第464話 魔法侍女カフェのヴァージョンアップ計画と特訓開始
秋学期が始まって、5日間の講義サイクルが一周した6日目の朝、1時限目の前にクラスのホームルームが行われる。
今朝の議題はもちろん学院祭の件だ。
「えーと、今日の議題は、学院祭の出し物と総合戦技大会の出場メンバーの確認だよね」
「そうでーす」
うちのクラスの女子たちは朝から元気が良い。男子も元気を出しましょうね。
「先に総合戦技大会の出場メンバーだけど、これについては昨年と同じメンバーということで、いいよね?」
「いいでーす」
「それでは、出場メンバーはヴィオちゃん、カロちゃん、ペルちゃん、ライとバル。この5人で決定します。メンバーの健闘を願い、クラスのみんなで支えてください。はい、拍手っ」
クラスから大きな拍手が沸き起こる。5人は席から立ち上がってそれぞれに頭を下げたり、拳を握った両手を挙げて振ったりと、それに応えた。
いやあ、去年は初めての経験ということで渋々とか諦めという感じもしたが、今年は5人ともやる気がありますな。
「では次に、クラスの出し物の件ですが、これについてはヴィオちゃんに進行を任せていいのかな?」
「はい、はーい。ザックくん、ありがとう。ここからは、このヴィオが進めさせていただきます」
「お願いしまーす」
ヴィオちゃんが前に出て来て、ホームルームの進行を俺と代った。
だいたいそもそも、1年生の時から思っているけど、クラス委員はヴィオちゃんが適任なんだよな。
だけど、クラスから辞めろ、替えろという意見が出ない限り、クラス委員は4年間変更することがないし、誰も俺を辞めさせてくれない。
「まずですが、ことしの学院祭の出し物について、男子には申し訳なかったけど、先に女子だけで話し合いをさせて貰いました」
あとで聞いたのだが、どうやら昨晩に、ヴィオちゃんの暮らす寮にクラスの女子が集まって話し合ったらしい。
こういった女子たちの夜の集まりはわりと頻繁に行われているらしく、普段は数名単位の女子会らしいが、昨晩は2年A組の10名の女子全員が集合したそうだ。
女子寮で行われるこの集まりには、さすがに男子は参加出来ないよな。
「それで、その話し合いの結論だけど、やはり、今年も魔法侍女カフェを行いたいということになりました。ただ」
「ただ?」
「女子の話し合いで出た解決すべき課題が、ふたつあります」
「解決すべき課題?」
なんだろう。いや、ひとつは予測がつくけど。
「ひとつは、ただ魔法侍女の制服を着て、お茶とお菓子をお客さんに出すだけで良いのか、ということです」
なるほどね。何か別の要素も新たに盛り込みたいということか。
「そこで、カロちゃんから、こういう話を聞きました。なんでも、夏至祭と冬至祭の時にグリフィン子爵家で開催されるパーティでは、お屋敷の侍女さんたちが歌や演奏を披露して、パーティの出席者を楽しませるのが恒例になっているそうなのです。そうです、グリフィン子爵家の侍女さんたちと言えば、魔法侍女の基となった同じ制服を着ているのです」
なぜかここで女子たちから拍手。
ふーむ、確かに夏至祭と冬至祭のパーティでは、うちの侍女さんたちがあの制服姿で歌や演奏を毎回披露するよな。
あれはアン母さんと家政婦長のコーデリアさんの監修のもと、近年は母さん付き侍女のリーザさんあたりがリーダーになって、結構な練習を行うらしい。
「そこでです。わたしたちも、あの制服姿で何か披露するのが良いのではないかと」
そういうことか。あなたたちが魔法侍女の制服姿で何かする訳ですな。
「準備期間はあと25日ほどですから、それほど複雑なことは出来ませんが、女子で話し合った結果としては、簡単なステージを作って歌と踊りをやったらどうか、ということになりました」
メイドカフェから、アイドルカフェになるみたいなものでしょうか。
なんだか、前々世のある時代の遠い記憶を思い起こさせる気もするよな。
「ついては、今回は歌と踊りの伴奏を、男子にやって貰いたいと思います」
「おい、ヴィオちゃん。それは僕らが楽器の演奏をするってことか?」
「そうよ。何人か楽器が演奏出来る人がいたでしょ。ライくん、あなたは出来ないんだから黙ってなさい。あなたは今年も裏方マネージャーよ」
