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第465話 ジュディス先生の魔法訓練

「まず僕がやってみましょう」


 総合競技場はサッカーフィールドぐらいの広さがあって、周囲は高さ5メートルほどの壁で囲われ、その上を大きな観客席が取り囲んでいる。

 いま俺たちが立っている位置から、先ほど土魔法で造った人型の的までの距離は80メートルほど離れている。

 つまり総合戦技大会の対戦では、開始当初の自陣の中ほどから相手側フィールドの奥ぐらいの距離だ。


 俺は分かりやすくするために、右手を軽く前に出した。

 俺の場合、魔法を撃つ際に、手を出したり振ったりなどの身体的動作はまったく必要がないのだが、今回の魔法は掌を前方に向けた方が分かりやすい。


「行きますよ」


 俺が出した掌の前から、ズコーン、ズコーン、ズコーンと高速で飛ぶ火球弾が立て続けに撃ち出される。

 イメージは25ミリとか30ミリほどの機関砲だ。発射速度は毎分100発ぐらい。つまりせいぜいが0.6秒に1発という程度の速さだ。

 しかしそれをこの世界の火球魔法で考えると、とんでもない速さでの発動になる。


 普通の魔導士が火球魔法を撃つ場合、キ素を集めキ素力を身体に循環させて掌の前方に向かわせ、火球をイメージして魔法に変換し、ようやく発動。

 火魔法の得意な学院生でも無詠唱で15秒に1発ぐらいがやっと。発動の呪文を詠唱するともっと時間がかかる。

 先ほど撃ったジュディス先生だと、10秒もかからないぐらいで次弾が撃てるだろう。


 だが俺がいま見せた機関砲イメージの火球弾なら、10秒あれば16発は撃てる計算になる。

 ただし威力はだいぶ抑えてある。着弾時の火焔もかなり控えめだ。

 その代わりに、飛翔する速度は通常の火球魔法の数倍は速く、80メートル離れている的にあっという間に到着して着弾した。



「どうですか」


 後ろで見ているお姉さん先生を振り向くと、ふたりはポカンと口を開けていた。


「どうですかー?」

「あ、はい。えーと、凄いです。速いです」

「うーん、さすがザックくんて感じ」


「あの、これ、わたしがやるのよね」

「ええ、そうですよ。でもこれがひとつ目ですよ。ふたつ目はこれ」


 俺はふたりから離れるとかなり距離を取って、80メートル先の人型の的に対してフィールドを横方向に軽く走る。

 そして先ほどよりも更に高速発射の火球魔法を、走りながら撃ち出した。


 シュパパパパン、シュパパパパンと間に少し間隔を置いて、2回撃ち出す。イメージはCIWS、つまりガトリング砲の速さのイメージですね。

 もちろん6砲身とかが俺の身体にはないので、あくまでイメージです。

 発射速度も毎分数千発という訳にはいかず、せいぜいが毎分数百発程度だ。


 それでも火魔法としては考えられない発射速度だろう。

 1回の発射で30発が3秒ほどの間に撃ち出され、それが2回。走りながらなので、小さな火球弾が曳光弾のような明るい軌跡でカーブを描いて飛び、パパパン、パパパンとひとつの的に続けて命中した。

