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第463話 お姉さん先生ふたりを特訓しましょう

 学院長室での教授たちとの会議があった翌日、2時限目の社会学(2)の講義が終わって教室を出ると、廊下でフィロメナ先生とジュディス先生が待ち構えていて連行されました。


「お昼行きましょ、お昼」

「さあランチよ」

「あの、僕は学院生食堂に。部員たちもいるだろうし」

「ええ、大丈夫よ。食堂のおばちゃんに伝言を頼んどいたから」



 連れて行かれたのは、前にも行った剣術訓練場や魔法訓練場にほど近いカフェレストランだった。


「あ、あそこのテラス席が空いているわ、あそこにしましょ」

「お外で食べるランチはいいわよね。あなたもそう思うでしょ、ザックくん」

「はあ」


「今日のランチメニューは何かしら」

「パスタよ、パスタ」

「あら、いいわね。それにしましょ」

「ザックくんもそれでいいわよね。先生の奢りよ」


 この店の料理人はセルティア王国の南にあるミラジェス王国の人だそうで、なんとなく前にいた世界の地中海地方の料理に近い。

 ちなみにパスタは、前の世界では紀元前4世紀の遺跡からも出土しているとかで、前世で俺が生きていた16世紀の半ばには、既に乾燥パスタが普及していたそうだ。


 3人がオーダーしたランチのパスタはペンネで、トマトソースとクリームソースのどちらかを選べる。俺はトマトソースをお願いしました。

 パスタにはたっぷりの野菜サラダと、中にミートソースのフィリングが詰められ油で揚げられた、パンツェロッティそっくりのパンが付いていた。


 というか、ランチメニューのことはいいんですよ。美味しいけど。

 春学期の初めにもここに連行されたが、今回の理由は良く分かっている。

 昨日の会議で決まった、総合戦技大会で行われる予定の模範試合の件ですよね。


「ジュディのクリームソースも美味しそうよね」

「あなたたちのトマトソースも美味しそうだわ。半分ずつの量で2種類が付くとか、出来ないのかしら」

「それ、いいわね。わたしなら半分ずつじゃなくて、この量でダブルでもいけそう」


 剣術学の教授のフィロメナ先生の方が体力を使いますからね、ってそうじゃなくて。


「お話は、ランチをいただき終わってからにしましょ」

「そうそう」

「はあ」



 食後はコーヒーといきたいところだが、残念ながらこの世界ではコーヒーが普及していないので紅茶だ。

 南のミラジェス王国とかにはあるのだろうか。

 前世でももちろんコーヒーなどなかったので、俺はもう40年以上はコーヒーを飲んでいないんだよなぁ。


「模範試合のことですよね」

「そうよ、ザックくん」

「昨日は見事にあなたにやられたわ」


「でも、いい解決策だと思ったんだけどなぁ」

「いいか悪いかで言えば、いいのかしら」

「でも、5対3よ、5対3」


「それについては、ちょっと申し訳ないとは思っています」

「向うの誰かをひとり指名して、4対4というのもあったんじゃない?」

「そうすると、どの先生を選ぶかでまた揉めますし、向うに勝てるって思わせて、納得させる必要も考えたんですよ」

「まあ、そうなんだけどね」


「それで、どうするの? ザックくん」

「どうするのと言いますと?」

「だって、やるからには、模範試合と言ってもあの人たちに負けたくないし」

「あなただって、負けたくはないわよね、ザックくん」


 いや、俺は負ける気はひとつもしてないんだけど、問題はお姉さん先生ふたりがどこまで闘えて、持つのかなんだよな。


 総合戦技大会で学院生たちが行う、正規の試合時間は15分間。模範試合の詳細はまだ決めてはいないが、おそらくこれに準じるだろう。

 向うが時間いっぱいの闘いを狙って来た場合は、ふたりにも最後まで持たせてほしいところだ。


 最悪のシナリオは、早々にふたりがやられて退場という事態になってしまい、俺がおっさん教授や爺さん教授たちをひとりで相手にしなければならない場合だ。

 そうすると向うは、俺に集中攻撃をかけて来るだろう。


 その時には、順番に撃破して行くか一気に片付けるしかないが、学院以外の人間が観戦している競技場で変に悪目立ちする魔法は使いたくないし、木剣でおっさんと爺さんを順番に叩きのめしていくのもなぁ。