「お、おう」
女子たちがこのやり取りに爆笑する。
そう言えば、うちのクラスの男子の何人かは楽器ができるやつがいたな。
どうこう言って、一般の商家出身の学院生は裕福な家の子ばかりだから、そんな習い事をしているやつもいるよね。
俺やライくんのような貴族家出身者や騎士爵家の子は、逆にそういった素養が無い。
「なので今回は、男子にギャルソンと裏方と演奏の仕事をして貰います。どうです? 楽しそうでしょ? これで、クラス一丸となって、ヴァージョンアップした魔法侍女カフェを盛り上げて行きましょう。あ、ザックくんは去年と同じく、カフェのオーナーね」
ここで再び、女子から盛大な拍手。男子もまあまあ拍手をしている。ここで逆らってはダメだ。あとが大変ですからな。
「それでヴィオちゃん、もうひとつの課題って? もうひとつあるんだよね」
「そうそう、もうひとつあるわよ。もうひとつはザックくんもわかってるでしょ」
「まあね」
「おい、僕たちはわかんないぞ」
「はいはい、静かに。もうひとつの課題とは。それはグリフィンマカロンに続く、今年の魔法侍女カフェの目玉商品をどうするか、なのです」
「そうでーす」
まあこれは初めから分かっておりました。
昨年の魔法侍女カフェでは、グリフィン子爵家が提供したグリフィンマカロンが、人気の一端を担っていたという自負が俺にもある。
それをもちろん今年も出しても良いのだが、グリフィンマカロンは子爵家の監修でカロちゃんとこのソルディーニ商会が販売を始めているからね。
王都でも、王都支店を通じての提供がつい最近に始まっている。
俺はその現物をまだ見ていないが、何でも「グリフィン子爵家ご長男のザカリー・グリフィン様が自らご考案された、魔法のお菓子」とかいう大袈裟な宣伝文句が付いているそうだ。
これはうちのエディットちゃんから教えて貰った。こんど商会長のグエルリーノさんか、王都支店長のマッティオさんに会ったら、嫌味のひとつも言っておこう。
「と言うことで、ザックくん」
「はい?」
「お願いしますね」
「お願いしまーす」
要するに俺に丸投げなんですね。まあ覚悟はしていたけどさ。
あとは男子の役割の分担、特に伴奏をするメンバー決めと、披露する歌と踊りの演目を決めてその稽古。それからカフェの準備だね。
カフェの準備については昨年に経験しているし、備品関係はヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家が一手に引き受けてくれるから、何も心配はない。
問題は俺に丸投げされた新メニューだよな。
昨年はグリフィニアから父さんと母さんたちと一緒に、お菓子の専門家であるトビーくんが王都に来たから、俺がイメージや作り方をざっくり伝えただけでなんとか完成した。
商品の製作にも彼に頑張って貰ったしね。
しかし今年はトビーくんが王都に来る予定は無いし、料理長のアデーレさんと何とかするしかないか。
いずれにしても、どんなメニューにするのかは俺が考えなければいけない。
学院祭まであと25日ほど。ナイアの森の地下拠点建設の仕上げもあって屋敷の皆も忙しいけど、まあ頑張りましょう。
だいたいどこのクラスも、この日には総合戦技大会に出場する選抜メンバーを決めている。
お昼休みに総合武術部員が集まって確認したが、ブルクくんとルアちゃんはそれぞれがクラスの中心選手なので、もちろん出場する。
そして1年生のソフィちゃんとカシュくんも、ちゃんと選手になっていた。
「わたし、ザック部長命令ですから、真っ先に手を挙げました」
いや、俺の部長命令とかじゃないし。先日のミーティングでそう受取ったのかな。
おそらく今年の1年生で魔法と剣術が最も優秀なソフィちゃんの場合は、自分が手を挙げなくても選抜メンバーになるだろうけどね。
「僕もちゃんとなりましたよ。ならないと、部長から何を言われるかわからないから」
春学期に行われた剣術の課外部対抗戦でのカシュくんの頑張りを、彼のクラスメイトもみんな見ている筈だから、こちらも問題はなかっただろう。
問題は本人が拒否しないかどうかだけど、もしうちの部に彼が入っていなかったら、例えクラスで推されたとしても拒否したかも知れないな。
