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第44話 わたしの剣を捧げます

 ロングソードと言うと、とても長い剣のように聞こえるが、じつはそうでもない。

 単にショートソードに対してという意味で、この世界では一般的に刀長80センチから100センチを超えるぐらいだ。

 150センチ以上で人の背丈ほどまである長大な剣はグレートソードと呼ばれるが、刀長が180センチも超えるような長さがあっては当然取り回しが悪く、1対1の対人戦闘では扱うのが難しい。じっさいは斬る槍のように使うみたいだ。


 俺が無限インベントリに収納している前世の太刀で、たとえば童子切安綱どうじきりやすつなは刀長2尺6寸5分で80.3センチ、大包平おおかねひらに至っては刀長2尺9寸4分5厘で89.2センチもある。

 いま俺が手にしているロングソードの木剣の刀長は、騎士団に訓練用で備えていた中で最も短いもので、刀長はだいたい80センチだ。

 俺が愛用している本赤樫造りの木刀は、定寸とされる2尺3寸5分71.2センチ。

 この木剣はそれよりは長いが、童子切と刀長はほぼ同じ長さだ。もちろん反りのない直剣の仕様だけどね。


 相対しているオネルヴァさんは、背丈がもう170センチ近くに伸びていて、木剣も90センチぐらいのものを手にしている。

 手足も当然、俺より長く、つまり間合いは俺より遠いということになる。

 だから俺は踏み込まなければいけない。それに騎士団での剣術稽古ではずっと下の後輩だから、こちらから打っていかないとね。



 しかし、メルヴィン騎士の「始め!」の声に先に動いたのは、オネルヴァさんだった。

 ロングソードの木剣を八相に構え、俺に向かって近づく。

 俺はそれを見て正眼から脇構えに移し、するすると前進する。


 オネルヴァさんの間合いに入った瞬間、「えいっ」という掛け声とともに、木剣が上段から俺の肩に向けて袈裟ぎみに力強く振り下ろされた。

 俺はそれを受けずに見切り、身体を開きながら木剣を左下段に移動させ、彼女の空いた右脇腹に斬り上げる。


 オネルヴァさんは慌てて体勢を崩しながらも、俺の斬り上げに木剣を合わせ脇を守った。

 ガン! という音を上げ弾かれた剣を俺は引き上げ、間合いを離れながら霞の構えに直す。

 オネルヴァさんは再び剣先を高く上げ、八相に構える。


 彼女は呼吸を整えるためだろう、大きく息を吸い、吐き、それを幾度か繰返す。

 今度は俺の方から摺り足でそろそろと近づき、オネルヴァさんの間合いの寸前から踏み込んで斬り下げる。


 彼女もすかさず木剣を合わせ、ガンガンと数合打合う。

 どうやら打ち合いながら、俺の剣が乱れるのを計っているようだ。おそらく打ち合いからの、突きのタイミングを見ているのだろう。

 1対1のロングソードの闘いでは、突きが有効打となる。



 もちろん俺は、いくらまだ子どもの身体とはいえ、この程度の打ち合いで剣が乱れることはない。しかし、誘ってみようか。

 無理に長い打ち合いにするのは、剣の闘いではまったく意味が無いしね。


 ふっと微妙に俺がタイミングを乱したのを捉え、オネルヴァさんは木剣を握った腕を上方に捻り上げながらそのまま下前方に、俺の胸に向けて木剣を素早く突き入れた。

 うん、さすがいいタイミングだ。


 その刹那、俺はオネルヴァさんとの間合いを少し近づけている。

 そして突きを見切り、身体を後ろに倒して避けると同時に右足を彼女の鳩尾きゅうびに向け強く蹴り上げた。キ素力は纏わせてないよ。

 打ち合いからの蹴りは、ロングソードでの闘い方のひとつだ。


 小さな身体で蹴り上げた予想外の俺の動きと鳩尾への衝撃に、オネルヴァさんは木剣を下げて後退ぎみに少し前屈みになる。

 素早く体勢を直した俺は更に踏み込み、彼女の肩に素早くこつんと軽く木剣を振り下ろした。



 周囲から「ふぅーっ」という息が漏れる音がする。

 俺は木剣を下段に持ったまま後ろに下がり、オネルヴァさんから距離を取る。

 彼女はしばらく身体を折って膝をついていたが、すっと立ち上がる。そして自然体で立つ俺を見て少し後ろに下がり、姿勢を正すと深く頭を垂れた。


「ザ、ザカリー様の勝ち!」

 審判役のメルヴィン騎士の声が響く。


 周囲の騎士団のみなさんから「ウォーッ」という歓声が上がり、続けてドンドンドンと足を踏み鳴らす音が響く。

 もう、これだから脳筋連中は。

 俺がちょっと呆れて観戦のみなさんを見回していると、オネルヴァさんがゆっくり近づいて来た。

 そして俺の前に来ると、片膝をついて跪き頭を下げる。


「ザカリー様、やはり敵いませんでした。……でもわたしは、これまで以上に精進し、ザカリー様をお護りするため、わたしの剣を捧げます」


 再び周囲から「ウォーッ」という歓声。そしてドンドンドンと足を踏みならす音。


「オネルヴァさん、顔を上げてください。それに今の僕は、あなたのいち後輩です。でも、ありがとうございます。騎士団で従士をしっかり務めて、いつか騎士になるのを楽しみにしてますね」

「はい、必ず騎士になります。今日はありがとうございました」


 またまた上がる「ウォーッ」という歓声。そしてドンドンドンと足を踏みならす音。

 やれやれ。



 とそこに、クレイグ騎士団長、ネイサン副騎士団長、そしてヴィンス父さんとウォルターさんがやって来た。

 オネルヴァさんは立ち上がり、深く頭を下げる。


「オネルヴァ、良い試合稽古だった。これからお前には、誇り高きグリフィン子爵騎士団の従士として、大切な任務を果たす日々が待っている。しかし、ひとときも今日のことは忘れず、高みを目指して励んでくれ。頼むぞ」

 クレイグさんが代表するようにオネルヴァさんに声をかける。

「あ、それから、ザカリー様。今日はご苦労さまでした」

 なんだか俺に対する労いが軽くないかなぁ。


 ふと父さん、いやヴィンス子爵の顔を見ると、なんだか眼をうるうるさせて感動しているみたいだ。ホント父さん、こういうシーンが好きなんだよね。



 やっと周囲も落ち着いて、オネルヴァさんは騎士見習いや姉さんたちに囲まれていた。みんなの、いちばん上の姉みたいなものだったからね。

 俺はひとり、お世話係のエステルちゃんのところに戻る。


「ザックさま、お疲れさまです。すごかったですよ。いつ変なことし始めないかドキドキしてましたけど、マトモな試合稽古でほっとしましたぁ」

「カァカァ」


 エステルちゃんは、俺が負けるとか怪我するとかは思ってもいなかったみたいだね。変なことなんか、今までもしたことないのにな。

 それから、クロウちゃんはどこにいたの? お空から見てたのか。良い闘いだったって? そうですか、どうもありがと。コクンコクン。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。

彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。


ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。


それぞれのリンクはこの下段にあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] オネルヴァさんと戦い、見事ザカリーが勝ったことに対して、家族からの評価がないのが物足りなく感じました。
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