 特に、昨年みたいに王家や王宮から変なゲストが来ていたりすると、本当にあまり目立ちたくないんだよな。



「これは、特訓ですな」

「特訓?」

「3人で、チームワークを良くするとか?」

「それもあると言えばありますが、要するに実力の底上げでありますな」

「…………」


 お姉さん先生ふたりは、顔を見合わせて暫く黙っていた。

 少ししてフィロメナ先生が口を開く。


「えーと、それって、わたしたちをしごくっていうことかな」


 彼女は俺のパーソナルトレーニングを受けているからね。直ぐに特訓については思い当たったようだ。


「あの、フィロがザックくんとやっている、その個人訓練ってこと?」

「特訓ということは、その特別版ということよね」


 フィロメナ先生は何を想像したのか、少しぷるぷるしていた。


「そうですなぁ。これまでは5日のうち1回、4時限目の時間を使って1時間の訓練をしていましたが、そのあとの時間まで延長して、少なくとも3時間はやりたいですな。ああ、もちろんジュディス先生も一緒ですよ」


 たしかジュディス先生も、その日の4時限目は講義がなくて空いている筈だ。

 それから、俺が3時間と言ったのを聞いて、フィロメナ先生は「ひっ」とか言わないようにね。


「あと、休日にはうちで1日を使って集中訓練をするかな。でも休日のうちの1日を使うとしても、学院祭まではあと2回しかできないか。それから、基礎体力訓練もしたいよな。特にジュディス先生」

「わたし? 基礎体力訓練?」


「ほら、魔法使いって、基本的にあまり動かないから、体力づくりが出来てないでしょ。それじゃ不安ですよね」

「それって、ザックくんの課外部が総合競技場を使ってやっている訓練よね」


「そうですよ。フィロメナ先生は良くご存知で。そうか、その時だけうちの部の訓練に付き合っていただきましょうかね。総合競技場だから、ほとんど学院生もいないし。そうだ、そうしよう」


 総合武術部は、剣術訓練場と魔法訓練場、それから総合競技場の3ヶ所を日替わりで使用させて貰って練習を行っている。

 5日間のサイクルで、剣術、魔法、体力、剣術、魔法だから、2日目の4時限目から3時間ほどお姉さん先生と特訓をして、3日目はうちの部と一緒に体力訓練。それから2日休日のどちらかでうちの屋敷で集中訓練だな。よし、これで行こう。



「こんな予定でどうです。これで多少は底上げが出来そうかな。いやあ、楽しみだなぁ」

「…………」


「あと、これは自由参加ですけど、僕は毎朝、学院内を走るのを日課にしてるんですよね。走るって基本だから、先生たちも一緒に走りませんか?」

「…………」


 俺の場合は朝起きて顔を洗って歯を磨いて、トイレに行ってから走って、それから朝食を食べてというのが長年の日課だからね。

 うちの総合武術部員にもこれは強制していないが、どうやらカロちゃんやルアちゃん、ブルクくんなどは走っていて、今年に入ったソフィちゃんとカシュくんも始めたようだ。

 魔法少年と魔法少女は、まあいいか。


 たしか、先生たちふたりは、学院内の教授と職員用の集合住宅に住んでいる筈だ。

 家族がいる教授や職員は学院外から通勤する人もいるけど、独身の人はたいてい学院内に住んでいる。

 だから、早起きして学院内を走ることは出来るよね。


「ザックくんの言うことは、わかったわ。フィロはザックくんと個人訓練をしてるし、そしたらわたしもしないとよね。スケジュール的には大丈夫だから、訓練メニューはザックくんに任せる。いいわよね、フィロ」