それだけ入学時の彼の印象は後ろ向きだった。
だから本人が率先して選手になったのは良かったし、それを俺のせいにして貰ってもぜんぜんいいよ。
「よおし、わかった。それでは今日から特訓だ」
「はーい」「おぉー」
特訓と言っても、基本的には普段の練習とすることはそれほど変わらない。
まず、今日の剣術の練習からペルちゃんとバルくんがこちらの練習に参加する。
これは2年A組のクラス選抜の練習という名目だ。
同時にブルクくんとルアちゃん、それからソフィちゃんとカシュくんは、総合武術部の練習ということで同じく参加する。
彼らのクラス単位での練習は、俺たちが魔法の練習を行っている時に行うようにするとブルクくんやルアちゃんは言っていたが、1年生のふたりのクラスはまだ予定が決まっていないようだ。
それで明日の魔法の練習時は、ペルちゃんとバルくんは彼らが所属する総合剣術部で練習するか、ブルクくんかルアちゃんがクラスの練習がない場合には一緒に特訓をして貰う。
この4人は、昨年と同様に剣術に専念するからね。
あと、明日の魔法の練習時は俺がフィロメナ先生とジュディス先生との特訓に時間を取られてしまうので、魔法メンバーの部員たちだけで練習をして貰う予定だ。
こうして組み合わせや予定を考えると、特訓と言うよりは特別メニューという感じかな。
ただし、全員が揃う剣術練習の際は、普段以上に打ち込み稽古を厳しく行う。
昨年はアビー姉ちゃんを特別講師に招いたりしたが、今年は彼女も1年生の指導があってそっちに専念したいようだから、俺が順番に全員の打込み稽古の相手をするつもりだ。
そう言えば、昨年優勝した姉ちゃんのクラス、と言うか姉ちゃん自身はどうするんだろうね。
翌日の3時限目が終わり、俺とフィロメナ先生は訓練着のまま、総合競技場へと向かっていた。
ジュディス先生とも競技場で合流することになっている。
今日からお姉さん先生ふたりと特訓を行うのだが、剣術訓練場が空いている4時限目の時間を利用した従来のパーソナルトレーニングから、3時間の特訓へと切り換えた。
そうすると、剣術訓練場や魔法訓練場は課外部と、それからこの9月は各クラスの選手が練習で利用する時間になってしまうので、俺と先生たちは総合競技場を使わせて貰うことにしたのだ。
この9月は総合武術部が体力訓練に使う以外、学院生はほとんど使用しない。
初日の今日は、普段からパーソナルトレーニングをしているフィロメナ先生には素振りからの自主練習をして貰って、俺はジュディス先生の魔法をあらためて見せて貰うことにした。
彼女は土魔法以外の3つの元素魔法やその複合魔法が出来るのだが、いちばん得意なのは火魔法関係だ。
俺は土魔法で競技場のフィールドにいくつも人型の的を造って並べ、それに対してかなり距離を取って火球魔法、つまりファイアボールを撃って貰った。
うん、なかなか威力があるし、的に当たって炸裂した火球の火焔が及ぶ範囲も広い。
「ど、どうかな。結構イケてると思うんだけど」
「良い、とても良いです。やっぱり、学院生のレベルとは比べ物にならない。しかーし」
「しかーし?」
ジュディス先生が魔法を撃ち始めたので、木剣を振っていたフィロメナ先生もこちらに見に来た。
それで、お姉さん先生ふたりが顔を見合わせる。
「ジュディの魔法は、凄い威力だと思うけど。どこがいけないの?」
「威力は、それほど必要ありません。なぜなら先生たちは、模範試合で相手を殺したり粉々にしたりしますか?」
「あ、そうか」
「魔法を当てるのが優先で、威力はそれほど必要ないってことね」
ふたりとも曲がりなりにも学院の教授だから、理解が早いのはいいよね。
「そうです、その通り。なので今回の模範試合用に、ジュディス先生に覚えて貰う魔法を僕が伝授しましょう」
俺のその言葉を聞いて、ジュディス先生、それからフィロメナ先生もニマっと笑顔を見せたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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