても美味しい。これ、もしかして、ザックくん」
「はい、まだ開発中なんで、今日ここで試作品を食べたことは内緒ですよ。フィロメナ先生がご想像の通り、来月の学院祭で、うちのクラスでこれを出そうと考えています」
「やっぱりそうなのね。去年に続いての新作かぁ」
「ねえザックくん。何て言うお菓子なの」
「これですか? これは、グリフィンプディングというお菓子であります」
「カァ」
「もうその名前で、いいじゃん。ダメ?」
「カァカァ」
クロウちゃんも「仕方ないなぁ」と何とか納得してくれた。
ジュディス先生がエステルちゃんに「ザックくんとクロウちゃんて、お話が出来るんですか?」とコソコソ聞いている。
エステルちゃんは何の疑問も無いように「ええ、わたしも出来ますよ。あとライナさんとかも」と答えていたけど、まあそんなものだと思っていてくださいな。
ラウンジの女性たちは、試作品をいただいたグリフィンプディングの話題ですっかり盛り上がっていた。
先生たちも今朝の緊張感はもう取れていて、この場にずいぶん馴染んでいる。
「今日の訓練はどうでしたか?」
「こういうのがわたしには足らなかったんだって、今日あらためて実感したわ」
「わたしもフィロと同じ。攻撃魔法って何のためにあるのか、自分が教える側の教授のくせになんだか見失っていたの。でも、少しだけだけど、わかって来た気がする」
「まあ、われらは教える方じゃなくて、闘うのが本職ですからな。訓練を共にして、何か汲み取っていただければ。たまにはこうして、一緒に訓練するのは良いことでしょう」
「フィロさんて、ザカリーさまと個別練習をしてるんですよね。動きの速さが素晴らしかったです。また一緒に訓練をしましょう。ジェル姉さんもそう思いません?」
「少なくとも、あともう1回はありますからな。オネルが言うように、今回の訓練が終わっても、またおふたりがお望みで、ザカリーさまがご了解いただけるなら、わたくしどもはいつでも一緒に訓練をさせていただきますぞ」
「ありがとうございます。わたしは是非。ねえジュディ」
「ええ、わたしも是非お願いします」
ジュディス先生とフィロメナ先生は、ジェルさんやライナさんとおそらく同世代。オネルさんが少し下だ。
同い歳のエステルちゃんは、そんな女性たちの会話をニコニコしながら聞いていた。
それからお姉さん先生ふたりは、持ちの良い乾菓子をお土産にたくさん持たされて、上機嫌で学院へと帰って行った。
うちの王都屋敷には、エステルちゃんの方針で大量のお菓子がストックされていますからね。
学院祭と総合戦技大会まで、あともう18日ばかり。さて俺は、模範試合の闘い方を少し考えないとだな。向うの先生たちが何を考えているのかも知りたいところだ。
うちのクラスのチームについては、今年は彼らに任せてみようかな。
「ところで、ブルーノさんとティモさんの姿がぜんぜん見えないよね」
午前中は馬たちの世話などの仕事をしていた筈だけど、お昼を一緒に食べた後はあのふたりを見ていない。
「ああ、地下拠点に行って、少しばかり備品を入れる仕事をしておりますぞ」
「え、そうなんだ」
「昨晩、そう言っていましたよ、ザックさま」
ソルディーニ商会から少しずつ備品が入り始めているので、マジックバッグに収納して運び込むだけは運んでおくって、そう言えば彼らの予定を聞いていた。
「そちらは大丈夫ですから、わたしたちに任せてくださいな」
「ザカリーさまは、学院祭のことを考えておられれば良いですぞ」
「そういう訳で、これ以上はお仕事を増やしちゃダメよー。アデーレさんとかも大変なんだから」
「あ、申し訳ないのであります。お手間をお掛けしておるのであります」
ここまでは良いが、学院からこれ以上は余計な手間を屋敷に持って来るなと、うちのお姉さんたちから釘を刺されたのでありました。
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