 ただしこちらは、先ほどの機関砲火球弾よりも更に小型で、威力もごくごく小さい。


「いまのがふたつ目。これがジュディス先生の、模範試合用の火魔法です」

「そんなの、そんなの……。ぜぇったいに無理よぉーっ」


 ジュディス先生の叫び声が、俺たち3人以外は誰もいない総合競技場に響き渡った。




「泣くことないじゃない、ジュディ」

「だって、だって、あんなのわたしには、無理なんだもん」


 彼女のどういう感情を刺激してしまったのか、ジュディス先生を泣かせてしまいました。

 立ったままべそをかいているジュディス先生を、フィロメナ先生が何か小声で話し掛けながら落ち着かせている。

 困ったなぁ。先生が落ち着くのを暫く待つしかないか。俺はふたりから少し離れてその様子を見ていた。



 やがて、フィロメナ先生が手招きするので、ふたりに近づく。


「ジュディス先生……」


 ジュディス先生はようやく落ち着いたようで、顔を上げて俺の顔を見た。


「ごめんなさい、ザックくん。先生、みっともないとこ見せちゃったわ」

「あの」

「ジュディはね、あなたの魔法を見て、感情が変な風に高ぶっちゃったみたいなの」


「わたし、この国でいちばんの学院の魔法学の教授なのに。あんな魔法、見ちゃって。いえ、あなたのもっと凄い魔法、前にも見たわ。その時は、ただ凄いなぁって。でもあなたの魔法は、わたしには関係がないものなんだって、そう思ってたの。凡人の、ちょっと魔法が出来て、たまたま子供たちに教える立場になったわたしとは、違う世界のことなんだって。そう無理矢理思っていたの。でも、でもさっき、あなたがわたしのためって、やってくれた魔法を見て。たしかに火球魔法なのに、ぜんぜん違う火球魔法を見て。これって、わたしにはとても出来ないって、いままでわたしは何やって来たのって。何も出来もしないわたしが、偉そうに子供たちに教えてちゃダメなんじゃないかって。それで、それで……」


 ジュディス先生は訥々と、でも心の中の気持ちを少しずつ吐き出すようにそう話した。

 俺がこれまで、魔法学の講義とかで請われて見せた魔法は、言ってみれば曲芸か花火みたいなものだ。

 そんな魔法は、却って実感がないものに感じたのだろう。ただただ驚く魔法。学院の試合とかでは使えない魔法。見せ物の魔法。


 だがいま、模範試合で使うためにあなたがやれという魔法を見た時に、ジュディス先生は初めて自分がこれまでやって来た魔法や、魔法学の教授という自分の立場への自負や日頃の思いなどを、感情的に刺激してしまったようだった。



「だって、あんなの出来ないわよ。いいえ、わたし、火魔法は得意よ。自信もあった。わたしが出来るのと同じ火球魔法。でも、でも、あれはわたしには出来ないって、そう思っちゃったの」

「いいえ、出来ますよ、先生なら」


 俺の口から出た言葉を聞いて、ジュディス先生はじっと俺の顔を見た。


「だって……」

「まだ見せただけで、何も教えてませんよ。先生だって練習もしてません」

「そ、そうだけど」


「魔法はですね、先生」

「はい」

「自分の思っている、勝手な尺度の中に閉じ込めちゃダメなんです」

「自分の思っている、勝手な尺度……」


「剣術って、何のために辛い鍛錬をするんですか? フィロメナ先生」

「え? わたし? それは、えーと、もっと強くなるため?」

「いまの自分の殻を、破るためですよね」

「あ、そうよ、そう。いまはまだ出来ない動きや技を、なんとか出来るようにするために、苦しくても訓練するのよね」


「そうですね。魔法も同じです。でも剣術の場合は、自分の動きを支える身体を鍛えるとか、型を何回も繰り返して自分のものにするとか、肉体に直結しているから、なんとなくわかりやすいですよね」

「そうね。自分が思った通りに動けるよう、身体を鍛えるのが基本よね」


「身体自体やその身体の動きは目に見える。しかし魔法は、発動されるまでは目に見えないし、魔法の基となるキ素もキ素力も見ることが出来ない。自分がどのぐらいのキ素力を生みだせるのかも正確にはわからない。すべてが、言ってしまえば何となくだ」

「何となく……」


「人間が両足を動かして走れば、この距離、この時間までは走れるってわかる。もうこれ以上は限界だ、足は動かないし、息は苦しいし、胸の中が爆発しそうだ。ここがいまの自分の限界、つまり、いまの自分を閉じ込めている殻だって理解出来る」

「そうね」


 明日の身体訓練では、最近始めた朝の早駈けなど比べ物にならないぐらい、肉体を酷使して貰いますけどね。



「でも魔法には、それがわからない。自分の魔法の基になっているものの力の度合いも、どこまでが限界かも、じつは何も自分ではわかっていない。ただ何となく、自分でこのぐらいと思って、勝手に判断して、先人がやって来た魔法をなぞって、こんな感じって発動しているのが、人間の魔法の実体なのです」