「うん……。ジュディは、ザックくんの訓練、知らないから……。でもいいわ。これはいい機会。わたし、やるわ」


 フィロメナ先生は自分自身を奮い立たせるように、そう言葉を絞り出した。




 その日の総合武術部の練習終わり、学院食堂に行き全員でひとつのテーブルを囲んで夕食を食べながら、周囲には聞こえないことを確認して部員たちに模範試合の話をする。


「これはまだ発表してないから、内緒ね。発表までは誰にも話を漏らしちゃダメだよ」

「今日のお昼も姿を見ないと思ったら、密かにそんなことに加わっていたのね」


 いやこれは、例によって教授たちが俺を巻き込んだことですからね。


「でも、先生たちにザックさまが加わって、模範試合。凄く楽しみ、です」

「なんだか、凄い試合が見られそうですよね」

「先生たちの実力って、意外となかなかわかんないよね。それが明らかにされるんだ」

「ザックくん、先生たちに迷惑をかけちゃダメよ」


 いやいや、いつもあのおっさん教授や爺さん教授から迷惑を受けてるのは、俺の方だと思うんだけどな。


「でもさ、ザックがジュディス先生とフィロメナ先生と組んで、特訓までするんだろ。大丈夫か、先生たち」

「5対3の不利な人数で、教授チームに勝つつもりなんでしょ。これは凄い特訓になりそうだ」

「ザック部長の特訓て。いえ、なんとなく想像が出来ますけど」


「カシュ、カシュ。我が総合武術部でも、特訓はするのでありますよ。もちろん君が、君のクラスの選抜チームに入っている前提ではありますがね」

「ええーっ」


「これも、夏休みが終わった9月の、総合武術部の恒例だぜ、カシュ」

「だってライ先輩、クラスごとに練習する場合は、課外部は休んでもいい決まりになってるって聞きましたよ」


「ああ、それはそうなっている。しかしだ、ザックは選抜メンバーには入らない。まあうちのクラスの監督だがな。つまりこの先生は、自由に動ける。それで、2年A組の特訓はもちろんやるが、それと同時に、他のクラスのブルクとルアちゃんも、クラス練習が無い時に、ザックの特訓を受けるんだよ。つまりカシュとソフィちゃんも同じだ」


「そういうこと。でも今年は、今の話でザックは先生たちとも特訓をするみたいだから、多少は特訓時間が減りそうだけどね。頑張ろうな、カシュ」

「ひっ」


「ザック部長は総合戦技大会には参加出来ないって、どうしてって思いましたけど、その代わりに凄く忙しいんですね。さすがはザック部長です。大活躍です」

「ソフィちゃん、そこ、調子に乗るからあまり褒めないように。この部長、単に好きでやってるだけだから」


 今年の総合武術部での特訓もしっかりとやりたいところだけど、お姉さん先生ふたりの特訓もあるから、出来るだけ部員たちで自主的にして貰うようにしようかな。

 あと、うちの屋敷での特訓は被るから部員たちの方は無しだな。

 王都で注目の集まる学院の総合戦技大会で、教授たちに混じった俺が変に目立たないようにするには、お姉さん先生に頑張って貰わないとだからね。



 翌朝、朝ご飯を運んで来てくれたクロウちゃんに、エステルちゃん宛の手紙を持たせる。

 総合戦技大会の模範試合に俺が出場することになった経緯と、今度の休日の2日目あたりでお姉さん先生ふたりを特訓するために、王都屋敷に呼ぼうと思っていることなどを書いたものだ。

 ジェルさんたちにも屋敷に居て貰わないといけないしね。


 それで、今朝も走ろうと寮の玄関口を出ると、そこにジュディス先生とフィロメナ先生が訓練着姿で立っていた。


「おはようございます。こんなに朝早くから、ふたり揃ってどうしたんですか?」

「その、ザックくんのお誘いに乗ろうかと思って」

「え?」

「だから、今朝から、わたしたちも走るのよ」


「ホントですか?」

「冗談でこんなに朝早くから、学院生の男子寮まで来ないわ」

「覚悟は決めたのよ」


 いいですよ、先生たち。そんな覚悟は好きですよ。

 それでは、夏の終わりの爽快な朝を、3人で元気に走りましょう。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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