 じつは俺も、自分が行使出来るキ素力が、自分が思い描いたイメージによってどう魔法として発動し具現化されるのかは、正確には良く分かっていない。

 ただ俺の場合、自分が使えるキ素力は分かるし、普通の人間には見ることの出来ないそのキ素力も見える。

 あとは、この世界が持っていない様々なイメージを思い描くことも可能だ。


 ただし、俺が知らない、あるいは思い描けないイメージを魔法に具現化するのは、もちろんとても難しい。

 だから、聖なる光魔法の発動に凄く苦労したのはそのためだよね。結局は、神様であるアマラ様にお願いする必要があった。


 例えば呪文を唱えると、自分の思い描いているイメージで魔法を発動させる手助けにはなる。

 その魔法のイメージに合致して発動の手助けになれば、だから呪文はどんな言い回しでも良い。

 自分でカッコいいと思っている文章でも、どなたか神様や精霊様に頼る言葉でも、ひと言、その魔法の名称だけでも良いのだ。


 でも先ほど俺がやった機関砲やCIWSイメージの魔法は、基はただの火球魔法だから新たな呪文の詠唱などはまったく役に立たない。

「CIWS」と唱えても、CIWSがどんなものかまったく分からないこの世界の人には意味が無いし、そのイメージすら無く「毎分数百発の火球魔法よ、我が掌より放たれて敵を穿て」などと叫んでもまったく意味が無い。


 必要なのは、こうだと自分が思っていた殻や尺度を破って、新たなイメージを思い描き、それを発動させることなのだ。



 ずっと立って話しているのも何なので、俺は土魔法でフィールド上に簡単なベンチを造って、そこにお姉さん先生ふたりを座らせてそんな内容を言える範囲で話した。


「ザックくんの言うことは、理解出来るような出来ないような。でもわたしが、あれは出来ないと思ったのは、わたしが勝手に出来ないという尺度を当てはめて、その殻に閉じこもっているから、ってあなたは言うのね」


「そうですね。そしてその最大の理由は、見たことの無いものは思い描けない、ということですが、先生は先ほど見ました」

「そうね……」


 ジュディス先生は俺の話を聞いて考え込んでいた。

 俺の考える魔法について、こういった説明をするのは俺も今回が初めてだ。

 エステルちゃんやライナさんにも話したことがない。だって彼女らは、言わなくても自由なイメージで勝手に自分の尺度や殻をどんどん破るからね。


「じゃあ、練習してみましょうか。いえ、頑張れば出来ますから」

「ねえザックくん、ひとつ聞いてもいい?」

「なんですか? いいですよ、フィロメナ先生」

「どうして、さっきのあの凄い魔法をジュディにやらせたいの?」


「それは、あんな火球魔法を撃ちながらジュディス先生が走り回ったら、おっさんや爺さんなんかは吃驚して動けなくなるじゃないですか。そこを、フィロメナ先生と僕で突っ込むんですよ」

「あ、ああぁ……」


「あの、えーと、わたしも走り回るのね。後方から魔法を撃つだけじゃなくて」

「3人でこのフィールドを走り回るんですよ。そして、あちらの先生たちを散々に翻弄するのでありますよ」

「…………」



 ジュディス先生もだいぶ落ち着いて来たようなので、今日の残りの時間は彼女に火球魔法の速射撃ちを練習して貰うことにした。

 フィロメナ先生もひとり稽古になってしまうので、今日はその見学ということで仕方がないな。


「どんな攻撃魔法でも、キ素力を高めてひとつの魔法を発動。連射でも、その一連の作業を繰り返す。そんな従来の尺度を壊すんです」

「つまり、1回の発動動作で、何発も火球魔法が連射されるようにするのね」

「そうですそうです」


「凄い量のキ素力が必要になりそう」

「先生なら大丈夫と僕は見ています。それに、さっき僕がやったみたいに、火球は小さくして威力はあまりいりませんから」

「えーと、もう1回やって見せて貰える?」

「いいですよ。まずは、3発連射ぐらいからやってみましょう」


 俺は威力をだいぶ抑えた機関砲のイメージで、シュコーン、シュコーン、シュコーンと、いちどの発動動作で3発の火球魔法を連射して見せた。間隔は少しゆっくりめだ。


「わたしにも、出来る? のかしら」


 ええ、出来ますよ。さあやってみましょう。

 こうしてジュディス先生の魔法の、新たな境地を拓くかも知れない訓練が始まった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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